第19話 シャドウブレイド



 エクステリアの街の中央部にある魔道法院の本部施設。その一室の椅子に1人の女性魔道士が座っていた。

 背にさらりと伸びた輝くような黄金色の髪。

 まるで芸術品のように整った容姿とピンと尖った耳はエルフの証。

 身に纏う金の縁取りを施した豪華な魔道士のローブに胸元には2つの杖をバツ型に合わせたような紋章が刻まれている。それらは魔道士ランク『賢者ソーサラー』の証。さらに左胸には賢者の石を模った魔道士協会のエンブレムが刻まれていた。

 そして、扉を開けて入ってきたのは銀の長い髪を持ったサファイアブルーの瞳を持つ女性魔道士。

 彼女を見て、席のついていた魔道士が口を開く。


「ベルモール。よく来てくれたな」

「あなたの要請なら来断る訳にもいかないでしょう、ヴェリニア」


 そう言って、ベルモールはヴェリニアの前にまでやって来る。

 ヴェリニア・ランドマルク。見た目30代だが、実質800年近く生きているエルフの魔道士。そして、魔道法院の現在のトップでもある。

 ベルモールが席に着いたのを確認し、再びヴェリニアが口を開いた。


「さて、それでは打ち合わせの続きをしようか。

 まずは念のため、今までの経緯を話しておこう」


 彼女の説明を要約するとこんな感じだ。

 今から一週間前、魔道博物館からベルゼドの鱗が盗難された。

 通常ただの盗難事件ならば、こんな魔道法院の法院長がわざわざ対策会議など行うはずがないのだが、今回は例外。調べを進めて行く内に、この事件はかなり厄介なものになりそうだと思うようになってきたのだ。

 まず、気絶していた魔道士達を調べてみると、どうやら彼らには洗脳の魔法を施された形跡が見受けられた。それも、完全な洗脳ではなくとあるキーワードを口にする事でその間だけ相手を洗脳するという特異な代物だ。そもそもその洗脳の魔法自体、今の魔道界では禁断の魔法に該当する。それをキーワード発動形態にアレンジするなど並みの魔道士ではできない事だろう。


「おまけにご丁寧に洗脳中の事は解除後に忘れるように施されていたようだ。まあ、忘れるとは言っても人の頭の中から完全に消す事などできはしないがな」

「で、記憶を呼び戻したんですよね? 何か分かりましたか?」


 ベルモールが問いかけると、ヴェリニアは困ったような表情を見せて窓の外に目を移す。そして、大きく一息つき、


「……フレイシア領主の側近に鱗を手渡したと言っていた」

「フレイシア領主と言うと……」

「ああ。鱗発見者のグレイド・フレイヤードだ」


 グレイド、エクリアの父親か。ベルモールも困ったような顔をする。この事、果たしてどうやってミリアやエクリアに話したものか……


「まだ領主自身がこの事件に関わっているかは分からん。だが、調査を進めるためにはやはり領主の屋敷にも調査をせねばならんだろう。

 だからこそ、ベルモール。君にその調査を頼みたい。

 これと言った理由があるわけでもないが、正直なにか嫌な予感がするのだ。

 かつてこの地に地獄のような被害をもたらしたと言われる邪竜ベルゼドの鱗の発見。そしてその盗難。これが何か大きな事件に繋がるような気がしてならん。おそらくは、それもこのエンティルスで暮らすもの達にとっての命運を左右するような大事にな」

「なるほど。それで頻繁に私に助言を求めていたのですか。それで今度は、本格的にこの私の力を貸して欲しいと言うのですね?」

「その通りだ」


 言って、ヴェリニアはテーブルの引き出しからソレを取り出した。柄から刀身までが真っ黒に染められたナイフ。その柄の部分には魔道法院の紋章が刻まれている。


「魔道法院認定特別執行官シャドウブレイド。その権限をベルモール、お前に与えよう。

 フレイシアに行き、領主館の調査とベルゼドの鱗のありかの調査を行ってくれ」

「その際に予定外の事が起こった場合の対処は?」

「全て任せる。それがそのナイフの意味だ」

「分かりました」


 ベルモールは頷くと、そのナイフを手に取り部屋を後にした。








 ベルモールはそのままエミルモールへと戻るとフレイシアへ向かう準備をする。

 その時、カウンターの上で昼寝しているニャーミが目に付いた。


「ニャーミ、そう言えばミリアはどこへ行った?」

「ニャ? ミリアならエクリア、リーレと一緒に仕事に言ったニャ」

「仕事?」

「人捜しらしいニャ。詳しくは知らニャいけど、行方不明になってる恋人を探して欲しいと言う依頼を受けて捜索に行ったらしいニャよ」

「行方不明ね」


 ニャーミの話を聞きながら、カップに入れたコーヒーを口にする。

 仕事前に一杯コーヒーを飲んでいくのはベルモールのルーチンワークである。

 が、次のニャーミの言葉を聞き、思わず噴出しそうになる。


「確か、行方不明になった場所は北のフレイシアらしいニャ。だから現場に捜査に向かうために今日の午後に駅へ向かったみたいニャよ」

「な、フレイシアだと!?」


 思わず声を上げた。フレイシアと言えば、今現在魔道法院で重大案件となっていて、これからベルモールも向かおうとしていた場所だった。


「魔道法院がシャドウブレイドの権限を発動するほどだ。どう考えても穏便には済みそうもない。

 ミリア達が巻き込まれていないと良いが」


 そう、ミリア達の身を案じるものの、フレイシアの魔道士行方不明事件が今のベルモールが受けた邪竜の一件と無関係とは思えない。


「急がなければ」


 ベルモールはすぐに魔道士の外套を翻し、エミルモールを飛び出して行った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る