第25話 シルカとビエラ
午後の授業中。その日はアザークラスとシルフクラスの合同授業だった。
昼食後の特に眠くなる時間帯、その上眠くなりそうな歴史の授業なものだから半数近くの男子生徒が夢の中に旅立っている。
そんな中、シルカはぼんやりと前方に目を向けていた。その先にあるのは幼馴染の後ろ姿。
アザークラスは6人しかいない事もあり、基本的に授業では最前列に並んでいる。その真ん中にカイトはいた。シルフクラスの大部分の男子生徒が寝ているこの歴史の授業でカイトはノートを取りながら教師の話に耳を傾け、時折隣にいる編入生のミリアやハーピーのレミナに質問をしたりされたりしていた。
それを見るたびにシルカは胸の奥がチクリと痛む気がした。
どうしてあそこにいるのが私じゃないんだろう。
そんな事を考えるようになっていた。
放課後、シルカは1人学園都市の中央を流れる川沿いに佇んでいた。この時間は普段なら学園のグラウンドで特訓に励むカイトを見守っているのだが、この日はどうにもそんな気分になれなかった。
ミリアの父デニスの特訓でどんどん力を上げていくカイト。本人は気付いていないかもしれないが、以前のカイトとは見違えるほどの実力を身に付けている。それはミリアの師匠ベルモールによってカイト自身の才覚について自覚させられた事もその一端に違いない。
「……成長の裏にはミリアさんの姿か」
今までは頼りないカイトを支える事が自分の役目だとシルカは思っていた。だか、今ではどうだろう。
「カイト、強くなってたな。私、一緒にいても良いのかな」
カイトの側にいるアザークラスの生徒達。その全員が特別な力を持っていると言う。そして、今アザークラスはその力を伸ばすような教育が行われている。もしかしたら現時点でミリアだけでなく、そのクラス全員がシルカよりも実力が上かもしれない。
「私ももっと力があれば。カイト達の中に入っていけるのかな」
焦燥感に駆られるシルカ。そんな時、
「何かお悩みかしら」
その声にシルカは振り返る。
シルカに声を掛けて来たのは、火の魔道士を象徴する赤い外套を身に纏った魔道士。年齢はおそらくシルカよりも3つ4つくらい上だろうか。大人の色気を漂わせる妙齢の女性だった。亜麻色の髪を髪留めで1つに編み込んでいるにも関わらず腰に届くほどの長さ。その女性は優しげな表情でシルカを見つめていた。
「あの、貴女は?」
「自己紹介がまだでしたね。
私の名はビエラ。少し前まで火のロード、グレイド・フレイヤード様の元で働いていました」
今は無職ですけどね、とビエラは苦笑する。
彼女の話では、少し前まで火のロードの側近のような立場にいたそうだが、ベルゼドの事件を防げなかった責任を取って職を辞したらしい。
確かに、
何せ、あの火の街フレイシアが半壊した程なのだ。『
ちなみに、ミリア達がベルモールと共にベルゼドと戦った事はほとんど知られていない。ただ、
「そんな感じでしてね。あれだけの被害が出た以上、誰かが責任を取らないと。グレイド様にはまだまだ働いてもらわないといけないですしね」
河川敷で隣に座って語るビエラの横顔を見て「そうですか」とだけ答えた。
「ところで、何かあったのですか? 随分と落ち込んでいるようでしたが」
「別にそんな事は」
「良かったら話してみませんか? 誰かに話を聞いてもらった方が気が晴れるかもしれませんよ」
シルカはしばらく俯いていたが、やがてぽつぽつと話し出した。
自分にはずっと一緒に歩んで来た幼馴染がいる事。
その幼馴染がいつの間にか実力をつけていた事。
自分は彼にとってお荷物なのではないかと思い始めた事を、シルカはビエラに包み隠さずに話した。ビエラはそれを頷きながら聞いている。
「なるほど。確たる実力があれば、その幼馴染の隣に立てるのではないかと。
ふふふ、乙女ですね」
「なっ、からかわないでください!」
眉を寄せるシルカ。怒りを演出しているようだが、顔が真っ赤になって台無しである。
「分かりました。私も今のところやる事もないですし、私で良ければ少し指導して差し上げましょうか?
