第47話 プロスト要塞の戦い


 プロスト要塞。

 カイオロス王国の王都カルラダから目の鼻の先にある、まさに王国の最終防衛ラインとも言える場所である。ここを抜かれれば、王都までもはや障害になり得るものはない。

 まさに、カイオロス王国にとってはここが正念場と言えた。


「カイオロスの兵達よ!

 もう間も無く我らが陛下がこの要塞に参られる。それまで、我らの誇りにかけてもこの地を守るのだ!」


 この地の守りを任されていた赤鷲騎士団の第2軍団長アランシスが兵達を鼓舞し、自ら率いる騎兵隊と共に戦場を駆け巡っていた。


「テスター! 右に旋回し、左の一団を切り崩す!」

「了解! 全軍、魔光槍の陣オーラチャリオット準備!」


 副官のテスターの指示で騎兵隊全軍が動き、団長のアランシスを先頭とする三角形型の陣形を形成する。これは一般には魚の鱗に形状が似ているところから『魚鱗の陣』と呼ばれるもので、主に少数による一点突破に重点を置く陣形である。その一般の陣形と異なるのはここからだ。三角形を形取った全騎兵が一斉に魔光オーラを発動させる。すると、眩く輝く魔光オーラに包まれ、それはやがて巨大な光の馬上槍ランスへと形を変えた。


「突撃!」


 光の槍と化した騎兵隊は、まるで夜空を流れる流星のように、光の尾を引きながら魔獣の一団に横から突っ込んだ。

 本来、騎兵よりも体格がはるかに大きい魔獣の群れに対して突撃を敢行したところで、跳ね返されるのは騎兵隊の方なのは自明の理。しかし、そこに魔光オーラがプラスされるとその常識は簡単に覆る。光を纏いながら疾走する騎兵隊に、その倍以上もある体格の魔獣達がいとも容易く跳ね飛ばされる。その光景は側からみればさもシュールに見えた事だろう。

 その突撃を繰り返しながら魔獣の群れの隊列をズタズタに引き裂いたそこへ歩兵隊が斬り込む。魔獣1体に対し複数の兵で連携しつつ仕留める戦い方は、見た目地味だが戦況自体ではかなり有利に戦えていたと言える。


 目の前の、並の砦にも匹敵するほどの巨体を持つ巨大なマナスライムがいなければの話。


「うわああぁぁぁぁ!」

「た、助けてくれぇぇぇ!」


 巨大スライムから伸びた無数の触手が手当たり次第に近くにいる兵士達に襲い掛かり絡め取る。そして、まるで丸呑みするかのように捕らえた兵士達をその巨体に飲み込んだ。そのスライムの体内は毒と強酸の海。哀れな兵士エモノは数秒もせぬ内に鎧、皮、肉、骨を溶かされスライムの養分となった。


「畜生! アレを何とかしないとジリ貧だ。何か、何か方法はないか」


 そんな時、配下の兵から耳を疑うような報告が。


「あ、アランシス団長! 空から別の魔獣が!」

「何だと! このクソ忙しい時に!」


 望遠鏡を覗き込んでいた兵士は、青い顔震える声でこう続ける。


「あれは、龍蜻蛉ドラゴンフライです!

 そ、そんな……その数……20!」

「20だと!?」


 思わずアランシスは叫んだ。龍蜻蛉ドラゴンフライは討伐難度で言えばBランクだが、飛行能力を持っているため討伐難度以上に警戒されている魔蟲だ。しかも、その数が10を超えると一気に倒すのが難しくなる。故に、今回の20匹と言う数は今の状況的に絶望的な数という事になる。


「あ、あれ?」


 対策に脳内をフル回転させているアランシスの横で、望遠鏡を覗き込んだ兵士は間の抜けた声を上げた。


「どうした?」


 怪訝な顔をするアランシスを他所に、兵士は1度目を擦り改めて望遠鏡を覗き込む。そんな兵士にアランシスは再度問うた。


「どうした?」

「あ、あの……人が乗っているようなのです」

「人が? 何にだ?」

「あの……龍蜻蛉ドラゴンフライにです」

「はあ?」


 それを聞いた時、アランシスは「この兵士にはしばらく休暇をやるべきか」と本気で思った。虫型の魔獣である魔蟲が人など乗せるわけがない。魔蟲にとっては人など数ある獲物の1つに過ぎないのだから。


