第11話 シルカの依頼

「お見合いパーティーをぶっ壊して欲しい」


 それがシルカからの願い事であり依頼であった。

 シルカがこの結婚話に乗り気でない、むしろ嫌がっているのはまあ何と無く想像が付いていたので良しとしよう。元々シルカの想いはカイトに向けられているのはアザークラスのクラスメイトやシルカと親交のある人にはバレバレであったし。

 そんなシルカが意に添わぬ結婚をさせられようとしている。

 シルカは友達だから、もちろんその願いは叶えてあげたいとミリアもそう思っていた。

 ただ問題は――


「シルカ、詳細を聞かせて欲しいんだけど。聞いた話では相手は隣国カイオロスの侯爵家の息子だそうだけど、これは正しい?」


 ミリアの問いに頷くシルカ。


「相手はカイオロス王国のバルディッシュ侯爵家の次男、バールザックって人。肖像画しか来てないからどんな人かは全く分からないけど」

「肖像画は全く当てにならないと考えた方が良いわよ。大抵は個人の希望で修正入りまくりでほぼ別人だから」


 エクリアがウンザリしたように言う。おそらく彼女の元にもそんなお見合いの肖像画が届いた事があるのだろう。


「学園から連れ戻されていきなり言われたのよ。カイオロスのバルディッシュ侯爵家に嫁入りして貰うって。どうやら向こうが私を欲しがったみたい。私の都合なんか何にも聞いてくれなかったわ」


 全く、自分の娘を人形かなんかだとでも思ってるのかしら。と、シルカは愚痴る。


「とは言え、相手は隣国の侯爵家なのよね。

 そのお見合いパーティーを台無しにして大丈夫なの? 私、指名手配の犯罪者になるのは流石にちょっとねぇ」


 何しろ、ヴァナディール王国の辺境伯家とカイオロス王国の侯爵家の婚礼に関する事だ。これを一方の国の人間が台無しにしたら大事になる可能性が高い。最悪、国家間の問題にもなりかねない。

 それに関しては、シルカも「そ、それは……」と口を濁らせる。


「それにしても、なぜバルディッシュ侯爵家でしたっけ? その侯爵家がシルカさんを欲しがったのでしょうか。シルカさんは全然面識が無いんですよね?」


 ふとリーレがそう質問する。


「ええ、確かに面識はないはずだけど、どう言う事?」


 聞き返すシルカに、リーレは「気分を害したらごめんなさい」と前置きして続けた。


「そもそも、この結婚話自体が本来なら有り得ないと思うんです。爵位では辺境伯も決して低くはありませんが、それでも侯爵はさらに上です。貴族が自分達よりも下の爵位の貴族家から嫁を取る場合、会ってみて気に入ったとか、サージリア家との繋がりに家としてメリットがあるとか、そう言う理由づけがあるはずなんです」

「でも、私バールザックとは本当に面識無いよ。そもそも、サージリア領から離れてたのに会えるわけないし」

「それに、正直言ってサージリア家との繋がりでもそこまでメリットがあるとも思えません。むしろこのヴァナディール王国との繋がりを持つなら同じ侯爵家を当たった方が良さそうなものですし」

「そうよねぇ」


 シルカを中心に全員で考え込む。そんな中、ふとナルミヤがこう漏らした。


「『魔蟲奏者』が目的だったりして」

「シルカの固有能力ユニークスキルか」


 確かに、シルカの持つ『魔蟲奏者』に関しては取り込むメリットは途轍もなく大きい。何せ百足龍虫ドラゴンセンチピードなどの魔巨獣ギガントモブすら従えてしまうほどの力なのだ。軍事関係者から見れば喉から手が出るほど欲しい能力だろう。

 しかし、ミリアからして見ればその可能性はそう高く無いと考えている。その理由は――


「でも、シルカの『魔蟲奏者』を知ってるのって私達アザークラスとデニスさんとセリアラさん、アルメニィ学園長。後はシグノア先輩とルグリア先輩くらいよね? なのに隣国カイオロスにその情報が行ってるのっておかしくない?」


 ヴィルナの発言である。

 それに関してはミリアも同意で、アルメニィ学園長がわざわざアザークラスなんてクラスを作って隔離しているくらいなのだ。固有能力ユニークスキルに関する情報統制はかなり高いと考えるべきだろう。

 ならばなぜシルカを、と言う最初の疑問に戻ってくるわけなのだが、今ある情報からではこれ以上の考えは出てきそうにないので保留にする。

 とにかく、まず決めないといけないのはただ一つ。


 シルカの依頼を受けるかと言う事だ。


「みんな、どうする?

