第26話 デクノア・サンタライズ卿

 サーベルジア連邦所属ロスターグ王国は比翼族の国。そのため国土のその殆どが山脈で占められている。しかもただの山ではなく、その形状はまさに鋭く尖った槍のよう。どこかの地獄で語られる針山地獄の巨大バージョンなようなものと考えてもらえれば分かると思う。


 そんな山脈地帯が広がるロスターグの南側にハーピー族達が住まうサンタライズ領の中心都市サンライズが存在した。両腕に翼を持つハーピー族。普段であれば多くのハーピー達がその街の上空を飛び回っている事だろう。

 ところが、今の空にはハーピーの姿は1つも見受けられなかった。

 空を飛び回っているのは鳥の頭に人の身体、背に翼をつけた比翼族の1つガルーダの兵士だった。

 そのガルーダの兵士達を率いる中隊長であるラゴッツは空を飛翔しながら大きく欠伸をした。


「暇だな。こんな所に敵なんてくるわけないだろうに」

「サンタライズ卿がこちらに付いた以上、この領で逆らうものなんかいないでしょうな」


 隣を飛んでいた副官のルベルーがそんな事を言う。


「流石のデクノアも娘をこちらに捕えられては何もできないか。やはり奴も人の親か」

「これで突撃能力の高い我らガルーダに魔法攻撃が得意なハーピーが加われば戦力は万全。世界制覇も夢物語ではありますまい」

「そうだな。その時は我らも一番槍に加わりたいものだ」


 2人のガルーダは高笑いを上げる。

 我らは大空の覇者。この空では何人たりとも自分達を脅かす者はいない。そんな自負があったためだろう。

 直後に慌てて飛び込んできた兵士の言葉が信じられなかった。


「た、大変です! だ、第1から第3までの小隊が全滅! 第4小隊も私を残し……」

「第4小隊と言えばブランの隊だろう。ブランはどうした?」

「私を報告のために逃し、自らは敵に斬り込まれました。おそらくは……」

「バカな。我々はガルーダ族だぞ! この空の覇者だぞ!

 そんな我々を誰が脅かすと言うのだ!」

「そ、それは――」


 そう言いかけた瞬間、緋色の閃光がその兵士の翼を貫いた。


「うわあぁぁぁぁぁぁ!」

「何だとぉっ!」


 錐揉み回転をしながら落ちていく兵士に突然の事態に動揺を隠せないラゴッツ。キッとその閃光が放たれた方向に睨みを効かせる。


 そこにあったのは複数の大きな影。翼を広げた大きさは翼を広げたガルーダが5人分以上にすら見える。雲を引きながら近づいてくるその姿。全てが鮮やかな緑色の鱗で覆われた巨大な竜。魔族における空の覇者がガルーダならば、種族における空の覇者は紛れもなくアレらだろう。


「う、風の竜ウインドドラゴン暴風の竜テンペストドラゴンだと! ど、どうしてここに!?」


 しかも、今この兵士を撃ち落としたのは間違いなく火の魔力の攻撃だった。風の竜達は火属性は使えなかったはず。

 そんな慌てふためくガルーダ達を見据え、フッと指先に息を吹きかけるのは暴風の竜テンペストドラゴンの背に乗る1人の女魔道士。


「ちょっと遠いかなと思ったけど、案外当たるものね」


 女魔道士――ミリアがニヤッと笑う。

 まさに突風のようにドラゴン達がガルーダの兵士達に迫る。ガルーダはハーピーとは違い、特性上滞空ホバリングが苦手。そのため基本的に空にいる間は常に飛翔している。そんなガルーダに向かって真っ正面から巨大なドラゴン達が突っ込んでくるのだ。いくらガルーダ達と言えど、ドラゴンと正面衝突しては弾き飛ばされるのは自分達の方だ。


「全員、散開しろ!」


 叫ぶと同時に大きくその場から飛び退くと、直後に複数の巨体が物凄い勢いで元いた場所を突き抜けた。まるでその場の大気が巻き込まれるようにドラゴン達が飛び去る先へと吹き荒ぶ。その暴風に巻き込まれてさらに3、4人が翼を折られたから大地に向かって落ちていった。


「り、竜族は世俗には関わらないのではなかったのか? あの上に乗っている魔道士のせいか?

