第18話 愚者の行く末(前半)



 学園都市の外れにある廃墟。

 ここはかつてそれなりに発展した街があったと言うが、今から500年前に勃発した第2次アーク戦争によって破壊され、今では人気のない廃墟と成り果てている。

 獣さえも寝静まった夜更けに、この廃墟を訪れている1人の男がいた。

 その身に纏うのは純白の魔道法院所属を示す外套。さらにその制服の襟元には上級捜査官の階級章が着いていた。


「約束通り来たぞ。そろそろ姿を見せたらどうだ?」


 シンとした廃墟に男の声が響く。その声が夜の闇に溶けこんで消える頃、瓦礫とかした建造物の陰から1つの人影が現れた。

 雲間から顔をのぞかせた月がその姿を照らし出す。

 その人影は女性だった。こんな廃墟には似つかわしくないドレス姿。ただしその色は闇に溶け込むような漆黒。青みがかった黒髪を背まで伸ばし、整った美しい顔には妖艶な笑みが浮かんでいる。

 女性が目の前までやってきたが、男はその色気に浮かれる事も無く、むしろ険しい目で女性を睨み付けている。


「そんな目で睨まないで頂けるかしら。ザンバルク・ヴェルディア上級捜査官」

「……約束のものはこれだ。約束は守ったんだ、息子の事は黙っていてくれるんだろうな」


 小さな紙袋をザンバルクから受け取った女性は中身を確認する。そこに入っていたのは小さなビンに入ったまま冷凍保存された血液だった。その血液をじっと見ていた女性は満足げに笑みを浮かべる。


「ふふふ、確かに。間違いなくミリア・フォレスティの血液ですわね。確かに受け取りましたわ」

「あんな娘の血液を一体何に使うつもりなんだ」


 女性は意味ありげに含み笑いを浮かべる。


「話しても理解できないと思いますし、知る必要のない事ですわ」


 踵を返し、立ち去ろうとする女性にザンバルクは叫ぶように言う。


「リヴィアとか言ったな。お前達は一体何なんだ。一体何を企んでいるんだ」


 リヴィアは立ち止まると、顔だけザンバルクに向ける。その顔には蕩けそうな笑みが浮かんでいた。


「それこそ貴方には知る必要のない事ですわ。それに、深入りは控える事をお勧めします。命が惜しければね」

「……」


 リヴィアが去っていくのをザンバルクは見ている事しかできなかった。彼女の蕩けそうな笑みはザンバルクには獲物を見据える肉食獣の笑みにしか見えなかったのだから。









 結局、ミリアはその日の夜に解放された。

 もちろん薬物検査の結果など反応が出るはずもなく、それでもまだ渋るザンバルク配下の捜査官達に対し上級捜査官リアナの口添えもあってようやく自由になれたのである。

 とは言え、そもそも捕まった事自体がおかしいのではあるが。




 魔道法院学園都市支局に隣接した拘置所の入り口からスタスタと歩み出てくるミリアを、エクリアとリーレが出迎える。


「お勤めご苦労様です!」

「何よそれ」

「いや、出所した人に対してはこのセリフだって本に書いてあったので」


 キッパリ言い切るリーレをムッツリとミリアは睨む。やっぱりこの子は色々とズレてると思うミリアだった。


「パパとママは?」

「ミリアを陥れた野郎をとっ捕まえてくるって張り切って行っちゃったわよ」

「捕まえて来るって、留置所じゃないの?」

「何か知らないけど釈放されたみたいよ。麻薬の売人が証拠不十分だなんて何の冗談なのかしら。どうにも裏取引の匂いしかしないわ」

「じゃあ今も?」

「どっかにのうのうと暮らしてるんじゃないの。デニスさんとセリアラさんはそれもまた腹が立ったみたい」

「そっか。2人ともやり過ぎなきゃ良いけど」


 良くも悪くも娘ラブなあの両親である。むしろ病的と行っても良い。そんな2人がミリアを陥れた奴を探すと言う。こうなったらもう犯人が生きて連れて来られるだけでも僥倖と思うしかない。


「それと、ベルモールさんは一旦エクステリアに帰ったわ。魔道法院の本部に用があるとかで」

「魔道法院本部に?」

「何か今回のこの一件、魔道法院まで巻き込んだ大事になりそうだって言ってた」


 エクリアの話にミリアは考える。

 リアナの話も踏まえて考えると、今回のミリアが捕まった一件は明らかに魔道法院の関係者が絡んでいないと成り立たない事件だ。

 その最有力容疑者がミリアを逮捕しに来たザンバルク。おそらくベルモールもそう考えたのだろう。ザンバルクは魔道法院の上級捜査官だ。階級的にもかなり上に位置する。同階級である以上、リアナにも簡単には手出しできない。告発するにはちゃんとした証拠が必要になる。


