第9話 山賊団の根城、崩壊

 山賊の根城の地下牢。

 古城がその役目を終え、地下牢も同じく役目を終えるはずだった。そう、山賊団が根城などにしなければ。

 そして、今ではそこには6人のうら若い女性達が、ほとんど裸同然で入れられていた。

 全員、山越えの際に山賊団に襲われ、家族は全員殺された。そして自分達はこの古城に連れて来られ、執拗に弄ばれ、凌辱され、もう明日の希望さえも奪われていた。

 この日も、山賊の男が2人入ってくる。

 下卑た気持ち悪い笑みを浮かべながら。

 女性達にはもう抵抗する意志さえも残っていなかった。今日も男達のなすがままに。



 しかし、この日は今までとは違っていたらしい。



「ふふふ、鍵開けご苦労様。あんたはもう死んでいいわよ」


 そんな女の子の声が聞こえると同時に、突然地面から拳のような岩の塊が突き出し、男の股間を直撃した。


「――――――ッッッ!!!」


 男の言葉にならない悲鳴が上がった。


「え?」


 女性達からも呆気にとられたような声が上がる。

 その目線の先。やって来たのは2人の女性魔道士だった。もう1人の男はすでに水色の髪をした魔道士、リーレによって足元から首まで氷に包まれている。


「ミリアちゃん、こっちは制圧しましたよ」


 リーレが、氷から唯一出ている男の頭をペチペチ叩きながら銀髪の魔道士、ミリアにそう言った。


「うん、ご苦労様」


 ミリアは満足げに頷き、そして女性達の方に顔を向ける。


「えっと、捕まっているのはこの6人で全部ですか?」

「は、はい」

「間違いはないですね?」

「はい」

「分かりました。それじゃあまずは外に出ましょうか」


 ミリアがそう促した直後、


「このアマ、ナメた真似をしやがって」


 男が起き上がってナイフを構えている。足がやや内股気味にプルプルしているのはまだダメージが残っているためだろう。


「あんたの方こそ、散々この女性達を弄んで来た報いを受ける覚悟はできてるんでしょうね」

「なんだと?」


 いきり立つ男にミリアは音もなく近づくと、風を纏った拳を振りかざす。男は全く反応できなかった。


 ドゴッ


 男を殴り飛ばし、更にミリアは追加で地属性魔法を発動させる。その瞬間、ガバッと飛ばされた男の背後の壁が左右に開いた。


「な、なんだとぅ!?」


 開いた壁の先には大量の棘に埋め尽くされた空間が。その扉状に開いた壁の裏側にも同じように大量の棘が。男の顔からサーッと血の気が引く。


「た、助け――」

「今まで女性達を弄んだ報い。岩の処女に抱かれて思い知れ!」



――地属性魔法、岩の処女ストーンメイデン



 ガシャアアアアァァァァン!



 男の断末魔は壁が閉じる音にかき消されて聞こえなかった。

 ミリアは何事もなかったかのように振り返り、


「さて、外に出ましょうか」






 ミリアとリーレは捕まっていた女性達を連れて古城の外に到着した。どうやら先に出ていたらしく、ヴィルナとリュートの姿もすでにそこにあった。

 リュートはミリア達を見て何か声を掛けようとしたが、突然慌てて後ろを向いてしまった。他の騎士達も同様である。


「あ、そっか。捕まってた人達、ほとんど裸でしたね」

「なかなかの紳士じゃないの。まあ、ガン見する奴がいたらぶっ飛ばしてたけどね」


 ニシシとミリアは笑った。


 その後、一先ず女性達には騎士達が身につけていたマントで身体を覆い、全員揃って街道まで戻って来た。そして、リュート配下の騎士の1人が先に街へ報告に戻る事になった。


「リュートさん、この女の人達はどうなるんですか?」

「そうだな。これまで本当に酷い目にあっていたんだ。心の傷はかなり大きいだろう。だからしばらくは修道院に入って心の治療をするのか第一だろうな。

 その後の事はそれから決めてもらうさ」


 リュートの言葉にミリアも同意する。

 家族や仲間を殺され、山賊の根城に連れ去られた挙句、散々身体を弄ばれたのだ。その心の傷はそう簡単には消えないだろう。しばらくは心の静養が必要だとミリアもそう思った。


「さて、助ける人は助けたし。終わらせていいですよね?」

「ん?」


 ミリアはリュートの返答を待たずにヴィルナに言った。


「ヴィルナ。古城を


 何を言ってるんだ、リュートはそんな顔をするが、構わずヴィルナはその魔法を使った。


「重力魔法、10倍」


 グシャッ


 古城は文字通りぺしゃんこになった。

 まだ中に山賊がいたはずだが、この状態では誰1人生きてはいないだろう。ついでに地面も重圧でクレーターのようになり、さらに無数の亀裂が中心から広がっている。どれだけ大きな力がかかったのか。その亀裂の大きさが物語っていた。


「はぁ、はぁ、やっぱりこの大きさの範囲に10倍はキツイわ」


 ヴィルナが座り込んで荒い息を吐いている。

 彼女の持つ固有魔法ユニークスキル重力魔法は対象の大きさ、数、効果範囲、そして重力の倍率。それぞれが上がるごとに消費魔力が増えていく。今回の対象は古城1つ分に重力倍率が10倍。正直ヴィルナ自身かなり無理をしたなと考えていた。


