第19話 愚者の行く末(後半)



 人数差1対10。

 前の1対20に比べればマシに思えるかもしれないが、今回はまだ決闘開始前。しかも見れば半分が接近戦に特化した魔道騎士志望の男子生徒達だ。見た目か弱いミリア1人ではとても勝ち目があるように見えない。

 ただし、ミリアを知らない人が見ればの話だが。


「ち、ちょっと、いくらなんでもあれは汚いんじゃないんですか!」


 ミーシャが他のサラマンダークラスの生徒達に怒鳴る。女子生徒1人に対し、10人がかりで襲うなど明らかに外聞が悪い。しかも決闘と言う形式を取っている以上、場合によってはブライトンの方が卑怯と取られかねない。


「あれは決闘じゃあ無いんだよ」

「は?」

「あれは制裁だ。汚い手を使ったな」

「そ、そんな事が許されるはずが!

 エクリアさんも何か言ってくださいよ!」


 ミーシャに言われるが、相変わらずエクリアはのほほんと答える。


「別にいいんじゃない? どうせ結果は変わらないんだから」

「で、でも、今回は魔道騎士学部の人も」

「まあ見てれば分かるって」


 エクリアはそんな感じで、見かけたリーレの元に歩いて行く。ミーシャも同じく後を追った。





 エクリア達がやって来たのはアザークラスのクラスメイト達が座る席だった。見ればシルフクラスのシルカがちゃっかりカイトの隣をキープしている。ナルミヤが最初に気付いて挨拶してきた。


「こんにちは、エクリアさん。それにリーレさんと、えっと……」

「ミーシャです。エクリアさんと同じサラマンダークラスに所属してます」


 サラマンダークラスと聞いた途端に全員の目つきが鋭くなり、視線が槍のようにミーシャに突き刺さった。アザークラスのメンバーからすればサラマンダークラスの人間はミリアを陥れた怨敵。しかも釈放されたにも関わらず大ボラを吹聴する極悪人だ。唯一エクリアだけが味方と認識している状態だった。

 ビクつくミーシャを落ち着かせつつ、


「ミーシャは大丈夫よ。あたしが保証する」

「……そうか。悪かったな、威嚇して」


 レイダーが謝罪する。赤獅子の獣人にして威嚇すると言うのは言い得て妙だった。


「エクリアさんとリーレさん、ミーシャさんもこちらにどうぞ」


 ナルミヤが隣の席を勧めてくる。仲間と認識すれば気さくな人の集まりだ。その様子でようやくミーシャはホッとしたように安堵の笑みを浮かべた。


「ところで、みんなはどうなると思います?

 この決闘」


 ミーシャの質問だが、アザークラスの生徒達の回答は皆同じだった。


「大丈夫じゃねーの?」

「ミリアさん、負けるところが想像できない」

「むしろあの人数で足りるのか心配です」


 それぞれレイダー、レミナ、ナルミヤの言。


「でも、今回は接近戦に特化した魔道騎士学部の人が」

「あー、それなんだけどなぁ」


 カイトが頭を掻きながら言う。


「ミリアさん、正直言って並みの魔戦士よりも強いと思う」

「私とカイトはミリアさんの近距離戦闘を見てるから。信じられないと思うけど」


 ただ、心配なのは武器がない事なのよね、と不安を口にするシルカ。しかし、それを一刀両断したのはエクリアとリーレだった。


「それは全く問題ないわよ」

「ま、見てれば分かりますよ」








 そんな会話がアザークラスの客席でなされているとも知らず、ブライトンは意気揚々と告げる。


「さあ、覚悟はできたか? 今こそ粛清の時だ!」


 ブライトンの声と共に前衛の魔道騎士志望の生徒7人は一斉に自分の武器えものを抜き、ブライトン含む後衛の魔道士達は魔法の詠唱を始める。


 それを見ていたミリアは足のスタンスを少し開く。


「御託は結構よ。掛かってらっしゃい。これで2度目だからね。今度は前みたいに手加減はしない。完膚無きまで叩き潰してあげる!」


 灼熱の砲弾ブレイズボール火炎の砲弾ファイヤーボールで押し切られた光景が脳裏をよぎり、思わず尻込みをする。それを後ろから発破を掛けるようにブライトンが怒鳴った。


「狼狽えるな! ハッタリだ!

 あいつはルルオーネの解毒剤を飲んでいる。その副作用で魔力が半減している筈だ! 前のような力などない!」


 それを聞いた途端、ミリアの目がスーッと細められた。


「それ、誰に聞いたの?」

「え?」

「確かに、ルルオーネの解毒剤を処方されたわ。それが釈放の条件だなんて言われて仕方なくね。

 でも、それって一般には出回らない情報のはずなんだけど」


 言い淀むブライトンにため息1つ。


「まあいいや。叩き伏せてからゆっくりと聞く事にするから」


 直後、ミリアの周囲に火球が展開された。その数7つ。それを見た客席は騒めきが広がる。1つ1つは拳大よりもやや大きめではあるものの、それを並列で複数同時起動できる者は2年生の間ではそうはいない。ある意味高等技術の1つなのだ。


