第16話 着せられた罪
「毎度あり〜」
薬局エミルモールのカウンターで相変わらず能天気に客の応対をしているベルモール。ミリアが学園に通うようになってからはまた店主のベルモールが自らカウンターに座るようになっていた。
ミリアが来てから本当にご無沙汰になっていたこのカウンター席。ここに久しぶりに座って分かった事がある。それは、ミリアが意外と人気があったと言う事だ。
「あれ? ミリアちゃんはどうしたんだい?」
「ミリアさんはお出かけ?」
「ミリア姉ちゃん、風邪か?」
「ベルモールさん、まさかミリアさんをクビにしたんじゃ」
こんな声が来店するお客さんからよく聞かれていた。その度に「ミリアはヴァナディールの魔法学園に通ってるよ」と答える。するとみんな同じように安心した表情をするのだ。
まさに、ミリアはエミルモールの看板娘となっていたのだとベルモールは実感した。
そんなある日の事だ。
そろそろお昼にしようかと外出する準備をしていたベルモール。いざ、エミルモールから足を踏み出したその瞬間――
ズドンッ
空の彼方から1本の槍がとんでもない速度で飛んで来てベルモールの目の前に突き刺さった。
さすがのベルモールも唖然とする。
「な、何なんだ、一体」
ブツブツ言いながら、ベルモールはその槍を引っこ抜く。その槍には一通の手紙が結び付けられていた。
「……差出人はデニスか。矢文ならぬ槍文って一体何を考えているんだ、あいつは? まさか学園都市からここまで投げて寄越したのか?」
言っておいて、ベルモールは「まさかな」とは否定できなかった。良くも悪くも常識が通じないあの夫婦の事である。むしろ、ベルモールの認識は「あり得る」だった。
「槍で直接届けるなんて、一体どんな用事で……」
読んでいる内に段々手が震えだす。そして最後まで読み切ったと同時に左右に引き裂かれていた。ベルモールのその表情に浮かんでいたのは憤怒。
「ニャーミ、店番を頼む」
「どこへ行くのニャ?」
「学園都市」
それだけ言うと、ベルモールは魔道士の外套を掴んでそのまま店を飛び出した。
手紙には怒りに震える筆跡でこう書かれていた。
『ミリアが魔道法院の捜査官にしょっ引かれた。ルルオーネ使用の容疑だそうだ。買うのを目撃した証人がいるそうだが、そんなもの嘘っぱちに決まっている。
ベルモールも協力してくれ。俺の可愛い娘に濡れ衣を着せたクソッタレを捕まえて眼前に引きずり出し、生まれてきた事を後悔させてやる』
時間は少し遡る。
魔法学園の鐘が午前の授業の終わりを告げる。
ミリアはアザークラスの面々と共に学生食堂に向かっていた。
ヴァナディール魔法学園の学生食堂は演習場に匹敵する広さを持ち、出される料理もそこらのレストランにも負けないくらいのレベルがあった。そのため、生徒達は基本的に弁当よりも学食を利用する事が多い。
そして、最近その流れに拍車をかける出来事があった。それは、
「セリアラさん、野菜炒め定食追加で!」
「は〜い」
「ファニー鳥のグリルもお願い!」
「分かりました。2番オーブンの温度を合わせておいて!」
「はい、先生!」
厨房内に響き渡る声。
そう、料理界でその名を轟かす『料理の女神』、セリアラ・フォレスティが学食で働き出したのである。
注文が入るたびに素早い調理速度と全く無駄のない効率で次々に料理を仕上げて行くセリアラ。味も見た目もパーフェクト。これで人気が出ない方がおかしい。最も、その目的はデニス同様にミリアを側で見守るためなのだが。
理由はどうあれ学食の厨房に降り立った女神はたちまち厨房内を掌握。今では元いた調理師達がほとんど弟子入りしたような状態となっていた。
「相変わらず混んでるわね」
「ミリアのお母さんが来てから輪をかけて混んでるわよ。この学食」
「『料理の女神』ですからね。当然です!」
それぞれ、ミリア、ヴィルナ、ナルミヤの言。
「みんな、ちょっと席が空くか見ててくれるかな。空いたらすぐに知らせて」
ナルミヤが周りを飛び回る精霊達にそう頼むと、精霊達も上機嫌で学食の全域に散らばって行った。
しばらくして一角を見て回っていた
「あ、ミリア」
エクリアとリーレの姿があった。
それぞれイフリートとウンディーネのクラスに配属された2人だが、どうやら2人とも各クラスで大暴れ(やや誇張気味だが)したらしく、今ではクラス内でも注目の的らしい。エクリアに至ってはブライトン失脚後のリーダー候補にまで上がっているとの事。周囲を伺えば、赤いサラマンダークラスの外套を着た生徒達がエクリアの方にチラチラと目を向けていた。
「2人とも丁度お昼だったんだ」
「まあね。ほら、今はセリアラさんが厨房にいるじゃない? あの人の料理が出るなら否応にでもここに来るわよ」
「はぁ〜、特製カレーが美味しいです」
実に幸せそうな顔でスプーンを咥えているリーレに「行儀悪いわよ」とツッコミを入れるエクリア。最近クラスの違いで会う機会が以前に比べて減ったが、それでも彼女達がいつも通りでミリアは安心した。
「じゃあ、私はファニー鳥の唐揚げの定食を食べようかな」
ミリアはカウンターでそう注文する。すると、目の前に突然料理の山が出現した。30個近く積まれた山のような唐揚げに、山のように盛られた白米。そして丼になみなみと注がれたテールスープ。そして、その奥にはニッコリ微笑むミリアの母、セリアラの顔があった。
