第24話 魔蟲退治


 「精霊の休日」のその日は学園が休みなので、ミリアはいつものリーレとエクリアに加え、カイト、シルカ、レイダー、レミナの7人で魔獣の討伐依頼を受けていた。

 依頼内容は学園都市の隣にあるセイグ村に出没する蟲系の魔獣『アーマーセンチピード』の討伐である。鎧百足アーマーセンチピードの名前の通り、鎧のように頑丈な外殻を持った百足ムカデの魔獣であり、体長も3メートルから5メートルとかなり大き目なサイズ。そこそこ討伐難度は高い相手となっていた。しかも――


「10匹もいるなんて聞いてないんだけど!」

「う〜ん、魔法学園の生徒になってもミリアちゃんの厄病神っぷりは健在ですね」

「ちょっとリーレ! こんな時に変な冗談はやめてよね!」

「あながちミリアと行動を共にしてると冗談とは言い切れないところがあるのよね。悲しい事に」

「エクリアまで何んて事言うのよ。

 あっ! レミナ、後ろ!」


 ミリアの声に反応して振り返ると、レミナの目の前に大きく口を開けた鎧百足アーマーセンチピードの顔があった。慌てて回避しようとするが、咄嗟で上手く動けない。


「危ねぇ!」


 そこに横からレイダーが鎧百足アーマーセンチピードの頭部を殴りつける。鎧百足アーマーセンチピードは奇声を発して吹っ飛んだ。すぐさまレミナが自らの真言魔法を発動させる。


真言リルワーズ、『炎が』『鎧百足アーマーセンチピードを』『包み込む』」


 トリガーワードと三文節の魔力ある言葉によりレミナの固有魔法が発動。すると何もないところから突然炎が吹き出してたちまち鎧百足アーマーセンチピードを包み込む。まさに言葉通り。鎧百足アーマーセンチピードは耳障りな奇声を上げながら、その長い身体をよじった。


「トドメだ!」


 そこへカイトが魔力を込めた剣を振り下ろす。

 カイトの魔力は他の属性魔力の影響を受けない無属性の魔力。その力を持った斬撃はレミナの炎をそのままに中身の鎧百足アーマーセンチピードのみを両断した。


「よし、次だ!」


 着地と同時にすぐに次の鎧百足アーマーセンチピードに向かうカイト。その動きは以前よりもずっと力強く洗練されている。連日のデニスによる特訓地獄の成果は着実に出ていた。


 その後もカイト達はお互いに連携しながら次々に鎧百足アーマーセンチピードを打ち倒していく。最後の1体をレイダーが頭を砕き、10匹全ての討伐を完了した。


「何かあたし達いらなかったかもね」

「そうですね。何もしてないですし」

「まあ、みんな強くなったって事で良いんじゃないかな」


 ミリア達3人がそんな風に談笑している側で、シルカはやや呆然としていた。


(カイト、いつの間にかあんなに強くなってたんだ……)


 嬉しい反面、なんだか寂しいと思うシルカ。レイダーとハイタッチを交わし、レミナに気軽に声をかけているカイト。今のカイトは自分以外の人とでも十分に戦える事をシルカは実感していた。そして、それはカイトにとって自分は特別ではないと自覚する事に他ならず、シルカは言いようのない胸のざわめきを感じた。その瞬間、


「――っ!」


 シルカの脳裏を何かが走る。それは音のない声。

 直後、地面を粉砕しながらが目の前に出現した。

 鎧百足アーマーセンチピード。その大きさは先ほどの10匹の倍はあるだろうか。巨大な身体をうねらせてカイト達3人の元へと急降下した。

 完全に不意打ち。3人ともとても避けられる状態じゃない。


「だ、ダメ!」


 シルカは思わず叫ぶ。その瞬間その巨大鎧百足アーマーセンチピードは動きを止め、シルカの方へと顔を向ける。ギラリとした目がシルカの目線と結びつく。


「あ……」


 そんな声が漏れた。巨大な鎧百足アーマーセンチピードがシルカへと向きを変えようとしたその時、


氷結の縛鎖フリーズバインド!」


 リーレの声が響き、冷気を帯びた氷の蔦がまるで鎖のように四方八方から鎧百足アーマーセンチピードを拘束する。その冷気で絡め取られた箇所がたちまち凍り付いていった。さらにそこに追撃。