「そんなバカな事あるか。魔蟲が人を乗せるなどと」

「そうは言いましても……」


 歯切れの悪い兵士から望遠鏡を取り上げると、自らその方向を確認した。そして我が眼を疑った。

 確かに、見える全ての龍蜻蛉ドラゴンフライの背に人が3人ほどずつ乗っていた。



 高速飛行する龍蜻蛉ドラゴンフライ達は、巨大なスライムの上空を旋回する。それに反応するように巨大スライムは無数の触手を伸ばし、龍蜻蛉ドラゴンフライ達を捕らえようとする。それを器用に舞いながら回避。その次の瞬間、驚くほど巨大な氷の槍が虚空に生み出され、それがスライムの体を貫いた。

 スライムのような粘液でできている魔獣は粘液の体を凍結させる氷の魔法に弱いのは有名な話。当然赤鷲騎士団の魔道士達も知っているし、氷の魔法を打ち込んでもいた。

 しかし、問題はその威力にあった。

 赤鷲騎士団の魔道士隊は隣国ヴァナディール王国の魔道騎士団オリジンナイツの第4軍の魔道兵団にも引けを取らないと自負していた。しかし、そんな彼らの魔法を嘲笑うかのようにマナスライムはその巨体に氷の魔法を飲み込み巨大化していく。

 それならばと炎の魔法に切り替えるが、それで蒸発するのはほんの一部。むしろそれで吸収される魔素の方が多く、蒸発した箇所は瞬時に再生し、その上さらに一回り大きくなると言う惨状だった。

 それを踏まえて、今回打ち込まれた氷の槍。大きさはあのマナスライムの巨体を縦に貫くほどの大きさだ。あれなら内部から凍らせられるかも。兵士達の期待だが、それは直ぐに泡沫と化した。その氷の槍ですらマナスライムは凍らされる事なくその身に取り込んでしまったのである。


「アレでも倒せないのか。一体どうすれば……」


 絶望に染まる心境で見上げるその先。龍蜻蛉ドラゴンフライの内、1匹が押し寄せるスライムの触手を掻い潜り急降下。残りはスライムと要塞の間。魔獣の殺到するど真ん中に飛び込んだ。龍蜻蛉ドラゴンフライの高速の体当たりで魔獣達が軒並み弾き飛ばされるように吹き飛んで行く。

 そしてその背から飛び降りた面々。

 傭兵か山賊のような凶悪な顔に嬉々とした笑みを貼り付けて魔獣達を次々と屠っていく。それに追随するように、明らかに年若いまだ学生としか思えないような男女がその傭兵達にも負けるとも劣らない勢いで剣と魔法で魔獣達を薙ぎ倒して行った。


「あ、あれは味方なのか?」


 戸惑う兵士達。それも仕方のない事。軍を率いるアランシスですら戸惑っているのだ。得体の知れない魔蟲を駆る戦闘集団。警戒するなと言う方が無理だろう。

 やがて要塞前面の敵がほぼ一掃されたところでその集団が要塞近くまでやって来る。そして、リーダーらしき精悍な顔つきの男が要塞に向けて大声を張り上げた。


「カイオロス軍の責任者の方はおられるか!?

 我々はレストリル殿の依頼を受け、貴軍と共に戦うために参上した!」


 それを聞き、アランシスは副官と顔を見合わせる。


「レストリル。確か叛乱の首謀者バルディッシュ侯爵の三男だったな。この状況でレストリルが我々と接触を図ってくるとは。これは何かの罠だと思うか?」

「分かりません。ただ、魔獣を蹴散らしてきた以上、完全に敵と言うことはないかと」

「ふむ、あの巨大スライム相手だ。今は細かいところを気にしている余裕はこちらにはない」


 副官の意見を受け、アランシスは馬首をその一団に向け、傭兵団らしき一段の前まで進み出た。


「戦さ場ゆえ、馬上から失礼する。私は赤鷲騎士団第2軍を率いるカイオロス軍中将アランシス・ライフディルだ。すまないが今はまだ詳しい話を聞く余裕はない。まずはあの巨大スライムを喰い止めねば――」


 ドオオォォォン!


 アランシスがそう言った直後だった。轟音と振動、衝撃波がその場にいる全てのモノに降りかかる。見れば、あの見上げるほどだった巨大なスライムの姿が消えていた。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 地属性の上級魔法、大地鳴動アースグライドで開けた落とし穴に巨大マナスライムを落としたミリアは、大暴れしていたエクリアとリーレを回収して要塞前にいたライエル達と合流した。


