第3話 海の魔竜と創作魔法


 東の大陸南部にある獣人の国グローゼン。その南の海岸線沿いにその街はあった。

 交易都市サヒューズ。

 大きな港を持ち、いろんな国を行き来する商人達が敏腕を振るうたくさんの商店が立ち並ぶ街。まさにその街はグローゼンの貿易の中心都市と呼ぶに相応しい街だった。

 そう。


 今ではその街はこの地上には存在していない。



「全く、ヒデェ有様だな」


 その惨状を目の当たりにしてそうぼやいたのは獅子の獣人。茶色い立髪を掻きながら、大きくため息をつく。


「たった一晩でこの惨状だそうです。一体何があったのでしょうか」

「どこぞの商人が魔道兵器を暴走させたんじゃないですかぁ〜?」


 側に控えていた熊の獣人が問いを投げかけ、猫の獣人の女性がそんな間延びした言葉を発する。


「ほう、魔道兵器の暴走か。何故そう思った?」

「だって、こんな惨状ですよ〜? 魔道兵器の暴走じゃなかったら、犯人はサーベルジアの魔王くらいしか考えられないです」


 サーベルジア。この大陸の東の果てにある魔族の国。魔力に優れる魔族を束ねる魔王であれば、確かにこれくらいはできるかもしれない。

 しかしーー


「サーベルジアは我が国とは不可侵条約を結んでいる。あの聡明な魔王アニハニータが自らその条約を破るような真似をするとも思えんが」


 獅子の男ははち切れるような筋肉の腕を組み、「ふむ」と思案する。今はこの場所で得られる情報は無さそうだ。


「一先ず、王都へと戻るぞ」


 獅子の男――グローゼン第一王子ガリアはそう言って踵を返し、もう一度だけ背後の光景に目を向ける。




 そこには何かしらの大きな力で抉り取られ、交易都市の面影どころかその周辺も含めて入江のようになった惨状を残すだけだった。







    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇







 高速魔動船がカルラダの街を出港してから2日目。本来ならば片道1週間は掛かる距離なのだが、既に全行程の半分を過ぎていた。特に何もなければ翌日の夕方にはブレンダンの街に到着する予定だった。


 そう、


 悲しいかな、ミリアと言う人物が絡んでいて何もないと言う事は有り得ないのである。


「何だあれは?」


 進行方向の海上の様子を見張っていた船員からそんな声が漏れた。甲板で日光浴しながら学園の課題に励んでいたミリア達も顔を上げる。


「何かあったのかな?」


 筆記用具をテーブルの上に置き、共に勉強していた3人を伴って船首に向かった。

 船乗りが望遠鏡で見つめるその先。まだ距離はあるものの、その大きさははっきりと分かる。ゴゴゴゴゴと唸りを上げながら海水を巻き込む巨大な渦。それが進行方向を塞ぐようにそこに存在していた。


「あの大渦、この近辺ではよく発生するんですか?」


 エクリアに問われた船員の男性は戸惑ったように首を横に振る。


「この辺の航路はサヒューズに向かう時と同じルートだからこれまで何度も通っているが、あんな大渦は初めてだ」


 その発言に何だが嫌な予感がしたミリア。

 ともあれ、大渦に突撃する訳にもいかないので、船は大渦を避けるように舵を切った。


 その直後だった。


 まるで海中に溶け込むように大渦が消えたのは。

 えっ、と目を見開く一堂の目の前にソレは姿を現した。

 まるで海面を打ち貫くように破裂させ、銀色の鱗を纏った巨体が剣のように天空へと突き上げる。その後、折り畳んでいた翼の如き両ヒレを広げ、長い身体をくねらせてその頭部を船に向けた。

 爬虫類を思わせる顔に尖った口先。そこには無数の牙が並んでいる。

 その姿を見たベテランの船員がその名を口にした。


「バカな! シーサーペントだと!? 何故こんなところに!?」


 シーサーペント。名前にサーペントと付くものの、実際にはワイバーンと同じ亜竜の一種で、その強靭な鱗と水を操る力から海の魔竜とまで言われる生物だ。これまでにも幾隻もの船がシーサーペントによって沈められており、今や討伐ランクは特A級にまで至っている。

 その目はまさに獲物を見つけた目。ニヤリと歪ませると、ザブンと海中に消えた。海面からわずかに見える巨大な影はものすごいスピードで旋回し、一直線に船目掛けて突っ込んで来た。


「いかん! 横から体当たりされては船が転覆する!

 緊急回頭! 急げ!」


 船長の大声に操舵士が慌てて舵を切る。ザザザと船の向きが斜めになったところでシーサーペントが船の後ろ側面を直撃した。


「わあぁぁぁ!」


 その衝撃でミリアは甲板上を転げ回った。向きが斜めになっていたおかげで転覆は何とか免れたものの、船は後方に滑るように吹っ飛ばされ、船員の数人が海に転がり落ちるのが見えた。

 さらにバランスを取る間も無く、さらにタックルをするべくシーサーペントが突進する。


「ヤバいぞ。あんなの次喰らったら船体に大穴が空きかねん!」

「私が何とかします!」


 船縁まで駆けつけたリーレが海に向かってその魔法を放った。


氷結の壁アイシクルウォール!」


 凍りにくいはずの海水はリーレの氷の魔力を受けて瞬時に凍りつき、大きな氷の壁を形成した。その厚さはおよそ5メートル。流石にその氷壁は貫く事が出来ず、跳ね返されるようにシーサーペントの頭部が海上に飛び出してきた。そこを目掛けて追撃にエクリアが火炎弾を叩き込む。

 シーサーペントはギャウッと鳴き声を残して再び海中に消えた。


「やったか?」

「あの程度で倒せたら討伐ランクが特A級になんてなってませんよ」


 そんなミリア達から30メートルほど離れたところにシーサーペントが顔を出す。その顔には先程のエクリアの魔法で負った焼け焦げた傷が見える。


「効いてはいるみたいだけど……」

「戦闘不能には程遠そうね」


 竜種の鱗は魔法を多少弾く効果があると聞く。さらに水の亜竜シーサーペントには火属性魔法は相性不利な事もあり一撃必殺とはいかなかったらしい。

 シーサーペントは再び海中に沈むと、今度は船の側面から同じく30メートル付近にその姿を現す。何をするつもりかと訝しんだミリア達の視線の先で、シーサーペントは大きくその顎門あぎとを開いた。見る見る喉奥に青い魔力が迸る。


――水のブレス!