業火の砲弾フレイムボール!」


 エクリアの放った中級の火球魔法が鎧百足アーマーセンチピードの頭部を直撃! 威力は違うが、それはまるであのソードグリズリーを討伐した時の再現のよう。


「これで終わり!

 パパ直伝、魔光の一撃オーラインパクト!」


 空から降って来たミリアが光り輝く拳で鎧百足アーマーセンチピードの頭部を一撃した。その瞬間、拳からの魔力の光が鎧百足アーマーセンチピードの頭から尻尾までを一瞬にして突き抜ける。そして、鎧百足アーマーセンチピードは白煙を上げてズズンと大地に崩れ落ちた。


「なあ、お前本当に魔道士志望なのか?

 あんなの見せられたらマジで自信無くすんだが」


 レイダーがジト目でそんな事を言う。対してミリアは、


「魔道士だからって接近戦をしたらいけないルールは無いからね。あのくらいならエクリアやリーレだって」

「いや、無理だから」「流石に無理です」


 当人2人が声を合わせて言った。


(それにしても)


 ミリアは横目でチラリと後ろを見た。

 そこにはミリアに粉砕された鎧百足アーマーセンチピードの残骸と控えめに佇むシルカの姿。


(何だったんだろう、さっきの不自然な鎧百足アーマーセンチピードの動き。シルカさんの声に反応して止まったように見えたけど。まさかね……)




 



 そしてその日の午後、ミリアはアルメニィ学園長に呼び出されていた。

 休日の魔法学園。人もまばらな校内に1人やって来たミリアは学園長室の扉をノックする。


「アルメニィ学園長。ミリア・フォレスティです」

「ん、入っていいよ」


 中から気楽な声が聞こえて来た。


「失礼します」


 定石通りの一言をかけてから扉を開ける。

 中にはアルメニィの他、ミリアの父デニスと魔道法院の上級捜査官リアナ。そして縛り上げられた男が1人転がっていた。


「パパ、この人は?」

「ミリアを陥れたクソッタレの1人だ。昨晩拾って来た」

「拾って来たって」

「この人は私自身面識があったので、ちょっとデニスさんにお願いして捕まえて来てもらいました」


 リアナがそんな事を言う。魔道法院の関係者でもないデニスにそんな気軽に捕縛を頼んでも良いのかとミリアは思ったが、とりあえず今回は気にしない事にした。


「こいつ、どうやらミリアに関して嘘の証言をする代わりに多額の金を貰ってたらしくてな。最近王都の飲み屋街で遊び回っていると聞いて夜に張ってたんだ。

 そうしたら、こいつ何者かに襲われてるじゃないか。

 死人に口なし。死んだら証言できなくなるからな。仕方なく出張って助けてやったって訳だ」

「で、その暴漢って言うのかな。何だったの?」

「さあな。ただ、只者じゃなかったな。おそらくは殺しを生業にするプロの暗殺者だろう」


 ミリアは転がっている男、ダニーに目を向ける。


「暗殺者を仕向けられるなんて、あんた何をやらかしたのよ」

「し、知らん。俺はただの小悪党であってそんな暗殺者を仕向けられるなんて事した覚えがない!」

「まあ、あの時の逮捕容疑は麻薬の売買でしたし。あれは組織犯罪ですから、大方その組織を裏切ったか何かしたんじゃないですか?」


 リアナから冷めた目を向けられるが、ダニーは否定する。


「それも身に覚えがない!

