第8話 山賊団の根城、潜入

 リュート・アルラーク・サージリア。

 目の前の騎士はそう名乗った。

 アルラーク・サージリア。シルカと同じ家名。つまり、彼はシルカの家族と言う事になる。年齢的には兄だろうとミリアは察した。


「ヴァナディール魔法学園中等部のミリア・フォレスティです」

「うん? ミリア?

 君はミリアと言うのか?」

「ええ、そうですけど」

「そうか、君があの」


 リュートは興味深げにミリアの上から下まで見回す。なんか失礼な人だとミリアは思った。


「あの、女性の体をジロジロ見るのは失礼だと思います」

「え、ああ、済まない。妹に君の事はよく聞かされたからね。何とも想定外な話ばかりで、一体どんな化け物なんだと気になっていたんだよ」

「……」


 やっぱり失礼な人だとミリアは思った。


「ところでこれは一体どう言う状況なのか説明してもらえるか?」


 周囲には山賊のような格好の男達が死屍累々と散らばっており、その中で5人だけ縛り上げられて失神している。見た所総勢30人はいるように見えた。


「こいつらですか。おそらく山賊だと思うんですけど、いきなり襲って来たので成敗しました」


 剣や爪で斬り裂かれた者。魔法で蹴散らされたもの。何か大きな力で押し潰されたものなどかなりえげつない光景が広がっている。その光景にさすがのリュートも顔が引きつっていた。


「で、ここの5人は生き残りです。と言うか、山賊団の根城を聞き出すためにあえて生かしておいたんですけど」

「なるほど。で、根城の場所は分かったのか?」

「はい。ここから西の森を抜けた先にある山岳地帯に古い砦があります。そこに山賊団の根城があります」


 ふむ、とリュートはミリアが指差す方向を見て、唐突にこんな事を言い出す。


「君達はそれなりに腕が立つみたいだね。ミリアさん、君と数人で山賊団の根城まで案内してくれないかな」

「いいんですか? 私達、一応一般人ですけど」


 そんなミリアの言葉にリュートは「はっはっは!」と笑う。


「倍以上の数の山賊を被害もなく撃退しておいて一般人とは面白い冗談だな。君達はヴァナディール魔法学園の生徒なのだろう?」

「そうですけど」

「あの学園には実戦経験を積むためにギルドの依頼をこなす事を奨励していたはずだ」

「まあそうですけど、今の私達はポルカさんの護衛という依頼が」

「ならばこうしよう。君達の代わりに私の部下を2、3人ポルカさんの護衛に回そう。ポルカさんはそれでいいかな?」

魔道騎士団オリジンナイツの方が護衛なんて身に余る光栄です」


 ポルカの方に異論はなさそうだった。


(ちっ、魔道騎士団オリジンナイツがついていたら手加減しないといけなくなるじゃない。折角この世の地獄を味合わせてやろうと思ってたのに)


 ニコニコしながら「それじゃあ、お願いしようかな」などと言いつつ、内心舌打ちするミリア。見てしまった山賊の記憶のせいで殺意がオーバーフローを起こしていた。

 とは言え決まった事にぐだぐだ言うのは好きではないので、ミリアは同行するメンバーを2人選出する。


「そうね、リーレとヴィルナに来てもらおうかな。エクリアは私の代わりに他のみんなの指示役をお願いするわ」

「オッケー。任せておいて」


 親指を立てるエクリア。まあ彼女ならば曲者揃いのアザークラス相手でも大丈夫だろう。ミリアは頷き、リュートに声を掛けた。


「それじゃあ、案内します。ついて来てください」





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 林を抜け山肌を駆け上がる事およそ30分。山間に古い古城のような建造物が見えてきた。ミリアの見たイメージ通り。あれが山賊団の根城で間違いない。

 ミリア、リーレ、ヴィルナ、そしてリュート率いる魔道騎士6人の計10人が、岩陰から古城の様子を伺う。


「入り口に見張りらしき男が2人。まずはアレを無力化させる必要があるか」


 リュートが小声でそう呟く。

 目線の先、古城の入り口には確かに2人の男がうろついている。

 リュートとの打ち合わせでは、まず捕まっている女性達の救出から始める事が決まっている。ミリアが殺意を煮えたぎらせながらも調べた記憶には捕まっている女性は6人ほど。年齢も見たところミリアと同年齢くらいからリアナくらい。どの女性も精神的にかなり参っている状態だ。山賊の討伐よりも優先しなくてはならない。

 そして、そのためには山賊に見つからないように潜入する必要がある。



 ミッション1、見張りに気づかれないように無力化せよ。


「重力魔法。後方に2倍」


 ヴィルナの重力魔法が発動。重力の方向はヴィルナ視点なので、今回の向きはミリア達の後方。


「うわああああああぁぁぁぁぁ!」


 見張りをしていた男2人は何が何だか分からないまま、ミリア達の横を通り過ぎて行った。後ろの林の方からグシャッとエグい音が聞こえたが、ミリア達は気のせいとする事にした。


「相変わらずヴィルナの重力魔法、不意打ちだととんでもないわね」

「ふふふ、褒めても何も出ないわよ」


 目に見える範囲の対象の重力を意のままに操る魔法。発動までにタイムラグがあるのが欠点の1つだったのだが、不意打だとその欠点は無くなる。奇襲攻撃にはまさに最適の魔法と言えた。


