第10話 シルカとの再会

 ガラガラと車輪を転がしながら、ミリア達を乗せた馬車は街の東門を通っていく。

 サージリア領の中心都市、領都サルベリン。

 ヴァナディール王国の北東にあるこの領地は、風の街ウィンディアと同じく風の精霊の力が強く、常に風が吹き続けている。そのため、山間に多数の風車が並び立ち、その大きな羽を旋回させていた。


「お疲れ様です!」


 門番が操舵席に座るリュートを見て敬礼する。


「山賊の討伐は無事完了した。魔道法院に報告を頼む。私は彼女達を送ってから向かう」

「了解しました!」

「ミリアさん達はどちらへ?

 折角だから送って行こう」

「じゃあ、魔道士ギルドまでお願いします。多分みんなそこにいると思うので」


 リュートは「了解した」と答え、馬車を走らせた。

 そろそろ夕刻に差し掛かり、山々の陰に身を隠す夕日が空を赤く染め上げている。

 行き交う人々の喧騒を聞きながらぼんやりと街を眺めているミリアに、リュートは考えていた事を問いにして投げかけた。


「ミリアさん達は、もしかしてシルカに会いに来たのか?」

「ええ、そうです」


 ミリアは目線を外に向けたまま答えた。対し、やはりとリュートは思う。


「シルカを連れ戻しに来たと、そう考えてもいいのかな」


 リュートは少し威圧感を込めて再度問いかける。

 今、シルカはやや複雑な立場にある。その状況でシルカを連れ戻しに来たとなるとかなり厄介な事になりかねない。

 しかし、ミリアはそんな威圧感など感じもしていないようにこう答えた。


「さあ、分かりません。私達はただ、シルカの本心が聞きたかっただけです。

 何しろ、私達に何の挨拶もなく突然学園からいなくなったんですから。

 私達はシルカの事はクラスメイトであり、仲間であり、そして友達だと思ってました。なのに一言の相談もなく突然いなくなったんです。気にならないわけないじゃないですか」


 ミリアはリュートの方に振り向いた。その表情は今までのやや軽いあっけらかんとした様子はなりを潜め、真剣で強い光を宿したものへと変わっていた。


「だから、私達はただ、シルカの真意が聞きたい。シルカが本当に学園から去る事を望んでいるのであれば、私達はシルカの意思に従うつもりです」

「もし、シルカの意思ではなかったとしたら?」

「その時は何としてでも取り返します。相手がどんな立場の人だろうと、どんな手を使ってでも必ず」


 ミリアはキッパリと答えた。それはもしリュート達魔道騎士団オリジンナイツが敵に回ったとしても変わらないだろう。それは彼女の目に宿る挑戦的な炎が物語っている。


「そうか」


 リュートは小さく笑う。


「シルカにもちゃんとした友ができたんだな。少し安心した」

「リュートさん?」

「ミリアさん、どうかシルカの相談に乗ってやって欲しい。シルカは今、この街の西にあるサージリア家の別邸にいる」

「別邸ですか」

「元々俺やシルカは第2夫人の子だからな。サージリア家ではそこまで発言力が強くないんだよ」


 突然言葉が砕けた。おそらくこれがリュートの素なのだろう。ミリアもこちらの方が話しやすい。


「今シルカにちょっと、いやかなりかな。かなり厄介な事案が上がってるんだ。問題が起これば下手すると国家間の騒動になりかねないほどのね。

 正直、兄としてはシルカの思うようにさせてやりたいんだが、魔道騎士団オリジンナイツの一軍を纏める団長としてはそうもいかなくてね。どうか、シルカの力になってやってくれ」

「もちろんです。親友ですから!」


 そう言って、ミリアは力強く胸を叩いた。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 日が沈み、街に夜の帳が下り始めた頃。エクリア達と合流したミリア一向は、一路リュートの言っていた西の外れにあるサージリア家の別邸に向かった。

