第27話 幻の魔法セフィロト



「ん……」


 ふとミリアは目を開く。まず最初に飛び込んできたのは清潔な真っ白い天井だった。


「お、目が覚めたか」


 その声を聞いて、顔を横に向ける。

 座っていたのはベルモールだった。相変わらずのボサボサ髪にずれた眼鏡と言ういつも通りの装いだ。彼女の愛用する特製タバコの煙に害は無いとは言え、さすがに病院内ではタバコを吸ってはいない。

 そして、彼女の両の目もサファイアブルーに戻っている。両の瞳が紅く輝いていたあのベルモールの姿が現実ではなく、ただ夢の中で見ただけものじゃないのかと勘違いしてしまいそうなくらいに。


「ベルモールさん……ここは?」

「エクステリアの中央病院。気を失ったお前達3人は全員ここに担ぎこまれたんだ」


 ちなみに本来ならばフレイシアの病院に搬送されるはずだったのだが、現在のフレイシアの病院は怪我人の大量発生でパンク寸前のため、3人は已む無くエクステリアにまで送られたらしい。


「それにしても、魔力を根こそぎ奪われた上に魔力収束まで使い、最後は体ごとベルゼドに突っ込むか。全く無茶したものだな。

 おかげで左右の腕に鎖骨、さらには肋骨を4本骨折か。しばらくは入院生活確定だぞ」

「ごめんなさい」

「まあ、相手があの邪竜ベルゼドだ。見習いマージの身でありながら相対して生き残るだけでも半ば奇跡的だがな。骨折だけですんで幸いと言えば幸いだろうね。

 そうそう、魔力はまた元通りに封印させてもらったぞ」


 言われてふと見れば、胸元にはいつも通りの首飾りがぶら下がっていた。

 自分の魔力を全開で使えばどうなるか実感しただけに、それに対して何も反論はなかった。


「私は、まだ未熟ですから」

「そうだな。まあ、それでもベルゼドにお前がトドメを刺した事に変わりはない。

 さすがは私の弟子と褒めてやりたいところだが、私は天邪鬼だからな。ソレは無しだ」


 相変わらず軽口を叩きニシシと笑う師匠。いつも通りのノリで何となく安心したミリアだった。


「魔法の実力は日々修練あるのみ。それはこれからのお前の努力次第だろう」

「そうですね」


 そこで2人の言葉が途切れ、しばらく部屋が沈黙に包まれる。

 やがて、ふとミリアはこう呟いた。


「……昔、私を助けてくれた大魔道アークの魔道士はベルモールさんだったんですね」

「ああ」

「どうして教えてくれなかったんですか?」

「言う必要もなかったからさ。大魔道アークと言う呼び名は人々に要らぬ畏怖を与えるからな。必要以上に広まらせたくないんだよ」


 そうベルモールは言う。

 前にエクリアに聞いた言葉がミリアの脳裏に蘇った。

 エクリアはこう言っていた。普通魔道士が目指す階級の最高位は賢者ソーサラーであり、それを超える大魔道アークと言う階級はいわゆる規格外の称号。悪く言えば化け物だと。


「今回だって、魔道法院からシャドウブレイドの権限が与えられなければ表には出ないつもりだったからな」

「シャドウブレイド?」

「魔道法院の法院長からのみ大魔道アークの魔道士に与えられる、全指揮権の譲渡を含む特別な権限だ。基本的に魔道法院の魔道士達では対処不可能と思われる事例に直面した時のみ、この権限と共に私に依頼が回ってくる」

「じゃあ今回も」


 ミリアの言葉に頷くベルモール。


「相手はあの伝承に伝わる邪竜ベルゼドとされていたからな。さすがに私が出ないとどうしようもないだろう。さすがに復活したベルゼドとお前達が戦っているのを見た時は目を疑ったがね」

