第46話 マナスライム
これはミリア達がバルディッシュ侯爵領の領都バウンズに着いた頃の事。
カルラダ。
カイオロス王国の王都にして、ここユーフェリア大陸の玄関口とも言える大きな港を持った海洋都市。その都市の東、港を見下ろす丘の上にその城は鎮座していた。
カイオロス王国の王城。政治の中枢であり、王国の運営を行う拠点である。
そんな王城の中央にある広間。所謂謁見の間と呼ばれる広間でその男は渋い表情を浮かべていた。
「そうか。戦況はかなり劣勢か」
「申し訳ございません」
男の前に跪く騎士が無念そうにそう報告する。
玉座に深く腰を下ろした男は大きく溜息をつく。男の名はブリアス・オルト・カイオロス。ここカイオロス王国の国王である。
「我が国の赤鷲騎士団は反乱軍如きに遅れを取るほど弱くなったのか?」
「そ、そんな事はございません!」
「では、一体何が原因なのだ。余とて負け戦だからと言って簡単には指揮官を処断したりはせぬ。だが、だからと言って戦況が好転せぬのであれば、それは指揮官としての力不足と判断せねばならぬのだ。
赤鷲騎士団第2兵団の団長アランシスよ。
其方はこの度の戦いに従軍し、戦場を見てきたはずだ。戦況が好転せぬ理由。其方なりの考えはないのか?」
「恐れながら申し上げます。この度の劣勢の原因は、反乱軍の中心人物、レバンナ卿によるものでございます」
「レバンナ卿か。だが、彼奴は赤鷲騎士団の騎士達に比べて剣や魔法の腕が秀でていたとは聞いておらぬが」
「それが、今のレバンナ卿はすでに人間ではありませんでした。体はマダラ模様の不気味な色で大きく膨れ上がり、今やその大きさは砦をすっぽりと飲み込むほど。
その上、レバンナ卿はその死体までも取り込んで巨大化しているのです」
「死体までも取り込むだと!?」
「そのため味方の士気はガタ落ち。どうすれば良いかと頭を悩ませている次第でございます」
その報告に騒つく謁見の間。
「最近、バルディッシュ侯爵領内に多数の
「魔獣が王都にまで押し寄せてきたら大変な事に」
「一体どうすれば良いのだ」
騒めきが恐慌へと移り変わろうとしたその時――
「静まれ!」
王の一喝。場は静寂に包まれる。
「此度の戦いはただの反乱鎮圧にあらず。我が国の危機と判断した。よって、余が自ら近衛たる第1兵団を率いて出陣する。
アランシスよ。其方らは余が到着するまで最終防衛線であるプロスト要塞を何としてでも死守せよ。良いな!」
「はっ!」
アランシスは頭を下げ、そのまま踵を返し駆け足で退室した。それを確認し、ブリアスは立ち上がり指示を飛ばす。
「余の戦支度をせよ! そして、赤鷲騎士団の第1兵団に伝えよ! これより宴の始まりである、とな!」
「陛下。同盟国のヴァナディールへはどのように?」
「無用だ。これは我が国の問題だ。バルトジランの世話にはなれん。それに……」
言いながら、ブリアスはニヤッと笑う。
「奴の事だから、もう手を打ってあるかもしれぬしな」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ミリア達が領都バウンズを飛び立ってからおよそ半日。太陽が西の水平線に沈もうかと言うその時。ヴァナディール魔法学園に匹敵するかのような巨大な建造物が見えて来た。
「あれがプロスト要塞。王都カルラダの最終防衛線です」
「あの軍は?」
「おそらく、赤鷲騎士団の第2と第3、第4軍でしょう。赤鷲騎士団は第2軍が騎馬軍団中心。第3軍が装甲兵団。そして第4軍が魔道兵中心の軍隊です」
見れば、確かに魔獣達を牽制するように大きく旋回しながら突撃と離脱を繰り返す騎馬隊と魔獣の突進を受け止める頑強な装甲兵団、そして要塞の防壁上から魔法攻撃を繰り出す魔道兵達の姿も見える。
そして、そこに押し寄せている大量の
「あれがレバンナ卿?」
「うえ〜、人間の面影がほとんど残ってないわ」
エクリアが顔をしかめた。
「それにしても参ったわね。あれじゃあ、完全に融合してて元に戻せないかもしれないわ」
その姿から何となく以前の
「それより、今はまずはアレをどうにかする方法を考えないと」
ミリアはそのレバンナの成れの果てを見据える。
見たところ、レバンナに融合している魔獣は3体。1つは緑色の体を持つ強い毒性のある『ポイズンスライム』。1つは赤い色をした強酸の体を持つ『アシッドスライム』。
そして、最後の1つが、ミリアが危惧していた最悪の種。紫色の体を持つスライム。あらゆる生命を取り込み、
「マナスライムか。本当に悪い予感はよく当たるわね」
「あれ、そんなに厄介なの?」
初めて見たであろうシルカがそう尋ねてきた。
「マナスライムってね、
ミリアは大地を這って進む巨大なスライムを見下ろし、
「あの大きさだとまともな攻撃じゃあ核まで届かないわね……ってうわっ!」
突然下の巨大スライムから触手のようなものが伸びてきてミリア達を
ホッとしたのも束の間。さらに無数の触手が伸びて来て、周りの
「
シルカの指示で
「しつこい!