 そこは小高い丘の上に建てられていて、屋敷の周りにはミリアの身長よりもやや高いくらいの塀が取り囲み、さらにその周りには水を湛えた堀が巡らされている。それを見たミリアは眉をひそめた。


「何か、見た目は綺麗なんだけど、何だか息苦しさを感じるわ。むしろ監獄を見てるみたいで気に入らないわね」

「そうね。明らかにこの塀や堀なんて中の人を外に出さないためのものに違いないわ」


 エクリアもそう言う。少なくとも彼女のフレイヤード邸は別邸も含めてこのような造りをしていない。

 しかも、巡回する兵士の数。2人一組で10チーム。何かを警戒しているのか異常だ。


「とにかく、呼び鈴を鳴らしてみようか」


 ミリアは扉のところについた呼び鈴紐をクイッと引いた。カランカランと小気味の良い音が邸宅内に響き渡る。

 すると、しばらくして扉が少し開いた。


「どちら様でございましょうか?」


 いたのはやや目つきの鋭い使用人姿の女性。すらっとした体つきや眼鏡をかけてもなお細い目が、使用人と言うよりもどこぞの暗殺者の方がよく似合うのではないか。そんな印象を持つ女性だった。


「私達はシルカさんの同級生で、私はミリア・フォレスティと言います。リュートさんからシルカさんがここにいると聞いて会いに来ました。お目通り願えませんでしょうか」


 ミリアはにこやかに言ったはずだった。しかし、その使用人の女性はミリア達を一瞥し、キッパリとこう言った。


「シルカお嬢様は確かにこちらにいらっしゃいますが、どなたともお会いにはなりません」

「は?」

「聞こえませんでしたか? お嬢様はどなたともお会いにはなりません。お引き取りくださいませ」


 にべもなくそう言い放ち、扉を閉めた。まさに取りつく島もないとはこの事。


「一体何なの、今のは」


 憤慨するヴィルナ。

 そこでリーレが前に出る。


「ちょっと気になる事があるので、一度私に試させてください」


 そう言って、呼び鈴を鳴らす。

 再びあの使用人が現れ、明らかに不機嫌そうに顔をしかめた。


「まだ何か?」


 対してリーレは優雅に一礼する。


「私はアクアリウス侯爵の娘、リーレンティアと申します」

「アクアリウス侯爵家の!?」


 流石に顔色を変える。アクアリウス侯爵家はサージリア辺境伯家よりも格上の貴族だ。その御令嬢であるリーレに先ほどのような態度を取れば、その時は侯爵家との問題に発展する可能性もある。一使用人にどうこうできる問題ではないはずである。


「私は友人のシルカさんが突然学園を去られたので、何があったのかと心配になりまして。それでこのように直接に伺いに来た次第です。シルカさんに合わせてはいただけませんか?」


 侯爵令嬢の言葉では無下にはできないのか、その使用人は考え込むように目線を左右に彷徨わせる。そしてリーレに目を向け、深々と頭を下げた。


「申し訳ございません。やはりお会いにはなれません」

「それはなぜですか」

「それは私の口からは語れません。ただ、どのような方であっても、今は会わせてはならないと言いつけられているのです」

「それは、現サージリア家当主の命令ですか?」

「そ、それは……」


 言い澱むその様子は答えが是である事を示している。


「分かりました。無理強いはできませんので今日はこれで失礼します」


 そう言うと、リーレは踵を返して立ち去って行った。ミリア達もその後を追う。


「侯爵令嬢が会いに来ても会わせないなんて、これは確実に何かあるわね」

「そうですね。おそらく、リュートさんの言っていた厄介事も関係しているんだと思います」

「そうね。とにかく、今後どうするかだけど」


 と、そう言った直後、羽音を立てながら1匹の竜蜻蛉ドラゴンフライがミリア達の元へと舞い降りて来た。その足には一通の手紙が握られている。


「あれは、シルカの魔蟲奏者で従えている魔蟲よね」

「手紙を持ってるみたいだけど」


 竜蜻蛉はミリアに手紙を渡すと、そのまま元来た空へと帰って行った。

 それを見送って、ミリア達は受け取った手紙をみんなの前で開いた。そこには丁寧な文字でこう書かれていた。


『今日の夜9時に食堂「春風の囁き亭」で。

                    シルカ』




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 夜9時はもう夕食を食べるお客さん達もひと段落して徐々に客足が減っていく時間帯。サルベリンの街の西地区の大通り沿いから少し内側に入った所に『春風の囁き亭』は営んでいた。

