第1章 復活の邪竜

第1話 見習い魔道士ミリア



 チュンチュンと小鳥達が朝を告げる。

 窓から差し込む光を受け、ベッドの中で目を開けた少女は起き上がって大きく背伸びをした。

 寝ぼけ眼をこすりながら、少女はボソッと呟く。


「……夢か。そりゃそうよね。あんな雷撃なんて難しい魔法、使えるわけないもの」


 少女はもう一度大きく背伸びをしてからベッドから出た。

 彼女の名はミリア・フォレスティ。15歳。いつかは魔道士で最高位の階級である大魔道アークになるべく、このエクステリアの街で修行に励む魔道士の卵である。


 シャワーを浴びて寝癖と眠気を纏めて洗い流したところで、ふと時計を見る。時間はすでに8時を指していた。


「おっと、そろそろ行かなきゃ。あの人がへそを曲げちゃうわ」


 ミリアは魔道士のローブを着込み、その上から両親から貰った濃紺のマントを身に纏うと、「行ってきま~す」と元気良く玄関から外へと飛び出した。




 ここはエンティルスと呼ばれる世界。


 天界、魔界、人間界、精霊界などとは次元を隔てた異世界にあり、争いを嫌ったとある神と魔がこの世界をお造りになったという。そして現在、多種多様な種族が互いに諍いを起こす事もなく共存している。


 そのエンティルスの一角に存在するのがここ、魔道の都と称される街エクステリアだ。ここには魔法界を統率する魔道士協会の総本山や、魔法界の法を司る魔道法院の本院も存在し、ありとあらゆる魔道の英知がこの街に集まっていた。

 ゆえに、この街には大勢の魔道士や魔道士を志す卵達が滞在している。

 ミリアもその中の1人だった。


「あら、おはよう、ミリアちゃん。今日も元気ね」

「おはようございます、お姉さん」


 朝の澄んだ空気の中、ミリアはエクステリアの街の商業地区を歩いていた。いろんな店の店員さんから声をかけられる度に、ミリアは明るく返事を返していく。


 やがて、商業区の一角にある薬局に到着した。看板には『エミルモール』と書かれている。


「おはようございます、ベルモールさん」


 ミリアは挨拶をして店内へと入ると、奥からボサボサの髪をした女性がずれた眼鏡をかけ直しながらヒョイと顔を出す。

 この女性がミリアが師事する魔道士。名をベルモール・モルフェルグスといった。


「ああミリアか。今日は少し遅かったな」

「朝食まだですよね。すぐに作ります」

「ん~」


 ベルモールはボサボサの頭を掻きながら部屋の中に頭を引っ込める。

 それを見て、やれやれとため息をひとつ。


 ベルモールはミリアの両親からの推薦で師事するに至った女性魔道士だ。長い銀髪を後ろで1つに束ねており、目には常にずれた眼鏡に口には咥えタバコ。その姿ははっきり言って全くやり手には見えない。ただ、調合の腕前だけは凄いという事だけは分かっている。なにせこの店においてある薬関連は全てベルモールが自ら調合した物だからだ。

 何でこんなに調合の技術があるのに料理の技術は壊滅的なんだろう。本気でミリアはそう思った。


 ミリアは中に入る前にまず郵便受けを覗き込む。中には数通の手紙。その内1つに彼女の目が留まった。


「あれ、これって魔道法院からだ」


 魔道法院とはいわば魔道界の警察機関の事で、魔道界の法に従い法を犯したものを逮捕したり裁いたりする機関の事だ。


「魔道法院がベルモールさんに何の用なんだろ」


 首を傾げつつ、ミリアは店内へと入っていく。


「ベルモールさん、魔道法院から手紙が届いてましたよ」

「魔道法院から?」


 ベルモールは手紙を受け取ると、ペーパーナイフで封を切る。手紙に目を走らせつつ、ふ~むと唸った。


「どんな内容だったんですか?」

「ん? いや、ちょっとな」


 手紙をたたんで元通りに封筒に戻すと、それを指先に灯した火で焼き払った。そして、咥えていたタバコをギュッと灰皿に押し付けてから立ち上がる。


「悪いけど、店番頼む。ちょっと出かけなくちゃいけなくなった」

「店番っていつも私に押し付けてるじゃないですか。まあ、別にいいですけど。

 で、朝食はどうします?」

「今日はいい。何か適当に買って食べるから」

「分かりました」


 ベルモールは頭を掻きながら、部屋の奥へと引っ込んでいった。そしてしばらくすると、さっきとは別人のような姿となって奥から現れる。

 ボサボサだった髪はしっかりと梳き整えられていて、ずれていた眼鏡もしっかりとかけ直されている。さらに身に纏った緋色のマントと魔道士のローブも皺一つなく、本当にこの人はあのベルモールかと疑いを持つほどの変わりようだった。