「そう言えば、エクリアとリーレは?」

「隣の部屋だ。今親御さんと面会してる。デニスとセリアラも先ほど来たが、強引に帰らせた。前々から思っていたが、あいつらは凄いな。いろんな意味で」

「あはは、お恥ずかしい話です」


 ミリアは掛け布団に顔を隠す。


「それと、リアナとグリエルが見舞いに来たぞ。お前達、グリエルからリアナを捜して欲しいって依頼を受けたらしいな。そのグリエルから言伝だ。入院の費用は全部グリエルが払うんだとさ。本人もまさかここまで大事になるとは思いもしなかったそうだ。

 それと、また後で見舞いに来るとも言っていた。直に礼を言いたいそうだ」

「そうですか」


 それだけ言ってベルモールは立ち上がる。


「さて、そろそろ店に戻るかな。ミリアがいないから朝晩の食事が大変なんだ。ニャーミの奴、使い魔の癖にお前の食事で舌が肥えたのか文句ばっかりでな。早く退院してくれ」

「それくらい自分でできるようにしてくださいよ~」


 そんなミリアの苦言は華麗にスルーしつつ、ベルモールは病室から出ようとする。

 と、その前にふと思い出したように、


「そうそう、これを渡しておかないとな」


 言いつつベルモールは小さなプレートのようなものをミリアに投げて寄こした。そのプレートには魔道士協会の紋章と、杖のマークが1本斜めに通っている。それを見たミリアは思わず顔を上げた。


「ベルモールさん、これって」

「3人がかりとは言え、一度はベルゼドを退けたんだ。資格的にはもう十分だろう。リアナの推薦もあったしな」


 ミリアに笑いかけ、ベルモールはこう続けた。


「今日付けでお前の階級は『正魔道士セイジ』に昇格だ。めでたく見習いは卒業だ。おめでとう、ミリア」


 初めはキョトンとしていたが、言葉の意味を理解するごとにみるみる笑顔が広がった。


「あ、ありがとうございます、ベルモールさん!」

「次の階級は『上級魔道士ウィザード』だ。以後精進するようにな」





 それから約2週間後。ある程度怪我が癒えたミリア達3人はフレイシアの街を訪れていた。

 あのベルゼドの猛威によって廃墟と化した東地区。そこには多くの人が壊れた建造物の修復作業のために忙しそうに行き来している。損傷が軽かった建物にいたってはすでにある程度修復が終わっていた。


「……派手に破壊されたものよね」


「神獣の中でも最強種の1つ、竜族の王ベルゼド。街をこんなにする相手と戦ってよく生き残ったもんだって今更ながらそう思うわ」

「でも、この調子なら復興は早そうですよ」


 そんな感じで話しながらミリア達がやって来たのは、彼女らが最後にベルゼドとの決戦を挑んだ場所。フレイシア図書館は見るも無残に打ち砕かれており、人々がその瓦礫の中から無事な書物を掘り起こしている。その目の前は見事に抉り取られて更地になった広場があった。無論、これはベルモールが使った雷撃の魔法の影響ではない。ミリアの使った魔力収束による灼熱の爆裂弾ブレイズフレアの魔法の影響である。