「ま、今はパパとママがダニーって言ったっけ? あの目撃したって言ってる人を捕まえてくればハッキリするんじゃないかな」

「そうね。とりあえず帰ろうか」


 3人は揃って魔法学園の学生寮に向かって歩き出した。







 翌日、ミリアが学園に登校した時の事。案の定、ミリアは周囲からの奇異の目に晒される事となった。

 原因はもちろん、ミリアがルルオーネ使用の容疑で捕まった上に、ブライトンが有る事無い事吹聴して回ったためである。

 無論、エクリアやリーレの周りにいる人達、そしてアザークラスの仲間達はデタラメだと分かってはいるが、学園の生徒はむしろブライトンの言い分を信じる人の方が多かった。それだけミリアの力が生徒達の常識から外れていたためだった。

 学園内を歩くミリアを遠巻きに見つめながら、何やらごちゃごちゃと小声で囁き合っている。

 どうせ碌なものじゃない。ミリアは無視してさっさとアザークラスへと向かう。

 が、そんなミリアの眼前を遮る奴がいた。


「何だ。戻って来れたのか、卑怯者め」


 ニヤニヤ笑いを浮かべるブライトンと、その取り巻き連中が10人ほど。全てあの時闘技場の舞台に乱入して来た連中だった。


「卑怯者って何の話よ」

「お前が汚い方法で自らの魔力を引き上げていた事はすでにネタが上がっているんだよ!」

「俺達が真面目に魔道士として訓練に励んでいるのに、恥ずかしいと思わんのかねぇ!」


 次々とミリアを罵って来るブライトンと取り巻き達。ミリアはやれやれと頭を抑えている。


「あんた達、いい加減にしなさいよ! すでに検査でもミリアはルルオーネを使っていないと結果が出てるんだからね!」


 ミリアの隣でエクリアが怒鳴る。

 だが、ブライトンは態度を変えずにさらに叫んだ。


「そんなもの、それ以外の魔力増強剤を使っていればどうとでもなるだろうが!」

「何ですって!?」

「とにかくエクリア君。これは僕とそこのミリア・フォレスティの問題だ。君は少し引っ込んでいて貰おうか」

「く、この……」


 今にも殴りかかりそうなエクリアをミリアが止めた。


「ミリア?」

「落ち着いて、エクリア。熱くなるとあいつらの思うツボよ」


 ミリアは冷静にブライトンを見据える。


「で、どうするの。また決闘でもする?」


 決闘。その言葉にブライトンはニヤリと笑った。


「無論だ。前に貴様が勝ったのは汚い手を使ったからだと証明してやる」

「やれやれ。まあ、いいわ。それで時間は?」

「決闘は昼休み後の午後1時に闘技場だ。逃げるなよ」

「逃げないわよ」


 ブライトンは満足げに取り巻きと共に去っていった。ミリアは大きく溜息をつく。


「ったく、懲りない連中ね。エクリア、これは本当に貴女がサラマンダークラスを掌握する必要があるかもしれないわよ」

「考えとく……」







 ブライトンが再びミリアに決闘をする話は瞬く間に学園内に広がった。当然その話は学園長のアルメニィの耳にも入って来る。アルメニィはアザークラス担任のメリージアを前に渋い顔をしていた。


「バカな話だ。私の作った魔力測定器はその人物の持つ魔力の絶対値を出す。魔力増強剤みたいな後付けの魔力は一切関知しない」


 もし、現在値を感知するのであればミリアの魔力を測定しても魔力測定器は壊れなかっただろう。なぜなら、あの時点ではミリアの魔力は解放率30%に制限を掛けていたのだから。


「ではミリアさんの魔力は」

「薬の効果なんかじゃない。元々あの高さなんだよ。だからベルモールがわざわざ魔力封印の魔道具まで作って魔力を抑えたんだ。あの魔力の大きさだと、暴走すれば街が1つ消し飛びかねないからな」





 そして、午前の授業が終了し昼食の時間になる。セリアラが働き出してからやたらと客が増えた学食だが、その日は客席はまばらだった。その原因は厨房にある。


「あの、セリアラさん?」

「何でしょうか」


 同僚のコックに声をかけられ、全身からドス黒いオーラを放ちながら振り返るセリアラ。その姿はお世辞にも女神には見えない。浮かべた笑顔がその雰囲気のせいで尚更恐怖心を掻き立てる。


「あの、今日はもう帰った方が」

「なぜですか?」

「その、こう言っては悪いのですが、お客さんが怖がってます」


 そのコックもやや怯えが含まれた目で視線をセリアラの手元に移す。そこには美味しそうなオムライスがあり、そこにセリアラが丁寧に文字を書き込んでいた。


ミリアを侮辱する者に死を』


 すでにその注文をした学生は逃げ出した後だった。






 そして、午後1時。決闘の時。

 闘技場の舞台に立つミリア。そのうんざりしたような眼差しの先にはブライトンの姿。


「はぁ、どういう事かしら、これは」


 ボヤくのも仕方がないと言える。なぜなら、目の前にいるのはブライトンと――


「別に1対1サシでの勝負と言った覚えはないからな」


 同じような癪に触るニヤニヤ笑いを浮かべるサラマンダークラスの男子生徒、合計10人だったのだから。



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