第17話 暗躍する女



 面会室に入って来たリアナに全員の目線が集中する。その全員の目には敵意が満ちている。

 魔道法院の捜査官はミリアを捕まえた敵。全員の目が明らかにそう語っていた。さらに上乗せするように殺気までぶつけられて、冷や汗全開でリアナは両手を振った。


「ま、待ってください! 私もミリアさんがルルオーネを使っているなんて思っていません!

 むしろ、私はミリアさんの味方のつもりです!」

「お前は魔道法院の捜査官だろう。お前の言う事を信用しろと言うのか?」


 リアナの前にデニスが進みでる。その全身から相変わらず強烈な殺気と怒気が織り混ざった押し潰すような圧力プレッシャーがリアナに向かって叩きつけてくる。思わず逃げたくなるのを我慢して、リアナはデニスに視線を合わせた。


「わ、私もミリアさんの事はよく知ってます!

 魔道法院の証に誓って、私はミリアさんの味方です!」

「……」


 無言のままジッとリアナを見据えるデニスと、必死に折れそうになる心を支えながら見返すリアナ。そこへミリア自身が助け舟を出す。


「パパ、そのくらいにして。リアナさんは信頼できる人だよ。私が保証する」

「そうですね。一緒に邪竜ベルゼドと戦った仲ですし」

「あたしも助けられたし、リアナさんは信用できると思うよ」


 ミリアだけでなく、エクリアとリーレも同意した。


「……そうか。分かった、信じよう」


 デニスの全身から発していた圧力プレッシャーが霧散して消え去る。リアナは脱力してぺたりと床に座り込んでしまった。

 のちに彼女は語る。あの時デニスやセリアラから感じた圧力プレッシャーは邪竜ベルゼドよりも大きく、濃厚な死の匂いに満ちていたと。




 まだ心臓がハイテンポを刻んでいるが、リアナは深呼吸を1つして話を持ちかけた。


「皆さんの言うブライトンと言うのは、ブライトン・ヴェルディアで間違いありませんか?」

「ええ、間違いないわ」


 答えたのはエクリア。


「同じサラマンダークラスだからね。名前は覚えてるわ」

「そうですか。

 ミリアさん達はもう知ってると思いますが、私もまた王都に蔓延するルルオーネの出所を探っています。一週間前に暴徒を鎮圧した事を覚えてますか? あの駅での事です」


 それを聞いて「ああ、あの事か」と思い出す。

 王都ヴァナディに向かう途中の駅、サウスヴァナディ駅で遭遇した魔道法院の魔道士と暴徒となった魔道士の戦闘の事である。確かにあの暴徒達は正気ではなく、魔力の常態からしてもルルオーネの使用を疑われる状態だった。


「って、私、あの暴れた連中と同列に扱われてるわけ? 何か腹立つなぁ」

「さすがにそれは無いと思いますよ」


 リアナは苦笑する。どう見てもミリアにはルルオーネを使用したような症状は見られない。彼女の大魔道アークになると言う発言だって、それは彼女の目標であって、決して気分が高揚したために出た妄言ではないのだ。


「その暴徒の記憶の解析は行ったのか?」


 ベルモールの質問にリアナは頷き、


「もちろんです。ただ、ルルオーネによってすでに精神が冒されていたのかちゃんとした記憶がほとんど読み取れませんでした。唯一、捜査材料になりそうだったのはここヴァナディールの学園都市の一角にある店が関係しているかもしれないという事だけです」

「店?」

「『神々の黄昏』と言う名の酒場です。知っていますか?」

「神々の黄昏とは、随分と不敬な名前のお店ですね」


 不快に眉を寄せるセリアラ。彼女は種族で言うと神族である。神々に連なる一族なだけに気分を害しても仕方が無い。ただ、今回の話にはあまり店の名前は関係なさそうではあるのでセリアラもそれ以上の反応はしなかった。


「ところで、それとブライトンはどう繋がったのですか?」


 リーレがそう尋ねる。ここまでの話ではまだブライトンと繋がるような情報は含まれてはいない。


「実は、そのお店なのですが、最近ある学生が頻繁に通うようになりましてね。その人物こそが今話に出てきたブライトン・ヴェルディア。客に混じって調査を行っていた捜査官からの報告です」

