第2話 外の大陸へ


「それにしてもグローゼンか。意図せずしてカイト達の後を追うような形になるなんてね」

「やっぱり運命の赤い糸ってやつじゃないの? うぷぷぷぷ」

「そこ、不審者な笑い声を上げない!」


 湯気の立ち込める露天風呂でそんな声が聞こえる。

 冒険者ギルドでバリアン・ザックストンの話を聞いたミリア一行は、一先ずこの日はマグナリアで宿泊する事にして旅館宿に入った。

 旅館『マグナリアツリー』。

 煉瓦ではなく木を組み合わせて造られたこの建物は、ここ西の大陸ではかなり珍しい建物と言える。建築に使われる主な素材が樹木のためとにかく火に弱く、火災などに遭おうものならあっという間に全焼してしまうからだ。それに、建築に特殊な技術が使われていて、それを知らない者が建てると風にまで弱くなる。突風に吹かれてもビクともしない強靭な建物を築くには、木々の特性をよく知っている種族、すなわちエルフしか知らないとさえ言われていた。

 だが、そんなリスクの塊のような木造建築だが、旅館となると別の利点も出てくる。

 木で造られた建物はまるで森の中のような森林の香りに包まれていて、宿泊客の心に対し高い癒しの効果があった。これに関してはどこぞの研究者が『森林の持つ癒し効果』なんて言う研究レポートまで作られていたらしい。

 そのためか、この旅館『マグナリアツリー』は癒しの街マグナリアでもトップクラスの人気があった。

 当然高級旅館なので宿泊料も馬鹿にならないのだが、その辺はミリア達は休みを利用して薬草採集や魔獣討伐の依頼を受けてコツコツと溜め込んできていたから特に問題にはなっていない。


 そして、ミリア達が今いる場所はマグナリアツリー自慢の露天風呂。旅館名の元ともなった大きな樹が見下ろす岩風呂だ。

 ミリア達4人はその露天風呂の湯舟に使ってまったりとしていた。


「この温泉には疲労回復の効果があるらしいけど、確かに気持ちいいわね〜」

「何だか眠くなってきます……」

「ダメよ、リーレ。寝たら死ぬわよ」


 物騒な事を口にするエクリア。実際、湯船で寝る行為は実質失神と同じで、そのため水没して命を落とす人も少なからずいるらしい。

 そんな中、とある1人をジッと見つめるシルカにミリアは気付いた。


「どうしたの、シルカ。リーレを見つめて?」

「え? いや、その……」


 シルカはブクブクブクと鼻先までお湯に沈める。そして、


「リーレって本当にプロポーションがスゴいなと思って……」


 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔になる3人。

 と、そこで即再起動した人物が、いきなり後ろからリーレの豊満な両胸を鷲掴みにした。


「ひゃああああっ! な、何するんですかぁ!」

「そうよねぇ。一体何を食べたらこんなに成長するのかしら。少しはあたしに分けてくれても罰は当たらないんじゃないの?」

「え、エクリアちゃん、ちょっと!」


 バシャバシャと湯を周囲にばら撒きながら暴れるリーレに執拗な攻撃を加えるエクリア。確かに、スレンダーな方のエクリアにとっては恵まれ過ぎるプロポーションのリーレは羨望の対象だろう。

 ちなみに、ミリアとシルカは2人の中間くらいである。

 そんなじゃれ付く2人を見て、


「ミリア、止めなくていいの?」

「いつもの事だからね。その内終わるでしょ。

 あ、勘違いしないでね。2人ともそっちの趣味はないから」


 結局、はしゃぎ過ぎたエクリアが湯に逆上のぼせるまでそのやり取りは続いた。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 それから1週間後。