 そもそも俺は売人と言っても末端なんだ。ヤクを持ってくる相手がどこの組織かすら知らない!」

「本当ですか? 正直に言わないとデニスさんの輝く拳が火を噴きますよ」


 笑顔で脅すリアナの横ではデニスがこれ見よがしに素振りをしていた。ダニーはさらに青くなる。


「ほ、本当だ! 嘘なんかついてない!」


 泣き叫ぶ勢いでダニーは弁明した。

 どうも嘘はついていなさそうだ。


「なら何で暗殺者なんか差し向けられたのよ」

「だから知らないんだ!」

「案外ミリアさんを陥れた為だったりして」

「私を? そんなので何で暗殺者が? そもそも誰が雇うんですか?」

「そうですよねぇ」

「……いや、それはあり得るかもしれない」


 その言葉に全員がアルメニィの方に顔を向ける。


「ダニーとか言ったな。確認だが、ミリア君と面識は?」

「ある訳ないだろう」

「私だってないですよ。こんな特徴的な顔、知ってたら忘れるわけがないです」

「だろうな。ではそれを踏まえて聞くが、お前、誰にミリア君を陥れるようなあんな証言するように頼まれた?」


 ぎくっ!

 そんな擬音が飛び出しそうなほどダニーの肩が跳ねた。


「お前、ミリア君とは面識が無いんだろう?

 なのに、なぜさもミリア君を直接見たような正確な証言ができたんだ?」

「……」


 ダニーはこの期に及んでだんまりを決め込む。

 やれやれとアルメニィはため息1つ。


「お前はまだ自分の立場が分かっていないようだな」

「ふんっ!」


 ドゴォン!

 デニスの拳がダニーの頭のすぐ横の床を穿った。床が砕け、拳跡を中心に蜘蛛の巣状のヒビ割れが広がっている。ダニーの顔は青から青白く変化している。


「正直に話さんから思わず手が滑ったではないか。

 次は思わず


 ニヤリと笑うデニス。その構えた拳がこれでもかと魔力の光を放っている。流石にたまらずダニーは叫んだ。


「言う! 女だ!

 ウェーブのかかった髪をした色っぽい女が面会に来て俺に言ったんだ!

 ミリア・フォレスティがルルオーネを買ったと証言すればすぐに釈放させてくれると。それに高額な報酬もくれるって!」

「色っぽい女?」


 そこにいた全員の脳裏に1人の女性が浮かび上がる。


「名前は知らねぇ! あいつは自分の名は名乗らなかったから!」


 必死に白状するダニーに、リアナは書類から一枚の写真を取り出す。


「貴方に嘘の証言をするように頼んだのはこの女ですか?」


 その写真を見た途端、目を丸くして叫んだ。


「そ、そいつだ! そいつが俺に嘘の証言をするように言って来たんだ!

 嘘じゃねぇ! 信じてくれ!」


 全員が顔を見合わせる。


「なんだか妙な事になってきましたね」


 その写真に写っていたのは、ブライトンと接触していた女性。

 リヴィアだった。







 ミリアに恥をかかされ復讐心を持ったブライトン。

 そのブライトンと接触していた女性リヴィア。

 そのリヴィアに依頼され嘘の証言をしてミリアを陥れたダニー。

 これまでの流れから、おそらくこのリヴィアと言う女性がこの事件の中心にいるような気がする。

 そしてブライトンを魔獣へと変えた薬品。その薬品の瓶からダルタークという組織が浮上した。


 ミリアはこの生徒会長のシグノアから聞いた話をそのままリアナをすると、彼女は血相を変えて飛び出して行った。それだけダルタークという組織が危険なのだろう。

 ミリアも当事者として何かしたいと思ったが、それはリアナだけでなくアルメニィやデニスからも強く止められた。大きな魔力を持っていたとしてもミリアはまだ学生の身分であり、魔道士としてもまだ正魔道士セイジになったばかりの新人魔道士なのだ。魔力の扱いも知識も経験もどれもまだまだ未熟。そんなミリアにできることなどたかが知れている。


「もっと強くならないと。知識も経験も溜め込んで、超一流の大魔道アークになるのが夢なんだから」




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