第5話 赤獅子の少女


「私を弟子にしてください!」


 その第一声にミリアは大いに戸惑った。


「えっと……どう言う事?」

「おねーさんの素晴らしい拳に感動しました!

 お願いします! 弟子にしてください!」


 拳? 確かに魔法は使っていないが、それでも魔道士であるミリアに対し、拳に感動したと言うのはどうなのだろう。


「いや、でも私もまだ学生よ? 私だって修行中の身なんだから弟子なんて無理無理」

「それであれだけの実力があるんです! 学べる事は十分にあります!」

「う〜ん、それでもねぇ。君、体術を中心に戦う格闘家系の戦士だよね? 私、そもそも魔道士なんだけど」

「嘘です」

「は?」

「あんな体術を使える人が魔道士なわけありません!」


 確かに、とエクリア達3人が揃って頷いている。

 魔道士だって接近された時の備えが必要と護身術を兼ねてデニスから体術を教わったのは確かだし、その力量が一般よりもなのはミリアも理解している。だが、それで長年修練を積んできた魔道士としての自分が否定されるのは甚だ心外である。


(それにしても、赤獅子の獣人といい猪突猛進な性格といい、何かレイダーに似ているわね)


 さてどうしようかとミリアが困っていたところに、さらに困った事象が飛び込んできた。


「お嬢! ご無事ですか!?」

「人間! よくもシャリア様を攫ったな!」


 突然路地に飛び込んできた、見た目豹と虎の獣人2人。その手に持った曲刀でいきなりミリアに斬りかかってきた。


「うわっ、ちょっ、何するのよ!」


 繰り出される斬撃はかなり鋭く、魔力による身体強化を使っても腕で受けたらそのまま斬り飛ばされそうだ。この2人、力量ではミリアが知る中でもかなりの上位に入るのではないだろうか。

 とは言え、誘拐犯と間違われた上にいきなり攻撃されてミリアも流石に黙っていられない。


「このっ、いい加減にしろ!」


 ミリアは豹の獣人の振り下ろしを身体を横に捻って避けると、その勢いのまま左脚で蹴りを放つ。それを豹の獣人は腕をクロスしてガード。ミリアとの間に少し間が空いた。

 ガードされる事までは想定内。本名は次の魔法攻撃。


旋風の砲弾ウインドボール!」


 圧縮された風の砲弾が着地直後で体勢が整わない豹の獣人を襲う。まともに喰らった豹の獣人は吹っ飛ばされて資材の山に埋もれて消えた。


「ったく、問答無用で襲ってくるって何なのよ。あんたもやるの?」


 全身から白銀色の魔光オーラを輝かせながら、もう1人の虎の獣人を見据える。言わば、来るならシバくモードである。

 その虎の獣人は相変わらず瞳をキラキラさせている赤獅子の獣人の少女に目を向けると、構えていた槍を下ろした。


「いや、やめておこう。お嬢の様子を見る限り敵ではなさそうだ。無駄な戦いは好かんのでな」


 と、直後資材の山から先程の豹の獣人が飛び出して来た。その目には嬉々とした色が見て取れた。


「やるじゃねぇか! 久々に血が昂って来たぜ!

 なら今度はこの俺の本気を――」

「やめんか」


 ガンッ

 虎の獣人の槍の柄が豹の獣人の脳天に炸裂し、とてもいい音が鳴り響いた。ベチャッと突っ伏す豹の獣人。


「な、何すんだよアニキ」

「この人達は誘拐犯じゃなさそうだ。と言うか、そもそも誘拐じゃなく、お嬢がいつもの悪い癖が出て勝手に飛び出して行ったんだろう。そうなんでしょう?」


 虎の獣人に問い詰められ、赤獅子の少女は明後日の方向を向いて口笛を吹いている。図星のようだ。はた迷惑な。


「ふう、やれやれ。とにかく自己紹介をしよう。

 俺はこの方、シャリアお嬢の護衛をしているガリアと言う。そこに突っ伏しているのは同じく護衛のベスだ。すまないが少し話を聞かせてもらえるか」


 ミリア達はとりあえず事情を説明して誤解を解く事にした。その話を聞いている内にガリアは「やっぱりか」とこめかみを押さえて首を振る。


「誰彼構わず闘いを挑むとは。兄君と似て大人しくしていられない性分なのでしょうかね」

「ふふふ、私の夢はお兄ちゃんみたいに外の世界で修行して実力を高める事なんだから。そのためにはいろんな相手と手合わせしないと」


 赤獅子の少女――シャリアは実力を上げるためにいろんな相手と手合わせをしていたと言う。が、流石に酔っ払いを相手にするのはどうかと思う。自分が若い女の子である事をもっと自覚して欲しいものだとミリアは思った。