 ミリア達は今度はカイオロス王国の東にある王都カルラダにやって来ていた。この街から東の大陸に渡る高速船に乗るためである。

 目的地である獣人の国グローゼンは東の大陸の南側にあるため、ここから船に乗らないと辿り着く事ができない。しかも、ミリア達は宝瓶宮の月の最終週と双魚宮の月のひと月分割り当てられている春季休暇を利用しているので、通常の船だと時間が掛かり過ぎて休みがあっという間に終わってしまう。

 そこで、何とかカイオロス王国から出ている高速船を利用させてもらうべく、マグナリアから戻って直ぐにシグノア王子やバルトジラン王。さらにはカイオロス王国のブリアス王までコネをフル活用して何とか高速船のチケットを手配して貰ったと言うわけである。


「半年前に我が国に来たかと思えば、今度はグローゼンか。何とも忙しい事だな」


 謁見の間の玉座で片肘をついて呆れたような顔をするブリアス王。


「バリアンさんがグローゼンに行っているそうなので。やはりこう言う場合、自分から赴いた方が印象的に良いかと思いまして」

「バリアン・ザックストンか。マグナリアに居を構える冒険家だったな」

「陛下もご存知で?」

「うむ、奴は有名人だからな。しかし、余が贈った通行手形を何に使うのかと思えば、バリアンに会いに行くためであったか」

「私は今、訳あって世界樹ユグドラシルを探しています。バリアンさんの記した書物が一番詳しく載っていたので、少し話を聞きたかったのですが」

「そのバリアンは今グローゼンに行って不在と。何とも巡り合わせが悪かったようだな。はっはっは」

「……いつもの事です」

「たまにおるのだ。そう言う何かをしようとする度にトラブルに巻き込まれる者がな。とにかく、宰相」

「はっ」


 片膝をついて控えるミリアの元に、よわい50過ぎくらいの男性が1つの封書を手に下りてきた。


「カルラダからグローゼン王国の北の街ブレンダンへの高速船チケットだ」

「ブレンダンですか?」


 ここで声を発したのはミリアの隣にいたエクリア。


「あの、グローゼン王国の港は交易都市のサヒューズではありませんでしたか?」

「ほう、よく勉強しておるな。確かに、本来はグローゼン南部の交易都市サヒューズが航路となっておったのだがな、今からひと月ほど前か、何やら事故か何かで港が使用不能となってしまったのだ。故に今は仕方なく航路上やや遠くなっても北のブレンダンに向かわざるを得ない事になっているのだ」

「なるほど」

「それで、そのチケットは出発は明日になっているが、問題ないかな?」

「はい、問題ありません」

「うむ、旅の無事を祈っておるぞ」


 ミリア達はブリアス王に礼を言うと、謁見の間を後にした。




 そして翌日の朝。

 ミリア達はチケットに指定されたカルラダ港の桟橋近くにやって来た。

 4人並んで立つミリア達の前には見上げるほど巨大な船が1隻、たくさんの船乗り達と共に出港時間を待っていた。


「これが高速船か。想像以上の大きさね」

「船にしては帆が張られてないみたいだけど」


 船の上には通常の帆船同様に3本のマスト。だが、そのどれにも帆が張られていなかった。


「この船は帆船じゃなく魔力が動力となっている魔動船だからね。風を受ける必要がないから帆は不要なんだよ。だから、あのマストは見張り台か、もしくは魔動力が何らかの理由で壊れた時用の物なのさ」


