第44話 バウンズ脱出


 領都バウンズの領主館の広間。合成魔獣キメラと化したバールザックとカイト達の死闘が繰り広げられた場所。

 床の上に座り込んだカイトと、そのカイトに癒しの術で傷を癒すシルカ。そんな2人の目の前の扉が文字通り蹴り開けられた。弾け飛んだ扉がカイトとシルカの側をバウンドする。


「2人とも、無事みたいね」

「ははは、まあ何とか」

「ちょっと、ミリア。もう少し丁寧に開けられないの? 

 危なかったじゃない。カイト、今動けないんだから」

「動けない? そんなに消耗したの?」


 首を傾げるミリア。

 同じくデニスの特訓を受けた事のある身。培われた体力はたかだか30分程度の戦いで立てなくなるほど消耗するとは思えなかった。


「ちょっと魔光流動ストリームオーラを試したら想像以上に精神力と魔力を消費したみたいで」

「はあ!? 魔光流動ストリームオーラ!?

 そっか、カイトはあれを使えるようになったんだ」


 チラッとミリアは目線を横にずらす。そこには仰向けに倒れたバールザックの身体が。黒いチリになって消えてない辺り、まだ死んではいないらしい。ただ、右脇から左肩にかけてバッサリやられているので、そう長くはないだろう。


(薄らとは言え、竜の鱗を持ったバールザックをここまで綺麗に斬れるなんて。魔光流動ストリームオーラを使ったってのは間違いなさそうね)


 はあ、とミリアはため息1つ。


「私もまだちゃんと使えないのよね。魔光流動ストリームオーラって……」


 肩を落とすミリアを見つつ、エクリアはこう思った。ミリアってなにを目指しているのかたまに分からなくなるわね、と。


「ところでそっちの成果は?」


 そのシルカの一言でミリアはハッとする。


「あ、そうだ! カイトも疲れているところ悪いけど、すぐにこの街を出るわよ!」

「え? どういう事?」

「説明してる時間が惜しいわ。シルカは呼べるだけの魔蟲達を呼んで。足が速いか空を飛べる魔蟲を中心に。街にいる第3軍の人達を回収しないと」

「な、何だかよく分からないけど、魔蟲達を呼べば良いのね?」


 言われるがままシルカは召喚の紋章陣を起動させ、たくさんの魔蟲を呼び出した。

 その数、龍蜻蛉ドラゴンフライが10匹、軍隊蟻アーミーアントが30匹、鎧百足アーマーセンチピードが10匹の合計50匹。

 それを確認するなり、ミリアは魔力を一気に練り上げる。それも魔力解放率50%まで引き上げた上で。


「まずは出口を広げる! 豪風の炸裂弾インパルスバースト!」


 放たれた強力な風の魔法は屋敷の壁どころか天井から屋根までも跡形もなく吹き飛ばす。だけでは飽き足らず、その上空にあった不気味な雲までも消し去ってポッカリと青空が覗いていた。


「みんな! この街にいる生きている人間を全部拾って西の高台まで運んで! 時間がないから大急ぎで!」


 ミリアの言葉。魔蟲達にとってミリアも信頼に足る人間と判断しているのか、もしくは今の一撃で本能的に逆らってはいけないと思ったか。魔蟲達はすぐに街に散らばって行った。


「後は私達だけど……」


 そうミリアが呟いた直後、シルカの展開した紋章陣から最後にその魔蟲が姿を現した。シルカの魔蟲の中で最も強く最も信頼する魔蟲、百足龍虫ドラゴンセンチピードが。

 すかさず、シルカはその頭の上に飛び乗り、全員に促した。


「みんな、早く乗って!」


 ミリア達全員言われるがままに、ご丁寧に頭を下げてくれた百足龍虫ドラゴンセンチピードの上に飛び乗った。ちなみに動けないカイトはミリアによって放り投げられ、無事にシルカがキャッチしていた。


「よし、行って! 百足龍虫ドラゴンセンチピード!」


 シルカの声に応えるように一鳴きし、ミリア達を乗せた百足龍虫ドラゴンセンチピードは風を切り裂くような勢いで外に飛び出して行った。




    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 一方、街中で魔獣の残党処理をしていたライエル達魔道騎士団オリジンナイツ第3軍の面々。そんな中、情けない悲鳴を上げている人物が1人。


