第4話 獣人の国


 シーサーペントを討伐したミリア達。

 船が受けた損傷は小さくはないものの、マスト1本と航行不能となるまでではない。まあ、普通の船ならばマストをやられたら致命傷レベルなのだが、そこは魔力を動力源として動く魔動船。マストや風がなくとも問題なく海上を進んでいた。

 ちなみに、シーサーペントを倒すためにリーレが使った創作魔法オリジナルスペルの『凍てつく永久凍土アブソリュート・ゼロ』。それによって生み出された氷の小島はリーレが指を弾くと、まるでガラスが割れるように粉々になって散った。


「凄いわね、リーレの魔法。もしかしてエクリアも何か開発中なの?」

「ん、まあね。機会があれば見せられるかもしれないかな」

「そっか。何だか2人揃って遠いところに行っちゃったみたい。私も何か編み出した方が良いかなぁ」

「いや、要らないでしょ。現存の魔法一発で地形を変えられるくらいなんだから」


 エクリアの言っているのは、カイオロス王国の動乱時にキメラスライムを森の一部と彼方の山のてっぺんもろとも消し飛ばした灼熱の閃光ブレイズレイの事だろう。

 確かに、魔力収束の後押しがあったとは言え、威力と派手さで見れば、今の凍てつく永久凍土アブソリュート・ゼロよりも上かもしれない。が、ミリアが気にしているのはそこではない。


「そうじゃなくて、私も創作魔法オリジナルスペルでカッコよく決めたいって事!

 もう創作魔法オリジナルスペルって響きが良いんじゃない」


 ただのミーハーだった。固有能力ユニークスキル持ちが何を言ってるんだ、と呆れた目を向けるエクリアである。


 そこに、ハンカチで汗を拭きながらやって来たのはシルカの伯父のウィルとこの魔動船の船長ガースだった。


「いやぁ、本当にダメかと思いました。本当にシルカちゃんのお友達は凄いですね」

「全くだ。見た目は当てにできねぇな。ガッハッハ!」

「ミリア達3人は例外中の例外よ、伯父さん。アレに比べたら私達なんて恥ずかしくて前に出れないわ」

特A級ギガントモブを従える力を持ちながら何を言ってるのよ」

「前のカイオロス王国の事件はシルカが原因だったよね」

「アザークラスの人達は揃って規格外ばっかりです」

「それって私も含まれてる?」

「規格外筆頭でしょ、ミリアは」


 むぅ、と唸るミリア。

 とは言え本人もあながち自覚している部分もあるため特に反論はしなかった。


「それにしても、まさかシーサーペントがこんな所にいるとは思わなかった」


 ガース船長が海面を見ながらそうぼやいた。


「やっぱり珍しいんですか?」

「珍しいどころか、本来ならこんな海のど真ん中で遭遇する事なんかねぇはずなんだ。なんせ、シーサーペントの巣は東の大陸の南部にある海岸沿いなんだからな。間違ったってこんなところで遭遇するような魔獣じゃねぇ」


 船長ガースの話ではシーサーペントは本来東の大陸の南部にある切り立った崖の海中部分に穴を開けて巣を作っているらしい。シーサーペント自身も行動範囲はその巣からほんの数キロ先までなので、今回の航路では遭遇する可能性など全く無いはずだった。

 それを聞いたリーレ、エクリア、シルカの3人がコソコソと囁き合っている。


「やっぱりミリアちゃんは……」

「本来の可能性がゼロでも遭遇するなんて、ミリアのトラブル体質も筋金入りね」

「いざ遭遇するとビックリするわ。こんなのばっかり遭遇してるのなら今の実力も頷けるかも」

「ちょっとそこの3人。聞こえてるんだからね!」




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 獣人。獣の特徴を持ちながらも人族と同じ進化をして来た種族。2本の足で大地に立ち、言葉を喋り道具を使う。人族と比べると魔法技術には若干劣るものの、人族よりも体格が良く運動能力が高い。

 そんな獣人達が集まり国を形成したのがこの獣人の国グローゼンである。


「獣人達は元々は種族ごとにバラバラに集落を形成していたんだけど、今から300年前。レゾン・ダルタークが引き起こした第2次アーク大戦により大きな被害にあった獣人達は各種族が互いに協力する必要を感じ、グローゼンというこの国を作った。

