第22話 生徒会長シグノア



「えっと、順を追って話しますと、編入早々ケンカ売られて決闘で返り討ちにしたら数日後になぜかルルオーネ使用の容疑とかで拘束され、やっと容疑が晴れたと思ったらまたケンカ売られて、決闘で返り討ちにしようとしたらあの魔獣騒ぎってわけです」

「……もう一回言ってくれるか?」


 アルメニィ学園長が困った顔をする。

 アルメニィ学園長に呼ばれて学園長室にやって来たミリアは、自らの被った経緯を話して聞かせた。アルメニィの頭に「?」マークが浮かんでいるようだが仕方がない。ハッキリ言ってミリアにも何が何だか分からないのだから。


 結局学園長室から出た頃には陽が沈んでいた。




「はぁ、なんか疲れた。晩御飯は学食で食べて行こうかな」


 薄暗い廊下を1人歩くミリア。いつもは常にエクリアやリーレがいるので1人で歩くのは凄く珍しいかもしれないと、ミリアは自分なりにそう思う。


 学食に向かう途中、運動用のグラウンドに差し掛かると、


「どうしたぁ! もうバテたのか!?」

「うおぉぉぉぉぉ! 負けるかぁぁぁぁぁぁ!」


 照明に照らされる中、カイトとレイダーが模擬戦をやっていた。

 2人の教官であるデニスはミリアを陥れた自称目撃者を捜しに行ってまだ戻ってきていない。教官不在でも2人なりに考えて訓練を行っているようだった。


「見たところ、体力的にも身体能力的にもレイダーの方が上みたいね。とは言え、カイトの攻撃もガードできないから結構大変みたいだけど」


 模擬戦を観戦しているのはいつものエクリアとリーレにプラスして、カイトの幼馴染シルカとハーピーのレミナの4人。内、シルカとレミナがミリアの存在に気付いた。


「ミリア、解放された?」

「お疲れ様。結構長かったね」

「事の経緯を説明したんだけど、分かんない事だらけだからね。少なくとも、ブライトンが何か良くない薬を飲んで魔獣になったって事だけは確かよ。明日には魔道法院からも捜査官が来るって話だから、しばらくはバタバタしそう」

「ミリアってかなりのトラブル体質だからね」

「今までの依頼もベルモールさんの策略かと思ってましたが、今ではミリアちゃんがトラブルを呼び寄せてるんじゃないかって思ってますね」


 ケラケラ笑いながらそんな事を言う親友2人。

 そんなバカなと言い返したいところだが、あながち間違いではなさそうとミリアも思っていたため反論できなかった。


「ええい! こういうモヤモヤした気持ちの時は思いっきり運動するに限るわ!

 そこの2人! どっちでも良いから相手しなさい!」

「「ええ〜」」


 午後の決闘でミリアの近接戦闘を見ただけに2人揃って嫌な顔をするが、暴君ミリアはお構いなしだ。


「問答無用! なら2人まとめて行くぞ〜!」


 全身に魔力を漲らせながらミリアが2人に向かって地を蹴った。








「ミリア、流石にやり過ぎよ」

「う、うん。ごめんなさい」


 冷ややかに見つめるエクリアの前で正座したまま小さくなっているミリア。その周りにはボコボコにされたカイトとレイダーが死体のように転がっていた。特にレイダーに至っては戦闘種族赤獅子族の血が騒いだか動けなくなるまで戦闘を続行したためカイトよりも重傷だった。現在リーレが『癒しの水ヒールウォーター』を使って治療中である。


「2人とも結構強くなってるから手加減できなくて」

「それでも限度があるでしょ。2人とも失神してまだ目を覚まさないじゃない」


 カイトの側ではシルカが慣れない治癒魔法で応急処置をしながら恨めしい目でミリアを睨んでいた。


「うう……」


 最初に気がついたのはカイト。負傷の度合いからやはりレイダーの方が少し目覚めが遅れている。


「カイト! 良かった、目が覚めたのね」

「シルカ。あれ、俺は何を」


 どうやら記憶が飛んでいるらしい。


「ごめん、カイト君。やり過ぎたみたい」

「え?」


 カイトは周囲を見回し、倒れているレイダーを見てようやく状況が飲み込めた。


「あ、そうか。俺達、ミリアさんと勝負して……あれ、どうなったんだっけ?

