第9話 エクリアの創作魔法


 試合開始直後。エクリアは前の守りをリーレに任せて自らは後ろへと下がる。

 そして大きく深呼吸をした。


(この魔法は『灼熱ブレイズ』系魔法を4つ、同時に扱う必要がある。今までどれだけ練習しても発動までどうしても10分は掛かってしまった)


 チラッと前方に目を向ける。

 そこでは守りを任せたリーレがとんでもない大きさの氷の城壁を生み出していた。


(リーレの防衛戦術は信頼してる。

 でも、相手はあのミリア。いくらリーレでもそんなに長い時間は防ぎ切れないはず。何とか発動までに10分を切らないと……)


 エクリアは目を閉じて精神を集中。そして火属性の最高位『灼熱ブレイズ』の魔法を構築する。指定するのは魔法の種別のみ。『砲弾ボール』や『炸裂弾バースト』などの構成式は使わない。魔法の方向性は今回使う創作魔法オリジナルスペルには邪魔になるからだ。

 まずはエクリアの正面に1つ。背面に1つ。左右に1つずつ。合計4つの『灼熱ブレイズ』の魔法を展開する。これで準備は完了。


「さて、後はリーレが耐えている内に何とかこの魔法を完成させる」






 ごぉぉぉぉん!

 氷の城壁に赤い岩の拳が叩き込まれ、城壁の一部と岩の拳が対消滅する。直後に地面から新しい真紅の岩の拳がすぐに生えて来てミリアの指揮の元猛然と氷の城壁に打ち込まれた。

 それはまさに攻城兵器。

 観客達も歓声を上げる。まさか闘技会で攻城戦を観れるとは思わなかっただろう。実況者ですら言葉を忘れて見入っている。

 もう次が何発目かなど覚えていない。今のリーレはもう数えていられるほどの余裕は無くなっていた。


(……ミリアちゃんの魔法を放つペースが想像以上に早い。成長度合いを考慮に入れて対策を練ったはずだけど、ミリアちゃんの成長は私の予想を遥かに上回っていたって事ですね。

 でも……)


 リーレはチラッと後ろを見る。


(あと少し。あと少しだけ何としてもミリアちゃんを喰い止めます。残りの魔力を全て使い果たしてでも! 行きますよ、ミリアちゃん!)


 ダンっと両手を城壁につき、その氷の魔力を一気に解き放った。ミリアの攻撃で空いた穴はたちまち塞がると同時に、リーレの切り札が発動する。


凍てつく永久凍土アブソリュート・ゼロ!」


 リーレの創作魔法。それが発動する直前、見えていないはずのミリアの背筋に怖気が走る。ほぼ反射的にミリアその魔法を解き放った。


 凄まじい冷気がリーレの前方に向かって解き放たれ、たちまち床が、壁が、そして大気までも凍てつき陽の光を反射してキラキラと光り輝いている。

 船上で使い一瞬にしてシーサーペントを海ごと氷漬けにしたリーレの創作魔法オリジナルスペル。リーレのほぼ全魔力を使い、しかもほぼ不意打ち気味に使ったこの魔法。これならばいくらミリアでも……


 そんな事を考えながら目を前に向けた時、リーレは思わず目を見開いた。そこにあったのは四角錐型の岩盤の塊。さっきまではそんなものはそこには無かったはず。つまり、これはミリアが作ったものという事になる。

 ピシッと四角錐の表面にヒビが入り、ガラガラと表面が崩れ落ちる。その中から、やれやれと誇りを払いながら現れたのはミリアだった。


「危ない危ない。ほとんど勘だったけど、何とか間に合ったわね」

「ミリアちゃん、気づいていたんですか? この魔法に」

「そんなわけないじゃない。言ったでしょ。勘だって」


 さてと、とミリアは城壁を見据える。


凍てつく永久凍土アブソリュート・ゼロを使った以上、リーレはもう抵抗できないわよね。この城壁、悪いけど破壊させてもらうわ!」


 そう言うと、ミリアは拳を突き上げた。直後、轟音と共にミリアの真後ろの床から生えてきたのは今までの数倍はありそうな巨大な岩の拳だった。


「いっけぇぇぇぇっ!」


 それはまるでミリアの拳と連動しているようだった。巨大な岩の拳は赤い火の魔力を宿し、上空から一直線に城壁へと打ち込まれた。リーレの魔力による後押しももはや存在せず、ただそこに聳えるだけの壁にミリアの一撃に耐える術は存在しなかった。あれだけ頑丈だった城壁は瞬時に全体に亀裂が走り、吹き飛ばされるように砕けて散った。それも一緒にリーレの身体もそのまま場外まで飛ばされて転がった。

 痛てて、と打ちつけたお尻をさすりながらリーレは起き上がる。


「はあ。もう少し頑張れるかなと思ったんですけどね。やっぱり反則ですよ、ミリアちゃん」

「ふふふ、大魔道アークを目指す以上簡単には負けられないからね」


 どうだとばかりに胸を張るミリアにリーレは、


「でも、私の役目はちゃんと果たしました。後はエクリアちゃんに任せますよ」

「ええ、任されたわ。リーレのおかげで何とか間に合ったわよ」


 はたと気づくミリアの後ろからエクリアの声が聞こえてきた。振り向いたそこにあったのは、真紅の光を放つ特大火球。そして特大火球に火のエネルギーを送り込む4つの業火と、その中心で勝気な笑みを浮かべるエクリアの姿だった。


「な、何これ。こんなのが作られてたのに全く気づかなかったっての?」

「リーレだって無駄にあんなでっかい城壁を作ってた訳じゃないのよ。あれはあたしがこの魔法を構成しているのを隠すためだったってわけ」


 やられた!