「う~ん、いくらベルゼドを倒すためとは言え、やりすぎたかなぁ」

「まあ、相手が相手だったからね。仕方ないんじゃない?」

「死ぬよりはマシです」


 と、そこへ、


「ミリアさん、エクリアさん、リーレさん。退院したんですね」

「あ、リアナさん。それにグリエルさんも」


 人ごみを抜けてやって来たのはリアナとグリエルの2人だった。グリエルは普段着だが、リアナの方は魔道法院の正装姿だった。


「失踪事件の件ではお世話になりました」

「いえいえ、グリエルさんこそ、リアナさんと無事再会できてよかったですね」


 これに関しては本当にそう思う。何せ、リアナを救出した後であのベルゼドとの戦いである。下手すればあの時点でリアナが死んでいてもおかしくなかった。

 その意見にエクリアやリーレだけでなく、リアナも「そうですね」と深く頷く。


「リアナさんは今日はお仕事ですか?」

「ええ。魔道法院の一員として、このフレイシアの復興のお手伝いをしなくては」


 3人の姿を見たリアナがふとある事に気付く。そのマントの留め金に取り付けられた輝く新品のエンブレムプレートに。


「あら、みなさんセイジに昇格したんですね」

「あ、気付きました? リアナさんも推薦してくれたんですよね」

「フフフ、当然ですよ。みなさんの功績を考えればね」


 笑うリアナ。まあ、あの伝承にある邪竜ベルゼドに対し、再生されたとは言え一度はダウンを奪ったのだ。セイジへの昇格条件としては十分過ぎると言えるだろう。


 それにしても、とミリアは思う。

 目の前の広場になっている場所。つまり魔力収束による灼熱の爆裂弾ブレイズフレアの魔法の着弾地だが、そこに多くの作業員らしき人達が集まっている。そこに建物を建てるでもなく、ひたすら話し合っているだけにも見えた。


「あの人達、何をしてるんですか?」

「えっと実はですね」


 やや言い難そうにリアナが言う。


「復興の際にここに公園を造る予定なんですが、その中心に銅像を建てようって話になったんです」

「銅像?」

「はい」


 言いつつ、リアナは1枚の図面らしき物を取り出した。


「これがその銅像の完成図なんですが……」


 見せてくれた図面を見たとたんに思わず吹き出しそうになる。

 何とそれは、1体の巨大な竜と戦っている4人の魔道士の像。その光景が何を意味しているのかはミリアだけでなく、リーレやエクリアにだって考えなくても分かるようなシロモノだった。


「この4人の魔道士の内、前の3人ってあたし達よね」

「後ろの魔道士はベルモールさんですね」

「つまり、私達がベルゼドと戦っているシーンを模した銅像って事ね」


 4人の魔道士は全員フードをかぶっていて表情は伺えないのでどの魔道士が誰なのか判断する事はできない。しかし、この構図を見れば分かる人は分かるだろう。


「何だか恥ずかしい……」

「まさか、この像を提案したのって」

「領主のグレイド・フレイヤード様です」

「お、お父様……」


 エクリアは思わず天を仰ぐ。


 ちなみに、あの騒動の後グレイド・フレイヤードは魔道法院に自ら出頭し、裁きを受ける事を望んだ。

 そして裁判を行った結果、彼は当時邪竜ベルゼドに体を乗っ取られていた事がリアナやベルモールの証言から明らかになり無罪放免となった。

 だが、やはりグレイド本人は咎無しでは納得できなかったらしく、フレイシアに戻ってから自らの資産を崩して街の復興に尽力している。復興が一段落したら領主の座を辞する事も考えているらしい。

 もしかしたら、この銅像は自らの戒めと言う意味合いもあるのかもしれない。例えベルゼドに操られていたとしても、この惨状を招いたのは自分の責任である事に変わりはないと。