「ひいぃぃぃ!」

「オラァ!」


 背中からカマキリのような鎌を生やした熊の人工合成魔獣バイオキメラに襲われるレストリル。その間に割って入り、一太刀で斬り伏せるライエル。剣の血糊を振り払い、鞘に納めてから周囲を見回す。一先ず、見渡す範囲には魔獣の姿は見受けられなかった。


「よ〜し、大体片付いたな。後はカイト達が戻ってくるのを待つだけだな」

「それにしても、情けないですよ、レストリルさん。たかだか魔獣相手に」


 へたり込んでいるレストリルにマリエッタが苦言を呈する。さらに共にいたサラジアからも追撃。


「シルカさん、ああ見えて対魔獣との戦いには結構慣れてますからね。彼女と共にいたいなら、まずはそのヘッポコぶりをどうにかしないと呆れられますよ」

「カイトも昔はびっくりするくらいヘッポコだったからなぁ。まあアイツの場合、素質をちゃんと見抜いてくれる人がいなかっただけだったみたいだが」


 素質。レストリルはカイトに決闘を挑んだ時の事を思い出す。

 あの時、カイトの構えには全く魔力が感じられなかった。抑えているのかと思い慎重に探ったが、それでもやはり感じられなかった。

 それでレストリルは完全に見誤った。

 レストリルだってもちろん剣の手ほどきは受けてきた。兄レーヴァンは赤鷲騎士団の団長の1人で、剣の腕も当然に高い。魔力を扱う技術も兄から習いマスターしていたと自負していた。そんな自分が魔力もまともに扱えない奴相手に負ける訳がない、と。

 だが、結果は惨敗。結果を見れば手も足も出なかったと言うのが相応しいような完敗だった。

 実際、カイトは剣士としての腕は想像以上だった。隙のない連続攻撃。まるで竜巻のように四方八方から飛び交う剣撃にレストリルは防御が間に合わず、魔力を使った障壁をガードに回していた。これがあれば決して負けないと考えていた。

 しかしあの時、カイトが放った上段からの斬り下ろし。その直前の斬り上げによって自らの剣を弾き上げられていたレストリルは迷わず障壁を使い自らの身を守った。確かにカイトの剣は障壁の表面を削っただけだったはず。なのにレストリルの身体を襲った衝撃。まるで見えない刃で肩から斜めに斬り裂かれたように錯覚するような激痛に思わずレストリルは後方に転げ込んだ。

 魔力障壁を張っていたにも関わらず、まるで障壁をすり抜けるようにしてその奥の本体を襲うカイトの剣撃。シルカと共に歩むにはあのような特異な力を持つ必要があるのか。レストリルはそう考えて気を重くしていた。


 ちなみに、レストリルのその悩みは、ほんの数ヶ月前にシルカがカイトに対して思っていた事なのを彼は知る由もない。




 そして、ふと気付けば、彼の眼前に迫っていたのは彼の倍ほどもある大型の魔蟲『軍隊蟻アーミーアント』の大きな顎だった。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





真紅の魔星クリムゾンダークマター?」


 建物の上を滑空するように進む百足龍虫ドラゴンセンチピードの上でお互いに顔を見合わせるカイトとシルカ。


「シルカは知ってるか?」

「いいえ、初めて聞くわ。何か宝石の名前?」

「宝石の名前だったらこんなに大急ぎで逃げなくても良いんだけどねぇ」


 そりゃそうか、とシルカは指先で頬を掻いた。


真紅の魔星クリムゾンダークマターはいくつもの魔鉱石の核を組み合わせて造られた臨界型の爆弾よ」

「魔鉱石の核?」

「魔鉱石って言っても、その石に宿った魔力は全て均一ではない事は知ってるわよね?」


 そのミリアの問いにカイトもシルカも頷く。その辺りの話は学園の鉱石学で習った範囲だった。

 ミリアは続ける。


「魔鉱石の中で最も保有魔力の高い部位を総じて魔鉱石の核と呼ばれているの。この魔鉱石の核には厄介な特性があって、他の鉱石の核と触れると魔力が透過して混ぜ合わさっちゃうのよ。

 その特性を利用した戦略兵器が真紅の魔星クリムゾンダークマター。多数の火の属性を持つ火晶石の核を繋ぎ合わせて火の魔力を増幅させ、そこに魔力光を当てて魔力を飽和させる。そして臨界に達したところで核の外殻が砕けて大爆発って訳」

