第23話 裏組織ダルターク


「あの、シグノア先輩」

「何かな?」


 食事後、ルグリアと一緒に食後のお茶を飲んでいるシグノアにミリアは思い切って声をかけた。


「私に、何かお話があるのではないでしょうか?」


 ミリアの問いに、シグノアは目線だけを向ける。


「どうしてそう思う?」

「あの闘技場での魔獣騒ぎ。生徒会でも気になっているんじゃないかと思いまして。人が魔獣に変わるなんて初めての事ですし、さらにその変わった相手が学園の生徒でしたし。生徒会としては見過ごせない事案ですよね。なら当事者である私の話も聞きたいのではないかと思いまして」


 ミリアの質問を黙って聞いていたシグノアは、コトッと紅茶のカップをテーブルに置き、


「ルグリア、例の物を」


 シグノアがそう言うと、ルグリアは肩から下げたカバンから1つの小瓶を取り出しテーブルに置いた。


「その小瓶は」


 ミリアにも見覚えがあった。そう、それはあのブライトンが魔獣になった薬液が入っていた小瓶だった。

 そのミリアの反応を確認するように、少しの間を空けてからルグリアはもう1つの小瓶をテーブルに置く。2つは細かい装飾など見た目は全く同じ小瓶に見えた。


「こっちの瓶は? 同じ物に見えますが」

「最初の方はミリアさんも知っての通り、ブライトンが持っていた小瓶です。そしてもう1つが、1年前にこの学園で起こった生徒の暴走事件でその生徒が持っていた小瓶です。当時、ここにはルルオーネが入っていました」

「ルルオーネが?」

「知っての通り、第1級禁止薬物です。1年前、この学園で生徒が突然暴徒となって暴れる事件がありました。その生徒は完全に正気を失っており、現在も治療院の精神病棟に入院しているそうです。

 流石にこの一件は僕が危険に晒されたため、王家も魔道法院と協力してルルオーネの出所を捜索しました。その結果、とある組織の関与が浮上してきたのです」

「組織、ですか」

「その組織の名は『ダルターク』。この世界の裏に存在し、ありとあらゆる犯罪に関与すると言われる巨大な裏組織です」


 世界規模の犯罪組織。確かにその組織ならばルルオーネの大量生産も可能だろう。だが、ミリアにはその前に、その組織の名前が気になった。


「ちょっと待って。ダルターク?」

「どうかした、ミリア?」

「ねえ、エクリア。500年前と300年前にあった第1次、第2次アーク大戦で敵対した大魔道アークの名前は覚えてる?」

「えっと、確か『レゾン・ダルターク』……あっ!」


 その様子を見てシグノアは小さく頷く。


「よく勉強しているようですね。そう、組織ダルタークの名は、おそらく封じられたレゾン・ダルタークから取られているのだと思います。となれば、ダルタークの最終目的は……」


 封じられた大魔道アーク、レゾン・ダルタークの復活。それがその場にいた全員の見解だった。


「とにかく、ダルタークは目的のためならば手段を選びません。ブライトンの一件にもダルタークが絡んでいるのであれば、ミリアさんや皆さんにも何かしら手を出してくる可能性もあります。十分に注意してください」








 ミリア達が晩御飯を食べていた丁度その頃、王都の一角を駆ける1人の男の姿があった。男は頻繁に後ろを振り返りながら必死に路地を走り抜けて行く。その表情に浮かぶのは焦りと恐怖。荒い呼吸を整えながら、男は立ち止まってもう一度背後を確認する。


「畜生! なんで俺がこんな目に……」


 男は吐き捨てるようにそうボヤく。

 この男の名はダニー・ロウゲン。ミリアがルルオーネを受け取っていたと証言した男である。

 ダニーは今、何者かの襲撃を受け命からがら逃げている真っ最中である。何とか撒いたかとホッと一息ついたその直後、強烈な痛みがダニーの左肩を襲った。見れば、そこには闇夜に溶け込むような漆黒の短刀ダークが突き刺さっていた。振り返るとそこには短刀と同じく全身漆黒の装束を着込んだ人間が立っていた。


「くそっ!」


 肩から抜き取って投げ捨て、逆方向に逃げようとする。だが、その行く手を阻むかのように同じく黒装束が屋根から飛び降りてくる。

 その姿、振る舞い、纏った雰囲気は間違いなく殺人を生業とした暗殺者のものだ。元々戦いなどは管轄外のダニーだ。相手がたとえ1人であったとしても到底勝ち目などない。それが4人。まさに絶望的な状況だった。だが、だからと言って大人しくやられる気もさらさら無い。何とかこの場を切り抜ける方法を探さなくては。ダニーは暗殺者達の動きを伺いながら次の一手を考える。

