第15話 学園都市に蠢く闇
ある晴れたお昼時。その日は平日とは言え、王都の街中にはいろんな人が行き交っており、その人達の注意を引くべく至る所で客引きが自店の良さをアピールしている。
そんな王都の一角。5階建ての建物である王都の魔道法院の施設から上級捜査官であるリアナが部下らしき2人の魔道士を引き連れて出てきた。
もちろん、目的は第1級禁止薬物のルルオーネが出回っている事件の捜査である。
「リアナさん、本日はどこの捜査を?」
「前に捕らえた男達を尋問したところ、どうもヴァナディール学園都市にも手を伸ばしているようです。
一度そちらに顔を出したほうが良いかもしれません」
「学園都市ですか。まさかあそこの生徒達まで?」
「なければ良いんですがね。とりあえず――」
「おや、これから捜査ですか?」
声を掛けられてリアナはその方向に目を向ける。
そこにはリアナ同様に魔道法院の外套を身に纏った魔道士の男がいた。その後ろにはやはり部下が2人と、捕縛してきたらしい男が1人、3人に囲まれる形で連行されて来ていた。
先頭の男の名はザンバルク・ヴェルディア。リアナとは別方向でルルオーネの事件を追っている捜査官である。
「ええ、これから学園都市へ。その人は?」
リアナは少し頭をずらして覗き見た。
その男は結構特徴的な顔をしていた。肩まで伸びたボサボサの黒髪。やけに高い鼻。口からは前歯が少し飛び出している。そして目元は寝不足なのか生まれつきなのか、かなり深い隈が刻まれていた。
「こいつはヤクの売人だ。ルルオーネとは違うが違法であることに変わりはないから捕まえてきたのだ」
「なるほど」
「禁止薬物は横の繋がりがある場合が多い。こいつから何か有益な情報を得られると良いのだがな」
「そうですね。では、私はこれで」
リアナは丁寧に一礼して馬車へと向かう。その後を部下の魔道士達が追った。
「リアナさん、ヴェルディアって確か」
「ええ。魔法学園に息子さんが通っていたはずですが、何か良くない連中と繋がっているとの情報があります。ザンバルクさんも気苦労が絶えないようですね」
「では今回の捜査は」
「はい。ザンバルクさんには申し訳ないのですが、彼の息子、ブライトンの周囲から洗う事にしましょう」
ミリア達が魔法学園に編入してから1週間が過ぎた。クラス全員が自分の力とその道標を知った事でアザークラスの面々の表情は驚くほど明るくなった。中でもレミナの変貌ぶりは目を見張るほどで、他のクラスの生徒も別人かと疑うほどである。
以前までのレミナはほとんど喋らず、口を開いたとしても片言で少し言葉を紡ぐのみ。季節問わず首をマフラーで隠している奇妙な出で立ちの事もあり、彼女は常に敬遠される対象だった。
しかし、ベルモールによって彼女に宿った『真言魔法』の明確な制御法を身につけてからは、ハーピーらしい良く笑い、そして良く話す明るい性格に変わっていた。
レミナだけではない。それは他のアザークラスの生徒達も同じである。自分達には一般的な魔法では他に劣るかもしれないが、だがその代わりに他にはない稀有な能力を有している。それがアザークラスの生徒達の自信に繋がっていた。
ほとんどの生徒達はその変化を友好的に受け止めていたが、そんな変化を良く思わない歪んだ者達も少なからず存在する。その代表がサラマンダークラスの選民思想に取り憑かれたブライトンを始めとする生徒達だった。
ブライトン・ヴェルディア。
サラマンダークラス所属。中等部2年のリーダーを務めている。魔道法院の上級捜査官を父に持つ、ある意味エリートと呼べる生まれであった。当然、両親から受け継いだ魔力も決して低くはなく、中等部にして火属性の最上位に位置する『
しかし、そんな彼のプライドを粉々に打ち砕いた者がいた。アザークラスに編入してきた女生徒、ミリア・フォレスティである。
彼はアザークラスを卑下していた。『属性魔法も使えない落ちこぼれのクラス』。『魔法学園のゴミ捨て場』。それがブライトンの持っていたアザークラスへの認識である。
そんなクラスが自分達エリートを差し置いて演習場を貸し切るなど、彼には到底容認できる事ではなかった。彼が演習場の使用権をかけて決闘を行うのは必然だった。
彼の目的は、演習場の使用権はもちろんのこと、アザークラスに身の程を思い知らせる目的もあった事は間違いない。
しかし、その結果は散々たるものだった。
ミリアの実力に圧倒され、決闘という形式すら忘れて20人と言う大人数を使ってなお粉砕された。しかも、彼の使う最強を誇る『
最早彼のプライドはズタズタであった。
