第10話 真夜中の襲撃者


「はあ……」


 試合中のテンションはどこへやら。ガックリと肩を落とすエクリア。


「何とかミリアに勝てたのに、まさかシャリアにやられるなんて」


 準決勝も終わり、結果はミリアとシャリアチームの勝利に終わった。決勝は翌日の10時に開催される予定なので、一先ずミリア達もお昼ご飯を食べに街の食堂に顔を出していた。


「エクリアもリーレも私しか見てなかったもんね。まあ、それが私達の作戦だったんだけどね」

「最初、作戦を聞いた時何かの冗談かと思いました。『2人の注意を集めるから、シャリアは後ろに回ってどちらかを倒せ』って。確かに気配を隠すのは得意ですけど、それで上手くいくとは到底思えなくて」


 シャリアは野菜がゴロゴロ入ったスープに口を付けながら苦笑い。


「……あれは得意なんてレベルじゃないと思います」

「そうよね。いくらミリアに注意を向けていたからと言っても後ろから刃を突きつけられるまで気付けないとか、どこのプロの密偵かって話よ」


 エクリアとリーレの呆れたような言葉にフフフと含み笑いを浮かべるミリア。


「昨日、シャリアからその話を聞いてね。この作戦ならエクリアとリーレに勝てると踏んだのよ。絶対2人は私を優先的に止めに来ると思ってたからね」

「むぅ……付き合いの長さが仇となったって形ですか」

「まあそういう事ね。あ、おねーさん、これ3皿おかわりくださ〜い!」


 目の前の塔に皿を積み上げて、さらにおかわりを要求するミリアに、流石に表情を引き攣らせるウェイトレスのお姉さん。見れば周囲の客達も呆然とミリア達の方を見つめていた。


「何だかミリア、いつも以上に食べてない?」

「そうかな? いつもよりも派手に魔力を使ったからかも。やっぱ、エクリアとリーレを同時に相手にするもんじゃないわね」


 そうぼやきつつ、大皿の骨つき肉に豪快にかぶりついた。



    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 太陽が西の山間に沈み、そろそろ空が藍色から黒へと変わりかける頃。闘技場裏の広場でシャリアが大の字で倒れていた。


「今日はこれくらいにしておこうか」

「は……はい。ありがとうございました」


 仰向けのままそう声を発するシャリア。

 午後、明日の決勝のためにシャリアの訓練を行ったミリア。そう、こんなのでもミリアにしてみれば軽くである。

 見物人は今はシルカとシャリアの護衛であるガリアとベスしかいない。

 最初はエクリアとリーレもいたのだが、飽きたのか街に買い物に行くと言って揃って出掛けてしまった。おそらくは2人ともシャリアの屋敷に直帰する形になるだろう。


「……俺達のいない間にやたらとお嬢が強くなっていて、一体どんな特訓をしていたのかと思ったら」

「明らかに俺達の護衛兵の訓練よりもヤバいじゃねぇか……」


 シルカの側で座り込んでいた護衛2人がそんな事を呟く。

 ガリアとベスの2人は地方大会開催までの1週間で王都まで往復していた。シャリアが大闘技会に参加する事を報告するためである。

 力こそがものを言うこのグローゼン王国である。姫であるシャリアの大会への参加には特に何の問題もないらしい。そして急ぎ戻ってきたら、シャリアがミリアと共に決勝まで勝ち進んでいたと言うわけである。


 ちなみに、この護衛2人がここで座り込んでいる理由はと言うと……


「それにしても、俺達がやられるとはな……」

「全く動きが見えなかったっす。何だか護衛の立場がないっすね、アニキ」


 決勝戦の相手が領主によって雇われたランクAクラスの傭兵コンビと聞く。そのため、実際に護衛兵としての現役で働くガリアとベスに模擬戦を頼んだのだ。その結果、想定外に実力を上げていたシャリアの前にあっという間に叩き伏せられる結果に終わった。ベスの言う通り、シャリアの動きを全く捉えることができなかったのだ。想像以上にシャリアの密偵スカウトとしての資質が抜きん出ていた証拠だろう。それに上乗せする形でミリアから教え込まれた魔光オーラもあり、今ではこの国でもかなり上位の実力者となっていた。


(明日の相手は話によれば現役の傭兵コンビらしいけど、これなら明日も期待できるかもね)




 大会の参加者という事で専用の宿を取れたミリア達は、シャリアの屋敷を出てそこに寝泊まりしていた。主催者の領主が用意しただけあって、かなりの高級宿である。

 そして、宿泊者皆が寝静まった深夜。

 その宿の廊下を音もなく駆ける集団がいた。床が絨毯で音が出にくいとは言え、その滑るような駆け方はまさにプロの動き。顔を覆面で覆った人影が10人。2人ずつそれぞれある部屋の前で止まった。