「行けっ!」


 ミリアの頭上で旋回していた火球達は、ミリアの指揮の元一斉に前衛の7人に向かって襲い掛かった。高速スピードで飛翔する火球を前衛の7人は誰1人避けずに直撃を貰う。


 そう、のではなく、



 轟音と爆炎が舞台を焼き、巻き上がる風圧が後衛にいたブライトン達の外套をバサバサと煽る。

 粉塵が収まった後、そこには何事もなかったかのように武器を構えている7人の姿が。その7人全員、翻った赤い外套の下に黒い軽甲冑を着込んでいるのが見えた。


「あれは、封魔鋼の軽甲冑!」

「封魔鋼?」

「魔力を弾く特性を持った金属よ。その封魔鋼で組まれたのがあの軽甲冑。魔法を弾くからある意味魔道士殺しとも言える鎧よ」


 魔法を主力としている魔道士にとって、魔法封じは死活問題だ。それを前衛全員分用意していると言う事は。


「最初から謀られてたって事か。あくまでこの決闘はミリアさんを潰すためだけに誂えられた舞台」

「ミリアさん……」


 魔法封じの防具を見て流石にシルカ含め仲間達の表情に不安がよぎる。ルルオーネ解毒剤の副作用で魔力が半減している状態の上に敵の魔法封じの防具。いくらミリアでも勝てないのではないか。そう思ったのだろう。

 そんな中でも、やはりエクリアとリーレは能天気にお茶を飲んでいた。




 次々と繰り出される武器による攻撃をミリアはステップを踏んで回避する。そして間合いを取ると同時に氷弾を飛ばす。だが、その氷弾も軽甲冑に当たると弾かれるようにして消えた。


「属性問わずか。面倒くさいわね」

「貴様の魔法は効かんと分かったはずだ!

 いい加減に諦めろ!」


 7人が連携しながらミリアを舞台の一角に追い詰めていく。対してミリアは攻撃を必死に避けるのみ。少なくとも客席からはそう見えたはず。


「ちょこまかと逃げ回りやがって!」


 前衛の1人の斧使いが突出して来た。一向に攻撃が当たらない状況に我慢の限界が来たのだろう。だが、ミリアはそれを待っていた。



――ドガァッ



 そんな何かを砕いたような鈍い音が闘技場に響く。

 その直後に何かがブライトンの横を通り過ぎていった。恐る恐る後ろを見ると、そこには先ほど飛び出した斧使いが倒れていた。完全に失神しているようでピクリとも動かない。しかし、何よりブライトンを青くさせたのはその胸元。封魔鋼で作られていたはずの軽甲冑が派手に破壊されていた。


「な、何が……」


 混乱するブライトンの背後でさらに立て続けに4回、同じような音がして魔道騎士学部の生徒達が吹っ飛んでいく。


 その中心には拳を振り抜いたミリアの姿があった。

 近接戦闘専門の魔道騎士学部の生徒は残り2人。一気に決めるべく地を蹴った。全く反応できない双剣使いを突進の勢いそのままに跳び蹴りで蹴り飛ばす。

 そして隣で呆然とした長剣使いの男子生徒に目を向ける。


「う、うわぁぁぁ!」


 標的にされた男子生徒は慌てて長剣を振るう。だが、完全に腰の引けたただ振っているだけの攻撃。そんなものは避けるまでもない。ミリアは腕に魔力を流し強度を上げる。身体強化魔法の応用である。そして、何とその剣を腕で受け止めた。

 ガチンとまるで金属同士が打ち合わさったような音が響く。観客も驚きのあまり目を剥いた。当然それは目の前の生徒も同じ。そんな相手にミリアは容赦なく右足を横に一閃。長剣の男子生徒は驚愕の顔を貼り付けたまま壁まで吹っ飛んで倒れ伏した。


 まさにあっという間の出来事だった。魔法を弾く封魔鋼の軽甲冑を身に付けた魔道騎士学部の男子生徒7人が、魔力が半減した魔道士学部の女子生徒に全滅したのである。それも、彼らの専門である近接戦闘でだ。


「ま、当然よね」


 呆然とする一同を前にエクリアがそう言った。頭の上に疑問符を浮かべるシルカに、リーレが苦笑しながら付け加えた。


「ミリアちゃん、接近戦はデニスさんに徹底的に鍛えられてましたから。しかも、一番得意なのが徒手空拳」


 徒手空拳。それは武器を使わない、完全な肉弾戦を主とする武術。それが一番得意と言う事は――


「ミリアちゃん、素手の時が一番強いんですよ」




「さて、残るはあなた達3人ね。どうしてくれようかしら」


 ミリアの見据える先にいるのはブライトンと魔道士姿の女生徒が2人。しかし女生徒2人は完全に戦意喪失をしているようで、目に涙を溜めて震えていた。

 この女生徒達を見ていると何だか弱いものいじめをしているような気持ちになるミリアだった。


「そこの女子2人は戦う気がないなら下がってなさい」


 ミリアは視線に威圧を込めて言う。女生徒達は「ひっ」と怯えた声を上げてズルズルと崩れ落ちる。完全に腰を抜かしていた。

 一瞥して再びブライトンに目を向ける。


「さて、ようやく一騎打ちになったわね」

「くそ、こんなはずでは」

「魔法で勝負する? 魔力が半減してる今なら勝てるかもしれないわよ」


 聞いていたアザークラスメンバーは全員が「嘘だ!」と心の中で叫んだ。元々ミリアは魔力の50%を封印しているのだ。つまり、解毒剤の副作用で魔力が半減したところで普段のミリアと何ら変わりがないと言う事だった。精々解放率を変えられない程度だろう。

 尤も、普段の実力からして並外れているわけだが。


 ミリアから発せられる圧力プレッシャーに押されて後ずさるブライトン。と、その時、何かを思い出したように懐に手を入れる。

 取り出したのは薄緑色の液体の入った小瓶。


――ゾクッ


 その小瓶を、正確にはその小瓶に入った液体を見た瞬間、ミリアの全身を怖気が走った。アレは拙いと直感が警鐘を鳴らす。

 ミリアが止める間も無く、ブライトンは小瓶の蓋を弾き中身を喉に流し込む。





 次の瞬間、大気が鼓動で震えた。






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