第29話 カイトとシルカ

 授業が午前で終わり、人気が疎らになったヴァナディール魔法学園。

 その学長室で書類整理をしていたアルメニィ学園長の元に生徒会長のシグノアが訪れていた。


「学園長。少し相談したい事があります」

「どうかしたのかい? 珍しいじゃないか、君が学長室に訪ねてくるなんて。相談役なんて他にも沢山いるだろうに」


 君は王太子なんだからとアルメニィが苦笑するが、シグノアはあくまで真面目な顔を崩さない。


「これを見てください」


 シグノアは学長室の執務机の上に1つの小瓶を置いた。それはブライトンが使った薬液の空き瓶だった。


「これは?」

「前にブライトンが使った薬液の空き瓶です。そしてもう1つ、この小瓶を」


 言いながらシグノアはもう2本の小瓶を執務机の上に置く。アルメニィは計3本の空き瓶を見つめながら呟く。


「同じデザインのようだね。これがどうかしたのかな?」

「誤魔化さないでください! アルメニィ学園長ならこれが何かは知っているはずです!」


 シグノアはドンッと机を強く叩いた。

 目を大きく見開いたアルメニィだったが、やがて首を振って大きく溜息をつく。


「まあ君なら気付いただろうね。

 確かにそこにあるのは全てルルオーネなどの禁止薬物が入っていた薬瓶だろう。まあ、ブライトンの使った物は違う物だったようだがね。尤も、人を魔獣に変えるなどルルオーネ以上の問題薬品だったようだがな。

 そして、その小瓶に刻まれたマークは互いに尻尾を食い合う8の数字を横にした無限大を意味する2匹の蛇のマーク。一般的にウロボロスと呼ばれるマークだ。これは、かつて世界を席巻した魔道士の象徴」


 ふう、とアルメニィはもう一度溜息をついた。


「組織ダルターク。あいつらがまたこの学園に手を出してきたという事だな」


 シグノアは小瓶を肩から下げていた鞄に戻し、


「学園長。僕が聞きたい事はただ1つです。

 あの編入生、ミリア・フォレスティの事です」

「ん?」

「この一連の事件はどうもミリアさんがこの学園に来てから起こり始めたように見えます。

 それにあの見た目にそぐわない莫大な魔力。

 僕は最初、彼女が組織から送り込まれた刺客かと思いました。ただ、それにしては隙が多い。ルルオーネの使用容疑を着せられて拘束されるなんて、刺客としては余りにもお粗末だ。

 では、組織の関係者でもないとしたら、彼女が何なのか全然分からなくなりました。あれだけの力を持ちながら、なぜ彼女はこの学園に来たのでしょうか」


 本当に分からない、とシグノアは真剣に悩んでいた。それがやたら可笑しく見えたアルメニィは思わず吹き出してしまう。


「な、何ですか。笑う事ないでしょう」

「くくく、いや、まさか君があの子をそこまで気にしてたとはね。ルグリア君が聞いたらヤキモチを焼くかもな」

「む……」


 言い淀むシグノア。無くはないらしい。


「心配しなくていい。彼女は私の古い友人から頼まれたんだよ。君も聞いただろう。編入式での彼女の言葉を」

大魔道アークになる。そう言ってましたね」

「彼女は見た目そのまんまな子だ。良くも悪くも一直線。大魔道アークになるための道をただ真っ直ぐに突き進む。だから心配はいらない。彼女は味方だよ」


 そう、彼女はあの変わり者の大魔道アークベルモールが唯一育てている愛弟子なのだから。

 そんなアルメニィを見たからか、ようやくシグノアも表情を崩す。


「分かりました。では僕はこれから魔道法院にこの小瓶を届けて来ます」


 そう言って学長室を後にしようとしたその時、廊下からバタバタと焦ったような足音を立てながら、衛兵が1人駆け込んで来た。

 ゼェゼェと切れる呼吸をそのままに、衛兵はアルメニィの前でその報告をする。



「た、大変です!

