第50話 ミリアの要望


「そうか。赤鷲騎士団第2軍を始め、防衛に当たった軍は5割近くが戦死、または戦闘不能か。手痛い被害を被ったものだな。

 まあ、あれほどの化け物スライムでは仕方のない事ではあるが」


 プロスト要塞の近くで椅子代わりの樽に腰掛け、報告を聞くカイオロス王ブリアス。その身体には包帯が巻かれ、表面に滲む赤い跡が痛々しい。

 だが、それだけの被害を出したが、それでも結果は残せたと思っている。

 ブリアスは目線をその方向に向けた。


 大地を抉る傷跡が地平線の彼方まで続いており、さらにその先の森も何か巨大な物が通ったように直線上に消滅。おまけにその遥か先の山の一部が欠けていた。

 さらに目線をずらすと、その先には膝を抱えていじけている1人の魔道士がいた。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




灼熱の閃光ブレイズレイ!」


 その魔法を放った瞬間、ミリアの眼前が真っ赤に染まったように見えた。魔力収束により結集された3人分の魔力をさらに杖の力で増幅させたその力は、想像だにしないレベルのものだった。

 前に放った灼熱の閃光ブレイズレイの直径はミリアの頭ほどのものだったが、今回のはその規模がまるで違う。膨れ上がった火属性魔力は直径規模がミリアの身長の倍近くに達し、その威力も規模に比例して爆発的に増大。キメラスライムの核はその体ごと極太の真紅の閃光により吹き消されるようにして一瞬で消滅。その余波とも言える熱波で周囲の粘液もそのほとんどが蒸発し、発生した毒蒸気も悉く吹き散らされた。

 しかし、今回の灼熱の閃光ブレイズレイはそれだけでは止まらなかった。

 真紅の閃光は大地を抉り取りながらその先の森に直撃。瞬時に森の木々を焼失させると、さらに彼方の山の山頂付近を吹き飛ばしていた。


「……」


 流石のミリアも呆然としていた。チラッと目線を下に下ろすと、うつ伏せに倒れ気を失っているブリアス王の姿が。地面はその頭上十数センチのところから抉られていた。

 これにはミリアもダラダラと冷や汗を流す。


(あ、危なかった。確実に当てるためにキメラスライムの目の前まで接近したけど、もし接近しなかったらブリアス王ごと消し飛ばしていたところだわ)


 ミリアは大きく一息つく。

 とは言え、無事キメラスライムは討伐したし、結果オーライよね。そんな事を考えていたミリアの耳に、ピシリと言う不吉な音が届いた。

 恐る恐る、その音の出所を見て――


「……!」


 一瞬にしてミリアの顔が青くなった。


「あ……あああ」


 震えるミリアの手が握る杖。その先端についている宝石の1つであるルビー。そこに大きな亀裂ができていた。

 ガックリと崩れ落ちるミリア。


「バ、バルトジラン陛下から頂いた私の杖が〜!」

「まあ、ただでさえミリアの魔力が強大なのに、そこにあたしとリーレの魔力が加わったら流石にねぇ」

「そんな巨大な魔力に耐えられる杖なんてあるんでしょうか」


 顔を見合わせてそんな事を言う親友2人に、膝を抱えたまま恨みがましい目を向けるミリア。


「エクリアもリーレも他人事だと思って。私がこの杖に出会うまでにどんなに苦労したかと」

「まあまあ。ほら、まだ他の宝石が残ってるじゃない」

「ミリアちゃん、全属性特化なんですから、火属性以外でも活用できますよ」

「そうなんだけどさぁ〜」


 ミリアは杖の宝石を見つめる。

 先端付近を囲むように、ルビー、アクアマリン、エメラルド、トパーズがセットしてある。これはそれぞれ、火属性、水・氷属性、風属性、地属性を司る石だ。現在亀裂の入ったのはルビーのみ。それ以外の属性の魔法はこれまで通りに使える。使えるのだが、


(一番活用頻度が高いのが火属性だからなぁ。アレ、加減を間違えると文字通り目標以外も容赦なく焼き尽くしちゃうし)


 そんなところにライエルがやってきた。


「ちょっといいか? 役目を終えたからそろそろヴァナディール王国に戻ろうかと思うんだが」


 確かに、キメラスライムは討伐した。ミリア自身の任務に関しては、レバンナがキメラスライムに完全に取り込まれていた上に完全に消滅しているのでこれ以上の情報収集は不可能。ならばここにいる必要はどこにもない。


