第48話 決戦、キメラスライム(前編)


豪炎の砲弾フレイムボール!」


 ミリアが放った火炎弾は一直線に這い出てきた巨大スライムの頂点にあるレバンナの身体に直撃。液体が弾け飛ぶようにその身体は四散し、炎がその欠片までも焼き尽くした。しかし、スライムの本体からにゅっと盛り上がると、再びレバンナの身体の形に元通り。


「あそこが核かと思ったんだけど、もうレバンナ卿はあのスライムの一部でしかないって事か」


 ミリアは顔を顰める。レバンナの存在はすでにあの巨大な合成キメラスライムに飲まれて消えてしまっているようだ。そうなると、このスライムを倒したところでレバンナが元の人間に戻るのは実質的に不可能と言う事になる。レバンナの背後にいたのはなのか? 結局それは分からず仕舞いとなりそうだ。

 だが、それよりもまずはこの状況である。

 キメラスライムは魔獣達を喰い尽くし見る見る間に膨れ上がり、今やプロスト要塞をも飲み込むかのような大きさに至っている。

 流石のミリアもこんな化け物スライムは見るのも初めてだった。もはやここまでくると、討伐ランクは特Aを超え、Sランクにすら到達するレベル。Sランクは一部のドラゴンなどの神獣幻獣に割り当てられたランクで、1体現れれば国が滅びるとまで言われるレベルである。


 即ち、この目の前のスライムは今や災厄Sランクに匹敵する――と。


 スザザザザ――


 そんな音を立ててキメラスライムの巨体が這うように

 攻撃が終わったのかと安堵する兵士もいるようだが、分かる人は分かる。マナスライムの事を知っている人であれば、あれが最悪の攻撃の前触れである事を。

 あれは『マナスライムの引き潮』と呼ばれる現象。巨大化したマナスライムは最大最凶の攻撃を繰り出すために、一度全体が大きく後ろに下がる。下がると言っても、マナスライムの最後尾はその場から動かない。その体を大きく縮める事で体積を圧迫し限界まで力を溜め込んだマナスライムがその力を解放すれば、瞬く間に津波と化してあらゆるものを飲み込むだろう。


 マナスライム大海嘯――


 その威力は凄まじく、文献ではとある町1つが大海嘯に飲み込まれ、一夜にして崩壊したとあった。

 だが、それすらも今回とは規模が違う。

 その文献のマナスライムの大きさはせいぜい小高い丘くらいだった。そして今回のはその数倍。カイオロス王国最大と言われるプロスト要塞をも飲み込むレベルの巨大さだ。そのマナスライムの要素を持ったキメラスライムの大海嘯だ。巻き起こされる被害は計り知れない。


 地面が震える。

 まるで世界を押しつぶすかのような巨大な壁。そうとしか言いようのないものが、その足元の森を飲み込みながら押し寄せてくる。

 その光景は、カイオロス王国の騎士達の戦意を挫くには十分過ぎるものだった。


「あ……あああ……」

「お、終わりだ……」


 武器が地面に落ちる音があちこちから聞こえてくる。戦う意思を失った兵士達が絶望感に打ちひしがれていた。

 それも無理もない事。ミリア自身も、戦意を失ってはいなかったものの、正直どうすれば良いのか何も浮かんでいなかったのだから。


(あの大きさのマナスライムだと私の魔法攻撃は足止めどころか火に燃料を注ぐ事にしかならないわ。かと言って、私の魔光オーラの技術じゃあアレと真っ向から打ち合うなんて自殺行為でしかない。せめて私もパパみたいな強力な魔光流動ストリームオーラが使えれば……)


 マナスライムに有効な攻撃は魔光オーラによる攻撃でマナスライムの核を切り裂くか、もしくは火属性魔法でピンポイントに核を撃ち抜くか。


 ミリアは目の前の巨大な粘液の壁を見据える。座して死を待つなどと言う事は父デニスからは教わっていないし、師匠のベルモールからも教えられていない。

 ミリアは強く杖を握り締め、その魔力を注ぎ込んだ。巨体とは言え、所詮は粘液の塊。撃ち抜く術はある。後は核のありかだけだ。

 人工合成魔獣バイオキメラとは言え、あれはスライムである事に変わりはない。スライムは種族的には魔法生物に該当する。体を魔力によって形成し制御している魔獣だ。つまり、核から伸びる魔力の流れが必ず存在するはず。ミリアは視界を閉じ、魔力の流れを辿る。膨大な魔力が目の前で巨大な壁を形作っている。その中心、魔力の流れの根元がそこにあった。


「そこか!」


 ミリアは瞬時に魔法を編み上げた。それは猛烈な熱量を宿した紅い閃光。


灼熱の閃光ブレイズレイ!」


 ジュッ


 そんな音が戦場で聞こえた。

 灼熱ブレイズ級の火属性魔法によって生み出された炎を最大限に圧縮し、超高熱の光弾にして放つ魔法――灼熱の閃光ブレイズレイ。それは触れたスライムの体を一瞬にして蒸発させ背後にまで貫通。そこにはミリアの頭ほどの穴が開き、その後ろの風景がのぞいていた。


 ギャヒイイィィィィ!


