第20話 黒幕
夜の暗闇に浮かび上がる6つの炎。それを灯りに赤い大地が明々と照らし出されている。
その6つの炎は、赤い大地に作られたおよそ20メートル四方の祭壇を囲むように設置された6つの大きな燭台。中央には何かの魔法陣が描かれた壁に拘束された赤い髪の少女の姿があった。
「う……」
ふと、赤い髪の少女――エクリアは目を開ける。
視界がぼやけてよく見えないが、前の方で真っ赤なローブを身に纏った男がごそごそを何かの作業を行っているように見える。
同じようにぼやけている記憶を何とか辿り、現状と経緯を思い出してみる。記憶が明確になっていくと同時に目の前のぼやけた視界も鮮明になっていく。
「……どうやら目を覚ましたようだな」
目の前の男がエクリアの方に向き直る。
それは確かにエクリアの父、グレイドの姿をしていた。
だが、何かおかしい。
姿や声はグレイドそのものだが、しいて言えば身に纏う雰囲気。それがいつもの父とは全く違う。そう、今の目の前の人物はグレイドであってグレイドでないような、そんな違和感をエクリアは感じていた。
「……あんた、一体誰なの?」
そんな言葉が自然とエクリアの口からこぼれ出る。
「誰? おかしな事を言う子だな。
グレイド・フレイヤード。それ以外の誰に見える?」
グレイドは笑う。
ニタリ。そんな言葉が良く似合うような、ゾッとするような嫌な笑み。それを見た途端、思わずエクリアは叫んでいた。
「違う! あんたはあたしの父のグレイド・フレイヤードなんかじゃない!
お父様は、そんな嫌な笑い方をしない!
あんたは何なのよ! どうしてお父様の姿を真似ているのよ!」
直後、スッとグレイドの表情が失われた。
そしてクックックと不気味に笑い声を漏らし始める。その不快な笑みにエクリアの背筋に怖気が走った。
「真似ている……か。そうではないぞ、娘。この体は紛れもなくグレイド・フレイヤードのものだ」
「この体は……ですって?」
「余の正体、知りたいならば教えてやろう」
言って、グレイドはローブの内に手を突っ込む。そこから取り出したのは、大きさはグレイドの顔ほどもある大きな1枚の赤い鱗。そう、博物館から盗難されたと言う、あの邪竜ベルゼドの鱗だ。
グレイドは鱗を掲げ、雄々しく告げる。
「余はこの鱗の本来の持ち主なり」
それを聞いてエクリアはハッと顔を上げる。
「本来の持ち主……って、まさか!」
「そう、我が名はベルゼド。お前達が邪竜と呼ぶ、その存在こそがこの余である」
ベルゼドはもはや隠す必要も無くなったのか、その身に宿した魔力を解放した。それはエクリアの覚えている父の魔力とは全くの異質なもの。禍々しいと言う言葉がまさに相応しいものだった。
「邪竜ベルゼド……ベルゼドはずっと昔、千年前に滅ぼされたって」
「確かに、余は貴様ら人間どもの手によって滅ぼされた。だか、余が完全に滅びたわけではない。余は肉体を滅ぼされるその瞬間、自らの魂の一部を鱗に宿らせた。いつかまた我が身を取り戻すためにな」
「それがどうしてお父様の体に……」
エクリアの呟くような言葉を受け、感慨深げに笑うベルゼド。
「それは、ある意味偶然と言えば偶然と言えるかもしれぬな。
娘のお前も知っておろう。余が滅ぼされたこの地で、お前の父が余の鱗を発見したという事を」
当然だ。あれから特にグレイドが世間の注目を浴びるようになったのだから。
そこでエクリアはふと思い当たった。
数ヶ月前、父グレイドが邪竜ベルゼドの鱗を発見した。そしてその鱗にはベルゼド本人の魂が宿っている。もし自分がベルゼドならばどうする? 鱗に宿ったままでは何もできない。自らを復活させるためには、自由に行動できる寄り代が必要だ。
つまり、そのベルゼドが選んだ寄り代こそが、最初に鱗に触れた人物。グレイド・フレイヤードその人だったのだ。
「まさか、その時にお父様の中に……」
呟くエクリアの言葉を肯定するようにベルゼドはニヤリと笑った。
「実に余の目的には都合がいい人物であったぞ、お前の父親は。
余の体を取り戻すには多大な魔力が必要だ。魔力は魔道士どもから集める事にしたが、魔道士どもが消え続ければ当然騒ぎも大きくなろう。そんな場面では、何をしても怪しまれる事の少ない権力者の立場が必要だった。おまけにグレイド・フレイヤードは人格者として通っていたらしいからな。本当に容易かったぞ。この体で準備を進めるのはな」
「……お父様はどうしたの?」
「お前の父か? どうやらまだ余の中で抵抗を続けているようだな。だがそれも時間の問題。いずれは完全に存在全てを飲み込んでくれようぞ」
「くっ」
身じろぎをするエクリア。だが、それは両手両足を拘束する鎖をガシャガシャと鳴らすだけ。
開錠の魔法を試みるが、この身を拘束する鎖にも魔力を封じる何らかの力が宿っているらしく、どうしてもうまく魔力を編む事ができない。
今は勇者の助けを待つお姫様の状態でしかなかった。
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