第45話 侯爵家の誇り
「いやぁ、ビックリしたぜ。
マジで訳分かんねぇって」
爆風で
『街の中で生き残っている人達を街の外へ連れ出す事』
魔蟲達は与えられた任務をちゃんと完遂してくれたようである。
ちなみに咥えられていたのはレイダーだけで、女性陣はその胴体にしがみついていた模様。
「みんなだけ? ライエルさん達は?」
「分からない。途中ではぐれた」
「まあ、あの人達の事だから大丈夫じゃない?」
ミリアの問いに首を振るレミナとお気楽に返すヴィルナ。まあ、確かに第3軍は見た目に反して精鋭部隊だ。魔獣程度にやられるようなヤワな軍隊ではないだろう。魔蟲達にも指示を出していたし大丈夫ではあるとは思うが、それでもやはり街1つ消し飛ばすあの
が、そんなミリアの心配を余所に、ドドドドドと言う地響きと共に人を乗せた
「ハイヤー! 魔蟲の騎士ライエル見参!
なんてな。いいなぁ、これ。足も速いし壁だろうが何だろうが平然と駆け上がる。馬よりもよっぽど有能だぞ。シルカちゃん、こいつら第3軍に貸してくれないか?」
「あ〜、多分無理だと思います。私が近くにいないと言う事聞かないと思いますし」
今回のはミリアの魔法の威力にびびった魔蟲達がミリアの指示通りに行動しただけで、別にシルカ以外の言う事を聞くようになった訳ではない。例外として
「そうかぁ、残念だなぁ」
本気で残念そうである。
そもそも、魔蟲とは一種のモンスターだ。そんな魔蟲に乗って駆ける騎士など人前に出せるはずがない。ただでさえ変人扱いされている第3軍が輪をかけておかしく見られるのが火を見るよりも明らかだ。
と、その時、奥から1匹の
「レストリルさん? 怪我はないみたいだけど、どうしたの、これ?」
「
やれやれ、と肩を竦めるライエルの副官マリエッタ。サラジアも同様のようで冷めた目で見つめている。2人とも見た目綺麗なお姉さんなのだが、そこはやはりこの第3軍の副官。考え方はライエルと同じようだ。
「やれやれ、仕方ないわね。
自分で起こしてまた勘違いされるのが嫌なのか。シルカは咥えて来た
「うう……何で寝てたんだろう。あれ? そう言えば巨大な蟻が目の前にいて……そんな訳ないか。悪い夢でもみたかな。ハハハ」
「残念ながら夢じゃないわよ」
声のした方向に振り返ると、そこにはその巨大な蟻
「う〜ん」
バタッ
またレストリルは意識を手放した。
「ま、街が……バウンズが無くなってる……」
前髪からポタポタと水滴を垂らしながら、レストリルは呆然とそう呟いた。リーレが顔に水をぶっかけて強制的に再起動させたレストリルが、街の惨状を目にした第一声である。
領主館を中心に発展した賑やかな街並み。バルディッシュ侯爵領の中心都市であるバウンズは王都にも引けを取らないくらいの街であるとレストリルは自負していた。それが今では見る影もなく、恐らくは領主館のあったであろう場所を中心に巨大なクレーターとなっていた。
「わ、私が気絶している間に何があったんですか!」
「どこのバカかは知らないけど、領主館の地下に
「
「見ての通り、たった1つで街1つを消し飛ばす広域破壊兵器よ。恐らく、
「そ、そうだ、兄達は? 私の兄達はどうなったんですか!?」
レストリルの問いにミリアは黙って首を横に振る。それを見たレストリルはガクッと膝を付いた。
「そ、そんな……」
「研究所への隠し通路にレーヴァンらしき遺体があったわ。バールザックはすでに
「……」
「恐らくは、この
バルディッシュ侯爵家で長男レーヴァンは戦死。次男バールザックは
ライエルが先程までとは打って変わって真面目な顔でレストリルにこう問いかけた。
「レストリル殿。我々
「これから……」