 学園都市外れの廃墟地帯に百足龍虫ドラゴンセンチピードが、現れました!」





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 地の精霊ノームのトンネルの出口が作られていたのは廃墟となった町の端の方だった。距離にして約200メートルほど。視界の遠くに小さく百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭部付近が見えた。


「ここまで離れれば大丈夫かな。ありがとう、ナルミヤ、ノーム達も」

「いえ、私はなにもしていませんし。ノーム達は役に立てて喜んでるみたいです」


 ミリアは改めて百足龍虫ドラゴンセンチピードのいる方を目を向ける。

 この事は避けては通れない。今すぐ決めないと行けない事だ。


「さて、百足龍虫ドラゴンセンチピードが出てきた以上、討伐隊が組まれるのは時間の問題でしょう。ここで私達にとって問題となるのは」


 ミリアはカイトに目を向ける。

 カイトも「分かってる」と頷いた。


「シルカの事だよな。あの魔蟲達は、間違いなくシルカの指示で動いていた。つまり、シルカには魔蟲を操る力があるって事だ」

「あの魔蟲達の軍隊のような統率された動き。普通じゃない」

「分かってるよな、カイト」


 レイダーがカイトに目を向けてはっきり告げる。


「このままだと、シルカも間違いなく討伐対象になっちまう。まず、間違いなくな」


 魔蟲達が暴れるだけならば何とか誤魔化しようがあるが、あのような一糸乱れぬ動きをされては言い訳のしようがない。討伐隊も馬鹿ではないのだ。魔蟲達は何者かが操っていると気付くだろう。そしてそれがシルカだと確信するのも難しい話ではないはずだ。


「えっと、『魔蟲奏者』って言ってたっけ?

 魔蟲を操れるなんて凄いよね。正しい使い方をすればあれほど有意義な能力もないんだけど」


 あの時のシルカを思い出す。

 発言、行動など全てを通してマトモじゃなかった。

 おそらく、今の彼女の中では全てがカイトを中心に動いており、それ以外の全てが不要なものと写っているに違いない。


「う〜ん、シルカってあんな性格だった?」


 そのミリアの質問に全員が即首を横に振る。


「ややカイトに依存してる節はあったけど、あそこまで病んではいなかったわ」


 ヴィルナの答えにレミナも頷いた。


「シルカ、良い人。私、好き」

「と言うよりも、今のシルカさん、普段のシルカさんと比べてカイトさん以外の部分が丸々反転しているみたいです」


 確かに、とナルミヤの意見にミリアも同意する。


 ミリアの知る限り、シルカの性格はどちらかと言えば引っ込み思案な方だった。カイトに関係する事以外にはあまり目立った行動をしない。カイトと一緒にいる時ですら、基本カイトの後ろでただ見守っているだけ。

 それが今のシルカはどうだ。

 カイトに必要なのは自分だけ。カイトを守るのも自分だけ。だからカイトに仲間はいらない。カイト自身の戦闘能力もいらない。カイトが学ぶ場所もいらない。挙句、カイトが戦わないように戦えない体にするなどと本末転倒な事を言い出す始末。


 あまりにも極端すぎる。これは何かあると、誰でも考える結論だ。


「あいつは、自分の事を『シルカの中で生まれたもう1人のシルカ』だと言ってた」

「もう1人のシルカ? 二重人格って事?」


 聞き返すミリアにカイトは首を振る。


「分からない。今までそんな話を聞いた事もないし、あんなシルカは見た事もなかった」

「突然現れた2つ目の人格か」


 ふ〜む、とミリアは考え込む。

 突発的な二重人格とは何かしらの精神的なショックや心が壊れかねない出来事があった時、心を守るためにその負の感情を押し付ける先として生み出されると聞いた事があった。しかし、ミリアが知り合ってから今までに二重人格が生まれるような、シルカにとって衝撃的な出来事は無かったはず。それよりも前ならば、少しくらい幼馴染のカイトが知っていてもおかしくないはずだ。あんな極端な、悪く言えば病んでいるような性格の人格なのだから、忘れているなんてありえない。


 では、あの人格は一体いつ生まれたのか。

 ここ1ヶ月間?