「よく知ってたわね」

「……たまたま読んでた本に出てたのよ」

「たまたまねぇ」


 ミリアの後ろからひょっこり顔を出すエクリアとリーレ。


「ミリアちゃん、あの頃は『力こそ正義!』みたいな考え方でしたからねぇ」

「『世界を震撼させた大規模魔法』とか、『魔大戦の脅威! 勝利をもたらした魔道兵器の数々』なんて物騒な本を好んで読んでたわよねぇ」

「2人とも、人の黒歴史を掘り返すのはやめて」


 ジロっと睨むと2人は「あはは」と笑いながら離れて行った。


「とにかく、真紅の魔星クリムゾンダークマターってのはそういう兵器よ。地下に設置されていた奴の大きさからして、おそらくこの街全域が吹き飛ぶわ」


 チラッと領主館の辺りに目を向ける。かなり離れたのにも関わらず、震えをもたらす程の膨大な魔力を感じられた。

 こんな莫大な魔力、あの部屋を見るまで気付かなかったなんて。ミリアは唇を噛む。あの部屋自体に魔力感知を阻む何かしらの仕掛けがしてあったか、もしくはバールザック――あの竜種ドラゴンとの合成魔獣キメラがカモフラージュになっていたか。

 だが、今となってはそんな事はどうでも良い。


「私が見た時点で核全体が紅く染まっていた。臨界点までもうほとんど猶予がないわ。お願い、もっと急いで!」


 百足龍虫ドラゴンセンチピードは一鳴きしてさらに速度を上げた。もう速すぎてツノにしがみ付いていないと振り落とされそうな勢いだ。

 ミリアはツノに腕を巻き付けつつ前方に目を向ける。そこには3体の人工合成魔獣バイオキメラが。


「邪魔よ! 火炎の砲弾ファイヤーボール!」


 杖を振るい、3発の火炎弾を放つ。魔法の規模は初級の火炎ファイヤー系だが、魔力解放率50%状態ならばこれで十分。火炎弾の直撃を受けた魔獣達は直撃箇所から派手に爆散し、灰となって散った。

 やがて領主館を中心に地面が振動を始める。これは間違いなく爆発の予兆に他ならない。


「入り口まで回ってる余裕はない。ならば――」


 ミリアは両手で杖を握りしめ、頭の上から前に飛び降りた。


百足龍虫ドラゴンセンチピード、私を咥えて!」


 百足龍虫ドラゴンセンチピードは返答の代わりにその大きな顎でミリアを挟み込む。眼前に迫るは見上げるほどの城壁。構わずミリアは限界まで魔力を絞り出してその魔法を放った。


灼熱の炸裂弾ブレイズバースト!」


 放たれた紅蓮の球体は炎を撒き散らし城壁目掛けて飛ぶ。急激に膨張しながら。そして城壁に着弾する頃には高い城壁のほぼ3分の2の大きさにまで膨らんでいた。その破壊力はもはや言うまでもなし。巨大な火炎弾の残滓が消えたそこには城壁は存在しなかった。

 百足龍虫ドラゴンセンチピードはミリアを咥えたまま、その消えた城壁の場所を最高速で駆け抜ける。



 その直後だった。


 領都バウンズに紅い閃光が走ったのは。


 それはまさに地上に生み出された眩い星。

 だが、それは美しくも崩壊を招く魔の星。

 真紅の輝きは領都バウンズ全域を覆い、やがて領主館を中心に収縮。

 その次の瞬間、この世の果てにまで響き渡るかのような轟音。そして灼熱の爆炎と爆風が辺り一帯を残らず消し飛ばした。






 何とか爆発の範囲からは逃れたものの、その強烈な爆風に百足龍虫ドラゴンセンチピードの巨体ですらまるで木の葉のように大空へと舞い上げられた。百足龍虫ドラゴンセンチピードは何とか空中で体勢を立て直し、長い身体を上手く利用してふわりと地面に降り立った。

 バタバタと百足龍虫ドラゴンセンチピードの上から仲間達が転がり落ちてくる。それぞれ地面の上で大の字になって安堵の息を吐いた。

 最後にミリアが顎から解放され、地面に降り立つ。そしてシルカと一緒に百足龍虫ドラゴンセンチピードの頭を撫でてあげた。


「はぁ〜、今回はマジで死ぬかと思ったわ。言う事聞いてくれてありがとうね」


 百足龍虫ドラゴンセンチピードはキチキチと歯を鳴らしている。何だかその様子は喜んでいるように感じた。



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