その日もブライトンは学園にも行かず、学園都市の外側にある酒場で呑んだくれていた。この世界では人は15を過ぎれば大人として扱われるため、ブライトンが飲酒をするのも違法ではないのだが、一見にして学生と分かるブライトンが酒場に入り浸るのは店員としてもあまりいい気はしなかった。しかも明らかにヤケ酒だ。下手に触れればトラブルになるのが目に見えている。そのため、周囲の客達も必要以上に近づこうとはしなかった。
そんな彼の元に、
「こんにちは。今日も飲んでるのね」
背後から掛けられた女性の声。
振り返って目を見張る。
色白の肌に豊満な胸。それを黒いドレスで覆い隠している。
ややタレ目気味の人を魅了するかのような双眸に、潤んだ唇には紫色のリップが塗られている。
その外見は、一言で言えば妖艶という言葉が相応しい。妖艶ではあるが、娼婦のような下品なものではない。そんな魅力を彼女は持っていた。
「な、何だ、あんたは?」
そんな色気を隠しもしない女性に内心ドキドキしながらブライトンはそう尋ねた。
「あら、レディに名前を聞く時はまず自分から名乗るのが礼儀ではなくて?」
甘く微笑む女性にゴクリと喉が鳴る。ブライトンはグラスの酒を一気に煽った。
「ブライトンだ」
「リヴィアよ。よろしくね、ブライトン君」
ふふふ、と含み笑いを浮かべるリヴィア。
その日から、酒場ではブライトンがリヴィアと酒の席を共にする姿がよく見られるようになった。
ブライトンは常日頃から感じている鬱憤をリヴィアにぶち撒けた。ほとんどがただの意味のない愚痴であり、他の人が聞けば明らかに的外れな事を言っていたのだが、リヴィアは何も言わずに笑みを浮かべながら頷いている。
そして、男はこう言う聞き上手で綺麗な女性に弱い。ブライトンは知らず知らずの内にリヴィアに傾倒するようになっていった。
そして、あの決闘から1ヶ月近くになろうある日の事。ブライトンはいつものようにリヴィアに愚痴を聞いてもらっていた。
「あのミリアって女がいなければ。アイツのせいで俺は何もかもを失ったんだ。これまで俺の周りにいた奴らは、あの女に負けた途端に掌を返しやがる。アザークラスに負けたクズだって、どうせ裏で噂してやがるんだ」
事実は決してそうではない。ミリアの桁外れな魔力に関しては親友のエクリアからクラスメイトに説明が行っているし、何より相手はあの『
だが、今のブライトンにはそんな声は全く耳に入っていなかった。
あいつさえいなければ。そんな嫉妬と劣等感と憎悪がごちゃごちゃに入り混じったような感情が、彼の耳を塞いでいた。
そして、そんな時ほど、自分にとって都合の良い言葉だけは耳に入るものである。
「苦労してるのね」
リヴィアは面白げに笑みを浮かべ、
「なら復讐しましょうよ。私が協力してあげるわ」
「復讐だと? できるものならやってやりたいが、アイツの魔力は常識外れだ。一体どうすれば」
不安げに語るブライトンに対し、あくまでも囁くように言った。
「常識外れなんて有り得ないものよ。それがあるなら、その女は何かルール違反をしているに違いないわ」
「ルール違反?」
「例えば」
言いながら、リヴィアは大きく開いた胸元に手を入れる。思わず凝視するブライトンの前に、その胸元から取り出した1つの瓶を置いた。その瓶の中には薄紫色の液体が入っている。
「これは?」
「魔力増強剤。ルルオーネと呼ばれているわ」
「こ、これがか?」
「ええ。この薬は飲んだ者に絶大な力と大きな高揚感を与えるわ。そのミリアとか言う女、確か
「ああ、確かに。今でもそう言ってるそうだが」
「そんな事を言えるのは気分が高揚している証じゃないかしら。高い魔力と高揚感を感じさせる言動。
それはつまり?」
ブライトンはハッとする。
「ミリア・フォレスティはルルオーネを使っている」
その言葉にリヴィアはニヤっと笑う。
「魔道法院に通報してやれば面白い事になりそうね」
「そ、そうだな。は、ははは」
ブライトンの表情が歪んでいく。
そんなブライトンにリヴィアは更にこう続ける。
「もし、魔道法院でルルオーネが出なくても大丈夫。ルルオーネの検査薬には服用した者の魔力を24時間半減させる副作用があるのよ。その時なら貴方でもきっと勝てるわ。もし不安なら」
リヴィアは意味ありげに笑みを浮かべながら、胸元からもう1本の瓶を取り出す。そちらにはルルオーネとは違う、薄緑色の液体が入っていた。
「これを貴方にあげる」
「これは?」
「ルルオーネよりももっと良い物よ。貴方のために用意したんだから、大切に使ってね」
「俺のために?」
「そうよ」
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