「ミリア、私魔力がもうほぼ空だから、何かあったら後よろしく〜」


 そう言うと、ヴィルナはそのままバッタリと仰向け大の字に倒れてぐーぐー寝てしまった。少なくとも年頃の女の子のする事ではない。ミリアはやれやれとヴィルナを背負い、リーレを伴ってリュートの元へ向かった。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 古城が潰れる。それも子供に踏みつけられた城の模型のように、こうグシャッと。

 果たして、他にこんな事ができる魔道士がいるだろうか。いや、自分の知る限り、魔道騎士団オリジンナイツはおろか魔法王国を自負するこのヴァナディール王国の精鋭魔道兵団ですらいなかったはず。

 リュートは末恐ろしくなった。

 妹のシルカが話していたミリアが共にいるとすれば、このヴィルナもアザークラスに所属する生徒と言う事になる。これはシルカの話していた事、『アザークラスは特別な才能を持つ人のためのクラス』と言う話を信じざるを得ないとリュートは思った。



 そして、もしこの力が自分達に向けられた時、果たして抗う術があるのだろうか、とも。



 そんな心の動揺を悟られないように、ヴィルナを背負ったミリアを出迎える。


「恐ろしい力だな。これがシルカの言う固有能力ユニークスキルと言うものなのか?」

「そうですね。規模や種類は違いますけど、アザークラスの生徒には何かしらの能力を持ってます」

「よかったら教えてくれないか」

「別に構いませんが……他言はしないと約束してもらえますか。多分分かっていると思いますが、この力は強力であり危険なものでもあるんです。あまり人目に晒したくはありません。

 約束してくれるならばお教えします」

「分かった、約束する」


 リュートは頷いた。

 本当は儀式魔法の1つである誓約ギアスの魔法でも使えば安心なのだが、残念ながらこの中の誰も使える人はいなかった。なので、リュートの誠実さを信じるしかない。


 と、そこに人が乗るための馬車と、罪人を閉じ込めておくための鉄格子の付いた罪人輸送車がやって来た。街に報告にやったリュート配下の騎士が戻ってきたようである。

 ちなみに、山賊団の生き残りは最初にミリア達を襲った中の5人だけである。この国の法では山賊盗賊は基本的に縛り首だが、この後の取り調べと裁判で情状酌量が認められれば命は助かるかもしれない。

 まあ、今回のこの山賊団はどう考えても無理だが。


 とにかく、山賊の生き残りを罪人輸送車に放り込んだ後、被害女性達をもう1つの大型馬車に乗せて領都サルベリンへと向かった。

 この際、女性達のお世話と寝ているヴィルナの事はリーレにお任せする事にした。リーレはミリア達3人の中では癒し系に属するので、女性達も気軽に話せるだろう。

 その内にミリアはリュートに固有能力ユニークスキルについて話す事にする。


「まず、ひとえにユニークスキルと言っても2種類あります。1つはヴィルナが使うような固有魔法と、もう1つは魔法ではなくその人本人の持つ特性のようなものです。そっちはシルカの持っている魔蟲奏者が該当しますね」

「ああ、あれには驚いた。突然シルカが竜蜻蛉ドラゴンフライを召喚した時には思わず剣を抜くところだった」


 思い出したのかリュートは苦笑いを浮かべている。対してミリアはリュートの話した一節に気を止めた。


(召喚か。シルカは実家に帰ってもベルモールさんに言われた課題はちゃんとやってるのね)


 どうやら嫌になった訳ではなさそうだと、ミリアは安堵する。


「今現在、アザークラス所属は私を入れて7人。

 私、シルカ、カイト、ヴィルナ、ナルミヤ、レイダー、レミナ。

 そして、それぞれの固有能力ユニークスキル――」


 精霊魔法。

 ナルミヤの持つ精霊達と心を通わせる力。彼女が頼めば精霊達はどんな協力も惜しまないだろう。


 増幅魔法。

 レイダーの持つ、他者の魔力を吸収して自分の力に上乗せする魔法。戦えば戦うほど彼は強くなっていく。


 真言魔法。

 レミナの声に宿る魔力が起こした力。彼女の一言一句が全て魔法として発動する。今は起動言語トリガーワードで暴発を抑えている。


 重力魔法。

 ヴィルナの持つ特異魔法。目に映るものに掛かる重力を制御する。重力の大きさ、方向自由自在。その威力は先程までに見た通り。


 そこまで聞いてリュートは大きく溜息をつく。シルカの魔蟲奏者と言い、どれもこれも規格外なものばかりだ。


「と、言う事は、やはりカイト君も?」


 シルカは言っていた。カイトの力はリュートでは見る事も感じる事もできないと。

 ミリアは頷き、


「カイトの持つ力はベルモールさんの言うにはレア中のレアらしいです」

「そこまでか」


 無属性。

 それがカイトの固有能力ユニークスキルだとミリアは言った。

 色のない無色透明の魔力はどんなに魔力感知能力の高い魔道士でも一切捉える事ができない。そして色がない故に、通常の属性魔力では防げない。どんなに強固な魔力の障壁であっても、無属性の魔力は全てすり抜けてしまう。


「防御不能か。それは本当なのか?」

「本当ですよ。何せ直接実践されましたから」


 あ〜、あれは痛かったなぁ、とミリアは呑気に宣っている。それが本当かどうか、自分も一度試して見るべきかと、リュートは思った。


「ところで、ミリアさんも何か固有能力ユニークスキルを?」

「ええ、まあ。まだちゃんと使いこなせないんですけど」


 ミリアは頭を掻きつつ答えた。


「私の固有魔法ユニークスキル生命の樹セフィロトの魔法です」


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