 覆面の賊達は頷き合うと、音を鳴らさないように解錠。ずっと部屋に侵入した。

 部屋にはベッドの上に人1人が入っているような膨らみが見える。すっぽりと顔まで被った掛け布団から銀色の髪が覗いている。

 覆面の1人がスラリと獲物を抜く。それは夜闇に溶け込むかのような漆黒に染め上げたショートソード。それはまさに暗殺者の武器。

 それを握った覆面の賊は切っ先をベッドに向ける。

 今回彼らに与えられた任務は2つ。その内1つは決勝戦の進出者、ミリアを負傷させる事。負傷の度合いまでは依頼人から聞いていないが、脚を片方使えなくする程度で良いだろうと彼はそう考えた。


 ところが――


旋風の砲弾ウインドボール

「!?」


 突然布団の中から強烈な風の砲弾が打ち出され、賊の腹を直撃。背後にいたもう1人を巻き込んで部屋から弾き出された。


「……こんな時間に乙女の部屋に無断で侵入するなんて。まともな用じゃないわよね」


 布団からゆらりと立ち上がるミリア。

 と、その隣の部屋からもドォンと言う炸裂音が響き、衝撃が壁を震わせた。どうやらエクリアも派手にやらかしたらしい。


「エクリア、私以上に寝起きが悪いのよね。無理矢理起こされてかなりご立腹みたい」


 覆面の賊達は跳ねるように起き上がると地を這うように駆け、そして下からショートソードを振り上げる。下から上への攻撃は特に避けづらいと言う。

 ところが、ミリアの行動は賊達の想定外だった。あろう事か、張り上げようとしたそのショートソードを踏み潰したのである。しかも刃の部分を。

 普段ならば刃を足で踏もうものなら足の方が斬り飛ばされかねない。しかしミリアの足には眩いばかりの白銀の光に包まれていた。そう、魔光オーラの輝きに。

 ショートソードを取り落とした賊はすぐに離脱しようと身を翻すが、そうはさせないとミリアはその腕を掴む。その次の瞬間、足で輝いていた魔光オーラは流れるように構えた拳へと結集する。目を見開く賊に向かってその拳が突き出された。


魔光の一撃オーラストライク!」


 まさに捻りこむような右ストレート。賊はきりもみ回転しながら背後のもう1人をも巻き込んで宿の外へと消えた。壁に大穴を開けて。


「あ、しまった。雇い主を吐かせる前にぶっ飛ばしちゃった」


 と、そこにエクリアが合流。


「ミリアは……まあ大丈夫よね?」


 全く心配していない様子。ミリアとてまだ16歳で学生の身分。あんな暗殺者に襲撃されたのに「大丈夫よね?」は甚だ遺憾である。


「エクリアの所にも覆面達が?」

「何か嫌な気配がしたから豪炎の炸裂弾フレイムバーストを叩き込んでやったわ。黒焦げだけど一応まだ生きてるかな」

「リーレは……」


 言いつつリーレの部屋の方を見て固まる。扉が凍り付いていた。どうやらエクリア同様に室内で魔法をぶっ放したらしい。

 ただ、エクリアとは違う点が1つ。それは――


「……すぅ……むにゃ」


 ベッドの上にはぐっすりと熟睡中のリーレの姿が。その周囲には壁や天井など至る所から伸びる氷の蔦に絡め取られた賊2人が凍り付いていた。

 そう、ミリアやエクリアとは違う点。それはリーレは邪な気配に反応して条件反射的に魔法を使うと言うところだった。


「……こいつらもかろうじて生きてるかな」

「明日まで生きていれば良いけど」

「ま、襲撃者なんだから返り討ちにされる覚悟くらいして来てるでしょ。とりあえずエクリアの所の奴らも応急処置だけして縛り上げておきましょう」


 ミリア達は賊を捕縛し、翌朝官憲に引き渡す事にしてその日は眠りにつく事にした。




 そして翌日。

 宿屋に備え付けられた食堂で朝食を取っているミリアとエクリア。リーレは陽が高くなっているにも関わらず起きてこないお寝坊さんシルカを起こしに行っている。


「それにしても昨晩は酷い目にあったわね」


 エクリアが大皿になったサンドイッチを齧りながらそうボヤく。


「全くね。いきなり寝てる私目掛けてショートソードを突き立てようとするんだもの。まあ、狙いは足だったから殺す気はなかったみたいだけど」


 そのミリアの言葉にエクリアは「えっ?」と不思議な顔をした。


「あたしのところはいきなり眠り薬を嗅がされそうになったんだけど」

「眠り薬?」


 ミリアとエクリアで襲撃の仕方が違う。

 ミリアの方は眠り薬など使っていない。明らかに負傷させるのが目的だった。ならばエクリア達の方の目的は何か。そんなの考えるまでもない。

 そんな時、2階からバタバタと急足で駆け降りてくる足音がした。そして食堂に駆け込んできたのはもちろんリーレだった。


「た、大変です! シルカさんが!

 シルカさんが攫われました!」


 カシャーン


 ミリアの手から零れ落ちたフォークが甲高い音を立てた。

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