 シルカがカイトの所にいなくなったのはその程度のはず。その間にシルカの身に何かあったのか。



 その時、ミリアの脳裏に浮かんだのは駅で暴れ回っていた狂気の男達と、魔獣と化したブライトンの姿。


 まさか、とミリアは顔を上げた。

 そしてカイトに目を向け、こう問いかける。


「カイト、1つだけ確認するわ。

 貴方、シルカを助けたい?」

「そんなの当たり前だろ!」


 思わず大声を上げてしまい、カイトは気まずい顔をする。それはカイトがシルカを思うが故であるだろうなとミリアは判断した。


「いい、よく聞いて。多分分かってると思うけど、百足龍虫ドラゴンセンチピードが現れた以上、大規模な討伐隊が組まれるのはもう避けられない。そうなると、魔蟲達を操るシルカの命も狙われる可能性が高いわ」

「そうね。魔蟲奏者なんて、固有魔法にしても異質だわ。何より、特A級の魔巨獣ギガントモブに該当する百足龍虫ドラゴンセンチピードを操れるのが一番ヤバい」

「うん。最悪、討伐対象に設定され賞金首。良くて死ぬまで戦闘兵器扱いね」


 ミリアとヴィルナの言葉にカイトの顔が真っ青になる。あのシルカの力はアザークラスの誰よりも戦争に向いている。権力者が知ればどんな手を使ってでも手に入れようとするだろう。


「何か、シルカを救う手はないのか?」


 懇願するようなカイトの目に、ミリアはあくまで真顔で告げる。


「あるにはあるけど、結構リスクが高いわよ。

 私がさっきカイトにシルカを助けたいか聞いたのは、どんなリスクでも追う覚悟があるかって意味だったのよ」

「リスク……」

「改めて聞くわ。

 カイト、シルカを助けたい?」


 カイトは自分自身に問いかけるように無言で目を閉じる。そして、


「助ける。俺はどんなリスクを負ってでもシルカを助けたい!」


 そうはっきりと告げた。その表情には迷いはなかった。


「分かった。なら私も協力する。みんなは?」

「あ? 何言ってんだ?

 この俺が仲間を見捨てるわけねえだろうが」

「シルカ、助ける」

「精霊さん達も協力するって言ってます。もちろん、私も」

「私には別にシルカを助ける義理は無いんだけどね。ま、あの子がいなくなると後味が悪くなるし、付き合ってあげるわ」


 ヴィルナの天邪鬼発言は平常運転だが、とにかく全員が協力すると言った。仲間の大切さ、それを実感したカイトは全員に深々と頭を下げた。


「みんな、ありがとう!」


 その全員の様子を確認し、ミリアは続けた。


「それじゃあ、これからの方針を話すわ。

 まず大前提が1つ。

 これからの行動全て、。もし討伐隊に今のシルカを発見されたらアウト。もうどうにもならないわ。だから、討伐隊が来る前にまずシルカを連れ戻す」

百足龍虫ドラゴンセンチピードは?」

「無理。アレを倒すのは諦める。シルカを連れ戻すのと特A級魔巨獣ギガントモブの討伐両方をやるなんて無茶が過ぎるわ。

 だから、私達はシルカを連れ戻す事に全力を尽くそう」

「具体的にはどうする? 今のシルカは百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭の上だぜ?」


 レイダーの懸念は最もだ。シルカを連れ戻すと言っても、百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭の上にいてはどうしようもない。まずはシルカを百足龍虫ドラゴンセンチピードから引き離す必要がある。


「そこはまあ、なんとかするしかないわね。

 この際殺傷能力の低い風属性の魔法でどうにかするわ」

「と、言うことはその役は」


 そう呟いたナルミヤに当然のように視線が集まる。


「ま、風属性の魔法が使える私と精霊魔法の使えるナルミヤしか適役はいないわね。

 アザークラスって特化しすぎて極端なメンバーしかいないし」

「あ、やっぱり」


 肩を落とすナルミヤの周りを精霊達が飛び回っている。どうやら励ましているらしい。


「それまで、他のメンバーで百足龍虫ドラゴンセンチピードの注意を引いて。適度に牽制攻撃してくれるだけでいいから。隙を見て私とナルミヤの風の魔法でシルカを頭の上から撃ち落とすから。

 その次はいよいよカイトの番よ」

「俺の?」



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