 ただ、お互いにやはり生活環境が違うのか。今でも当時の集落の名残を残しているのか。各種族が別々の領地を持っているらしいわね」

「なるほど」


 エクリアの説明に、チラリとミリアは周囲に目を向ける。そこにはテナガザルの獣人の女性が注文を受けては駆け回り、オランウータンやマントヒヒ、ゴリラの獣人が笑いながら酒をカッ食らっている。


「ここは猿型の獣人達が治める領地って事ね」

「そういう事」


 そう答え、エクリアは目の前のフルーツジュースを喉に流し込んだ。



 ここは、グローゼン王国の北にある港町ブレンダン。シーサーペントに遭遇した後は特に何事もなく航海は続き、おおよそ定刻通りにブレンダン港に到着した。

 時刻も夕刻過ぎのため、まずは夕飯を食べるために酒場にやって来て現在に至る。


「それにしても、随分と賑やかよね。獣人以外の人も結構いるみたいだし」


 シルカの言葉。

 彼女の言う通り、確かに獣人以外の人族や魔族の姿も結構見受けられる。


「何かあるのかな」

「今年はね、10年ごとに開催される大闘技会が行われる年なのよ」


 そんなミリアの呟きに答えたのは、両手に大皿を持ったウェイトレスのお姉さんだった。


「はい、お待ちどうさま。メノア鳥と香味野菜の炒め物とウィルサーモンのピリ辛餡掛けです」

「待ってました〜! ひゃあ、美味しそう!」


 テーブルに置かれた大皿料理に目を輝かせるミリア。すぐに手元のナイフとフォークを掴むと肉を無造作に切り分けて齧り付いた。そんな様子をニコニコしながら見ているウェイトレスのお姉さん。


「あの、あまり驚きませんね。アレ見ても」


 そんな問いを投げかけたシルカに対し、


「私達獣人にはよく見る光景ですからね。まあ、人族の女の子がってのはあまり見ませんけど」


 シルカは横目でミリアを見る。


(ミリアが人族なのは見た目だけだけどね)


 長い銀髪に赤い瞳。ミリアは神族と魔族のハーフであり、その赤い瞳は父親譲り。そして赤い瞳は魔族の特徴なのだが、どうやらウェイトレスのお姉さんは知らないらしい。まあ、クラスメイトのレイダーもそうだが、獣人は見た目で獣人かそれ以外かしか判別していないように見える。強いて言えば、ハーピーのレミナのように、あからさまに人と違う姿をした者しか魔族と認識していないのかもしれない。そうなると、最も人族に近い姿をしている魔人族が人族のように見えても仕方ないのかも。そうシルカは考えていた。

 そんなシルカの考察をつゆほども知らず、ミリアは実に幸せそうな笑顔でリスかハムスターのように口いっぱいに詰め込んで咀嚼そしゃくしていた。



 全員が食事を終え、食後のお茶を楽しんでいた時、ふとミリアが口を開いた。


「ところで大闘技会って?」

「聞いた話だと、グローゼンでは2年ごとに闘技大会が開かれるらしいわ。その大会は獣人達が中心として力を競う大会なんだけど、その中でも5大会に1度。つまり10年おきに開催される大会は、獣人だけでなく他の種族も集って真の強者を決めるとても大きな闘技大会らしいわよ」

「他の種族も?」

「うん。詳しくは知らないけど」


 そう言ってエクリアは紅茶を口に含む。食前はフルーツジュースだったが、食後はやはり紅茶だとエクリアは決めていた。なかなかいい茶葉が使われているようで香りも良い。獣人も侮れないなとエクリアは思った。

 そんな話を聞いて「ふ〜ん」と面白げに頬を緩めるミリア。


「なるほど。それでパパはカイトとレイダーをここに連れて来たのね。きっと参加させられるわよ。あの2人」




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「参ったわね〜。まさか全部満員なんて」


 夜のとばりが下り街が闇に包まれる頃、ミリア達はトボトボと街中を彷徨いていた。

 ミリア達はすぐに宿を取りに行ったのだが、想定外に客が多いらしく、ほとんどの宿は満室。散々探し回ったが1人2人ならばともかく、4人が泊まれる余裕のある宿は見つからなかった。


「どうする?」

「このままだと野宿よね」


 折角街に来てるのに野宿は流石に避けたい。治安面でも。

 そんな中ーー


 ガッシャーーン!