 しかし、状況はダニーが考えているよりも深刻だった。


「う……」


 突然ダニーの視界がぐらついた。目の前の暗殺者達がダブって見えてくる。さらには足腰に力が入らなくなり、ガクッと膝から崩れ落ちた。見れば、短刀によって受けた傷口が紫に変色している。


(ヤベェな。こりゃあ毒か)


 暗殺者の1人が近づいてくるが、今のダニーには何の抵抗もできない。即効性の毒はすでに体の自由を奪っている。身動きすらできない。


(あ〜、やっぱ裏社会だと碌な死に方はできねぇな。分かってた事だけどよ)


 振り上げられる短刀の刃を見ながら、ダニーはそんな事を考えていた。これが俺の終わりか、と観念したその時、突然大柄な何かがダニーの前に割って入り、暗殺者を蹴り飛ばした。


「ふぅ〜、危ねぇ。辛うじて間に合ったか」


 その男はダニーに振り返る。朦朧とする意識の中、ダニーはその男を見た。銀髪に赤い瞳。筋骨隆々とした体格。少なくともダニーの知り合いにこう言った特徴の男はいない。


 男は途轍もなく強かった。

 その強さはまさに圧倒的の一言。

 連携して襲いかかる暗殺者を物ともせず、素手で文字通り叩き潰した。繰り出される短刀による刺突を避けると同時にその腕を掴み、まるで武器にするように振り回して時間差をつけて飛び掛かって来た2人目に叩き付ける。2人はまとめて壁際まで吹っ飛んで並べてあった資材に突っ込み、埋もれて見えなくなった。

 さらに3人目が投げ放った漆黒の投げ短刀ダーク。夜闇にほとんど見えないはずのその短刀ダークを何と素手でキャッチして投げ返した。慌てて返って来た自分の投擲武器を弾いたその時には男は暗殺者の目の前で魔力の眩い光を纏った拳を構えていた。暗殺者は身動ぎする間もなくその拳で打ち抜かれて壁にヒビ割れを刻んで崩れ落ちた。

 まさに瞬殺と呼ぶにふさわしい。

 男は残る1人に赤い目を向けた。


「後はお前だけだな」

「……」


 最後の暗殺者は無言のまま大きく飛んだ。後ろへ。そしてそのまま夜の闇に消えるように去って行った。


「1人逃したか。まあいい、とりあえず目的は果たした」


 男は振り返ると悠々とダニーの前までやってくる。


「あ、あんたは?」

「デニスだ。確認するが、お前がダニー・ロウゲンで間違いないな?」

「何故俺の名を?」

「そんな事はどうでもいい。とにかく口を開けろ」


 いきなりそんな事を言われて「は?」と間抜けな声が口から漏れ出る。そのわずかに開いた口にデニスは手に持った小さな丸薬をねじ込んだ。


「うぐえっ」

「いいからさっさと飲み込め。でないとそのまま死ぬぞ」


 言われて慌てて飲み込む。すると先程まで歪んでいた視界がスーッと晴れ渡り、手足の痺れも嘘のように回復した。信じられないように手足を見回すダニーにデニスは「ほう」と感心したような声を漏らした。


「どうやらもう治ったようだな。流石はベルモールの薬か」


 不敵に笑うデニスにダニーは警戒心を露わにして尋ねた。


「あんた、どこの組織の奴だ?」

「組織?」

「どこかの組織のエージェントかなんかなんだろ?

 でないと、この俺を助けるなんて酔狂な事はしねぇだろうし、それに、あの暗殺者を簡単にあしらうなんかできるわけがねぇ」

「ほう」


 デニスの目がスッと細くなる。


「お前、このハンサムイケメンな俺が裏の組織なんて腐った連中の仲間に見えるわけか。それは俺に対する侮辱と受け取っても良いのだろうな」


 暗殺者の襲撃から生き延びて数分後、ダニーはさらなる生命の危機に遭遇したと実感した。全身がガクガクと震えだし、脂汗がダラダラと流れ出す。その感じる恐怖はあの暗殺者など比ではない。

 ほとんど反射的にダニーは地面に突っ伏していた。


「す、すみませんでした!」


 それを見て、デニスから発せられていた殺気と重圧が織り混じった強烈な圧力プレッシャーが霧散する。


「ふん、分かればいいのだ。

 お前には聞きたい事がある。俺と共に来てもらおう。と言うか、嫌だと言っても強制的に連れて行く。選択肢などない」


 デニスはダニーの腕をその大きな手でむんずと掴むとそのまま歩き出す。


「それと、俺は裏の人間ではない。

 ヴァナディール魔法学園の臨時教師だ」




 

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