第13話 サージリア辺境伯家
サージリア領の領都サルベリン。その中央部にある中央公園。留守番をしていたエクリア達とミリアはそこで落ち合う事にしていた。
「よう! 元気そうだな、我が弟よ!」
「に、兄さん!? 何でここに?」
突然のライエルの出現に驚きの声を上げるカイト。
「シルカの依頼についてシグノア殿下に相談したらね、第3軍から1小隊貸してくれたのよ」
ミリアが言うと、それに合わせるように見た目山賊(一部除く)の兵士達が一列に並ぶ。そして背筋を伸ばして敬礼した。
「シグノア殿下にお前達の計画に協力するように特命を受けたんだ。今の俺達は第3軍の正規兵ではなくてただの冒険者だからな」
そう言って、冒険者の識別カードを取り出す。そこにはAランクのマークが光っていた。
「ライエルさん、冒険者やってたんですか?
それもAランクなんて、凄いじゃないですか」
「まあな。学生時代から経験を積むためにちょくちょく依頼を受けてたんだ。まあ、今も暇があればちょっと小遣い稼ぎの感じで魔獣討伐なんかをな」
「ライエル
「おっと、今のはナシな」
ジト目のマリエッタに能天気に笑うライエル。
丁度そこへシルカがやって来た。お付きのメイドの疲れ具合を見る限り、また魔蟲を呼んで脱走して来たようだ。
「あ、ライエルさん。お久しぶりです!」
「やあ、シルカちゃん。久しぶりだね。
また綺麗になって、引く手数多じゃないかな」
「あはは、そんな事ないです」
謙遜するシルカだが、事実結婚話が持ち上がっている以上あながち間違いとは言えない。
「それにしても面倒な事になってるな。えっと、カイオロス王国の……何だっけ?」
「バルディッシュ侯爵の次男バールザックです」
「そうそう、そいつ。そいつとの結婚話が持ち上がってるって?」
ライエルがそう問いかけると、シルカは心底嫌そうな顔をした。その様子にライエルは、
「ははは、娘の気持ちも一切介さずに結婚話を決めるとは、やっぱり貴族は好きになれんな」
苦笑しつつ頬を掻くライエル。その仕草は弟のカイトと同じだった。
ふと見ると、シルカについていた使用人が力なくベンチに座り込んでいる。酷く疲れているようで、大きく溜め息をついている。あれは身体的と言うよりも精神的な疲れだとミリアは感じた。
とりあえず声をかけてみる。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ、はい。ちょっと虫の化け物に慣れてないだけです」
メイドの女性は明らかに無理をしている笑みを浮かべた。
無理もない。使用人と言う立場からすれば、普通に暮らしていれば魔蟲に遭遇するのも稀だろうし、掴まって移動するなどまずあり得ない経験である。
「あ、自己紹介が遅れまして申し訳ありません。
私はシルカお嬢様専属の使用人をしております、セミアと申します」
「いやいやこちらこそ。シルカさんと仲良くさせて頂いております、ミリアです」
お互いにぺこぺこ頭を下げ合うミリアとセミア。かとなく奇妙な光景だった。
「セミアさん、シルカとは付き合いは長いんですか?」
「そうですね、一応幼少の頃からの付き合いになります。昔はお姉ちゃんと呼んで可愛かったんですけど」
そう言って、「あ、今可愛くないわけじゃないですよ」と慌てて弁明するセミア。
(お姉ちゃん、か……)
見た目シルカとは同年代にしか見えないが、そのサイドに垂らした深緑色の髪の陰から特徴的な尖った耳が見える。ただ、エクステリアの街の
(そうか、彼女はハーフエルフか……)
ハーフエルフ。
おそらくはエルフと人族の混血。長命のエルフほどではないにしろ、ハーフエルフもかなりの長生きとして知られている。
ちなみにエンティルスの中でもこのヴァナディール王国は特に人種に関して寛容な国であり、多種多様な種族の混血が存在する。実際にミリア自身も魔族と神族のハーフである。
話が逸れたが、セミナはシルカが幼少の頃からの付き合いと言うのは間違いではなさそうだ。なら折角なので、サージリア家の内情と今回の結婚話について聞けるだけ聞いておこう。そうミリアは考え、話を切り出した。
「あの、セミナさん。サージリア辺境伯家について教えて欲しいんですが」
「何でしょうか。私に答えられる事でしたら」
「まず、サージリア家の現在の家族構成を教えてもらえますか」
ミリアの問いに対し、セミナはおもむろにポケットからメモ帳とペンを取り出した。そして、ミリアに見えるようにメモを広げ、まず中央にバラン・フェルモスと書き記す。