 気付いたとほぼ同時にミリアは氷の魔力を込めた右手を横に振る。それとほぼ同時にシーサーペントから強烈な水の砲撃が発射された。水のブレスはミリアが駆り出した氷のヴェールで喰い止められ、虚空に結晶となって散った。


氷結の槍アイシクルランス!」


 すかさずその方向目掛けて氷のヴェールを槍に再構築して撃ち放つ。が、それが直撃するよりも早く、シーサーペントの頭がドボンと海中に沈んだ。


「くそっ、水中に潜りやがった!」


 船乗りが海面を覗き込んだその時、左前面の海中から強烈な水流が放たれ、太いマストを一撃でへし折ってしまった。


「海中からブレス攻撃!?」

「船の底は魔力攻撃に耐性のあるミスリル鉱石を使っているから、多少あのブレスにも耐えられるはずだ」


 船長はそう言うが、だからと言っていつまでも耐えられるものとも思えない。シーサーペントのブレス攻撃はそんなに生易しいものではないはず。


「せめてどこから出てくるか分かれば狙い撃ちできるのに」


 そう言った直後、真後ろからドォンと海面が爆発しシーサーペントが飛び出して来た。その巨体をしならせて上空から槍のように甲板を貫こうと、尖った口先をやいばにして一直線に突っ込んでくる。タメが必要な魔法では間に合わない。


「魔法で間に合わないならこれで!」


 ミリアは咄嗟に近くにあった太い柱を手に取ると、思いっきりソレで横に薙ぎ払った。突進していたシーサーペントも流石にその一撃は避けられず、横っ面を殴り飛ばされて「ギイイィィィ」と言う甲高い絶叫を上げて海中に逆戻りした。


「チッ、魔光オーラの込め方が不十分だった。まだ生きてるわね」

「み、ミリア……」

「折れたマストでぶん殴るなんて。とんでもない姉ちゃんだな」


 若干引いているシルカと船員達に見て見ぬふりをして、ミリアはリーレに声を掛ける。


「海上の戦いではエクリアは相性が良くないから、ここはリーレが頼りよ。何とかシーサーペントの動きを制することできない?」


 それに対して、しばらく考えていたリーレは海上に目を向ける。


「分かりました。ちょっと無茶しますから、後はお願いしますね」


 そしてリーレは近くにいた船員に、


「すいません。ロープを貸してもらえますか」


 頼まれた船員は直ぐにロープを持ってきた。およそ20メートルもある長めのロープだ。リーレはそれを無事な柱に結びつけると、その反対側を自分の腰に巻いた。


「よし、行きます!」


 リーレはそのまま駆け出すと、バッと海目掛けて飛び出した。悲鳴にも似た声が船員達から発せられるが、リーレは海面スレスレで止まるようにロープを調節。そして片手だけを水に着けた。

 と、その瞬間、リーレの斜め前30メートルくらいの位置にシーサーペントが顔を出す。それを察したと同時にリーレはその魔法を発動させた。



――導くは凍てつく世界。

  神羅万象、ありとあらゆる全てを止める

  停滞の世界。

  そのことわりを世界に示す。


  凍てつく永久凍土アブソリュート・ゼロ



 その瞬間、リーレの体が青白い光を放った。直後、そのリーレを中心に海面が一瞬にして凍りつく。それはまさに一瞬にして氷の島が生み出されたかのよう。

 シーサーペントはその氷の島から頭を突き出した状態で凍りついていた。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「う、う〜ん」


 シーサーペント戦から1時間ほどしてリーレが目を覚ました。


「あ、目が覚めたのね。良かった」


 ホッとしたようにミリアが言った。


「はぁ、やっぱり気絶しましたか。まだまだ課題が多そうですね、この魔法」

「今の魔法。創作魔法オリジナルスペルよね?」


 創作魔法オリジナルスペル

 その名の通り、魔道士が自ら織り上げた魔法の事だ。魔道の理論を解き明かし、独自の効果を生み出す事ができる技術で、今ある魔法の原理は全て先人達が生み出した創作魔法の集大成とも言えた。


「ええ。物を冷凍する魔法を元にして今年の夏辺りから少しずつ組んでいたんですけど」

「シーサーペントを一瞬で凍らせたんだから、力は申し分ないと思うけど」

「問題は一切制御できないところなんです。今のは確かに威力はあるんですけど、私の使える全魔力を消費し尽くすまで範囲を拡大するものだから、使ったら最後気絶確定ですね。これじゃあ使えません」

「確かに、使うたびに気絶だとお話にならないわね」

「リーレンティアの名前が残るのはまだまだ先みたいね」


 創作魔法オリジナルスペルは理論さえ確立されれば誰でも使える魔法で、確立された魔法は開発者の名前と共に一般公開される。

 そう、魔法を作れば名が永遠に残ると言うわけだ。


 そんなエクリアの言葉にリーレは苦笑する。


「私はまだ学生ですから」



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