第26話 灼眼の雷帝



 それは、天空の雲までも吹き飛ばしてしまいそうなほどの強烈な衝撃と爆風。大気から大地までも振動させるほどの轟音が、ベルゼドの絶叫をも掻き消して街中に響き渡る。

 上半身を完全に吹き飛ばされたベルゼドの残骸が、ゆっくりと仰向けに倒れ地響きと土煙を上げた。

 それを見て、3人は放心したようにペタンと座り込む。


「……一体何が起こったの?」


 突然、大火球とドラゴンブレスが消滅したと思った瞬間に、ベルゼドの上半身が轟音と共に爆散したのだ。

 過程が丸々消え去ったようにも感じた。


「ミリアちゃんがやったの?」

「……」


 正直な話、ミリア自身にも何が何だか分かっていなかった。

 あの蒼い世界の大樹。あのイメージは脳裏に残っている。しかし、ミリアにはあの刻印について、もう何が書かれていたのかは思い出す事はできなかった。


「私は、一体何を……」


 呆然とするミリアの横で、雰囲気を変えようとエクリアが明るく声をかける。


「な、何はともあれ、私達が勝ったのよね」


 はぁ~っと大きく息をつく3人。


「もう魔力はすっからかんよ。精神力だって限界」

「簡単な魔法すら使えそうにないです」

「ホントにもうダメかと思ったわ」


 あんな伝説の邪竜と戦う事になろうとは、とエクリアが仰向けに倒れた残骸に目を向けたそこでピタッと固まった。


「ど、どうしたの?」

「……あ、あれ」


 エクリアが震える指先で指し示すそこには。


「う、嘘でしょ」


 愕然とする3人。そこにはまるで泡が吹き出るようにして中の肉が膨れ上がり、体がどんどん再構築されているベルゼドの姿があった。とてつもない再生力。下手すればフロムエージェの蔦並みの再生力があるのではなかろうか。


「じ、冗談じゃないわ。上半身を吹き飛ばしてもまだ倒せないって言うの?」


 震える声で呟くミリアの目の前で、ついにベルゼドは完全な姿となって立ち上がった。


『……一体何をしたのかは知らぬが、残念だったな』


 愕然とする。

 邪竜ベルゼド、アレは本当に竜族なのか? そう自問するしかなかった。アレは明らかに竜族の再生力を超えている。


 もう3人には戦える力は欠片も残っていない。

 そんなミリア達の方向へと容赦なく巨大な尾をフルスイングした。その一撃で図書館が粉砕され、3人も宙へと体が投げ出された。まともに動く事さえ困難だった3人は、そのまま何の抵抗もできずに地面に叩きつけられた。