 いや、そんな事よりもオルディア様にご報告せねば。ルベルー、俺はオルディア様にこの事をご報告しに行く」

「え? 我々はどうすれば?」

「お前達は俺が離脱するまで奴らの足止めをしろ」

「そ、そんな無茶な!」

「心配するな。別に倒せと言っているわけではない。すぐに援軍を率いて戻る。それまで時間を稼ぐのだ!」


 ルベルーは青くなった。ただでさえ風の竜ウインドドラゴン達は自分達よりも格上の存在なのだ。しかも、自分達部隊も半壊状態。これでは足止めすらもできるか怪しい。いや、無理だとルベルーは自信を持って言える。


「ぐ、しかし、仮にも上官命令。やるしかな――」


 悲壮な覚悟でそう言いかけたルベルーの真横を渦巻く強烈な風のブレスが通り抜けた。振り返れば先ほど自分達を上官のラゴッツが直撃を受けたかボロボロになって落下していた。


「は、ははははは」


 逃げた上官が真っ先に撃ち落とされた。つまり、この戦場から逃れられないと言う事だ。もう乾いた笑いしか上げられない。呆然とするガルーダ達に、とどめとばかりに暴風竜テンペストドラゴンから滅風の息吹ブラストブレスが放たれた。



    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 最後のガルーダが風のブレスを受けて墜落するのを確認し、続けてミリアは周囲の確認をする。特に隠れているガルーダもいなさそう。先ほど領主館らしき屋敷から飛び立ったガルーダも撃ち落とした。下手に伝令兵を出されても困るので、その辺りはドラゴン達に対処してもらう事にする。

 そしてミリア達はドラゴン達が低空飛行した際に領主館へと降り立った。目指すは領主でありレミナの父親、デクノア卿だ。

 西側のテラスに降り立つと、すかさずエクリアが室内への窓の錠を焼き切った。そっと音を立てずに中に潜入する。全員その後に続いた。そんな様子を見てシャリアがエクリアに声をかける。


「やたら手慣れてますね」

「まあ、色々経験してるって事よ。この辺りはミリアに任せたら派手に窓を蹴破って突入するから必要以上に大騒ぎになるのよね。リーレだと『まずは退路を断ちましょう』って言って屋敷ごと凍らせようとするし。あの2人は基本的に潜入任務には向いてないのよね。だからあたしがどうにかしないといけないのよ」


 苦笑するエクリア。

 確かに、自分が崇める師匠たるミリアは行動に関してはかなりの派手好きだとシャリアも感じていた。あの闘技会もそうだ。氷の城壁を作るリーレと言い、それを無数の岩石の拳で打ち砕こうとするミリアと言い、やる事なす事全部派手だった。

 まあ、それを言ったら最後に太陽の如き巨大火球を叩き付けたエクリアも大概だが。


「さて、どっちに向かう?」

「デクノアさんはこの領地の最重要人物だから見張りや監視が沢山いると思う。だからガルーダの兵士が多い方へ向かえば良いんじゃないかな」

「監視に魔道具を使ってたらそうとも言えないのでは?」


 ミリアの方針に対し疑問点を突き付けるエクリアだが、「それはない」とアニハニータが断言した。


「我ら魔族は魔力の操作こそに多大な誇りを持っておる。故に魔法に関して道具の力を借りようなどとはまず考える事さえない」

「ならとにかく兵士が多い方を目指しましょう」


 ミリアの意見に全員が頷いた。





眠れヒュプス


 得意の隠密行動からそっと背後に回り込み、教えてもらったばかりの眠りの魔法を兵士に掛けるシャリア。ツーマンセルで見回っていた兵士だが、もう1人はすでにレイダーの手によって絞め落とされていた。

