第18話 敵の目論見
他の捕まっていた人達に魔道法院への連絡をお願いし、ミリア、リーレ、リアナの3人は一路赤茶けた荒野へ急ぐ。
「確認なんですが、敵の黒幕がグレイドさんだと言うのは間違いないんですよね?」
念を押すようにもう一度尋ねるリーレ。
「何か気になる事が?」
「いえ、私、エクリアちゃんとはそれなりに付き合いが長いんですけど、昔会ったグレイドさんのイメージとあまりにも離れ過ぎているので。何より、娘のエクリアちゃんまで」
「……」
「リアナさん?」
「実は、私もその辺が気になっているところなんです。元々火のロードのグレイド・フレイヤードと言えば、かなりの人格者で有名でしたから。私も魔道法院の一員として会合でグレイド氏とは何度かお会いした事がありましたし。その時の彼からは、とてもこんな事をする人間には見えませんでした」
「では別人と言う説は?」
「それはありません。先ほど言った通り、私はグレイド氏とは面識がありますからね。あの人の顔を見間違えるなんて事は有り得ません」
「それじゃあ一体……」
3人の間に沈黙が広がる。
しばらくして、再びリアナが口を開いた。
「……1つだけ可能性はあります」
「可能性?」
「グレイド氏に、得体の知れない何かが憑依しているって可能性です」
「憑依……ですか」
「何かしらの精神生命体に意識を乗っ取られてしまったために、完全に体を思うがままに操られている状態です。今のグレイド氏は自分の意思でなければこれしか考えられません」
憑依。確かにその可能性もある。
ミリアもリーレも、おそらくエクリアも、黒幕がグレイドかそうでないかばかりに気を取られていて、それ以外の可能性については全く思い浮かんでいなかった。むしろ、豹変した性格の事といい、そっちの方が筋が通るのではないだろうか。
「でも、もし憑依されていたとして、一体何に憑依されたんでしょうか?」
ミリアの考えを代弁するかのようにリーレが言った。
実際、憑依だけならばまだしも、完全に相手の意識を乗っ取るには対象の意識の数倍から数十倍の精神エネルギーが必要になる。
しかも相手は火のロードと言われるほどの魔道士だ。当然、その精神抵抗も相当なものだったはず。生半可な亡霊程度にたやすく操られるなど考えにくい。一体どんな化け物に憑依されたのだろうか。
と、その時、ハッとしたようにリアナが顔を上げる。
「ま、まさか。グレイド氏に憑依しているモノの正体って……」
「何か心当たりが?」
「……確証があるわけじゃありませんけど、もし私のこの推論が当たっていたら事態は最悪です。外れていてくれる事を祈るしかない」
リアナの言葉にミリアとリーレはただ顔を合わせるのみ。
「とにかく、急ぎましょう」
3人は部屋を出て、地下通路をひたすら奥へと進む。
リアナ達が閉じ込められていた所から続く薄暗い地下通路はそんなに距離が無かった。急ぎ足で向かってほんの10分程度と言ったところだろう。
廊下を抜けた先に広がったのは、一面に広がる赤い世界。新円を描く月から放たれる青白い光を受けてなお、その地面を染め上げた赤い染料を落とす事はできなかったようだ。
その一面の赤を呆然と見つめるミリア。
フレイシアの高台公園から遠目で見て、本当に真っ赤だなとは思っていた。だが、実際にその場所まで来て見るのとは感じ方がまるで違う。この風景、ただ荒涼としただけではない。何となく、禍々しい感じすらするのだ。この大地からは。
「ところでリアナさん、私達が向かうのはどの辺りなんですか?」
「この荒野には一部大きなクレーターのようになっている場所があるんです。私達が目指すのはそこです」
「クレーター? もしかしてそこって」
「ええ。邪竜の伝承において、かつて邪竜が討ち取られたと言われている場所です。真実はどうかは分かりませんけど」
「でも、どうしてそこに?」
「……ここからは機密に当たるのですけど」
少し考えた末に、リアナは一つ頷く。
「まあ、ここまで巻き込まれてしまっては同じでしょうね。
2人は2週間ほど前に、博物館からベルゼドの鱗が盗まれた事件を知ってますか?」
「ベルゼドって言うと、邪竜のですか?」
そう言えばとミリアは思い出す。確か、リアナの捜索依頼を受けたその日の朝の新聞にその記事が載っていた。警備をしていたソーサラーの魔道士の目を盗んでの犯行で、それを読んでミリアも相手は只者じゃないだろうなと感じた事を良く覚えている。
「あの事件とこの事件、何か繋がりが?」
問いに対し、リアナは頷く。
「実は、あのベルゼドの鱗を盗んだのはグレイド氏の手の者である事が分かったのです」
「え?」
さすがにその発言には2人とも驚きを隠す事ができなかった。
「あの日、鱗の警備に当たっていたのは全部で20人。それも全員がソーサラーの魔道士です。にもかかわらず、その全員が気付かない間に鱗を盗まれた。そんな事が可能だと思いますか?」
どうだろう。ミリアは思考する。
ミリアが博物館に見に行った時、人目がある昼間ですら鱗だけで12人もの魔道士が警備に当たっていたのだ。盗難などの危険性のある夜ならばそれ以上に警備は厳しいはず。当然、警備の人達の警戒心だって昼とは比べるまでもないくらいに高いはず。