「あう……」


 思いの他ダメージが大きく、かろうじて上体を起こすくらいしかできない。エクリアとリーレもミリアの近くで気を失い横たわっている。


「守らないと……エクリアとリーレだけは……」


 激痛の走る全身を引きずるように2人の元へと向かうミリア。

 その後方から赤い光がミリアを照らす。それは、ベルゼドの口から放出される火焔のブレスの光だった。もう今の状態では防ぐ事も避ける事もできそうにない。

 観念したミリアに向かって、ドラゴンブレスが放たれる。その瞬間――


 真横から飛んできた光の砲撃がベルゼドの頭部に命中し、ドラゴンブレスは大きく反れて彼方の山で爆炎をあげた。


 それを放った人物は、ミリア達の目の前に仁王立ちする。

 風に翻った魔道士のマント。

 大きく風になびく銀色の長い髪。

 それを信じられないもののように呆然と見つめるミリア。

 そんな彼女に向かって、その人物はニッと笑った。


「よく頑張ったな、ミリア。一応、褒めてやるぞ」

「べ、ベルモールさん……」

「後は私に任せろ。あいつの相手は私がしてやる」


 そこへ、ベルモールと一緒についてきたリアナと魔道法院の魔道士達がミリアの元へとやって来る。


「ミリアさん、大丈夫ですか?」

「あはは、まあ死んじゃいないです」


 何とか無理に笑顔を作る。


「それよりも、エクリアとリーレの2人を」

「大丈夫。ちゃんと治療をしますから。それより少し離れましょう」


 ミリアはリアナの肩を借りて何とか立ち上がる。


「ベルモールさん、1人で大丈夫なんですか?」

「心配要らないでしょう。あの人こそ、エクステリアの街にただ1人滞在するアークの魔道士、灼眼の雷帝クリムゾン・アイズその人なんですから」

「え?」


 思わず耳を疑うミリア。ベルモールさんがクリムゾン・アイズ?

 その目の前でベルモールの雰囲気が一変する。


「ミリア、1つお前に黙っていた事がある。実はな、この私自身も自らの魔力に制限をかけているんだ。

 頑張った褒美に見せてやろう。この私の本当の力を」


 そう言って、ベルモールは小さく何かを口ずさむ。

 その瞬間、彼女の全身から凄まじい魔力がほとばしった。さらに、サファイアブルーだったベルモールの目が見る見るうちに紅い色へと変化する。それだけではない。紅く変わるだけではなかった。紅い輝きを放っていたのだ。ベルモールの両の瞳が。いや、両の目に浮かび上がっている魔力制御の紋章がだ。


 そうか、とミリアは理解する。

 クリムゾン・アイズとは、『紅い瞳の魔道士』と言う意味ではなかった。『紅く輝く瞳の魔道士』と言う意味だったのだ。それならば、該当するのは一人しかいない。今、目の前にいる魔道士、ベルモールしか。


「さて、これ以上戦いを長引かせてこの街を廃墟にするわけにもいかないからな。悪いが、一撃で決めさせてもらう」


 言うが早いか、ベルモールは上空に指を突きつける。その指先から一筋の光が天へと立ち上った。直後、上空が驚くべき変化を引き起こす。街の炎によって赤く染まっていた空は、まるで塗り替えられるようにして分厚い雲に覆われ、気付けば雲間に稲光が無数に走るほどの一面の雷雲の海となっていた。


「まさか、これって」


 見覚えのある光景だった。夢ではない。遠い過去の記憶の中で、この空の光景を。


『女、貴様はまさか!!』


 ベルゼドもこれは危険だと感じたか。猛烈な勢いでベルモール目掛けて襲い掛かる。

 だが、それは若干遅かったようだ。

 ベルモールはニヤリと笑い――


「受けてみな! 私の神の雷を!!」


――雷神の鉄鎚トールハンマー!!――


 右指先を振り下ろす。

 それはもう落雷とは呼べないシロモノだった。雷雲のありとあらゆる場所から一斉に稲光が走り、それが一点に結集。まるで巨大な光の大槌のようにベルゼドを頭から飲み込んだ。眩い黄金色の光と轟音。さらに空気が震えるゴロゴロゴロという雷特有の音が戦場に響く。

