セフィロトの魔法使い
黒木オレオ
序章 アークの魔道士
少女は対峙していた。
恐怖、まさにその象徴たる漆黒の巨獣に。
まるで山を思わせる巨躯にその全身を覆う漆黒の鱗。
背から左右に広がるは巨大なる翼。
獲物を狙うような血走った赤い瞳が遥か上方から少女を見下ろしている。
天空には暗雲が立ち込め、輝く稲光が雲間を駆け巡る。
雷光に照らし出された少女の目には恐れと言うものは全く感じられない。
立ち向かう少女は身に纏った魔道士の外套を翻し、ピンと立てた人差し指を突きつけた。
「
その仕草で自らの敵と認めたか、漆黒のドラゴンは咆哮を上げた。
周囲の空気や虚空に漂う数多の精達までも恐慌に陥らせるような強烈な衝撃が少女の心をも劈く。だが、少女は気合を込めてその恐怖心を振り払った。
「これが噂の竜の咆哮か。来ると分かっていなかったら危なかったわ」
ドラゴンはまず最初に咆哮で相手の戦意を砕く。恐怖心で動けなくなったところで爪や牙や火焔のブレスなどで仕留めにかかるのだ。それが竜族の狩りの特徴なのである。
その戦法が通じないと見たドラゴンは、目の前の魔道士の少女が油断ならない相手と認識したのだろう。少女に向け、巨大な口を大きく広げる。たちまちその内部に緋色の輝きが宿り、瞬く間に大きな劫火へと姿を変える。
ドラゴンブレス。火焔や冷気、電撃などその種類は多種に渡るが、それらを総じてそう呼ぶ。莫大な魔力が織り込まれたその攻撃。それに込められた強大な破壊の力は並みの魔道士では防ぐ事など不可能。
ただし、当たればの話。
火焔の力が込められたドラゴンブレスが大地を直撃し、莫大な熱量を周囲へと容赦なく撒き散らす。
炸裂した大地はそのあまりの熱で引きつったように変形し、周囲の草木は一瞬で灰と化す。
その後には人影はもはや存在すら残されていなかった。
勝利を確信したか、雄たけびを一つ上げようとしたその目線の先。巨大なドラゴンのさらに上空に少女は浮遊していた。
「残念。外れだったわね」
雷光で照らされたフードの下の表情ににやりと笑みが浮かぶ。
ドラゴンは今度こそと再び少女目掛けてその口を広げる。
「悪いけど、次は私の番。順番は守ってもらうわ」
その言葉と同時に少女は左手を一振り。直後、まるで砲弾のような何かが上空からドラゴンの頭部を直撃する。それは圧縮空気の塊。
轟音と共に爆炎が口から噴出し、弾き飛ばされるようにドラゴンは大きくのけぞる。
そして、
「これで終わりよ!」
少女は右手の人差し指を天に向けて突きつける。
稲妻が虚空を駆け巡り、暗い空を照らし出す。
「走れ稲光! 貫け雷光!」
とどめとばかりに右人差し指をドラゴン目掛けて振り下ろす。その瞬間、天空を駆け巡る稲妻が一点に結集し、強烈な雷撃となってドラゴンを直撃した。
凄まじい衝撃がドラゴンの全身を駆け巡り、弾ける電撃が内側からドラゴンの鱗を吹き飛ばす。
やがて黒煙を噴きながら、ドラゴンは地響きを上げて大地へと崩れ落ちた。
躯と化したドラゴンの目の前に、少女はふわりと舞い降りた。そしてバッと頭を覆うフードを払いのける。
稲光に明るく輝く銀髪が風になびき、燃えるような赤い瞳が勝気な光を宿している。
「最強と呼ばれる種族も、もう私の敵じゃないわ。
そう、この
高らかに勝鬨を上げる大魔道士ミリア。
しかし、その背後に突然強大な魔力と共に、あらゆる光すらも塗り潰すような闇が広がり出す。
その奥底から響く、地獄の底から語りかけてくるかのような不気味な声。
『黒竜を倒した程度で世界を救ったつもりか?』
「誰!?」
『我は全ての世界の全ての魔道士の上に立つもの』
「全ての魔道士の上に立つものですって? それは聞き捨てならないわね。
なら、あんたを倒して、私が正真正銘の最強の魔道士になってやるわ!」
『身の程知らずめ。皆が恐れ封じるしかなかった我が力、存分に味わうがいい!』
闇の中から膨大な魔力が込められた光が押し寄せる。
だが、ミリアは一歩も引かない。ミリアの目指すは魔道士の頂点。どんなに強大な相手でも引くわけにはいかない。
ミリアはその光に向かって手をかざす。
その瞬間、辺り一面真っ白に染まり――
――視界が戻ったミリアの見たものは。
――いつもの見慣れた寝室の天井だった。
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