「分かりました。ブリアス陛下に挨拶して帰りましょう」


 ミリアは立ち上がると、ライエルと共にブリアス王の元へと向かった。


「そうか、もう帰るのか」

「はい。バルトジラン陛下への報告もありますので」

「ふふふ、傭兵団ではなかったのかな?」


 意味ありげに笑うブリアス王に、同じく意味ありげな笑みで返すライエル。


「まあ良い。貴殿らには世話になった。今度バルトジラン王を通じて貴殿らの傭兵団に褒美を届けよう」

「有り難き幸せでございます」

「うむ。それと」


 ブリアス王は次にミリアに目を向ける。


「ミリア君、其方にも世話になったな。其方がいなかったら我が国がどうなっていたか、考えるのも恐ろしい」


 まあ、被害はそこそこ大きかったがな、とブリアス王は派手に抉られた大地と木々が焼失した森、そして変形した山頂を遠い目で見つめた。

 そこは確かにミリアにも思うところではある。やはりやり過ぎ良くないなと改めてミリアは反省した。


「いずれ改めてその方らにも何かしらの礼を用意するとしよう。何かしらの要望があれば今の内に聞いておくが」

「ありがとうございます、陛下。

 そうですね、私が欲しいものは――」


 ミリアは自分の要望をブリアス王に伝えた。それを聞いたブリアス王は意外だとばかりに目を丸くする。


「そんな物で良いのか?」

「はい。私の夢のために必要な物なので」

「分かった。其方の要望通りにしよう」







 それと時を同じくして、プロスト要塞から少し離れた丘の上に2つの人影があった。

 1人は漆黒の外套の下に同じく漆黒のドレスを身に付けた妖艶な黒髪の美女。そしてもう1人は貴族の装束を見に纏った男だった。


「キメラスライムが倒されたわね」

「そうだな。まあ実験台の成果としては上々だろう」

「あら、を実験台なんて、貴方も酷い人ね」

「我らの大義のためだ。そのためであればあらゆるものを犠牲にするさ」


 男はニヤリと笑う。


「お前はあの方の『受け皿』を用意する。俺はあの方の強力な軍隊を用意する。それが俺達に与えられた役割だからな。今回の実験で人工合成魔獣バイオキメラはそれなりに役立つ事が分かった。そうだな、後もう1つくらい役立つコマがあると良いが」


 男は腕を組んで暫し思案する。そして女にこう問いかけた。


「そう言えば、奴の血液はまだ残っているか?」

「ええ、あるけど。何に使うの?」

「くくく、それはできてのお楽しみって奴だ」


 踵を返し、歩き出す。


「次は外の大陸に行くか」

「もうのに、ずいぶんと慎重じゃない。折角貴方そっくりの人形まで作ったってのに」

「だからだ。死者が彷徨うろついてたら気味悪いだろ」

「そうね。私も少し派手に動きすぎたわ。大陸を出るには丁度いい頃合いかしら。じゃあ、行きましょうか、レーヴァン様。ふふふ」

「レーヴァンはバロウズで死んだ。俺は、ザッカートだ。間違えるなよ、ゼルビア」





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 キメラスライムを倒してから3日後。

 ミリア達は龍蜻蛉ドラゴンフライに乗って山岳地帯を文字通り飛び越え、わずか1日でサージリア領の領都サルベリンに到着。シルヴィアとの面会も簡単に終え、すぐに王都ヴァナディに向かう。

 高速馬車と鉄道を乗り継いで、2日後には王都ヴァナディに足を踏み入れていた。


 そして、ミリア達が再び学生生活に戻ってから1週間後の事。ミリアはアルメニィ学園長から呼び出された。聞けば、ミリアに王城からの召喚状が届いたと言うのだ。


 期日は処女宮の月(9月)の28日。最終週の精霊の休日。ミリアが案内されたのはやはり謁見の間ではなく、バルトジラン王の執務室だった。


「何とも、見事に壊れているな。これは余の杖と同じくらいの強度があったはずなのだが、まさか壊れるとは。報告で聞いた時は耳を疑ったが、一体何の魔法を使ったのだね?」

「えっと、魔力収束で私とエクリアとリーレの3人分の魔力を束ねたら石が耐えきれなかったみたいです」

「エクリアとリーレと言えば、フレイヤード侯爵とアクアリウス侯爵の令嬢だったな。確かにあの2人に君の魔力を束ねたら壊れるか……」

「何とか直せませんか?」

「ふ〜む、ルビーに亀裂が入っている以上、この石は交換せねばならん。しかし、このサイズのルビーは一般には流通せんからなぁ。外の大陸にあるドワーフ達の国へ行けばあるかもしれんが、今すぐに入手するのは難しいだろう」

「そうですか」


 バルトジラン王はミリアに杖を返し、


「それよりも本題に入ろうか。まあ、そんなに気難しい話ではない。カイオロス王国から君達アザークラスに感謝状が届いたので一先ず君に渡しておく」

「感謝状ですか」

「一歩間違えれば亡国の危機だったそうじゃないか。チッ、分かっていれば俺もこっそりついて行ったものを」


 聞いてはいけない言葉が舌打ちと一緒に聞こえたが、ミリアは空耳と言う事にした。


「それと、これも君達には伝えておいた方が良いな。バルディッシュ侯爵家の三男、レストリル殿に関する事だ」

「どうなりました?」

「本来ならば反乱の首謀者であるレバンナ卿の家族は連座で全員斬首となるところだが、今回はレストリル殿が君達を連れて来なければ国が滅んでいた可能性もあった。故に、本件に限って特例で恩赦を与え、爵位を2階級落とす事でバルディッシュ子爵として存続を許す事になったそうだ。子爵家となった事で領地も3分の1ほど削る事になったが、まあそれは仕方あるまい」


 削られる領地も3分の1にはバウンズ周辺も含まれるのだが、領都バウンズは真紅の魔星クリムゾンダークマターによってクレーターになっているし、周辺にも未だに多数の魔獣がうろついている。そのため、その後始末をしなくて良い分マシなのではないかともミリアは思った。


「さて、今回君だけをここに呼んだのは、これを渡すためだ。カイオロス王国からも届いているから確認すると良い」


 そう言うと、バルトジラン王は執務机の上に置かれていた封書を2つ手に取り、ミリアに差し出してきた。片方はヴァナディール王国の、もう片方にはカイオロス王国の紋章が付いている。

 そう、これはミリアがブリアス王に要望として伝えてあったもの。



 ヴァナディール王国からカイオロス王国への。そして、カイオロス王国国内を自由に移動できる通行手形だった。





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