「確かに最近ブライトンは授業を欠席していると聞いていましたが、まさか酒場に入り浸っていたとは」

「どうもヤケ酒っぽかったようです」


 困惑するアルメニィ学園長とは反対にエクリアは納得顔で、


「まあ、ミリアに決闘で派手にやられたからねぇ」

灼熱ブレイズ系の魔法を火炎の砲弾ファイヤーボールで返されたらああなっても仕方が無いと思います」


 あの時の事を思い出してナルミヤはそう発言した。


「自業自得って言うのよ、ああ言うのは。それにそもそも灼熱の砲弾ブレイズボール火炎の砲弾ファイヤーボールで破ったのだってあいつの魔力の扱いが未熟だっただけじゃない。確かに解放率50%出したけどさ、エクリア相手ならあんな風にはいかなかったはずよ」

「そりゃそうでしょ。火のロードの娘として、いくらミリア相手でも火の属性魔法であんな負け方したら恥ずかしくてお父様に顔向けできないわ」


 当然でしょ、とエクリアが言う。それを見てアザークラスの面々はみんな同じ事を考えていたらしい。それを代表してレミナがこう質問する。


「あの、エクリアさんでしたっけ? ミリアさんとはお友達なんですよね?」

「まあね。結構長い付き合いよ」

「そのエクリアさんの実力って、今のサラマンダークラスのどの辺りなのでしょうか?」


 そう聞かれて「そうねぇ」と考え込み、


「おそらくで良いならだけど、少なくとも今の第2学年では相手になりそうな人はいないわね」

「では次のサラマンダークラスのリーダーに?」

「今のところそのつもりは無いんだけどね。あんな選民思想の塊みたいなクラスのリーダーなんて頼まれたってごめんよ。ただ、もしなるならサラマンダークラスの構造を全部塗り替えるつもりでいくかな。少なくとも、今の格下だと思う人間を見下して偉ぶってるようじゃ、まともな魔道士になれそうにないもの」


 それに、とエクリアはアザークラスの生徒達を見回して、最後にベルモールに目線を移す。


「ベルモールさんが教えるくらいなんだから、何かとんでもない力を持ってるんでしょ」

「ふふふ、まあな。確か天秤の月に学園内でのクラス別魔法対抗戦があったはずだな。その時を楽しみにしているといい」

「それは怖い。このままじゃ勝てなさそうだし、これはやっぱりあたしがリーダーの座を奪い取って全員鍛え直さないといけないかも」


 笑うベルモールにぶるっと震える仕草をするエクリア。

 そんな一同を見回して、「えっと」とリアナは言葉を続ける。


「何だか話が逸れてきたので戻しますけど、そのブライトンが最近その酒場で飲んでいる時にある女性が常に一緒にいたそうなんです」

「女性?」


 リアナは頷き、肩から下げたバックから資料を取り出す。その中から一枚の写真を取り出した。

 その写真を全員に見えるように面会室のテーブルに置いた。


「ちょっと、この人は!」


 最初に反応があったのはエクリアだった。


「髪型や雰囲気はかなり変わってるけど、この目鼻立ちや口元には覚えがあるわ」

「エクリア?」

「多分、ミリアやリーレは面識が無いかもしれないけど、この人はあの邪竜ベルゼドに乗っ取られたお父様の近くにいた女魔道士のビエラだと思う」


 言われてもう一度写真を良く見るミリア。

 エクリアの言う通り、2人にはビエラとの直接の面識は無い。だが、ミリアにはリーレとは違ってビエラの顔を見る機会が一度だけあった。そう、ベルゼドの事件でいなくなったエクリアを探すためにエクリアのブローチに記憶解析を行った時だ。あの時確かにミリアもビエラの顔を見ていた。記憶を頼りに写真の人物と比較すると、確かに写真の人物にはその面影がある気がする。