私もこう見えてクラスは
それからひと月が過ぎた。
「なあ、カイト」
「ん?」
「お前、シルカとケンカでもしたのか?」
お昼休み、学食でレイダーが唐突にそんな事を聞いてきた。
「は?」
意図が掴めずカイトはラーメンの麺を咥えたままレイダーを見る。
「あいつ、今までお前にベッタリだっただろ。
それがここしばらく姿すら見てないじゃねえか。シルフクラスの用事があったとしても1ヶ月も見なくなるのは異常だと思うぜ?」
「そうね。少なくとも放課後の特訓中は様子を見に来ていたのに、最近はそこにすら来なくなってるわ。何かあったの?」
ヴィルナが便乗して聞いてくる。
そう言えば、とカイトは考える。確かに最近デニスの特訓などに集中し過ぎて周りが見えていなかった。思えば確かに最近シルカの姿を見ていない。
「授業には出てるみたいだけど。カイトもどこに行ってるのかは知らないのよね?」
ミリアの質問にカイトは頷く。
「オトコかな?」
「カイトに内緒。怪しい」
ナルミヤとレミナがお互いに顔を見合わせて「ウフフ」と怪しげに笑った。
「いや、あいつに限って……う〜ん」
絶対にないとは言い切れない。こう言われると何だか気になってくるもので、
「心配?」
「う〜ん、そうだなぁ……って、別にあいつはただの幼馴染で」
わたわたするカイトをニヤニヤと眺めるミリアを始めとした女性陣。恋愛トークは彼女達の恰好のエサである。
「ちょっと後をつけてみようか」
そのミリアの提案に反対するものはいなかった。
双児宮の月の第3
放課後、シルカは授業が終わると荷物を持ち、そのまま学園から出る。そして学園都市の大通りを東に向かって歩いて行った。
学園を出てからおよそ30分。
学園都市の郊外からも飛び出し、そのまま迷う事もなく道無き道を歩き続ける。
やがて、シルカの姿は廃墟と化した街の跡地に到着していた。
「先生、どちらですか?」
キョロキョロと周囲を見回しながら、シルカは声を上げる。
「来ましたね、シルカさん」
大きな瓦礫の陰から赤い外套の女性魔道士ビエラが姿を現わす。それを見てシルカは嬉しげに笑った。
「どうですか、調子は?」
「はい、順調です。ようやく力にも慣れて来ました」
「それは結構ですね」
「この力があれば、きっとあの忌々しい編入生も、カイトに纏わりつく悪い虫もカイトを侮辱してきた学園のクズ達も全部根こそぎねじ伏せる事ができます!」
クククと笑うシルカに対し、「ふむ」とビエラは唸る。
(この子、こんな性格だったかしら?
もしかしたら普段抑圧されていた感情ほど表に出てきているのかもしれないわね。なかなか興味深いデータだわ。記録に追加しておきましょうか)
「さて、ビエラ先生。貴女に訓練をつけて頂いた事には感謝します。ですが」
「ですが?」
シルカの目に暗く怪しい光が宿る。
「貴女も私のカイトに纏わりつかないとも限りません。よって、本当に残念ですが、貴女をここで排除させていただきます」
言って、シルカは片手を振り上げた。
その瞬間、地響きと共に地盤が盛り上がり、そこから多数の虫型の魔獣が姿を現した。
この辺でよく出没して討伐対象にもなっている
大群で戦列を組んで襲いかかる
同じく大群で空から襲いかかる大きな
その総数は100に近い。
そして、最後の1匹はシルカの足元から現れた。
途轍もなく大きく長い体躯。長く伸びた体にはまるで竜の鱗のような甲殻に包まれ、その頭は同じくまるで竜の頭のようなツノと長い2本の髭が後方に向かって伸びている。
その巨大な魔獣がシルカを頭部に乗せ、遥か上からビエラを見下ろしていた。
「私の固有魔法。『魔蟲奏者』とでも呼びましょうか」
チッ、とビエラは舌打ちする。
ビエラがシルカを見つけたのは偶然だった。潜伏していた近くでたまたま
そして、その力は自分達の役に立つと。
だが、それもどうやら失敗に終わりそうだった。
我欲が強すぎる。
制御不能ではいくら強力な力があっても使い物にならない。
「やれやれ、全く。思い通りにいかないものですね。
ですが、私もここでまだ死ぬわけにはいきません!」
ビエラは一気に魔力を解放する。
「
強力な圧縮空気の塊がシルカの目の前、
「くっ、みんな大丈夫!?」
「ビエラ先生は」
見ればもうすでにそこにはビエラの姿はなかった。
「……逃げられたか。まあいいわ。
さて」
シルカは輝くような笑顔で振り返る。
「カイトを迎えに行こうかな」
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