「まず、現在の当主はシルカ様のお父様であるバラン様です。その父にバーンズ様がいらっしゃいますが、家督をバラン様に譲った後旅に出てしまいました。今では稀にしか戻って来られません」
セミナはバランの上にバーンズ・フェルモスと書き加える。
「バラン様の第1夫人にアリマー様。そのアリマー様の下に2人のお子様がいらっしゃいます」
バランの右隣にアリマー・テスラと書き加え、さらにその下にデクターとミルラと追記。この2人がアリマーの子供なのだろう。
「そしてバラン様の第2夫人にシルヴィア様。
シルカ様とその兄のリュート様のお母様です」
セミナはバランの左隣にシルヴィア・アルラークと名を書き、その下にリュートとシルカの名を記す。そしてペンを置いた。
「ここまでがサージリア家の家族構成になります。
何か質問はありますか?」
家族構成図を見ていたミリアは、話を聞いている間ずっと気になっている事があった。それは、
「セカンドネームって言うのかな。バラン氏、アリマー夫人、シルヴィア夫人のそれぞれが全部違うんですけど。これって何か意味が?」
そう。セカンドネーム。
当主バランとその父バーンズはフェルモス。アリマーとその子供達はテスラ。そしてシルヴィアと子供、シルカとリュートはアルラークとなっている。
本来ならば、正妻側室問わず、結婚すればセカンドネームも変わるのが一般的だ。それに対してセミアはこう答えた。
「サージリア家は特殊なのです。
現当主と同じセカンドネームになるのは
「それじゃあ、今はまだ?」
「はい。まだ後継は決まっていません」
後継はまだ決まっていない。それはつまり、シルカ自身の貴族としての価値もまだそれほど高くはないという事。ましてやシルカは第2夫人の娘だ。そんなシルカを次男とは言え隣国の侯爵家が嫁に指定する事にはかなり違和感が感じられた。そう、何か背後に得体の知れない何かが蠢いているような。
(これは何としてでもこの結婚話を潰した方が良さそうね)
そう決意を新たにする反面、また厄介な事になりそうだと複雑な気持ちのミリアだった。
「ライエル! お前来ていたのか」
ふと目線を前に向けると、そこにはいつの間にかシルカの兄リュートの姿があった。その服装はいつも通りの
「よう、久しぶり!」
お気楽に手を振るライエルにリュートは呆れたように頭を抑えた。
「住人から公園に山賊の集団がいるって通報を受けたから来てみたら」
どうやら偶々ではなかったらしい。あくまで職務の1つとしてやって来たようだ。確かにリュートの後ろには見覚えのある騎士達の姿も見える。
一先ず配下の騎士達に彼らは王国の
「あのなぁ。来るなら事前に連絡してくれよ。
第3軍の連中はいるだけで騒ぎになる可能性があるんだからな。ここに冒険者がいなくて幸いだった」
「なぜだ?」
「間違いなく乱闘になるからに決まってるだろうが! 街の治安を守る俺達の身にもなってくれ!」
「ははは、まあ心配するな。前よりはマシになったからな」
「前よりもって。比較対象が酷すぎて全く安心できん」
比較対象が訓練を受ける前の傭兵や山賊とは。マイナス100がマイナス50になったようなものとリュートは感じたのだろう。多少は良くなろうとマイナスはマイナスである。
「心配するな。少なくともこちらからケンカを売るようなマネはしないさ」
ドゴッ
ライエルがそう言った直後に何かを殴ったような鈍い音が耳に飛び込んで来た。音の発生源に目を移したそこには困ったように頭を掻く第3軍兵士と仰向けに伸びている冒険者らしき男の姿が。
「何だよだらしねぇ。ケンカ売るなら相手見て売れよ」
無言で睨むリュートに、ライエルは飄々とこう言った。
「ま、売られたケンカはどうかは知らんけどな」
お気楽なライエルを見て、リュートはため息1つ。
「で、サルベリンの街に何か用なのか?」
リュートはそう尋ねる。見た目山賊や傭兵でもれっきとした正規兵だ。何の理由もなく移動したりはしない。彼らがこの街にいると言う事は相応の意味があると言う事だ。
「シグノア殿下からの特命なんだ。彼女達に協力しろってな」
「彼女って、ミリアさん達か?」
「ああ、そうだ」
「ミリアさん達に協力するって事は、つまりは
リュートもその辺の事情はある程度知っているらしい。
「ま、詳しい事は聞かない方がいいぞ。碌な事にならないからな」
「お前ら第3軍に任される任務なんか大体が禄でもないものだろ」
お互いに豪快に笑う親友2人。そして、リュートは真顔に戻ると、真に迫った声で言う。
「妹を……シルカを頼む」
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