「リアナさん、あの事件の後ビエラは?」

「行方不明です。あの事件の後、ビエラの姿を見たものは誰もいません」


 ふとあの時の場面を思い出す。

 赤い大地に造られた祭壇。そこには拘束されたエクリアとベルゼド。そして周りには数人の賢者ソーサラーの魔道士。だが、確かにそこにはすでにビエラの姿はなかった。


「あの人、一体何のためにお父様に近付いたのかしら」

「さあ、直接聞かないと何にも分かんないわね」


 リアナは写真と資料をまとめてファイルに綴じ、バックの中に仕舞う。


「他に皆さんの中で何か気づいた事はありませんか?」


 訪ねたリアナに対し、ずっと何かを考え込んでいたヴィルナが1つ確認する。


「あの、リアナさん。ブライトンのフルネームはブライトン・ヴェルディアなんですよね」

「ええ、そうですが」

「その、ちょっと気になる事がありまして。ミリアを連行しに来た捜査官なんですが」

「捜査官?」

「確か、その捜査官の名前、ザンバルク・ヴェルディアって名乗っていました。その人ってもしかして」


 初耳とばかりにリアナは目を見開いた。


「皆さんの考え通りかと。ザンバルク上級捜査官は、ブライトンの父親です。

 そうですか、あの人が」


 考え込むリアナ。ブツブツと「まさか。いやそんな事が」と呟いている。と、そこに、


「失礼します。リアナさんはいらっしゃいますか?」


 入り口から魔道法院の捜査官が1人入って来た。そして、リアナに資料を1つ手渡す。


「これは?」

「取り調べ記録です。記録と言えるほどの事は書いてありませんでしたが」


 リアナはその場で開封し、ペラペラと資料を読み進める。やがて、ため息混じりにこんな事を言った。


「何ですか、これは。ほとんど証拠も無しにミリアさんに自供を迫っているだけじゃないですか。これは本当にザンバルクさんが取り調べを?」

「間違いありません。取り調べ書記官もそのやり方に違和感を感じていたそうです」


 ふと後ろを見るとミリアがものすごく嫌な顔をしていた。その心境は何となく理解できる。誰だってありもしない事をさもやったかのように詰め寄られてはいい気分はしないだろう。


「確か目撃者がいたって話ですね。えっと、これですか」


 資料には、目撃者の証言として「昨晩、裏通りにたまたま歩いていたら、黒い魔道学園の外套を着た銀髪の女が売人からルルオーネを買っていた。間違いなくそれはミリアだった」と述べているらしい。

 で、「行った」「行ってない」の水掛け論になったと言うわけだ。


「名前はダニー・ロウゲン。ん?」


 そこでリアナの目が証言者と一緒に同封されている写真に目が止まった。


 肩まで伸びたボサボサの黒髪。

 尖った鼻。

 前歯が飛び出した口。

 そしてクッキリと隈の浮かんだ双眸。


 こんな特徴的な顔を忘れるわけがない。

 思わずリアナは「あっ」と声を上げた。


「どうした?」


 尋ねるデニスに対し、リアナは面白いものを見つけたと笑みを浮かべた。


「この証言をしたって言う男、一昨日の昼に魔道法院の王都支局に連行されてきた男です。確か、麻薬の売人だったとか」

「麻薬の売人?」


 そこでリーレがはたと気付く。


「ちょっと待ってください。一昨日の昼に王都の魔道法院支局に連れてこられたんですよね。それじゃあ、昨晩に裏路地を歩くことなんかできっこないんじゃ」


 そう、ダニーは一昨日の昼に王都の魔道法院支局に連行されている。しかも、禁止薬物売買の容疑でだ。そんな容疑者が昨晩に学園都市の裏路地を徘徊するなどできるはずがない。つまり、ダニーの証言は矛盾していると言う事になる。


「ダニーを連行していたのもザンバルク上級捜査官です。これは何かきな臭くなってきましたね」


 言葉とは裏腹に何だか楽しそうなリアナである。


「一先ず、この取り調べ資料の裏を取ります。急ぎますので、今回はこれで失礼します」


 そう言うと、リアナは部下を引き連れバタバタと急ぎ面会室を出て行った。それを見送った一同は顔を合わせ、


「とりあえず、俺達もできる事をやるか」


 と、お互いに頷くのだった。



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