第4章 神魔の血

第1話 癒しの街マグナリア


 カイオロス王国の南部に位置する山岳地帯。その盆地状になっている場所にその街は存在した。

 火山が近くにある事で温泉が沸いており、保養地としてカイオロス王国のみならず、隣国ヴァナディール王国からも多くの観光客が訪れている街。

 癒しの街マグナリア。

 その街の駅ホームで山岳鉄道の客車から降りてググッとミリアは背伸びをした。


「はぁ、やっとこの街に来る事ができたわ。何だか長かったわね〜」


 ミリアがカイオロス王国のブリアス王からカイオロス国内の通行手形を貰ったのはおよそ半年前。ミリアとしては、早く自分の目的を果たしたいのだが、そこはやはりミリアもあくまで魔法学園の学生だ。魔法学園での学業を疎かにはできないのでそれも仕方がないと言えば仕方がない。

 そんな訳で、ミリアは学園の後期授業を受講し、無事合格資格を取ってからこのマグナリアの街へと向かう事にしていたのだ。


 ちなみに、ヴァナディール魔法学園の中等部は3年間授業を受ける事で上級魔道士のランクである『導師ウィザード』の認定試験に挑む事が可能になる。そして、導師ウィザードの認定試験に合格する事が魔法学園中等部卒業の試験となっている。ミリアはエクリア、リーレと共に2学年に編入されたため、認定試験までに後1年と迫っていた。

 とは言え、実質3人とも知識や実力は他の生徒達から飛び抜けているのであまり心配はしていないのだが。


「ところで、3人ともわざわざここまで一緒に来てもらっても良かったの?」


 ミリアは後ろに目を向けてそう問い掛ける。


「良いの良いの。どうせフレイシアに戻ったってやる事ないんだし。前に王都で貴族会議に来てたお父様に会ったけど、もう遠慮なく出かけてきて良いって言ってたし」

「私もお父様に会いましたけど、学生生活を存分に楽しむように言われましたし」


 そう答えたのは毎度お馴染みのエクリアとリーレ。そして今回はもう1人。


「シルカは良かったの? カイトとは別行動だけど」

「別に四六時中いつもカイトと一緒にいる訳じゃないんだけどね。それにほら、カイトはレイダーと一緒にデニスさんに連れて行かれたし」


 ああ、そう言えば、とミリアは思い出した。


(パパ、長期休暇に合宿するって張り切ってたわね。確か、レイダーの里帰りついでに獣人の国で武者修行させるとか)


 獣人の国グローゼンはまさに力こそが正義を形にしたような国で、格闘技の大会が国内の至る所で開催されていると聞く。確かに武者修行にはうってつけの国だろう。


「さて、とりあえず温泉でのんびりする前に先に目的を果たしたいわね」

「ミリアはここに人を探しに来たのよね。何て人だっけ?」

「バリアン・ザックストンさん。『エンティルス幻の地』って本の著者よ」




 彼女、ミリア・フォレスティは魔道士の最高位『大魔道アーク』を目指している。その大魔道アークになるために挙げられているのが、固有技能ユニークスキルを持つ事。それが魔法でも能力でも何でも構わない。兎に角、他者にはない唯一無二の力を持つ事が必要だった。

 そして、ミリアに秘められた固有技能――その名は『セフィロトの魔法』。ありとあらゆる世界の事象を記憶する生命の樹の名を冠する魔法。その力は因果律を捻じ曲げ、現実を塗り潰すとまで言われる幻の魔法だ。

 だが、現在ミリアはまだこの魔法を自由には使えない。まだ完全には生命の樹セフィロトに認められていないからだ。せいぜいが候補生と言ったところだろう。

 彼女が魔法を扱う上で生命の樹セフィロトから課せられた試練は1つ。自らの力でセフィロトの聖域まで訪れる事。

 セフィロトの精霊セフィは語った。セフィロトの樹には各世界に繋がる端末と呼べるものが必ず1つ存在する。それを探すようにと。



 セフィロトの樹の端末は必ず世界に1つ。

 つまり、この世界エンティルスにおける1つしかない何か。それこそがミリアが求めるものに他ならない。そして、その可能性があるものについてヴァナディール魔法学園の学園長アルメニィから1つの秘境の話を聞いた。



――世界樹ユグドラシル。



 創世からこの世界エンティルスに存在し、世界に魔素マナを満たし続けていると言う幻の大樹だ。秘境と呼ばれるジャンルの最たるものである。


 ミリアはこのユグドラシルを探すために学園の大図書館で片っ端から秘境に関しての書物を漁った。そして、行き着いたのが、このバリアン・ザックストン著の遺跡や秘境の記された書物、『エンティルス幻の地』だった。




 この世界エンティルスにも長い歴史があり、世界の国々もその流れと共に興亡を繰り返す。曰く、大陸を制した巨大な国家が神の怒りを買い僅か数日で滅ぼされたとか、古代文明の遺跡が海底深くに眠っているとか。中には今の大陸の形状。円を真ん中で割ったような形状になったのは、かつて女神と魔神との戦いで東西に引き裂かれたからだと言う説まである。


