第26話 魔蟲の支配者


「な、何だあれ」


 呟いたのは誰の声か。

 それはシルカのいる場所から少し離れた所にいたミリア達にも見えた。

 廃墟と化した街にいくつも重なる崩れた建物達。その奥からまるで真っ黒な霧が広がるように何かの群れが上空へと広がり出す。


 それが何か、理解した途端に「ひっ」と言う声がミリアの後ろから聞こえた。


「まさか、あれ全部蟲型の魔獣なの!?」

「間違いない。あれは殺人蜂キラービーの群れだ」


 その数はおよそ40匹。

 流石のミリアも背中に冷たい汗が一筋流れ落ちる。いくらトラブルメーカーと呼ばれがちなミリアでも、あの数の魔獣とは戦った事が無かった。


 しかもそれだけではない。

 空の次は大地。何か大きな生物が集団で突っ込んできているかのような地響きがした。


 やがて、目の前の瓦礫から長い胴体の蟲型魔獣が無数に飛び出し、その粉砕された場所から沢山の牛のような大きさの蟻がゾロゾロと湧き出してくる。


「あ、鎧百足アーマーセンチピード軍隊蟻アーミーアント!?

 何でこんなに沢山、それも全部一緒に行動してるんだよ!?」


 総合計ではおそらく100に近いだろう。こんなのまともに戦っても到底勝ち目が無い。

 全員逃げに入ったその時、聞き覚えのある声が聞こえた。


「あら、カイトじゃない」


 その奥からさらに巨大な百足が周囲の瓦礫を蹴散らしながら現れる。

 見た目、長い胴に鱗のような甲殻。ツノと髭を伸ばしたその姿。

 その魔獣の名前をミリアは知っていた。


「ど、百足龍虫ドラゴンセンチピード……」


 ムカデ型の魔獣の最強種であり、魔蟲と呼ばれる蟲の魔獣の中でもトップクラスの力があるとされる魔獣だ。その討伐ランクは特A級にも及び、魔道士ならば賢者ソーサラーが複数人いなくては倒す事ができない魔獣とも言われている。


 シルカの声はその百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭の上から聞こえて来た。物凄く不機嫌な声が。


「また目障りな悪い虫がカイトに纏わり付いているのね」

「え?」


 見上げたその先。シルカは百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭の上に仁王立ちしていた。その表情は幼馴染のカイトですら今まで見た事のないような邪な笑みで歪んでいた。


「でも大丈夫。カイトには私達だけがいれば良いの。他の悪い虫達は私とこの魔蟲達が全部潰してあげるから」


 スッとシルカが右手を上げる。それが合図であるかのように、上空を旋回していた無数の殺人蜂キラービー達がシルカの背後に整列する。


「ち、ちょっと待ってくれ!」


 慌ててカイトが制止する。


「話ならそこの奴らを潰してから聞くよ?」

「そうじゃなくて、お前、本当にシルカなのか?」


 カイトが疑問に思うのも無理はない。今のシルカはカイトの知っている幼馴染とは何かが違う。

 外見も声も全てはシルカそのものなのだが、その精神、心のありようがシルカとはまるで違う。


 その言葉を聞いて、シルカは嬉しそうに笑った。


「やっぱり、カイトは私の事をよく見てくれてるのね」

「え?」

「確かに今の私は前までの私とは違うわ。私はシルカであってシルカでない。カイト、貴方の知っているシルカとは違うかも。でも、私も紛れもなくシルカよ」

「どう言う事だ?」

「私はシルカの中で生み出されたもう1人のシルカ。思い切りも決断力も、何もかもが足りないあの子とは違う。私は遠慮なんかしない。躊躇なんかしない。欲しいものは何でも、力強くででも手に入れるわ。

 そして――」


 シルカが両手を広げると、魔蟲達が答えるようにキリキリ鳴いた。


「私はそのための力も手に入れた!

 この私の力、『魔蟲奏者』で邪魔する者はみんな叩き潰してやるわ!」


 羽音を響かせ、蜂達が一斉に急降下を開始する。地上の軍隊蟻アーミーアント達も蜂達と連携するように動き始めた。


 空中から4匹ずつ編隊を組んだ蜂が次々と針で射撃を繰り返し、その先を埋めるように軍隊蟻アーミーアントが隊列を組んで一直線に戦場を横切っていく。

 その蟻の背後を突こうとすれば、地面から突然鎧百足アーマーセンチピードが割って入り、その装甲のような甲殻で魔法を弾き返した。そして、鎧百足アーマーセンチピードはすぐに地面に潜って姿を消す。


 騎兵隊の軍隊蟻アーミーアント

 大盾隊の鎧百足アーマーセンチピード

 飛行弓隊の殺人蜂キラービー


 その動きは紛れもなく鍛え上げられた人間の軍隊さながらのものだった。そして、それを指揮する者はもはや言うまでも無い。


「やめるんだ、シルカ!」


 ダガー程もある殺人蜂キラービーの針を剣で叩き落としながらカイトが叫んだ。執拗に繰り返される攻撃をアザークラスの仲間に混ざってカイトも対処に駆け回っている。

 佇む百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭の上で腰を下ろし、シルカは面白げに笑っているだけ。