 後ろから声をかけられ振り返る。

 そこには30代前半くらいの商人の男性が立っていた。その後ろにはせっせと馬車から荷物を下ろす商人達の姿も見える。どうやら、かなり大きな商家の人間のようだ。


「あれ、もしかしてウィル伯父さん?」


 その言葉を発したのはシルカだった。ウィルと呼ばれたその男性は「お久しぶりですね」と微笑んだ。


「知ってる人?」

「うん。私、サージリア家から離れて母方の祖父アルラーク商会に身を寄せていたって知ってるわよね。ウィルさんは母さんの兄で私の伯父に当たる人なの」

「ウィル・アルラークです。姪のシルカがお世話になっております」

「いえ、こちらこそ。

 私はミリア・フォレスティです」

「エクリア・フレイヤードです」

「リーレンティア・アクアリウスと申します」

「おお、もしかしてフレイヤード侯爵とアクアリウス侯爵のご令嬢ですか?」

「ええ、まあ……」

「是非お父上によろしくとお伝え下さい」


 そう言いながらウィルはエクリアとリーレに名刺を渡していた。商魂逞しい人である。


「ところで、ウィル伯父さんもこの高速船に? 確か今はカイオロス王国の支店を任されているはずでは?」

「ああ、グローゼンで今度大闘技会が開かれるだろう? これを機にあちらにも店を出そうと思ってな。グローゼンに向かう高速船を探してたんだよ。

 そうしたら、丁度この便が1組の客しかいないと言う事でここに差し込ませてもらったんだ」


 ハハハ、とウィルは朗らかに笑った。


「……この船のチケットって、ブリアス陛下に直々に手配して貰ったのよね」


 ミリアは小声で話しながらチケットに視線を落とす。確かにチケットには王家のエンブレムが押印されており、それが王家が直々に用意した事を物語っている。さらに言うならば、魔動力の高速船など一般の商社が易々と手にできるものではなく、今回乗るこの高速船もカイオロス王国所有のものとなっている。その証拠に船の側面にでかでかと貼り付けられた大きな王家のエンブレム。このエンブレムを掲げられるのはカイオロス王国の所有のものだけなのである。


「この船って王家所有ですが、もしかして王国の関係者にお知り合いが?」

「実はこの国の宰相ヴェンデッダ侯爵様の御用商会をさせて頂いてまして。その繋がりで今回グローゼンへの高速船のチケットを用意して頂いたのです」


 おや、ここにもコネを有効利用する人が。そんな事を考えるミリア。それにしても、侯爵家の御用商人とは。シルカの伯父はかなりのやり手なのかもしれない。


「ところで、シルカちゃん達はここに何をしに?

 今はヴァナディール王国で学生をしてるんだよね。魔動船を見学にきたのかい?」

「いいえ、私達もこの船に乗るために来たの」


 シルカの言葉を受けて、ミリアは乗船チケットを見せた。それを見たウィルが目を丸くする。


「こ、これは王家の押印じゃないか。どこでこれを?」

「ちょっと縁あってブリアス陛下と繋がりができてね。陛下直々にチケットを取ってもらったのよ」

「それは、やはりサージリア辺境伯家の?」

「それとは別よ。と言うよりも、今のサージリア家にはそこまでの力はないわ」


 サージリア辺境伯家は、半年前のシルカの『魔蟲奏者』の情報漏洩事件の責任を取らされてシルカの父バランが更迭された。当主は戻ってきた祖父のバーンズが一時的に引き継ぎ、その後はシルヴィアの息子リュートが引き継ぐ事となる。

 現役の魔道騎士団オリジンナイツ第7軍団長でもあるリュートは団長職もそのまま兼任し、第7軍はサージリア領都サルベリン駐屯軍として編成する形となるらしい。

 ちなみに、情報漏洩事件の中心だったミクシティ伯爵家はバルトジラン王のお情けもあり取り潰しだけは免れたものの、爵位を男爵家に2段階落とされ領地も大幅に減じられる事になった。

 サージリア家に輿入れしていたアリマーも王家の命令で婚姻関係を破棄され、ミクシティ男爵家にて謹慎。子供達も同じくミクシティ男爵家に戻される事となった。

 そんな事もあり、現当主バーンズはしばらくはサルベリンの街に留まり、王家に対する信頼を取り戻す事に専念する事にしたらしい。


 まあ、何はともあれ――


「とにかく、今回は私達も一緒にグローゼンに向かう事になったから。よろしくね、ウィル伯父さん」

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