しかも、鱗と言っても竜の鱗は1枚でミリアの顔くらいの大きさはあるのだ。そんな物を警備の目を盗んで博物館外にまで持ち出すなんて、そんな事できるわけがない。
そんなミリアの考えを察したか、
「当然、私達だって考えました。そんな事不可能だと。
でもここでふとある可能性に気付いたんです。つまり、鱗を博物館外に持ち出したのは、警備をしていた魔道士なのではないかと」
「でも警備をしていた魔道士は全員魔道法院の所属だったんですよね?」
ミリアの質問にリアナは頷く。
「つまり、魔道法院の魔道士の中にグレイドさんの協力者がいたって事ですか?」
「協力者と言うわけではありません。おそらく彼らはただ利用されただけですから」
「利用された?」
「ミリアさん達ももうすでに気付いていると思いますが。グレイド氏の周りには、記憶が一部抜け落ちている人が多い事に」
そう言えば、とミリア。
フレイヤード邸を警護している魔道士達だけでなく、フレイシアの街の警備している魔道士達にまで記憶が抜け落ちている人が多かった。
「あれもグレイドさんの仕業なんですか?」
その質問にリアナは頷く。
「博物館で警備に当たっていた魔道士達もその症状を訴える人が多かったのです。それで魔道法院の方でもその魔道士達を調査したところ、どうやら洗脳の魔法を受けているらしい事が分かりました。それも、決まった合図を行った時だけに効果が現れると言う改良を施した魔法を」
洗脳の魔法。
魔道法院によって禁止されている魔法の1つで、相手の精神を支配し、意のままに操る事ができる魔法だ。その魔法によって洗脳された相手はその間の記憶が全く残らないと本で読んだ事がある。
と言うことは、あの記憶が抜けていた火のロード直属の魔道士達にも洗脳の魔法が掛けられていたと言う事なのだろうか。
「でも、洗脳の魔法は術者が解かない限り永続すると魔道書にあったのですが」
「それは一般的な例です。魔法と言うのは組み立て次第でいろんな形に組みかえる事が可能なのです。おそらく今回は決まった合図の時だけに洗脳が作用するように変えたのでしょう。一種の催眠術のように」
「そんな事が」
ミリアもリーレも唸る。
やはり
「そこで、魔道法院の方で記憶を呼び起こしてみました」
「えっ、そんな事できるんですか?」
「洗脳の魔法をかけられた人はその行動が全て意識の外で行われているから覚えていないだけで、実際その間の記憶が無いわけではありません。記憶解析の魔法を使えばちゃんと読み取れます」
なるほど。記憶解析の魔法をすっかり忘れていたミリアだった。ついさっき自分で使ったばかりだと言うのに。
「それじゃあ、誰が鱗を持ち出したのかは」
リアナは頷く。
「記憶解析の結果、どうやらグレイド氏の側近が鱗を受け取ったらしいのです」
「グレイドさんの側近って……」
「ビエラと言う女性魔道士です」
女性魔道士……確か、エクリアのブローチから読み取った記憶にも女性魔道士の姿があった。エクリアが追っていた人物。おそらく彼女がビエラなのだろう。
「グレイドさん、邪竜の鱗を使って一体何をするつもりなんでしょうか?」
リーレのその発言に、ミリアの体がピクンと反応する。
邪竜の鱗を持ち去ったのはグレイドだった。その最後のピースが合わさる事で、ミリアの推測は確信に変わる。そう、書斎で推測の域を出ないと言う理由で話さなかった事実。
「……多分、グレイドさんの目的は邪竜ベルゼドの復活なんだと思う」
リアナが言うよりも先にミリアが言葉を発した。
さすがのリーレもそれには驚きの声を上げる。
「じ、邪竜の復活って。本当なんですか?」
リアナの方に目を向けるリーレ。一方のリアナは神妙な顔のまま重苦しい口を開く。
「ミリアさんは知ってたんですね」
「書斎でグレイドさんが調べていた魔法を知ってから、もしかしてと思ってました。もしかしたら、邪竜の鱗を盗んだのもグレイドさんの手の者じゃないかとも。
記憶解析で鱗から邪竜ベルゼドの情報を読み取って、それを魔力を使って具現化させる。それがグレイドさんの目的なんじゃないかって」
なるほど、とリーレが唸る。
「ただ、具現化の魔法は魔力を使ってモノを再現する魔法ですよね? それで過去に生きていた生物を再現させるなんて事ができるんでしょうか?」
そのミリアの質問に対し、リアナは首を横に振り、
「それについては私にも分かりません。でも、グレイド氏の知っている具現化の魔法についての知識が私以上と言う事は大いに有り得ます。何しろ、相手は四属性を冠するロードの内の1人ですからね」
それもそうだ。何より、その復活させる方法を見つけたからこそ魔道士の拉致事件を引き起こしたのだろうから。
「どちらにしても、あの邪竜を復活させるには莫大な魔力が必要である事に変わりはありません。今の私達にできる事は、一刻も早くグレイド氏の暴挙をやめさせ、魔力の収拾をやめさせなくては」
3人は頷き、赤い大地を奥地に向かって歩を進めるのだった。
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