 崩れ落ちるそのガルーダ兵を見てミリアは満足げに頷く。


「うん、上出来ね。これなら1時間くらいは目を覚まさないでしょ」

「ミリアがやると2年以上は確実に寝続けるところね」

「うるさいわね。仕方ないでしょ」


 エクリアのツッコミにブーブー言うミリア。

 眠りの魔法は注ぎ込んだ魔力の量だけ長時間眠らせる特徴を持つ。種火を付けようとすれば火柱が上がり、コップ1杯の水を出そうとして水槽一杯の水が溢れ出す。そして本来無害なはずの癒しの魔法ですら反対に蠢く肉の塊を生み出してしまう。そんなミリアの魔力だ。眠りの魔法だとどんなに抑えても最低2年は確実に眠り続ける事になるだろう。


「それよりも、もっと肝心な事があるんだけど」

「ん? 何よ?」

「デクノアさんの顔って誰か知ってるの?」


 言われて全員が停止する。当然、ミリア達はレミナの父親とは未だ顔を合わせた事はない。そもそも、このサーベルジア連邦に来た事すらないのだから当たり前である。

 そんな彼女達にやれやれと苦笑するアニハニータ。


「デクノア卿の顔は妾が知っておる。心配は無用じゃ」




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「……騒がしいな」


 領主館の一室。窓際の安楽椅子に腰掛けながら本を読んでいた初老のハーピーの男が顔を上げる。その顔に刻まれた深い皺が彼がこれまで担ってきた重責を物語っている。

 彼こそがデクノア・サンタライズ卿。ミリア達の目的であり、親友レミナの父親だった。

 室内に入ってきたガルーダの兵士が中で見張りをしていた兵士に一言二言告げると、その兵士も慌てたように外に飛び出して行った。

 側の椅子に座り、その様子を見ていた女性のハーピーが彼に問いかける。


「何かあったのでしょうか?」

「そのようだ。あの慌てよう、ただ事ではあるまい」

「……娘のことでなければ良いのですが」


 不安げに彼女はそう語る。彼女の名はレミアナ・サンタライズ夫人。そう、デクノア卿の妻であり、レミナの母親である。


「何ともタイミングの悪い時期に帰ってきたものだ。娘が人質にされている以上、我々は何もできん。いや、今はそもそもここから出る事もできんか」


 忌々しげに首に巻かれた黒いチョーカーに触れる。これはガルーダ達がどこからか持ってきた『魔力霧散』とやらの力が込められたチョーカーだと言う。確かにこれを巻かれた時から魔力を扱う事自体ができなくされていた。


「魔力が使えないために空を舞う事すらできないとは」

「魔法で風を制御しないとまともに浮かぶ事さえできませんものね。私達ハーピーは」


 窓の外を見つめ、諦めにも似た溜息をついた。例え飛べたとしても、飛行能力に関してはガルーダの方が上なのだ。とても逃げ切れるものではない。

 とは言えこのまま手をこまねいているわけにもいかない。レミナはいつまでも無事とは限らないのだ。何とか状況を打開し、レミナを助けに行く算段をつけなければ。

 そんな事を考えていて気づかなかったが、いつの間にか外が静かになっていた。

 何があったのか。怪訝な顔をしていると、部屋の入り口の扉がゆっくり開いた。


「ここが当たりかな?」


 入って来たのは魔道士の服を着た銀髪の女性。見たところ人族に見えるが、赤い目をしているところから魔人族の可能性もある。

 見覚えのない相手に警戒していると、その後に入って来た人物を見て2人の目は驚愕に見開かれた。


「デクノア卿にレミアナ夫人。無事で何よりだ」

「あ、あなたは、まさか、アニハニータ陛下!?」


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