 店の規模自体はさほど大きくもないが、サルベリン周辺の山の幸や川魚をふんだんに使った料理はサージリア領だけでなく南のウィンディアや遠く王都やエクステリアの方にもコアなファンが多い。

 どうやらシルカは子供の頃からこのお店に来る事が多かったらしく、このお店の店主や女将も顔見知りな関係だったらしい。同様にカイトの事もよく知っていた。


「昔からシルカちゃんはカイト君にベッタリだったからねぇ。カイト君がヴァナディール魔法学園に行くって言った時は大騒ぎしてたもんさね」


 はっはっは、と女将さんが笑う。


「今もあんまり変わらないけどね」

「シルカの暴走っぷり、凄かった」


 ミリアがニヤニヤと横目でカイトを見つつそう言い、さらにレミナがコクコクと頷いている。カイトは頬を掻きながら「そうだったかなぁ」と呟いていた。


「まあ、シルカは大事な幼馴染だしな。困ってる時は力になってやりたいんだよ」

「本当にそれだけ?」

「な、何だよ」

「んふふ、べっつに〜」


 仏頂面になるカイトとは裏腹にミリアは実に面白げだ。シルカのカイトに対する想いはかなり一直線だ。カイト本人も気付いてない訳ではないようだが、どうも何か誤魔化している感じがする。素直になればいいのにとミリアは呟いた。


「シルカちゃんの事はずっと子供の頃から見てるからねぇ。もうあたしの娘みたいなもんさね。

 だからねぇ。あの子には幸せになって欲しいんだよ。少なくとも、将来を共にする相手くらいはねぇ」

「ん?」


 女将さんの言葉にミリアは顔を上げた。


「どう言う事です?

 シルカ、結婚するんですか?」

「ああ、この街では専らの噂だよ。お相手は隣国の侯爵様の次男坊。家柄では決して悪くはないんだけどねぇ」

「でも、シルカ自身は納得していない、と」

「おそらくだけどね」


 と、その時店の入り口の扉が開いた。


「女将さん。できればそう言う話は今は避けてください。サージリア家が今ピリピリしてますから」


 入って来たのはシルカだった。まだ学園に来なくなって一月立たないのに、随分と懐かしく感じる。側に控えるのは使用人メイドの女性1人。玄関で応対したあの使用人とは別人の、ややほんわかした雰囲気の女性だった。


「みんな、久しぶりね。ごめんなさい、何を言わないで学園から居なくなって。ほとんど強制的に連れ戻されたから挨拶する暇すらなかったのよ」


 苦笑して頭を下げるシルカ。本来貴族令嬢が一般市民に頭を下げるなどあり得ない事だが、シルカは元からあまり貴族然とした行動は好んでいないようで、常に周りとはフレンドリーに接している。それは側仕えの使用人も分かっているのか特に何も言わなかった。


「それはもういいわよ。

 それよりも、シルカ。結婚の事、本当なの?」


 ミリアの問いにシルカは頷いた。近くにいたカイトの肩がピクリと動いたのを横目で見つつ、


「シルカはそれでいいの?」

「そうね、それに関してなんだけど、実はみんなにお願いがあるの。シルカ・アルラーク・サージリアからの依頼という事にしても良いわ」

「依頼?」

「結婚前のお見合いパーティーが来週の精霊の休日に行われる事になってるんだけど」


 そしてシルカは続けてこう告げた。




「そのお見合いパーティーをぶっ壊して欲しいの」



 どうやら、シルカも納得してはいないらしい。



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