 そんな奇声にも似た絶叫が辺りに響き渡る。


「やったか!?」


 カイオロス軍の誰かの声が背後から聞こえた。

 だが、ミリアには分かっている。


 ――仕留め損なった。

 あれは核に掠った程度に過ぎない。あのキメラスライムの核は、あの一瞬でミリアの魔法を避けたのだ。


 キメラスライムは「よくもやってくれたな」と言わんばかりに、そのミリアの魔法の魔力を吸収しさらに巨大化。その姿はまさに天を覆うかのよう。


 万事休すか。そうミリアが思ったその時だった。



 ザンッ



 巨大なキメラスライムの大海嘯が。天を覆うかのような大きさの粘液の壁が。



 



 断ち切られた上半分が力を失ったようにバシャっと地面に落ちる。

 その様子を目を丸くしてミリアは見ていた。


(今のは、まさか魔光の一閃オーラスラッシュ

 でも、私の背後から飛んできてしかもあのキメラスライムの巨体を一刀両断するなんて……射程範囲、威力。パパに匹敵するくらいの使い手。一体誰が?)


 呆然としているミリアに後ろから豪快な声が聞こえた。


「おう、無事だったようだな。結構結構。

 がっはっはっはっは!」


 まるで父デニスのような豪快な声にミリアは思わず振り返った。

 そこにいたのはミリアよりも頭2つ以上高い長身の男。鍛え抜かれた筋骨隆々な身体に豪華な装飾の施されたプレートアーマー。しかもその表面を覆う輝きはミスリルによるものだ。

 短く刈り込んだブラウン色の髪に爽やかさと暑苦しさを同梱させた笑顔を顔に貼り付け、身の丈ほどもある大剣を肩に担いだ男が、紅い甲冑の騎士3人を引き連れて高笑いを上げていた。


(何だろう、この豪快なおじさんは?)


 そんな事を考えていたミリアの前で、赤鷲騎士団第2軍団長のアランシスが片膝をついて頭を下げた。


「お待ちしておりました、陛下!」


 ミリアの耳に、聞こえてはいけない単語が聞こえた気がした。


「陛下って、もしかしてカイオロス王国の国王様ですか?」


 その質問に、男は肩に担いでいた大剣をドカッと地面に突き刺し、腕を組んでニッと笑った。


「うむ。余こそがこのカイオロスの王。ブリアス・オルト・カイオロスである!」


 聞いてミリアは目を丸くする。

 ヴァナディール王国の王バルトジランも、このブリアスと同じく配下の兵を差し置いて真っ先に戦場に飛び込んで行くような人物だった。王ってみんなこうなのか、とミリアは王国関係者が聞けば不敬だと騒ぎ出しそうな事を考えていた。

 そんなミリアを尻目に、ブリアスは周囲の騎士達と目の前の巨大スライムを一瞥する。


「それにしても、よくぞ持ち堪えてくれた。見れば見るほどとんでもないスライムよな。流石の余もあれほどの大きさのスライムは初めて見る」

「陛下、あのスライムには魔法がほとんど効きません。むしろ巨大化するほどでして」

「なるほどな、マナスライムの能力も備えておるのか。確かにアレが相手では其方らでは荷が重かろうな」


 ブリアスは大剣を片手で振りかざし、その切っ先を巨大なキメラスライムへと向ける。


「サラジーン、カラディア、ノーダム!」


 名を呼ばれ、ブリアスの後ろで控えていた赤い鎧の兵3人が前に進み出た。


「貴様達は確か魔光流動ストリームオーラを会得しておったな?」

「はい、陛下」

「よろしい。ではこれより我ら4人であのキメラスライムに対応する。アランシスよ。第2軍は引き続き周囲の魔獣の掃討に当たれ。これ以上アレに巨大化されてはたまらんからな」

「は、畏まりました」

「それと、其方らは……」

「ヴァナディール王国から参りました。ライエル・ランバルト率いる傭兵団です」

「ほう。ライエル・ランバルトか」


 ブリアスは口元にニヤリと笑みを浮かべる。


「誰からの依頼かは知らぬが、助力は感謝しよう」


 含み笑いを浮かべたまま、ブリアスはそう言った。

 あ、こりゃ素性がバレてるな、とミリアは察したが、ブリアスが特に何も言わないのだからミリアも藪をつつくつもりはない。


「よし、ライエル殿と言ったな。手は多いほど良いからな。魔光流動ストリームオーラを使えるのであれば貴殿にも手を貸してもらうぞ」

「もちろんです。我々はそのために来たのですから」


 そう言うと、ライエルも大剣を抜いてキメラスライムの方を向いた。


「サラジア、マリエッタ。2人は配下の連中を率いて寄ってくる魔獣の対処を頼む。赤鷲騎士団とちゃんと連携を取ってな」

「分かってますよ、ライエル」

「貴方が勝手に飛び出して行っている間、誰が部隊の指揮をしてると思ってるのよ」

「ははは、それもそうだな」


 ライエルは大剣バスターソードを構えてキメラスライムに向き直る。そして、最後にミリア達3人にそっと声をかけた。


「ミリアさん、エクリアさん、リーレンティアさん。キメラスライムの様子をよく見ててくれ。恐らく、魔道学園の生徒達の中では君達が一番戦闘経験が豊富に見えるからな」

「良いですけど、何を注意して見れば?」

「これは勘なんだが、あのキメラスライムはマナスライム、ポイズンスライム、アシッドスライムの融合体だと言うが、どうもそれだけじゃない気がする。乱戦の中で想定外の事態に陥るのは良くある話だ。その場合の対応を頼むぞ」


 そう言うと、ライエルは大剣に黄金色の魔光オーラを纏わせて駆けて行った。



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