「ったく、その赤獅子の見た目といい性格といい。まさかレイダーみたいなのが他にもいるなんてね」

「レイダー?」


 その名を聞くや、物凄い勢いで詰め寄ってくるシャリア。流石のミリアもやや顔が引きつった。


「な、何?」

「今、レイダーと仰いましたね?」

「う、うん。言ったけど」

「おねーさん、お兄ちゃんとどんな関係なんですか?」


 ――


「へ? レイダーの妹?」


 そうなの? と目線で確認を取るミリアにガリアは頷いて返した。


「グローゼン王国の第2王女。シャリア・ウィズ・グローゼン殿下だ」


 呆然とするミリア。

 いや、王女ならば尚の事ダメだろう。こんな誰彼構わず勝負を挑むのは。レイダーといいシャリアといい、どうしてこの兄妹はこんなにフリーダムなのだろうか。護衛の苦労が偲ばれる。

 そんなミリアの思いと裏腹に、シャリアはがっしりとミリアの腕を掴んで離さない。


「さあ、折角なのでお礼も兼ねて私の泊まっている屋敷へご案内します。そこでたっぷりとお兄ちゃんの事を聞かせていただきますからね。ミリアおねーさん」


 引きずられるように連行されるミリアは視線でエクリア達に助けを呼んだ。しかし助けは来なかった。3人揃ってただ首を振るだけだった。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 結果として宿泊場所をゲットした形なのだが、シャリアからひたすらレイダーに関するお話、もとい尋問にミリアはグッタリだった。しかしミリアはレイダーと会ってまだ1年も経っていない。そんな訳で途中からシルカも巻き込んだ。こうなれば死なば諸共だ。


 そして、話がようやく一段落したのは東の空が白み始めた頃だった。


固有能力ユニークスキルにあの伝説の傭兵デニス様直々の特訓ですか。流石はお兄ちゃんです!」


 さらに目をキラキラさせるシャリア。相当なお兄ちゃん大好きっ子らしい。


「そう言えば、今レイダーって一時的にグローゼンに戻ってるはずなんだけど、会わなかったの?」


 シルカの言葉にシャリアはキョトンとする。どうやら知らなかったらしい。


「長期休暇を利用してパパがここに合宿で連れて来てるはずなんだけど」

「そうなんですか?」


 初耳です、とシャリアは肩を落とした。


「そんな大事な事、どうして知らせてくれなかったんでしょうか」

「まあ、パパが思いついたならほとんど連絡なんかできなかったと思うし。基本的に思いついたら即実行な人だから」

「確かもうすぐ開催される大闘技会に参加するかもしれないのよね?」

「うん。パパなら必ずやると思うよ」


 それを聞いて、シャリアは立ち上がり拳を握り締めた。


「私も出ます!」

「えっ?」

「大会に出て勝ち上がれば、いずれお兄ちゃんと会えるかもしれません!」

「でも、レイダーだってどこまで勝ち進めるか分からないわよ」

「あのデニス様に鍛えられて予選落ちなんて無様は晒さないと思います!」


 まあ、それは確かに。ミリアもその点は同意する。


「それに、大会で好成績を残せばあの話も有耶無耶にできるかも」

「あの話?」

「実は、親からお見合い話が持ち上がってまして」


 おっと、こちらもか。と、ミリアは以前巻き込まれたシルカの結婚騒動を思い出した。最初はシルカの結婚話を叩き潰すだけだったはずが、気が付いたら隣国カイオロスまで巻き込んだ大事件に発展。その解決にミリア達も尽力した話だ。最後は巨大なキメラスライムが現れてカイオロス王国が崩壊しかけたが、何とか森と山の一部を犠牲にして討伐できたのが記憶に新しい。

 流石にそこまでの大事にはならないだろうと思うが、しかしミリアは自他共に認めるトラブル体質だ。全く油断できない。

 そんなミリアの警戒を露程も知らず、やる気満々のシャリアが言った。


「お父様が大闘技会で好成績を残せば好きにさせてやると約束してくれました。なのでミリアさん、改めて私が大闘技会で勝ち抜けるように鍛えて下さい!」

「ええっ!? いや、私だってやる事が……」


 何とかミリアは抵抗を試みる。

 本来ここに来たのは『エンティルス幻の地』の著者であるバリアン・ザックストンを探すためなのだ。期間も春季休暇の間しかないのだから余計な事をしている暇はない。

 しかし、そこはシャリアの方が上手だった。


「ではこうしましょう。私の師匠になってくれたら、修行中の間はグローゼンの王家の力全てを使ってバリアンさんを探し出します!」


 うっ、とミリアは言葉が詰まる。

 現在ミリアにはバリアンがこの国にいると言う事しか知らない。グローゼン王国もそれなりに国土が広いので探し回るのはかなり手間になるだろう。

 さらに言うと、もしバリアンが調査などで遺跡に入っているとなるとミリア達には待つしかなくなる。遺跡に入れるのは王家の許可を得た冒険者だけなのだ。


「……その条件出されたら断れないじゃない。

 で、試合はいつ?」

「来週の精霊の休日です」


 大闘技会はまず双魚宮の月の最初の精霊の休日に各領地の予選会が行われ、その優勝者がグローゼンの王都グロリアで開催される本戦に出場できるらしい。

 なので、まずはこの予選会を突破する事が最初の関門という訳である。


「1週間か。仕方ない、やるからには優勝するつもりでやるわよ! 覚悟はいいわね?」



 こうして、ミリアとシャリアの挑戦が始まった。

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