「今のは一体」


 そんなヴィルナの固有魔法ユニークスキル重力魔法を知らないリュートは呆然としていた。初見での反応は誰だってこんなものである。


「説明は後で。それよりも中に侵入しましょう。

 見張りがいなくなったのはいずれバレますから」

「そ、そうだな」


 リュートは気を取り直して部下達に指示を出す。


「ジムリオとエンデッサはそれぞれ2人ずつ連れて古城の左右に回れ。甲冑を着込んだお前達では潜入には不向きだからな。中から逃げてくる奴らがいたら残らず討て」

「了解しました」


 2人は敬礼して、言われた通りに2人の騎士を連れて古城の左右へと回り込んで行った。続けてのミッションは捕らわれた女性達の解放である。


「それじゃあ、中に入ろう。極力戦闘は避け、迅速に探索を進める事。いいね」

「いいねって、私達魔道騎士団オリジンナイツみたいに専門の訓練を受けてませんが」

「はっはっは、私の目は誤魔化せないよ。君達、それなりに経験があるだろう? さっきの魔法といいその身のこなしといい、何もしていないって事はないはずだ」


 くっ、ここに残ると見せかけて単独行動したかったのに。ミリアは内心歯噛みする。

 そんなミリアの心境を読んだか、リーレがこんな提案をする。


「それじゃあ、こうしましょう。私とミリアちゃん、ヴィルナさんとリュートさんの二手に分かれて探索する。捕まっている人達を救出してもそうでなくても30分で一度外に集合する。どうでしょうか?」

「ああ、それでいい。ヴィルナさんは私が守ろう」


 リュートは胸に手を当ててはっきりとそう話す。それは女性にとっては一度は言われたみたい言葉のはずなのだが、ミリアの同類ヴィルナにそれは当てはまらなかった。


「私はいずれ大魔道アークになるんです。守ってもらう必要はありません! さ、行きますよ!」


 スタスタと先を進むヴィルナに、リュートは苦笑いを浮かべて後を追う。それを見つめるミリアとリーレの2人。


「台無しね」

「折角格好良く決めたんですけどね」


 お互いに肩をすくめて、古城へと足を踏み入れた。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 この世界エンティルスでは大気に魔素が満ちており、空気に微量ながら魔力が宿っている。場所にもよるが、大抵は注意深く意識しなければ分からないほどだ。そして、この世界に生きる命は必ず魔力を宿して生まれてくる。どのような生物でも。

 ミリアやリーレはその大気に満ちる魔力と生命には宿る魔力の差を感じ取る事で目に見えない場所にいる人の動きなどを見極めていた。


「ミリアちゃん、そこの廊下から2人こっちに近づいて来てます」

「うん、分かってる。ちょっとそこの陰に隠れようか」


 ミリアとリーレはそっと荷物の陰に身を潜めた。その前を山賊の男が2人、全く気付く事もなく通り過ぎて行く。おそらく見回りなのだろう。


「あの見回り、女性を助けた後で脱出する時邪魔になるわね」

「ならとりあえず黙らせます?」


 女2人物騒な事を口にする。

 まず行動を起こしたのはリーレ。地面に手をつき、氷の魔法を発動させる。その氷は一瞬にして地面を伝い、男2人の足を凍結させる。

 男達は慌てて周囲を見回すが、そこにミリアの追加攻撃。使ったのは地の魔法。岩石の壁ストーンウォールの応用技。

 見回す男達の目に映ったのは壁から突っ込んでくる巨大な岩の拳だった。





 見回りを殴り倒したミリア達はその2人を縛り上げた上で荷物の陰に押し込み、さらに先を目指す。魔力感知によれば、女性らしき魔力の気配が地下から6つ。おそらくここが女性達が捕らわれている場所なのだろう。

 地下に続く階段の前には見張りが2人。さらに2人の男が見張りと話をしている。ゲラゲラ下品に笑う男達。娼館だの奴隷だの商品だのつまみ食いだの、碌な言葉が出て来ない。そして、それらの言葉の羅列が指し示す事の意味が分からないほどミリア達も世間知らずではなかった。


「最悪ね」

「最悪ですね」


 ミリアとリーレは揃って吐き捨てた。

 そして男2人が階下へ降りるところを見計らってミリア達も動く。

 リーレは毎度おなじみの氷のツタの魔法。今度は壁を這わせて瞬時に見張りの片割れの首に巻きついた。その氷のツタは喉を通し声帯と気管を凍結させる。たちまち酸欠状態に陥った男は喉を掻き毟り倒れ伏す。やがて白目を剥いてピクピクと痙攣を始めた。


「お、おい、一体ど――」


 一体どうした、とそこまで発言できなかった。突然頭の後ろの岩壁がまるで巨大な怪物のように口を開け、男の頭を飲み込んだからだ。頭部を失った残りは真っ赤な鮮血を噴水のように吹き散らして崩れ落ちた。


「地属性魔法は応用が利くとは思ってたけど」

「ま、まあ、苦しませずに逝けたのは幸運だったと言う事にしておきましょう」


 


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