 私としてはシルカの依頼を受けるつもりでいるけど」

「う〜ん、難しいわね。あたしはヴァナディール王国の侯爵令嬢の立場上簡単には頷けないんだけど」

「私もです。でも、やっぱり出来る事なら結婚相手はご自分の好きな相手を選びたいですよね」


 エクリアとリーレはその立場上複雑そうだ。受けたいとは思ってはいるが、 隣国との国家間問題になりそうな事案なので踏ん切りがつかないらしい。

 アザークラスの意見としては、


「ンなもん派手にぶっ壊しちまえば良いじゃねーか」

「意に沿わない結婚など同じ女として許せません!」

「シルカ、嫌がってるの、ダメ」

「で、決行はいつ?」


 上から順にレイダー、ナルミヤ、レミナ、ヴィルナの台詞だ。特にヴィルナはすでにぶち壊す気満々である。


「カイトは強制的にぶち壊す派に入れるとして」

「俺の意見は無視かよ」

「何? シルカがどこぞの馬の骨に嫁いでも良いって言うの?」

「馬の骨って、一応相手は隣国の侯爵家なんだが」

「うっさい! シルカが望まない以上は馬の骨で十分よ! で、どうなのよ? ハイか賛成で答えなさい」

「選択肢ないわね」


 エクリアが呆れたように言うが無視だ。ミリアはカイトに後押しの一言。


「男気見せなさいよ。月光蝶ムーンライトバタフライからシルカを救ったのはカイトなんだから。カイオロスのザールなんとかって貴族じゃないんだからね」

「そうだな。決めた。シルカの望まない結婚話なんか俺が叩き潰してやるよ!」


 グッと拳を握るカイト。それを見つめていたシルカの不安げな表情がパァっと晴れ上がるのが見受けられた。実に分かりやすい。


(本当は、「シルカを貴族の豚野郎なんかにやれるか! シルカは俺のだ!」くらい言えれば良かったんだけど、まあ及第点かな)


 などと考えながらニヤリ笑いを浮かべるミリア。それを横目で見ながら「またロクでもない事考えてるわね」と苦笑するエクリアだった。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 翌日の昼下がり。ミリアの姿は魔法学園にあった。朝一で高速馬車を飛ばし、ヴィルナの重力魔法でウィンディアの谷を越え、列車で乗り継いで学園都市まで戻ってきたのである。その目的は、今目の前で目を丸くしている人物に会うためである。


「どうしたんだい、ミリアさん。確か今はサージリア領にいる頃だと思ってたんだが」

「用があって大急ぎで戻ってきました。話を聞いてもらえますか、シグノア先輩。いえ、シグノア殿下」


 その呼び方を聞いてシグノアはその整った眉をひそめた。


「ミリアさんが用があるのは魔法学園生徒会長のシグノアではなく、ヴァナディール王国の第1王子のシグノアだって事だね」

「そう取ってもらって結構です」


 ふむ、とシグノアは頷き、


「ルグリア。周囲に人がいない事を確認の上、生徒会室に音声遮断の結界を張ってくれ」

「畏まりました」


 ルグリアは言われた通り、入り口のドアを開けて人の有無を確認。さらに窓を開けて不審者の確認をした後、生徒会室を締め切って結界を張った。元からこの生徒会室には防音の魔法陣が描かれていたらしく、ルグリアの行動は無駄がなくスムーズだった。