「貴方も知っての通り、貴方の父レバンナ卿はカイオロス王家に反旗を翻した。恐らくはバルディッシュ侯爵家は取り潰しになるだろう。貴方の命も保証はできない。
だから、我々としてはこのまま貴方がこの国から出ると言う選択をしても、それを阻んだりはしない。
だが、貴方が侯爵家の責任を持って父のレバンナ卿を止めようと言うのであれば、我々もそれに協力しよう」
ヴァナディール王国では貴族による反乱の場合、それを主導した貴族は連座で一族郎党全てが罪に問われる。多少の例外はあるが、後顧の憂いを断つにはそれが最善であると考えられたためだ。
それはカイオロス王国でも同じ。そうなるとレストリルもこの騒乱後に連座で首を刎ねられてもおかしくはない。ならば今の内に国外に逃げてしまうのも1つの選択だ。
だが、レストリルは――
「確かに、命が惜しいのであればここで逃げるのが最善かもしれません。
でも、私は末席とはいえバルディッシュ侯爵家に名を連ねる者です。父の暴挙を、見て見ぬ振りをする訳にはいかない!」
「貴方の未来には光はないかもしれませんよ?」
「それでもです」
レストリルの目には迷いはない。そう判断したライエルは「分かりました」と頷いた。
「では、我々
そう言い終わると、今度はミリアの方に目を向ける。
「ミリアさん達はどうする? 君達は軍属じゃないからな。ここでヴァナディールに帰っても誰も文句は言わないが」
「冗談! 私達も行きます。陛下からの依頼はまだ達成したとは言えませんので」
言いつつ、バウンズの惨状に目を向ける。
「レバンナ卿が王都に向かってからかなり時間が経ってるわ。こうなったら手段を選んでられないわね」
ミリアは決断する。
「シルカ、
シルカは頷き召喚陣を広げる。
「出ておいで、
ミリア達を背に乗せ、天を滑空する20体もの
少し高度を落として地上を見ると、村の残骸や戦場になったであろう痕跡がいくつか見られた。破壊された建物らしき廃墟や、戦った兵士のものらしき折れた槍や剣。鎧兜の残骸などが無造作に投げ捨てられている。
「戦闘になったように見えるが、兵士の死体が全く見えないな」
ライエルがそう疑問を口にする。確かに、地面に煤けた跡なども見えるから、魔法攻撃を含めた戦闘行為があった事は間違いない。だが、その犠牲者のものらしき遺体が1つも転がっていないのだ。
「レストリルさんの話を聞いた時からもしかしたらと思ってたけど、どうやら間違いなさそうね」
「ミリアちゃん?」
バルトジラン王との話の当事者でなかったリーレは首を傾げる。
「レバンナ卿もすでに
「種類、ですか」
「多分、レバンナ卿が融合した魔獣は
「スライムか。これはまた厄介ね」
リーレの反対側に座っていたエクリアが嫌そうに顔をしかめる。
スライムは不定形魔獣の名の通り特定の形を持たず、流動する体を持つ魔獣の総称である。その流動する身体の特性上物理的な攻撃はほとんど効果がなく、魔法攻撃ですらあまり効果的ではない。
弱点は身体のどこかにある核で、これを破壊すればスライムは形を保っていられなくなり崩壊する。
小さいスライムならば脅威度はほとんどなく、子供でも踏み潰してしまえば倒せるくらい。だが、それが一定の大きさ以上になると一気に脅威度が跳ね上がる。身体の大きさに対して核の大きさが比例しないので倒すのがかなり難しくなるのだ。
「レバンナ卿と融合したスライム。できればマナスライムじゃない事を祈りたいけど……」
そんな事を言うミリアだが、自分でも分かっている。
こう言う時の自分の嫌な予感だけはよく当たると言う事を。
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