 突然路地の方から何かが壊れるような音が聞こえた。


「ん、何だろ」


 トラブルの予感しかしなかったが、とりあえず確認だけはしておこうかとミリアはその方向に足を向けた。


 路地の奥、小さめの広場になっているような場所にいたのはやたらガタイの大きい2人の男。外見からするとゴリラとマントヒヒの獣人のように見える。そして、その足元に小柄な少女が1人。赤いたてがみが見えるところから、おそらく赤獅子の獣人な少女だろう。それが全身無数の傷を負った状態で蹲っている。どう見てもただ事ではない。


「ちょっと、何やってんのよあんた達!」


 ミリアはこんな場面に出くわして見て見ぬふりをするようにデニスやセリアラに育てられてはいない。男達と少女の間に割り込むように飛び込んだ。


「何だ、テメーは」


 喋ったゴリラの獣人から呼気と共にむわっとアルコールの臭いがした。2人の赤ら顔から相当酔っているように見える。


「大の大人が2人して子供相手に恥ずかしいと思わないの!?」

「うるせぇ! 元々はそいつが売ってきた喧嘩だろうが!」


 売ってきた喧嘩?

 ミリアはチラッと後ろの少女に目を向ける。真っ赤に燃えるような鬣に、傷で動けなくなっても未だに闘志を失わないその強い瞳。何だが誰かに似ている気がしたが、今はとりあえずこの場を治める事が先決だ。


「ならもういいでしょ。この子ももう戦えないみたいだし、あんた達も気が済んだんじゃないの?」

「ふざけんじゃねぇ! お楽しみはこれからだろうが!」


 ゴリラの獣人が不快なニヤリ笑いをして舌舐めずりする。さらにミリアの体を舐めるように見てさらに笑みを深くする。


「いい機会だ。テメーもまとめて楽しませてもらおうか」

「へへへ、いいねぇ。女2人なら数もちょうどいい」


 ジリっとミリアを挟み込むように男達が近付いてくる。やれやれとミリアは首を振った。


「ったく、酔っ払いはこれだから。まあいいわ」


 ミリアの目付きが鋭くなる。そして全身に纏う魔力が魔光オーラとなって溢れ出した。

 スッと拳を前に突き出してミリアは告げた。


「街中だから魔法は使えないけど、あんた達くらいならコレで十分ね」

「テメェ、獣人を舐めんじゃねぇぞ!」


 マントヒヒの獣人が殴りかかってきた。ミリアの頭ほどもある拳がミリア目掛けて振り下ろされた。

 が――


「そんな見え見えな攻撃、当たるわけないでしょ!」


 ミリアはスッと身体を落として拳の下を潜ると、その勢いのままマントヒヒの獣人の鳩尾に肘を打ち込んだ。カハっと息の詰まる男に追撃とばかりに掌底で顎を下から突き上げた。マントヒヒの男はそのまま後ろに半回転くらいしてうつ伏せに倒れ伏す。


「こ、この女ぁ!」


 激昂したゴリラの獣人が左拳を連打してくる。なるほど、拳闘スタイルかとミリアは思った。ゴリラの獣人は足が短い代わりに腕のリーチがかなり長い。おそらくミリアの倍近くあるだろう。そんなゴリラの獣人に対して拳闘は最適な格闘技だろう。

 だが、今回は相手が悪すぎた。ミリアは拳闘に対する備えも父デニスからしっかりと仕込まれている。デニスのパンチに比べればあまりに遅い。

 一向に当たらない攻撃が焦りを生んだか、ゴリラの獣人は大きく右拳を振り上げた。

 大振りの右ストレート。ミリアの狙いはコレだった。

 突き下された拳をまるで絡みとるように捕獲すると、そのまま一本背負いで背中から地面に叩き付けた。受け身すら取る余裕もなく、大地に打ち付けられたその衝撃はゴリラの獣人の意識を刈り取るには十分だった。


「ま、こんなところよね。大丈夫だった?」


 リーレに治癒の魔法で傷を癒してもらっている少女に声をかけるミリア。その瞳はやたらキラキラしているように見える。

 少女は這うようにしてミリアの前まで転がり出てくると、その両手でミリアの手を握りーー



「弟子にしてください!」



 ………

 ……

 …


「は?」


 少女の言うことを理解するのに十数秒要した。


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