「さて、第1王子である僕に話とは、一体どんな厄介事を持ち込んできたのかな?」


 不敵に笑うシグノア。醸し出す雰囲気が生徒会長の時とは明らかに違う。これがシグノアの王家の人間としての顔なのだろう。

 ミリアはサージリア領で現在進行形の出来事について分かる範囲で事細かく話した。それを聞いてシグノアは「ふむ」と唸る。


「話は分かった。しかしおかしいな。

 本来サージリア辺境伯くらいの貴族ともなればその婚姻については王家の耳にも入っているはずなんだが。特に隣国とのやり取りとなれば尚更だ」

「王子の耳には入ってないと?」


 ミリアの言葉にシグノアは頷く。


「正式に決まってから王家に報告を上げるつもりだってのか。いや、それにしてもお粗末過ぎるな。何か裏がありそうだ」

「シルカ当人は今回の結婚に関しては否定的です。なんとかこの話を破談にできないものでしょうか」

「そうだな。いくら王家でも流石に表立って介入はできない。これはカイオロス王国との問題でもあるからな。君達も下手に動けば我が国でもお尋ね者だ」

「ですよね」

「だが、僕としても、やはり結婚に関しては考えるところもある」


 シグノアはチラッとルグリアの方を見る。ルグリアはシグノアの側で不動のまま佇んでいた。

 再び目線をミリアに戻し、


「ならばこうしよう。魔道騎士団オリジンナイツの中にそう言う荒事が得意そうな部隊がある。その部隊から1部隊貸し出そう」


 それを聞いて顔色を変えたのはルグリア。


「あの、シグノア様。荒事が得意な部隊とは、まさか」

「ああ。魔道騎士団オリジンナイツ第3軍。彼らはこう言う時のために結成された軍だからな。早速王城に向かおう。ルグリア、支度してくれ」


 話が進む中、よく分かっていないミリアとヴィルナはシグノアとルグリアの後をついて歩くだけだった。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 王都ヴァナディの中央に鎮座する白亜の城。ヴァナディール王城。その広大な建造物に隣接するように魔道騎士団オリジンナイツの本部が存在していた。

 10階建てで学園の校舎をも上回る緑色の建物が魔道騎士団オリジンナイツ本部施設。ヴァナディール王国全域が活動範囲になっている第1軍から第7軍までの魔道騎士団オリジンナイツを管理するにはこれくらいの規模の物が必要だったのだろう。その隣にある学園のグラウンド三面分ほどもある広大な場所が魔道騎士団オリジンナイツの練兵場だった。

 そしてシグノアに連れられたミリア達の姿は今この練兵場にあった。


「ここが魔道騎士団オリジンナイツの練兵場か」


 ミリアの口から感慨深げな言葉が漏れる。普通はこういう軍事関係の施設は関係者以外立ち入り禁止で、一般人どころか貴族でさえも立ち入りは許されない場所のはず。故に今回ミリア達の立ち入りできたのも偏に王太子のシグノアが一緒にいたためである。

 ミリア達の目の前を青鉱石ブルーメタルで作られた青一色に赤い紋様が描かれた甲冑で身体を覆った騎馬隊が、一団となって駆け抜けていく。その奥では剣や槍を持った兵士達が太鼓や手旗サインなどの合図で一糸乱れず次々と陣形を変えて動いている。

 ある場所では魔道兵団の魔道士達が指揮に合わせて一斉に魔法を放っていた。その息の合った魔法の発動タイミングや込められた魔力とその威力。流石は魔法王国の精鋭とミリアは目を輝かせていた。


「ミリアさん。目をキラキラさせているところを悪いが、僕達の目的はあっちだ」


 シグノアに促された方を見ると、そこには異質な一団がいた。

 他の部隊は精錬された騎士団とすれば、そこにいたのは良く言って傭兵。悪く言えば山賊の集団にしか見えない。とりあえず装備だけは全員青鉱石ブルーメタルの軽甲冑で纏められてはいるものの、どう見ても着せられてる感が凄かった。


「コラァ、ちんたらやってんじゃねぇぞ!」

「さっさと走りやがれ! モタモタしてたらケツ蹴り上げんぞコラァ!」

「テメェらの命はこの国の物だ! 国のために生き国のために死ね! 国のためにすらなれん奴らは今ここで死ね!」


 そのような罵倒が野太い声で聞こえてくる。本当に正規兵かと疑いたくなる光景だった。

 そんな山賊、もとい兵士達の様子を満足げに見ているシグノア殿下。その殿下に気付いたのか、荒くれ者の中から1人の青年がやって来た。

 その青年だけは他の面子とは違い、精悍な容姿に爽やかな風貌を持った唯一魔道騎士団オリジンナイツの騎士らしい男性。彼はシグノアの前までやって来て敬礼する。


「シグノア殿下。このようなむさ苦しい場所までわざわざお越しいただきありがとうございます!」

「いや、気にしないでくれ。今回は第3軍に特命を持ってきた」

「特命ですか」


 シグノアは頷き、ミリアにその青年を紹介する。


「ミリアさん、紹介しよう。

 魔道騎士団オリジンナイツ第3軍の軍団長を務めるライエル・ランバルト卿。君のクラスメイト、カイト君のお兄さんだよ」




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