 全身の大部分が雷撃の衝撃で弾け飛び、残った残骸からブスブスと黒煙を上げながらベルゼドの巨体はうつ伏せに倒れ伏した。


「これが……雷撃の魔法」


 間違いない。ミリアは確信した。この魔法、遠い過去にミリアを助けてくれた魔道士が使った魔法だ。つまり、ミリアが目標としていた魔道士はベルモール自身だったのだ。


「……妙だな」


 だが、ベルモールは奇妙なものを見るようにベルゼドの残骸を見つめている。

 その目線の先では、先ほどの雷撃の魔法ですでに全身のほとんどが消滅したと言うのに、またもや体が再生しているのだ。まるで時間が巻き戻るように。


「竜族は高い再生力を持つと言うが、あれは異常だな。何かありそうだ」


 ベルモールは追撃とばかりに強烈な雷光を放つが、ベルゼドは肉が膨れ上がるように傷口を埋めていく。


 その時、ミリアは見た。その再生の中心となっているのが、あの赤い鱗である事を。

 それを見て、邪竜との激しい戦いですっかり忘れていたベルゼド復活に使われた魔法を思い出した。そして、それに導かれるようにして異常なほどのベルゼドの再生力の秘密も。


 ミリアは何とか痛む体を無理やり起こしてベルモールに自分の導き出した答えを伝えた。


「ベルモールさん、あれは『記憶解析』によって鱗から読み取ったベルゼドの体を『具現化』させているだけです。ベルゼドの体が再構築されたわけじゃない。だから、コアである鱗をどうにかしないと何度でも再生します」

「……なるほどな。具現化の魔法が作用している間は永遠に体が失われる事がないという事か。考えたものだな」


 面白げに笑うベルモール。


「で、そこまで分かったなら何か対策を考えているのだろう?」


 言われてミリアは頷く。


「何とか懐まで踏み込めれば、後は私が何とかします」


 ベルモールはそう言い切るミリアを見つめる。

 体はもうボロボロなのに、その目だけはずっと強気な光を宿したまま。


(全く、こう言う所は両親にそっくりだ。さすがは親子と言ったところか)


 心の中でそう呟き、ベルモールは面白げに笑みを浮かべた。


「いいだろう。ならば足止めは私がしてやる。ベルゼドを打ち倒して見せろ、ミリア!」


 言い放ち、ベルモールはすでに体の大部分を再生したベルゼド目掛けて再び落雷を降らせた。

 上空からまるで雨のように降り注ぐ稲妻が槍のようにベルゼドの体を貫いていく。

 しかし、ベルゼドの体は欠損の生じた先から再生を繰り返す。まさに際限が無い状態だった。


「……勝負は一度きり。できるかどうかじゃない。

 やる。この私の手で!」


 ミリアは辛うじて残っている魔力を搾り出す。これなら一度突風を放つ事くらいはできる。

 それで十分。

 覚悟を決めて、ミリアはぐっと体を低く構える。両手を地面につき、そして一気に突風の魔法を解き放った。


 それはまさに砲弾のようだった。


 ミリアの体は突風によって射出され、一直線にベルゼドへ向かう。

 だが、それをベルゼドも気づいていた。

 溶け爛れた頭をそのままに、雷撃の槍に貫かれて千切れかけた腕を振り回すようにミリア目掛けて振り下ろそうとした。


 しかし、それだけだった。


『な、何だ? 体が動かんだと!?』


 まるで金縛りにでもかかったかのようにベルゼドの全身が硬直する。指一本も動かせない。

 その時、ベルゼドの脳内に直接声が響いた。


(ベルゼドよ。いつまでも私の体を好きにはさせんぞ)


『き、貴様は……まさか、グレイドか。

 おのれ……この後に及んで、まだこの余に歯向かうか!!』


 その時、ベルゼドの目に飛び込んできたのは、懐であの腕にチョーカーを巻きつけたミリアの姿。

 そして、その体ごと鱗に『魔力霧散』の力が宿ったチョーカーが打ち込まれた。


 その瞬間、眩い光が辺りを照らし出す。


『がああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!』


 光の中でベルゼドの絶叫がフレイシアの空に響き渡った。


 魔力霧散の力はたちまちベルゼドの鱗にかけられた『記憶解析』と『具現化』の魔法を掻き消していく。

 そして、同時に鱗に宿ったベルゼドの精神までも。

 精神の移植もまた魔法の一種。これも魔力霧散からは逃れられない。


『あ……ああ……よ……余が……この竜王たる余の存在が……余の全てが消えていく……』


 体は徐々に光の粒子となって虚空に舞い散っていく。

 それはまるで夜空に舞い散る粉雪のように。


 そしてその数分後。

 まるで何もなかったかのように、今やベルゼドの存在すら消滅した鱗だけがそこに転がっていた。

 意識を失ったフレイシアの領主グレイド・フレイヤードと共に。


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