「くそっ、まずはこの魔蟲達をどうにかしないと」


 言いながら、盾となるべく現れた鎧百足アーマーセンチピードを無属性魔力が込められた剣で一閃した。長い胴のほぼ真ん中でバッサリと断ち切られた鎧百足アーマーセンチピードが地面に落ちる。


「今だ! 火炎の炸裂弾ファイヤーバースト!」


 そこへミリアがその奥へ駆けていく軍隊蟻アーミーアントに向かって火炎弾を放つ。軍隊蟻アーミーアント鎧百足アーマーセンチピードに比べて外殻が硬くないため、初級の『火炎ファイヤー系』の魔法でも十分に効果がある。そして広範囲を巻き込む『炸裂弾バースト』の魔法。これで軍隊蟻アーミーアントの集団を纏めて焼き尽くすつもりだった。

 しかし、その軍隊蟻アーミーアントの後部に着弾するその寸前に、上空から殺人蜂キラービー一編隊4匹が割って入った。


「んなっ!?」


 爆炎が殺人蜂キラービー一編隊を焼き払うが、本来ターゲットにしていた軍隊蟻アーミーアントは全て無事。


殺人蜂キラービー軍隊蟻アーミーアントの盾になるなんて」


 唖然としている余裕はない。

 すぐに残りの36匹がやられた4匹の仇とばかりにミリアに向けて針を発射してきた。流石に避けきれないと判断したミリアは地面に手をつき、魔力を流し込む。


「大地よ、盾となれ!

 岩石の壁ストーンウォール!」


 ミリアの声と共に地面が隆起して岩石の壁となる。殺人蜂キラービーの針は全てその壁に突き刺さった。

 ホッと安堵の息を吐くのもつかの間、今度は何かが壁に衝突する音が聞こえ、壁にビキビキとひび割れが広がる。鎧百足アーマーセンチピード軍隊蟻アーミーアントの波状攻撃で壁を粉砕しに掛かったのだ。ひび割れの広がった岩の壁は脆く、軍隊蟻アーミーアントの突進で敢え無く砕け散った。軍隊蟻アーミーアントは勢いそのままにミリアに向かって突進する。


「うわわ、ヤバい!」


 横に広がって突撃して来る軍隊蟻アーミーアント相手に、避けきれないと判断したミリアは身を硬くし衝撃に備えた。魔力を全身に張り巡らせて少しでもダメージを軽減させる。

 が、その前にミリアの眼前で軍隊蟻アーミーアント半数以上が一斉にグチャッと潰れた。ヴィルナの重力魔法による荷重で一気に押しつぶしたのである。飛び散る体液がミリアに降りかかった。


「うぇぇ〜、汚い。何て事するのよぅ……」

「助けてあげたんだから感謝しなさいよね」


 心底嫌そうに顔を歪めるミリアにドヤ顔で言うヴィルナ。


 突然目の前で仲間が潰れたため、他の軍隊蟻アーミーアントもまだ混乱しているようだった。カチカチと歯を鳴らしながら、左右に散らばろうとする。だが、これを機に逃がすかと左右からカイトとレイダーが踊り込んだ。縦横無尽に暴れまくり、ついに50匹の軍隊蟻アーミーアントの殲滅に成功した。


 それと同時に上空の蜂部隊もいつの間にか数が一桁になっていた。ナルミヤの精霊達が宙を飛び回り、次々と魔法を放って殺人蜂キラービーを撃ち落としていく。そこに駄目押しの一撃。


「大気よ、荒れ狂え! 烈風の大嵐インパルスストーム!」

真言リルワーズ、『風が』『目に映る敵を』『切り裂く』!」


 ミリアの放った大嵐が上空の蜂部隊全てを巻き込み舞い上げ、そしてレミナの真言魔法が嵐の中で身動きの取れない蜂達を残らず切り刻んだ。






「カイト、本当に強くなったね」


 笑みを浮かべたまま、シルカは続ける。ややその表情に悲しみを滲ませて。


「でもね、その強さは要らないの。カイトが強くなればなるほどは寂しくなってしまうわ」


 言いながら、「そうよ」とシルカは小さく頷く。


「カイトは別に強くならなくても良かったのよ。だって、カイトを守るのは私達の役目だから。

 そう、カイトを守るのは私達だけ。カイトには仲間なんか要らないの。実力を高める場所だって不要なの。

 だから」

 

 シルカは立ち上がる。


「不要なもの、要らないものは全部この私が破壊し尽くしてあげる。

 さあ、貴方の力を見せて、百足龍虫ドラゴンセンチピード!」


 キシャァァ!

 百足龍虫ドラゴンセンチピードがドラゴンのような雄叫びを上げる。


 その瞬間、地面を割って2匹の鎧百足アーマーセンチピードが姿を現した。


「シルカ!」

「カイト。何もしないでと言っても無理よね。昔からカイトはそうだから。

 魔道騎士団の隊長に抜擢されたお兄さんに憧れていて、いつかはお兄さんのようになりたいと思ってる。だから、騎士として襲われている人を見捨てる事は決してできない。

 分かってるよ、カイト。

 だから……」


 シルカが笑う。狂気に駆られたような笑顔で。




「腕か足、どちらかが無くなれば、もう戦う必要もなくなるでしょ?

 大丈夫、殺しはしないから。ちゃんと看病は私達がしてあげるからね」




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