第25話 暴風竜王ラクジャーク


 稲妻型に広がる巨大な峡谷。その一部が球状に抉り取られており、その影響か風の流れが大きく変わり中央の砂煙だけが中々晴れる事なく残ってしまっていた。


「ゴホッゴホッ……厄介な事してくれたわね」

「ちょっとこの砂煙吹き飛ばすわ」


 砂煙の中からそんな声が聞こえ、次の瞬間、内部からの爆発するような風が砂煙を跡形もなく消し去った。

 そこには先頭に障壁を張るミリアと仲間達。その背後には残った親衛隊の暴風竜テンペストドラゴンとその竜王ドラゴンロードが1体ずつ。


「何て言うか、とんでもない威力の魔法だったわね」

「魔法って言うか……」


 思い返してゾッとするミリア。

 あれは魔法なんかではなかった。そう、あれはただ

 魔力解放で周囲にまき散らされた魔力波だけでこの風竜峡谷の一角が崩されたのだ。あの威力はミリア自身の魔力が暴走した時に匹敵するかもしれない。


「とにかく、何とかなって良かったわ」


 ミリアは首から下がるペンダントを握り、小さく呪文を呟いた。


「魔力制御、30%」


 ミリアから溢れ出る魔力の輝きがミリア自身に取り込まれるように消えた。

 ほっと一息つく。




 およそ一月ほど前の事。

 ミリアはベルモールに呼ばれ、久しぶりにエミルモールへ帰ってきていた。


「え?」


 思わずミリアは聞き返した。ベルモールは面白げに口元を緩めつつもう一度告げる。


「だから、お前の魔力封印を20%にまで引き下げる事にした。これでお前自身の魔力制御で80%まで扱えるようになる」

「あの、いいのですか? これまで50%以上の魔力解放はベルモールさんの許可が必要だったのに」

「構わないだろう。お前ももうすぐヴァナディール魔法学園中等部を卒業だろう?

 そうなればお前の魔道士ランクは『上級魔道士ウィザード』となる。これからは人の上に立つ事も出てくるだろう。いつまでも私の許可を必要としている時期は過ぎたと言う事だよ」


 ミリアは目を閉じて自分の内側の魔力を感じ取る。

 自らの身に渦巻く莫大な魔力。

 ベルモールが言うには、80%の時点で自分に匹敵するほどだという話。

 大魔道アークに匹敵するほどの魔力を自分の意志で扱えるようになる。その責任もかなり重いものになるに違いない。


「基本的には今まで同様に30~50%に制限しておくのがいいだろう。ただ、今後50%の魔力でどうにもならない事態に遭遇した時は迷わず80%まで解放しろ。使うべき場所を見失わないように。いいな、ミリア」




 ベルモールの言葉。使うべき場所。

 ミリアはそれが今だと判断し、躊躇なく魔力を80%まで解放した。そのおかげで仲間も背後の竜達も助ける事が出来た。

 先ほどまで全力で障壁を張っていたその両手を見つめるミリア。


(……明らかにベルゼドで全解放された時よりも今の80%の方が魔力が多かった。私の魔力も成長していたって事か。それに……)


 見つめていた手をぐっと握る。


(それも制御できた。大丈夫。80%でもうまく扱えるようになっている。私自身も成長している)


 よし、と頷きミリアは振り返った。


「あの、大丈夫で――」

「そなた、余の妃とならんか?」


 目の前に緑色の長髪を靡かせた男が目を輝かせていた。

 おまけにいきなり求婚してくるなどミリアの想定を完全に上回っていた。


「は……はい?」


 そんな間の抜けた返答しかできなかった。数秒あっけにとられていたが、


「ち、ちょっといきなり何言ってるのよ! てかあんた誰?」

「余か? 余はこの地を支配する竜達の王、暴風竜王テンペストドラゴンロードラクジャークである!」

「は? 竜王? え、マジ?」


 シャリアの方は顔を向けると、彼女は苦笑しつつ頷いた。


「そう、余は竜王なのだ。とても偉いのだぞ。

 だから遠慮なく妃となるがよい」

「はあ!? ち、ちょっといきなり何言ってんのよ!

 私達初対面よね!?

 リーレやエクリアも何か言ってよ!」

「いや、何かと言われても……」


 何やらとても嫌な顔をしているエクリア。普段ニコニコしているリーレもその笑顔が引き攣っている。


「あの、どうしたの?」

「実はね」

「私達も求婚されたんです。ミリアちゃんが自分の手を見つめてる時に」

「は?」


 どう言うこと? とシャリアに目を向けると大きくため息をついて、


「ラクジャーク様って可愛くて強い女性を見ると見境なく求婚するんです。実は私も前々から求婚されて困ってるんですよ。

 全く、既に妃が20人以上いるのに」


 あ〜、それでか。ミリアはこの飛竜の巣に来る前のあのシャリアの態度の理由わけがとても良く分かった。

 つまり、竜王こいつは女の敵だと言う事が。


「ねぇ、こいつぶっ飛ばしてもいいかな?」

「いや、その必要はないと思うぞ」


 クイクイとミリアの袖を引きつつアニハニータが言う。


「どゆこと?」

「とりあえず少し下がるがよい」


 言われたままに下がるミリア。

 その直後――


 スドォォォォォン!


