第2章 禁断の果実

第1話 大魔道士になるためには



 邪竜ベルゼドの事件から半年ほど経った頃。ようやく落ち着いたエクステリアの街。

 その一角に佇む薬局エミルモールの一室でセイジに昇格したミリアとその師匠ベルモールが向かい合っていた。


「セフィロト?」


 首をかしげるミリアに師匠のベルモールはふぅ〜とタバコの煙を吐き出し、灰皿にタバコを押し付ける。


「やっぱり知らなかったか」


 まあ、当然だろうな、とベルモールは呟く。


「お前がベルゼド相手に使った魔法だよ。

 あの邪竜の頭を吹っ飛ばしただろう」


 記憶を呼び起こして、「あぁ、あの時の」と納得する。

 確かに、ミリアにとってもあの時の不可思議な状況は理解できていない。

 ミリアが覚えているのは「青白い神秘の光を放つ巨大な樹木と、そこに記された不可思議な紋様。それを口にした直後に元からそうだったかのように派手に爆散したベルゼドの頭部。

 あんな現象はミリアの知る如何なる魔道書にも記されていなかった。


「セフィロトって言うのですか、あれって」


 ベルモールは椅子に深く腰を下ろして次のタバコに火を点ける。一つ大きく吸い込んで、ふぅ〜っと煙を吐き出した。そして、改まったように話を続ける。


「セフィロトの魔法。かつて世界を創生したと言われる神々の魔法だ。今では使える者どころか、その名前さえも失われている幻の古代魔法だよ。

 私が知っていたのはたまたま古い魔法の文献にそれが載っていたからだ」


 そう言って、ベルモールはドサっと大きな分厚い古びた書物をテーブルに広げる。そこには確かに『生命の樹セフィロトの魔法』について簡単に書かれていた。


 曰く、神々が天地創造に使った魔法。

 曰く、因果律を操りあらゆる事象を意のままに書き換える魔法。


「因果律?」


 聞いたことのない言葉にミリアは再び首をかしげる。それを見てベルモールは説明を付け加えた。


「因果律とは事象の流れの事で、この世界が記憶する歴史の流れの事だよ。セフィロトの魔法はこの因果律に干渉できる魔法なんだ」

「事象の流れ、ですか」


 おうむ返しに呟くミリアを見て、「こりゃ分かってないな」と思い、こんな例を挙げた。


「ミリア、仮にお前に時間を遡る力があったとする。その力を使って過去の自分を殺す事ができると思うか?」

「え? それは無理じゃないですか?」

「ほう、それはどうしてだ?」

「だって、過去の私を殺したら今の私は存在しない事になっちゃうじゃないですか」

「なるほど、そう考えたか」


 ベルモールは面白げに含み笑い。


「結論を言うと、過去の自分を殺す事は可能だ。なぜならば、過去に遡ると言う行動そのものが世界に刻まれる歴史そのものだからだ」

「え? じゃあ、もし過去の私を殺したら今の私はどうなるんですか?」

「どうもならんさ。消滅する事もない。

 ただ、ミリアと言う存在のない世界が新しく生まれるだけだ」


 それを聞いて、ミリアの脳裏に一つの言葉が浮かんだ。それは――


「並行世界」


 的を射たようにベルモールはニヤリと笑う。


「そう。過去に遡り過去の自分を殺したとしても、今の私達には何の影響もない。新しい並行世界が生まれるだけだ」

「なるほど」

「だが、これが因果律となると話は別だ。

 あれは生命の樹が記憶する世界の記憶であり、世界が歩んできた歴史そのもの。これを書き換えたならば現在にまでその影響が出る。

 因果律とは『原因』があり『過程』を経て『結果』につながる一連の流れを指す。

 その『原因』か、もしくは『過程』を書き換えるんだ。当然結果も変わる。

 その書物に書かれていた『アイン・ソフ・オウル』は無限光と呼ばれる光を使ってそれを可能にする魔法なんだよ。

 ベルゼドのドラゴンブレスがまるで無かったかのように掻き消され、ベルゼドの頭部が吹き飛んだのはそう言うわけだ」


 ミリアは唸る。

 無限光で事象を書き換えるならば、自分の思い通りに事象を作り変えることが可能と言う事になる。

 ある意味、何でもありのトンデモ魔法だった。これを使えば世界など苦もなく征服できるだろう。


「ベルモールさん、この魔法って禁呪扱いには」

「なっていないよ」

「でも、こんな危険な魔法は真っ先に禁呪指定されていても仕方がないと思うんですけど」

「ミリアは私の話を聞いてなかったのか?」


 ベルモールは呆れたように言った。


「今では使える者はおろか、名前すら失われていると言っただろう。そんな本当にあるかどうかも分からない、誰も使えないような魔法など禁呪指定にしても意味がないだろう」