 そう言った数々の歴史を紐解くため、さまざまな遺跡や秘境に挑む者。それを人は冒険者と言った。


 その冒険者達のために遺跡や秘境の情報を共有し、そして場合によってはその資金を稼ぐための仕事を斡旋、仲介する。さらには冒険者達の身分保証まで行う多国間を跨ぐ巨大組織『冒険者協会』。


 通称『冒険者ギルド』。


 その冒険者ギルドのマグナリア支部の施設前にミリア達はやって来ていた。


「聞いた話だと、バリアンさんは普段は冒険者として活動しているらしいわ。冒険者ギルドは私達が所属する魔道士協会とも提携を組んでるはずだから、何かしらの情報は貰えると思うんだけど」


 言いつつミリアは施設を見上げる。

 一応、翼を模した冒険者ギルドのエンブレムはあるものの、施設に大きく掲げられた看板にはこう買いてあった。


――『マグナリア観光案内』


「まあ、観光都市に冒険者ギルドって確かに不釣り合いよね」

「冒険者ってイメージ的には粗暴な感じがしますよね」


 エクリアとリーレが顔を見合わせてそんな事を言う。まあ、一般的な冒険者の印象などそんなものだ。あの魔道騎士団オリジンナイツ第3軍団長のライエルであっても冒険者姿の時は多少はマシレベルのものでしかなかった。


「とりあえず入ってみない? ここで考えててもあまり意味がなさそうだし」


 シルカの言に一同頷いた。



 カランカラン。ドアベルが鳴る。

 木造の建築物であるこのマグナリア観光案内所の内部には新鮮な木々の香りで満たされていた。掃除の行き届いた床に多くの観葉植物が並び、待合室には観光客らしき人々が和気藹々と語り合っている。


「いらっしゃいませ。マグナリアへようこそ。

 宿泊施設から景色の良い場所。お土産物に至るまで何でもご相談に乗らせて頂きますよ」


 カウンターで制服姿の女性がにこやかに声を掛けてきた。


「あの、ちょっと人を探しているんです。すみませんが冒険者ギルドのカウンターはどちらですか?」

「冒険者ギルドですか。それでしたら、あちらに専用の部屋がありますのでそちらへどうぞ」


 受付の女性が指し示した先に、やや大きめの扉が見えた。そこには確かに冒険者ギルドのエンブレムと『マグナリア冒険者ギルド』の看板が掛けられている。


 ミリア達は女性に礼を言うと、冒険者ギルドの扉を押し開いた。



 そこの雰囲気は先ほどの案内所とは一変、まるで酒場を思わせるような、ある意味定番のレイアウトが目に飛び込んできた。カウンターにはやはり女性の受付係が2人。テーブルには何人かの冒険者らしきパーティーが情報交換をしていた。

 ミリアはとりあえずカウンターの受付嬢の元へと向かう。


「ようこそ、マグナリア冒険者ギルドへ。本日はご依頼の申請でしょうか?」

「いえ、今日は人を探しているんです。この街出身の冒険者バリアン・ザックストンさんなんですが」


 ミリアの言葉に受付嬢は眉をひそめる。


「失礼ですが、皆さんは冒険者登録されていますか?」


 その質問に全員首を横に振る。


「申し訳ありませんが、個人情報になりますので一般の方にはお教え出来ない決まりになっております」

「あの、冒険者登録はしていませんが、代わりにこちらには所属しています」


 そう言って、ミリアはカウンターに魔道士協会から各魔道士に配布されている個人認証カードと、外套に付けてあった正魔道士セイジのエンブレムを取り外してカウンターに置いた。それを見て受付嬢は目を丸くした。


「魔道士協会の魔道士だったんですね。

 すみません、随分とお若い方々でしたからびっくりしました。

 魔道士協会所属の魔道士の方にでしたら開示は可能です。バリアン・ザックストンさんですね」


 受付嬢は「少々お待ち下さい」と一度席を外した。そしてしばらくして数枚の資料を持って戻ってきた。


「バリアン・ザックストンさん。ランクAの冒険者ですね」


 ランクは冒険者の実績や実力を総合して付けられた格付けのようなもので、新人のランクDからベテランのランクAまである。いわゆる魔道士のランクと同じようなものだ。つまり、今のミリア達は冒険者のランクで言えばCランクと言う事になる。

 そして、冒険者のランクはその人の腕っ節だけではなく、遺跡や秘境の探索実績も考慮される。バリアンに至っては、実力よりもむしろ実績に重点が置かれたランクAとなっているらしい。


 それはそれとして、ミリアはとりあえず用向きを話す事にした。


「実は、バリアンさんの書いた『エンティルス幻の地』を読みまして、それに関してバリアンさんに聞きたい事があるんです」

「ああ、『エンティルス幻の地』ですか。あれは面白いですよね。私も密かにファンだったりします」

「それで、バリアンさんに会うにはどこに行けば良いのか教えてもらえないかと」

「なるほど。それでわざわざヴァナディール王国からいらしたのですね」


 そして、受付嬢は少し困った顔をする。


「ですが残念ですね。

 バリアンさんはしばらく戻りませんよ」

「え?」

「ちょうど1週間ほど前に調査依頼でグローゼンに行きました。いつ帰ってくるかはちょっと分からないですね」


 それを聞いて、エクリアとリーレは思い出していた。



 そう、ミリアの関わる事はすんなり終わる事がまず無いと言う事を。



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