 轟音を上げて何かが竜王の目の前に突き刺さった。しかも光の魔力が宿っていたらしく、直撃の瞬間に光が爆発して地面に大きなクレーターを空ける始末。

 見ればそれは1本の槍。その槍には手紙のようなものが結んである。


『娘を娶りたければ俺達を倒してからにしろ。

             デニス&セリアラ』


 それを見たアニハニータは「兄さんは相当な親バカに見えたが、まさかその嫁までとはのう。びっくりじゃ」とケラケラ笑っていた。


「師匠のお父様とお母様は師匠の事を知る何か特殊能力でもあるんですかね?」

「知らん。娘を想う愛ゆえではないかな?」

「愛あれば何でもありですか。怖いなぁ」


 シャリアとアニハニータがそんな事を話している。両親がどうしてミリアの動向を知っているのか。そんなの私だって知りたいとミリアも心底思った。


(と言うか、ママって確か今はまだヴァナディール王国にいるはずなんだけど……)


 深い事は考えても無駄だとミリアは早々に諦めた。


「デニスは魔界にいたと言う筆頭大魔王候補だったか。おまけにセリアラとは三大女神の1人。

 ミリア君はその娘であると?」


 目を丸くした竜王ラクジャークが問うので、ミリアは頷いた。


「むむむ、ではミリア君は諦めるしかないか。ならやはり君達が我が妃に」


 言った直後にラクジャークの顔の横を横切る熱線。それは対岸の岸壁を貫通し、空が見えるほどの大穴を空けていた。ギギギギギと音がしそうな感じで振り向く先には指を突き付けたミリアの姿。


「私の大切な親友達に変なちょっかい出すの止めて頂けるかしら?」


 にっこりと浮かべる笑みと膨れ上がる魔力。突きつけられた指先が「次は外さん」と告げていた。

 竜王たるラクジャークの魔力障壁ですら貫通しそうなその魔力にラクジャークはコクコクと頷く以外に対応は存在しなかった。


「さてと、今回私達がここに来たわけだけど、ちょっと協力してもらいたい事があって」

「では協力する代わりに我が妃に――」


 どおぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!


 再び轟音とクレーター。その中心に刺さっている槍にはこんな手紙が括り付けられていた。


『黙って協力するか風竜峡谷ごとこの世界から消えるか選べ。

                 デニス&セリアラ』


「はい、協力します。何でもおっしゃってください」


 気づけば暴風の竜王テンペストドラゴンロードを始めとした風の竜達が全員ひれ伏していた。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 その日の夕刻ごろ、ミリア達はグローゼン王国とサーベルジア連邦の国境沿いを飛んでいた。

 サーベルジア連邦のロスターグへの足となってくれたのは飛竜の巣にいた風の竜ウインドドラゴン達。その先頭にはミリアを乗せた暴風竜テンペストドラゴンが1体。竜王の親衛隊で最後に残った1体である。名はルベールと言った。

 ちなみに、他の親衛隊の暴風竜テンペストドラゴン達も大怪我はしたものの命に係わる傷を負ったものは1体もいなかった。流石に竜族はタフである。


『なるほど。では我らの眷属達がああまで暴れていたのはあの杖から発せられた瘴気のせいであったと言う訳ですか』

「おそらくですけど。ワイバーンはドラゴンに比べるとまだ魔物に違い種族のようでしたし、瘴気に充てられた時の精神の変貌はかなり大きかったのではないかと」

『なるほど』


 瘴気を発する宝玉の杖など一般に取り扱うところなど表にも裏にもあるはずがない。一体どこであの杖を手に入れたのか。それも気になる点だが、むしろもっと気になる点もあった。あの後、アニハニータの言った一言である。

 彼女は、あの黒い魔道士の魔力解放を感じてこう言ったのだ。


「ミリアよ。あの黒い魔道士はお前の関係者か?

 何やらよく似た魔力に感じたのだが」


 よく似た魔力。そう言ったのだ。

 魔力を扱うのが特に上手いと言われる魔族『魔人族』。しかも大魔王の言葉だ。勘違いや思い違いはないだろう。

 だが、ミリアはあんな黒い魔道士など知らないし、似たような魔力などと言われても分かる事なんか何もない。ただ、何とも気味の悪い感じが心に残っただけである。


「……何かが動いているみたいだけど。今は静観するしかないかな。できる事もないし……」


 そう割り切ってミリア達は空を翔ける。


 ロスターグに入ったのはその日の夜。月が天高く昇った頃だった。



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