「うわぁ、まるで超一流の魔道士みたいに見えますよ」

「……お前、自分の師匠を何だと思ってるんだ」


 不満げに睨んでくるベルモール。

 対して、そうは言ってもなぁとミリアは苦笑する。普段のベルモールを見ていれば誰だってそう思うに違いない。


「まあとにかく行ってくるから。店の方は頼むぞ、ミリア」

「は~い。行ってらっしゃい」


 店を出るベルモールを見送ってから、ミリアは朝食の準備をする。

 こんがり焼けたトーストに、香ばしく焼いたベーコンエッグ。ミルクたっぷりのカフェオレが朝のメニューだ。


「う~ん、コンロの火晶石もそろそろ魔力が切れそうね。新しく買い換えておかないといけないかも」


 色が薄くなってきたコンロの赤い魔水晶を見つめながら呟く。火晶石とは火の精霊力を籠めた赤い魔水晶の事で、これもこのエクステリアの街で生み出された技術の1つだ。今は北にあるフレイシアの街の工房で大量生産されている。商業地区のお店で普通に売られているので、購入にはそんなに手間はかからない。どこかに行くついでに買ってくればいいだろう。


 食事後、店のカウンター前に腰を下ろし、図書館から借りてきた魔道書を読んでいるミリア。まあ、薬局だからそんなにたくさんのお客さんが来るわけでもないし、すでにベルモールが十分な薬を作ってあるので特注が来ない限りはミリアの仕事など無いに等しい。

 そんなわけで、今日もまずは暇つぶしとばかりに新聞を広げるミリア。

 そんな彼女の目にこんな記事が飛び込んできた。


――千年前の戦いの証明か? 赤い竜の鱗発見。


 その記事によると、エクステリアの街の北にある火の街フレイシア。そこのさらに北にある山岳地帯で邪竜ベルゼドの物と思われる赤い竜の鱗が発見されたらしい。発見者はフレイシア周辺を統治するグレイド・フレイヤードと言う人物と書いてある。


 邪竜ベルゼドとは、今から千年前にここエンティルスに現れた赤い鱗のドラゴンで、当時は地獄絵図と言われるほどの破壊の限りを尽くしたと言う。だが、最後は当時の大魔道士アークを中心とした多くの魔道士達により討伐され、その肉体は完全に消滅させられたと言われている。


 ここまでの話は、今のこの世界には伝承として語り継がれるだけの話でしかない。その戦いが本当にあったのかどうかを証明するような証拠は何一つ見つかっていないのだ。

 その話を踏まえ、今発見されたこの赤い竜の鱗。これがベルゼドの鱗だと断定されれば、これは歴史的大発見と言う事になる。伝承でしかないと思われていた戦いが現実にあったと言う事が証明されるからだ。


「竜族ねぇ。いるもんなら見てみたいわね」


 ふと思い出す今朝方見ていた夢の内容。黒き竜と戦うアークの自分。神族に属する種族の中でも最強と名高い竜族と真っ向から戦うその強い魔道士。いや、竜族だけではない。書物に載っているような有名で強大な力を持つ神族や魔族と勇敢に戦う強大な魔道士。それこそがミリアの魔道士に対する理想だった。あの姿を現実のものとするためにも、ミリアはひたすら魔法の修行を続けている。

 新聞を畳んで脇に置き、書物のページをめくりながらその内容に目を通していると、


「おはようございます」

「やっほ~。ミリアいる?」


 明るい声と共に店内に入ってきたお客さんが2人。

 片方は流れる水のような青い髪をセミロングに揃えた女性魔道士。

 もう片方は真逆に燃えるような赤い髪をポニーテールに纏めた、強気な目をした女性魔道士。

 それぞれ、名前をリーレンティア・アクアリウス、エクリア・フレイヤードと言う。ちなみにリーレンティアは長いためリーレと言う愛称で呼ばれている。

 彼女達はミリアがこのエクステリアの街に来てからの付き合いであり、共に超一流の魔道士を目指す親友でもあった。


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