「倒したの?」


 シルカが巨大スライムがいた方向をチラチラ見ながらそう問いかける。対し、肩を竦めるミリア。


「まさか。大きな落とし穴に落としただけ。ただの時間稼ぎよ。今の内に何とかアレを倒す方法を考えないと」


 マナスライムは放っておいても勝手に成長して巨大化する。落とし穴に落としたところでいずれは這い出してくる事は間違いない。


「えっと、そちらは?」

「ここの軍を率いているアランシス卿です」

「赤鷲騎士団第2軍を率いるアランシス・ライフディルだ。カイオロス軍の中将をやっている」


 それを聞いてミリアは佇まいを整える。思った以上に上の将軍クラスだった。


「初めまして。ミリア・フォレスティです。まだヴァナディール魔法学園に通う学生の身分ですが、一応バルトジラン陛下の依頼を受けて動いています」

「バルトジラン陛下? まさか、ヴァナディールのバルトジラン王か?」

「はい。目的はレバンナ卿とバルディッシュ侯爵の背後を洗う事だったのですが、残念ながら領都バウンズは跡形もなく消されました」

「消された?」


 領都バウンズはかなり大きな街だ。それが跡形もなく消されたなんて聞かされては怪訝な顔をしても仕方がない。しかし、次のミリアの言葉を聞いて表情が凍りつく。


真紅の魔星クリムゾンダークマターを使われました。私達も少し脱出が遅かったら今ここにはいなかったでしょう」

「……あの悪名高い広域破壊爆弾か。正気ではないな。一体誰がそんなものを」


 誰が仕掛けたのかは分からないが、その背後に何がいるのかはミリアには目星はついていた。だが、それは今ここで話す事ではない。


「街は消し飛びましたが、領民達の姿が見えませんでしたので、おそらくは無事に街を脱出できたと思うのですが」

「うむ、それに関しては第7軍のカストロから報告を受けている。領民は第7軍によって周辺の街に避難したそうだ」


 ミリアはホッと胸を撫で下ろす。レストリルを脱出させた後、カストロは騎士団の役割を果たしていたようだ。何とか最悪中の最悪な事態だけは避けられたらしい。


「後はあの巨大なスライムと化したレバンナ卿を倒す手段を考える事なのだが。君達はアレがどう言うものなのかは理解しているのだろうか?」

「一応は」


 人と魔獣との人工合成魔獣バイオキメラ。その合成対象になったのはアシッドスライム、ポイズンスライム、そしてマナスライムの3種である事など、知り得る限りの情報を共有した。

 スライムである以上、倒すにはどこかにある核を破壊しなくてはならない。それも容易ではない。今やあのスライムのサイズは一般の砦よりも大きいのだ。バウンズの城壁の一角を吹き飛ばしたミリアの灼熱の爆裂弾ブレイズフレアでも倒し切れないかも知れない。そしてアレはマナスライムだ。倒し切れなければ、その魔法の魔力を取り込んでさらに巨大化するだろう。


「マナスライムは魔法は取り込めても闘気と魔力の融合体の魔光オーラはまだ有効だと言います。それで牽制しながら核を探すしか――っ!」


 そう言った直後だった。とある魔力の波動がミリアの頭を突き抜けた。


「今のは!」


 振り返るとシルカとレミナも耳を押さえながら後方、穴に落ちたスライムの方を向いていた。

 今の感覚は覚えがある。そう、あれはカイオロス王国からヴァナディール王国に帰る途中の事。人工合成魔獣バイオキメラの大群に襲われたあの時。魔道巨樹ソーサリートレントから感じられたのと同じもの。シルカとレミナのみ反応していたところから見ても間違いない。

 つまり、人工合成魔獣バイオキメラを操る魔力の篭った魔獣の音のない雄叫び。


「お、おい。魔獣達の様子が変だぞ」


 それに真っ先に気づいたのはレイダーだった。

 未だ周囲で暴れ回っていた魔獣達は、突然ピタリと動きを止める。そして踵を返すと一斉にその方向へと駆け出し始めた。

 そう、巨大スライムのレバンナを落とした落とし穴目掛けて。

 そしてそれを迎え入れるかのように、落とし穴の中からブワッと大量の触手が噴き出してきた。その触手は押し寄せる魔獣達に絡みつき拘束し、そのまま穴の中に引き摺り込む。

 ここに来て、ようやくレバンナ意図に気づいた。


「あいつ、魔獣を取り込んで即座に成長するつもりか。魔獣を集めたのはすぐに取り込める範囲まで近づかせるため」


 一同の目の前で、まるでテーブルの上の料理を口に掻き込むかのように、無数の触手で魔獣達を捕らえて穴に引き摺り込んでいく。

 やがて、スライムの頂点に生えていたレバンナの身体が穴から迫り出してきた。レバンナの頭、身体、そしてスライムの本体。それはまるで桶の中に大量の水を注ぎ込んで溢れ出してくるかのように。


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