「あ、ダメ、エクリア!」
それは以前霊草フロムエージェと戦った時の認識だったのだろう。あの時の蔦よろしく触手に対し火炎弾の魔法を放つエクリア。それはミリアの制止の声も虚しく迫って来ていたスライムの触手に直撃。ジュワッと言う音と共に触手が融解。それと同時に、明らかに有害そうな緑色の蒸気が吹き出した。
「わっ、何これ!?」
「
ミリアは咄嗟に風の魔法を使う。形状指定のない、ただ風を吹かせるだけのものだが今はこれで十分。生み出された突風はその緑色の蒸気を吹き散らした。
「あ、ありがとう、ミリア」
「今のアレはポイズンスライムも融合されてるから気を付けてね。火の魔法で蒸発したら毒の蒸気を生むわ」
スライムの体は粘液で出来ているため、火の魔法をぶつければ当然蒸発する。体が毒性のある粘液のポイズンスライムが蒸発すれば、その蒸気は全て有毒性の蒸気となる。
幸い、ポイズンスライムの毒の蒸気はまとめて喰らうと大変だが空気に触れるとすぐに無害化するので風で散らせてやれば問題なかった。
「今までは高火力の魔法で吹き飛ばせば良かったけど、今回のはそうはいかないし……」
当然だ。あんな巨体、広範囲高火力の魔法なんか使おうものならこの辺一帯先程の毒蒸気で埋め尽くされてしまうだろう。
「ものは試しに。
炎がダメなら氷。氷の魔法ならば粘液のスライムを凍らせる事ができるはず。ガチガチガチとかざした手先に生み出される巨大な氷の槍。完成と同時にミリアはレバンナ目掛けて投げ下ろした。氷の槍は押し寄せる触手を引き裂きながら、レバンナの巨体のど真ん中を貫き地面に縫い付けた。本来ならばその貫いた箇所から周囲が凍結するはず。
だが――
「やっぱりダメか」
ミリアがそう言葉を漏らす。
突き立った氷の槍は、その周囲を凍結させるどころか、まるでスライムの体に溶け込むようにして消滅してしまった。そして、膨張するように体が一回り大きく膨れ上がる。
「マナスライム相手だとミリアの魔力の高さが完全に仇となってるわね」
「うん。私の魔法攻撃はマナスライムにとっては格好のご馳走にしかなってないわ」
氷の魔法は吸収される。火の魔法は毒蒸気を生むからダメ。風の魔法は散らせる事しかできない。ならば地属性の魔法なら?
「ま、足止めくらいにはなるか。シルカ、私ちょっと
「分かった。護衛はいる?」
「エクリアとリーレがいれば十分よ。レストリルさんはカイオロス軍に説明をお願いします」
「わ、分かりました」
レストリルの答えを確認し、ミリア、エクリア、リーレの3人を乗せた
それは魔獣としての直感か。ほぼ真後ろから降下したにも関わらず、まるで背中に目が付いているかのようにミリア達の駆る
そして、地面スレスレで
「エクリア! リーレ! 周りの連中をお願い!」
「了解したわ!」
「ミリアちゃんには1匹たりとも近づかせません!」
これまで幾たびの修羅場を共に潜り抜けてきた親友2人。彼女達がやると言えば必ずやる。ミリアはそう2人に全幅の信頼を置いていた。
これからミリアが使うのは
「大地を穿て!
ドォン! 要塞にまで響き渡る轟音。それと同時に、レバンナの体を構成するマナスライムの巨体が突然姿を消した。理屈は簡単。ミリアが魔法で大地に大穴を開けたのだ。言わば、マナスライムの巨体が丸々すっぽりと入る巨大な落とし穴。
スライムは粘液でできた身体なので基本這ってしか移動できず、もちろん自力で飛び上がる事はできない。
「よし、これでしばらくは移動できないでしょ」
踵を返すミリア。その眼前ではエクリアとリーレの情け容赦ない蹂躙劇が繰り広げられていた。
片や爆炎を叩きつけたか、元が何か分からないほど焼け焦げた骸と高熱で引きつったような惨状がセットとなってあちこちに転がっている。
そしてもう片方はと言うと、至る所に鋭い氷柱が突き立っていて、哀れな魔獣がその氷柱に串刺しにされた状態で内部から凍結していた。
「これはひどい」
思わずミリアが口にした一言だった。
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