 ミリアは歯噛みするがもはや後の祭り。


「さあ、ミリア。今度はあたしが相手よ。

 約束通り見せてあげるわ。

 このあたしの創作魔法オリジナルスペルをね!」


 その光景に流石のミリアも額から冷や汗が流れ落ちる。眼前にあるこの特大の火球。感じられる魔力は灼熱ブレイズ系魔法の4倍以上。おそらくはエクリアの周囲にある火球にエネルギーを送っている炎1つ1つが灼熱ブレイズ級の魔力を持っているのだろう。

 それを4つ。同時に制御できるなんて。

 やはり魔力の制御に関してはエクリアの方がミリアよりも数段上らしい。

 やがてエクリアの周囲に配置されていた炎は全て真上の特大火球に取り込まれるように消滅。その瞬間、ひときわ眩く大火球が光り輝いた。その様はまさに、魔力によって生み出された太陽のように見えた。


「行くわよ、ミリア!

 これがあたしの創作魔法オリジナルスペル!」


 エクリアはかざした右手をミリア目掛けて振り下ろした。



紅蓮の陽光サンシャインコロナ!」



 真紅の太陽はゆっくりとミリア目掛けて落下してきた。あれだけの魔力が込められた特大火球なのだ。例え相性有利の水の魔力で障壁を張ったとしても生半可な魔力では押し切られる。そして、今のエクリアの魔力で放ったあの魔法。現在の解放率30%では防げないとミリアは瞬時に判断した。


「魔力制御、解放率50%」


 今できる全力で魔力障壁を展開。

 そして、ミリアの障壁にその特大火球が触れたその瞬間。


 ミリアの視界が真紅の光で覆われた。

 耳を劈く轟音と身体を突き抜ける衝撃。


 気がつけばミリアの身体は空中に投げ出されていた。その魔力障壁ごと。


「え?」


 そのままミリアは場外に転落。ミリアの脱落が決定した。


「な、何が起こったの?」


 ミリアの魔力障壁は破られていない。自分の身体の状態を見る限り、煤も焼け焦げもないのでちゃんと水の魔力障壁はエクリアの火の魔法は防いでくれたらしい。

 ならば何故ミリアは場外に飛ばされたのか。


「やった、やったわ!

 ついにミリアから勝利を掴み取ったわ!」


 舞台上ではエクリアが勝利の雄叫びを上げていた。そこまで大喜びするほどか、と複雑な気持ちのミリア。

 そのミリアは舞台の前まで歩いてくる。


「今のがエクリアの創作魔法オリジナルスペルなのね」

「そうよ。紅蓮の太陽サンシャインコロナ灼熱ブレイズクラスの火の魔法を4つ統合させて放つ魔法。同じ魔法4つだけど、魔力自体を統合させるから魔法4連発よりも数倍は威力が出るわ。

 ただ、4つの魔法を同時に制御しないといけないから完成までに10分近く掛かるのよね。それが今のところ難点なんだけどね」

「はあ、なるほど。リーレはあくまで時間稼ぎだったわけね」


 おそらく、エクリアの放った紅蓮の太陽サンシャインコロナ爆裂弾フレアと同じ系統の魔法だったのだろう。何かに接触した途端にそこを中心にして大爆発を引き起こす。しかも今回の魔法には……


「あの威力の衝撃波を生むなんて。エクリア、風属性魔力を混ぜ込んでたわね」

「ミリアの魔力で張られた障壁はいくらあたしのこの魔法でも打ち抜ける自身は無かったし。最初からミリアを場外まで吹っ飛ばすのが目的だったのよ」

「はあ、なるほどね。リーレにあれだけ時間稼ぎされた時点で私に勝ち目はなかったってわけか」

「風属性魔力を混ぜ込んだ分少し時間が超過しちゃったけど、リーレが場外に落ちてからもミリアの気を引いてくれてたしね」


 むふふふふ、とすでに勝った気でいるエクリア。なのでとりあえず、現実に引き戻してあげる事にする。


「まんまと策略に嵌った訳か。はあ、どうやら私の完敗らしいわね。

 でもね、エクリア」


 ミリアはニヤリと口元に笑みを浮かべ――


は負けたけどは負けてないわよ」

「え?」


 エクリアがそう声を漏らした直後、スッと首元にギラッと光る鋭い刃が添えられた。エクリアはハッとする。リーレとミリアがリングアウトしたならば、今舞台上にいるのは1人しかいない。


「降参してください、エクリアさん」


 短剣を持つ人物、シャリアがそう告げた。


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