 ミリアは図面を見ながらそう思った。


「ねぇ、グリエル。折角だから、私達の式もこの公園でやらない? ここに完成する銅像の前ででも」

「そうだなぁ、それもいいかもしれないな」

「式?」


 あ、とグリエルとリアナは顔を見合わせ、少し顔を赤くする。

 そして、え~と、とグリエルが頭を掻きながら話を続けた。


「実は僕ら、ここの復興が一段落したら結婚する予定なんです」


 リアナも嬉しそうに左手を見せる。その薬指には綺麗な宝石の入った指輪があった。

 そんな幸せそうな2人に対し、


「確かそう言う言葉っていわゆるしぼ――」

「あははははは、それはおめでとうございます」


 とんでもない事を口走りそうになるリーレの口を慌てて塞ぐミリア。とりあえず笑って誤魔化しておいた。


「みなさんにも招待状を送りますから是非とも来て下さい」

「はい。喜んで行かせて頂きます」


 グリエルとミリアは手を振りながら仲良く去って行った。


「いいなぁ。あたしもああいう人が早く欲しいなぁ。ミリアもそう思わない?」

「う~ん、私はまだまだ先かな。なにせパパが『ミリアが欲しければこの俺を倒してからにしろ』なんて言いそうだし」

「絶対無理だと思います。ある意味、ベルゼドを倒すよりも」


 きっぱりと言い切るリーレ。

 そんな彼女の言葉に、自分の父が元大魔王候補筆頭である事を知らないミリアは不思議そうに首を傾げるだけだった。


「それに、私達には目標があるからね。私はベルモールさんと同じ大魔道アークの魔道士になるって言う目標が」

「あたしは父のような一流の賢者ソーサラーに」

「私もエクリアちゃんと同じです」


 差し出したミリアの手に、エクリアとリーレもその手を重ねる。3人はお互いに顔を見合わせて、


「今は、その目標を達成する事を第一に考えよう。2人とも、頑張ろうね!」


 3人の「お~っ」と言う揃った声がフレイシアの空に響き渡った。

 さて、と空を見上げるミリア。太陽は天の頂点へと差し掛かろうとしていた。


「ところでエクリア。そろそろお昼ご飯の時間だけど、確かグリエルさんの依頼が無事に終わったらエクリアのお屋敷でご馳走してくれるって約束だったわよね?」


 ベルモール譲りのニヤリ笑いでミリアはそんな事を言う。


「う……覚えてたんだ」

「あはは、当然覚えてるわよ」

「し、仕方ないわね。それじゃあ屋敷へ向かいましょ。リーレも来るわよね?」

「はい。ご馳走になります」

「ついでにエクリアの部屋でも探索してみますか」

「やめて~!」


 そんな感じで3人は和気藹々とフレイヤード邸の方へと向って歩いていった。








 その頃、エクステリアの薬局エミルモールではベルモールが今回の事件の報告書に目を通していた。


「……」


 ベルモールの目はその内の1枚に釘付けになっている。

 それは邪竜ベルゼドとの戦いにおけるエクリアとリーレの証言。


 彼女達は口を揃えて言った。

 魔力収束による大火球でベルゼドのドラゴンブレスと対抗した時、突然大火球が光に包まれて消え、同時にドラゴンブレスが消滅し、ベルゼドの上半身が爆散した。まるで世界が上書きされたかのような感覚だったらしい。


 そして、ミリアがその時に発した言葉。


「……アイン・ソフ・オウル」


 古ぼけた魔道図鑑の1ページを見つめながら呟く。


「因果律を司る原初の樹、生命の樹セフィロトの魔法……

 これをあの子が使ったと言うのか……」


 生命の樹、セフィロト。


 この世のありとあらゆる物事の流れを司り、創世から現在までに至る全ての事象と全ての生命の流れを宿した大樹。

 その名を冠するセフィロトの魔法とは因果律を意のままに操る事ができる魔法の事だ。

 このセフィロトの魔法だけは誰でも使えるものではなく、セフィロトの樹に選ばれた者にしか扱えない魔法と言われている。

 もちろん、アークの魔道士であるベルモール自身もこの魔法は使う事ができない。


 そして、アイン・ソフ・オウル。その意味は『無限光』。創世の要とされる現象で、この光は時間すらも飛び越えると言われる。これを使いこなせるものは全ての事象から時間までも意味を成さなくなる。

 つまり、あの時、ミリアはこの無限光に乗せて魔法を過去に飛ばした。そして、過去のベルゼドに炸裂させたのだ。ドラゴンブレスが消えたのは、炸裂させたのがドラゴンブレスを放つ前だったからだろう。そのため、ベルゼドがドラゴンブレスを放ったと言う事象自体が消滅した。

 いかなる存在であろうとも、時間を飛び越えた攻撃には何の対応もできない。

 現代から過去に直接干渉する。因果律を操って新しい事象を生み出す、まさにこのエンティルスの世界を生み出した神と魔が使用したとさえ言われる幻の魔法。

 それこそが、このセフィロトの魔法だった。

 これを持ってすれば、世界を自分の思い通り、文字通り作り直す事も可能となるだろう。


「デニス、セリアラ。お前達の娘はとんでもない魔道士になりそうだぞ……」


 ベルモールはふぅ~っと椅子に深く背を預け、誰にともなく呟くように言った。


 彼女だけは絶対に歪ませてはいけない。

 『あの人』のようにだけはしてはいけないと、ベルモールは誓った。


 そう、遠い昔、力に囚われ、歪んでしまったために世界と敵対したあのアークの魔道士のようには。




    第1章 復活の邪竜  終



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