 それもそうか、とミリアは照れたように笑う。

 そんな様子を見ながら、少し考えてベルモールがふとミリアに問いかける。


「ミリア。確かお前の目標は『大魔道アーク』になる事だったな」

「はい。そうですけど」

「では大魔道士の称号を得るにはどうすればいいか知っているか?」


 問われてミリアは「えっ?」と戸惑いの表情を浮かべた。


「えっと、魔道士としての修練をつぎ、高い知識と実力を得れば……」

「残念だが、それでは『賢者ソーサラー』止まりだ。考えてもみろ。高い技量と知識の魔道士なら賢者ソーサラーにも沢山いる。エクリアの父親のグレイドなどその典型だろう?」

「あ、確かに」


 ミリアの親友の一人、エクリア・フレイヤードの父であるグレイド・フレイヤードは『火のロード』と呼ばれる程の実力を持った魔道士だ。しかし、そんな彼ですらランクは『賢者ソーサラー』である。


「アークになるためにはソーサラーでもトップクラスの実力が必要だか、それにさらにプラスアルファが必要になる。

 それは、魔道士としての唯一無二オンリーワンの固有魔法を身に付ける事だ」

「唯一無二ですか」

「誰もできないような技術か魔法を身に付ける事そが、アークになるための最大の条件なんだよ」


 唯一無二。ミリアは唸る。

 この世界にいる魔道士は見習いを含めおよそ一万人と言われている。そんな一万人の中での唯一無二を見つけるのだ。決して楽な話じゃない。


「ベルモールさんの固有魔法って、あの落雷の魔法ですか?」

「うん? 確かに雷神の鉄槌トールハンマーもその一つだが、あれは私の固有魔法じゃないぞ」

「えっ?」

「落雷の魔法自体は許可さえ得れば使える魔道士はいるぞ。知識だって案外広まっているしな」


 ふとミリアは思い出した。確かに落雷の魔法の事はエクリアも知っていた。ならば実力が伴えばエクリアにも使えるに違いない。


「じゃあ、ベルモールさんの固有魔法って?」

「ベルゼド戦で少しだけ見せたんだがな。

 まあいい。私の固有魔法はこれだよ」


 言って、ベルモールは灼眼の封印を解放する。そして、ベルモールはその魔法を解き放った。


「!?」


 思わずミリアは息を飲んだ。

 気がつけば周りの光景が一変していた。

 辺り一面は広大な大平原。ミリアとベルモールはその中央でテーブルを挟んで席に着いている。

 そして、上空には黒々とした分厚い雷雲に覆われており、ところどころから頻繁に稲光が駆け回っていた。


 呆気にとられているミリアにベルモールは告げる。


「これが私の固有魔法、雷庭園ミョルニルガーデンだよ。

 一種の空間魔法だね。私の得意とする雷撃の魔法に相応しい世界で一定の空間を塗りつぶす事ができるのさ」


 そう言うと、ベルモールの目の緋色の輝きを消滅させる。すると、周囲の風景はミリアのよく知る薬局エミルモールの一室に戻った。


「ベルゼド戦では雷庭園ミョルニルガーデンを侵食率70パーセントくらいで使用したんだ。だから街の建造物はそのまま残ったんだよ。完全に上書きしたら住民達がパニックを起こしそうだからな」

「やっぱり、現役のアークは凄いですね。

 私にもそんな唯一無二の魔法を見つけられるでしょうか」


 不安げに呟くミリアに対し、何を言っているんだと目をまん丸に見開いているベルモール。


「ミリア、お前にはもう固有魔法があるだろう」

「へ?」

「言っただろう。あの魔法は使える者がいない幻の魔法だと」


 ベルモールの言葉を聞いて、ハッとする。


「セフィロトの魔法!」

「そう。あの魔法はまさにミリアの固有魔法だ。あとはアレを使いこなせるようになればいい。今は使えないのだろう?」

「ええ、まあ」

「一度は使えたんだ。使い方さえ分かればきっと使いこなせるさ。なんせ、私の弟子なんだからな」


 ベルモールはニカッと笑った。


「さて、問題は調べる方法だが」


 先ほどと違って、困ったように眉をひそめる。


「なにぶん、私もセフィロトの魔法ばかりは何も知らないんだ。今までに見てきた文献にもそこまで詳しく載っていなかった。使える者がいないんだから、まあ当然だな。

 そうなると、もっと古い文献が必要になるわけだが」


 少し考えた末、ベルモールはこう提案した。


「ミリア、魔法学校に通う気はないか?」

 


 

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