 う、頭が……」

「頭が思い出す事を拒否してるわね」

「無理ない。ミリア、夜叉みたいだった」


 言いながら、レミナはぶるっと体を震わせる。


「う、なんだか本当にごめんなさい。

 お詫びと言っては何だけど、今晩のご飯奢るわ。学食だけど」

「ゴチになります!」


 奢りと聞いてレイダーが復活した。


「早っ! もしかしてとっくに気がついてたんじゃないの?」

「うう……傷が……」

「現金なやつね、全く。

 まあ良いわ。着替えたらみんなで夕飯にしましょう」








「ちょっと、どうしたのですか、その傷は?」


 学食の受付でセリアラに驚かれた。

 それはそうだろう。ミリアも多少負傷してはいるものの、ほぼボロボロのカイトとレイダーが現れたのだから。


「2人ともひどい傷ですね。よっぽど凶悪な魔獣に襲われたのでしょうね」


 それを聞いてエクリアがミリアにそそっと近寄り、


「凶悪な魔獣だって」

「言わないで。反省してるから」


 母親から魔獣扱いされて流石にショックだったのか、ミリアの返しにキレがなかった。


「2人とも、ちょっと前に」


 セリアラに言われてカイトとレイダーが前に並ぶ。

 それを確認し、セリアラは2人に向かって両手をかざし、


「2人に癒しの加護を。癒しの光ヒールライト


 眩い光がセリアラの両手から発せられ、カイトとレイダーを包み込む。すると、2人の全身に負った傷は瞬く間に蒸気と共に消えて無くなった。とんでもない回復力である。


「これでよし。痛むところはない?」

「は、はい。大丈夫だと思います」

「ならよろしい。私のこれは『祝福の巫女セラフィムヴェール』の再生魔法とは違って傷を癒す代わりに体力を消費するわ。しっかり食べて栄養を取るのですよ」

「はい! ありがとうございます!」


 ニッコリ女神の微笑みを浮かべるセリアラに、カイトもレイダーも照れたように赤くなっていた。その後ろでジト目でカイトを睨んでいるシルカを見て見ぬ振りをして、


「ところで、ママが言ってた『祝福の巫女セラフィムヴェール』って」

「魔道士界に3人だけいる大魔道アークの1人よ。再生魔法って言う固有魔法の使い手らしいわ」

「再生魔法?」

「さっきリーレがレイダーに使ってた癒しの水ヒールウォーターの魔法があるでしょ? あれは水で傷口を覆って人の持つ自然治癒能力を活性化させる魔法ってミリアも知ってるわよね」


 エクリアの話にミリアは頷く。


「属性問わず、癒しの魔法ってどれも自然治癒能力を活性化させて傷を塞ぐ魔法だから、そのためには魔法を受ける側にも相応の体力が必要になるのよ。でも、再生魔法はそれらとは全くの別物で、治療に受ける側の体力を一切消費しないの」

「えっ、じゃあ」


 聞き返すミリア。その時、


「再生魔法は例え致命傷を負った人も助ける事ができる。そう言う魔法なんですよ」


 そんな声が後ろから聞こえた。

 振り返ったミリアの前にいたのは――


「やあ、闘技場では災難でしたね、ミリアさん」


 にこやかに笑うヴァナディール魔法学園の生徒会長シグノアと、傍に立つ副会長のルグリアだった。


「生徒会の仕事が長引いてしまって。食事を共にさせていただいてもよろしいですか?」

「ええ、別に構いませんが」


 チラッと、横目でルグリアの方を見るが、ルグリアは特に表情を変えずに佇んでいるのみ。


「では、僕達も食券を買ってきましょうか。行きましょう、ルグリア」

「はい」


 シグノアはルグリアを伴ってカウンターの方へと向かった。

 それを見つめながら、シルカが大きく息を吐く。


「はぁ~、まさかシグノア先輩が来るなんて」

「珍しいの?」

「そりゃあこのヴァナディール王国の王太子だからね。学食で食べる事自体がほとんど無いと思うよ」


 学食と言えば、安くて量が多い反面、庶民的な料理が多くレストランなどに比べると味が落ちるのが特徴だった。当然料理に使われる食材も料理人の腕前も及ばないのだから仕方ないと言えば仕方ない。そのため、貴族出身の生徒などは学食を使わずに専門のレストランなどで食事を取る場合が多い。

 そんな中、貴族よりもさらに上である王族が学食に現れるなど、本来なら考えられない事ではないだろうか。


「セリアラさんのおかげで学食のグレードも格段に上がったんだけど、それでも変なプライドで来ない人が多いみたい。貴族たるもの学食なんかで食事するなどありえないとかって」


 やれやれ、とミリアはセリアラが持ってきた料理を受け取る。

 ミリアが頼んだのは日替わりセット。本日はセリアラ特製のカレーライスだった。素材は一般的ではあるものの、味の中心であるスパイスがセリアラ特製配合であるため物凄く美味しい仕上がりになっている。この日も一番人気はこのカレーとサラダ、テールスープのセットだった。

 皿の半分に盛られたライスの麓に満たされたカレールー。それらを取り巻くように周囲にレタスなどの野菜が添えられている。それは一種の山と湖、それを取り巻く大自然をイメージした盛り付けらしい。

 盛り付けは同じだが通常の5倍くらいの分量のカレーライスをトレイに乗せ(ギリギリ収まっている)、ミリアは席の1つに向かう。すでにそこには料理を受け取ったエクリアとリーレ、レミナとシルカが座っていた。続いてカイトとレイダーも料理をトレイに乗せてやってくる。ミリア同様に山盛りのカレーが乗っていたが、その量は明らかにミリアの方が多い。


「……それ、食い切れるのか?」

「……獣人族はよく食う種族だが、そこまで食う奴は獣人族にもそういないぞ」


 さすがのカイトとレイダーも顔が引きつっている。反面、やはり自覚の無いミリアはただ首を傾げるだけだった。

 丁度そこへシグノアとルグリアもやって来た。2人のトレイにはそれぞれヴェラサーモンの焼き魚定食とフェレーラ鳥の香草焼き定食が乗っていた。もちろん1人前分である。

 当然のように2人はミリアの前にある超ビッグサイズのカレーライスを見て目を丸くした。


「すごい量ですね。僕とルグリア2人がかりで食べきれるかな?」

「……さすがにこれはムリかと」


 立て続けに4人のお言葉。もう反応する気にもなれないミリアだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る