「ミリアちゃん、聞いてるわよ。これくらいは食べるんですってね」
「う、うん。ありがとう」
ニコニコしながら「どういたしまして〜」とセリアラは答える。
その5人前はありそうな唐揚げ定食をトレイに乗せてエクリアやリーレの待つ席へと戻る。近くに座っていたアザークラスの面々はまだ慣れないのか引きつった顔をしていた。
とりあえず気を取り直してミリアは唐揚げを一個摘んだ。キツネ色にカラッと揚がったファニー鳥の肉は香ばしくて良い香りを漂わせている。
早速、一個口に放り込もうとした、その時だった。
「ミリア・フォレスティだな」
突然声をかけられて食事を中断する。折角の昼食タイムを邪魔するのは誰だ! と言わんばかりの視線を後ろに向けた。
そこにいたのは純白の魔道法院が扱っている魔道士の外套。それを纏った、見た目50代前半の男だった。
「魔道法院の上級捜査官、ザンバルク・
ヴェルディアだ。確認する。ミリア・フォレスティで間違いないか?」
魔道法院の上級捜査官。かなりの上の階級である。確かリアナさんがその階級だったなとミリアは思い出していた。
そんな人が自分に一体何のようなのか。ミリアは訝しんだが、素直に頷いて返した。
すると、左右に控えていた部下と思わしき魔道士がミリアの左右に移動する。
「な、何よ?」
「ミリア・フォレスティ」
ザンバルクは持っていたバックから書類を取り出し広げる。そして、こう続けた。
「お前に第1級禁止薬物、ルルオーネの所持と使用の容疑が掛かっている。魔道法院の学園都市支部までご同行願おうか」
カシャーンとリーレがスプーンを取り落とし、厨房では盛大に皿を割った音が鳴り響いた。見れば呆然とセリアラがミリアの方を見つめている。
正直、ミリアも何のことだか分からなかった。
そして今に至る。
学園都市に到着したベルモールはその足で魔道法院の学園都市支部に乗り込んだ。突然、怒りに燃える
魔道法院支部には取り調べを行うための拘置所が隣接されている。現在、ミリアはそこにいるらしい。
ベルモールは拘置所に入ると、面会室の扉を勢いよく押し開けた。
面会室。
魔力霧散の効果のある封魔鉄で作られた鉄柵の向こうにミリアの姿があった。そして鉄柵を挟んだ反対側には面会に来た面々が並んでいた。
学園長のアルメニィ。担任のメリージア。親友のエクリアとリーレ。アザークラスの仲間達。そして、圧倒的なプレッシャーを隠そうともしない怒れる魔王と女神がそこにいた。
面会室の隅には哀れにも怒気に当てられて泣きそうになっている女性職員が縮こまっている。ベルモールと目が合うと、気の毒になりそうなほどビクッと肩が跳ねた。
「パパ、ママ、ベルモールさんも、あまりその人を虐めないであげてよ。その人も仕事なんだから」
柵の向こうでミリアがそう言うと、職員の女性はぱあっと表情を輝かせた。ベルモールも一度深呼吸し気を落ち着かせる。
「何があったか聞かせてくれるな?」
「良いけど、私も全然分からないんですよね。いきなり『ルルオーネ所持の容疑者だ』とか言われて強制的に連れてこられましたし」
何をバカなとベルモールは呆れ返った。ミリアは現時点ですら魔力の制御に苦労しているのだ。この上に魔力増強剤なんかマイナスにしかならない。そもそも使う意味がどこにも無いのだ。
「確かルルオーネの検査は採血だったな。検査はしたのか?」
ベルモールの問いにミリアは頷く。
「たっぷり注射2本分も抜かれました」
「2本分?」
「2本分」
妙だなとベルモールは唸った。検査など1本で十分なはず。念のために採取したのか。それとも……
「ところで、学園はどんな感じ?」
ミリアの問いにレミナとナルミヤが顔を合わせる。
その言いづらそうな様子で何となくミリアは言いたいことを察した。
「変な噂が立ってるみたいね」
レミナはヴィルナとも目を合わせて、おずおずと話す。
「ミリアさんの高い魔力はルルオーネのためで、成績のために違法薬物に手を出した卑怯者だって」
「私が卑怯者?」
「べ、別に私達はそんな事思ってないわよ。その、噂がね」
「ミリアが連れて行かれてから、ブライトンの奴が学園中で吹聴しまくってるのよ。あれは明らかに決闘で負けた腹癒せね」
「ブライトン。あいつか」
ミリアが嫌な顔をする。
同様に嫌な顔をしてエクリアが続けた。
「かなり口汚く罵ってたわよ。前まではあいつ猫被ってたわね。はっきり言って友達にすらなれそうに無いわ」
「エクリアちゃんがそこまで言うならよっぽどですよ。気持ちは分かりますが」
リーレもうんうん頷いている。
「……ブライトンだな。よし、殺すか」
「ダメですよ、あなた。殺るなら精々苦しめてからでないと。もう殺してくれと懇願されるくらいまでは」
魔王と女神が2人で物騒な話をしている。しかし流石に今の状況では誰も止める人はいない。
と、そこへ、
「ちょっと待ってください。ブライトンを殺されては私達が困ります」
面会室の扉を開けて入って来たのは魔道法院の上級捜査官であり、ミリア達とも旧知の仲であるリアナだった。
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