第2話 魔道士界の法
一緒に魔道士の修行をしている2人の少女エクリアとリーレ。
2人は揃ってカウンターの前までやってきた。
「一緒に練習しようと思って来たんだけど……」
「あはは、ごめん。店番頼まれちゃって」
「ベルモールさん、出かけてるの?」
「うん。多分朝に届いていた魔道法院からの手紙の関係だと思うけど」
「魔道法院から? 一体何の用事だったんだろ」
「分かんない。手紙の中を見たわけじゃないから」
人の手紙を勝手に見るのは失礼に当たる。ミリアが両親から教育されたマナーの一つだった。
「あの~、これからどうします?」
リーレの言葉に「そうねぇ」とミリアは考える。
店番を頼まれている以上、ここを離れるわけにもいかないし、かと言ってせっかく来てくれたのにこのまま返すのは何だか嫌だった。
「2人とも、何か勉強に使えそうな本は持って来てる?」
ミリアの問いに2人は頷く。
「それじゃあ、カウンターの中に入って来て。ここでなら勉強くらいはできるよね」
「う~ん、実技もやりたかったんだけど、まあ仕方ないか」
「お邪魔しま~す」
リーレとエクリアはミリアと並んでカウンターに座る。
「で、ミリアはどんな本を読んでるの?」
「ん? これ」
ミリアは読んでいた本を2人に見えるようにカウンター上に広げる。それを覗き込むリーレとエクリア。
「……魔道法院の出している法や掟についての本よね、これって」
「魔道士界の掟についてって私あんまり詳しく知らないから。アークを目指すためにはやっぱりこういう事も詳しく知っておく必要があると思うのよ」
「なるほどね。それで、何か気になる事はあった?」
エクリアに尋ねられ、う~んと唸りつつページをぺらぺらと捲る。
「この禁断の魔法についてとかかな」
「禁断の魔法?」
それを聞いてリーレも首をかしげる。どうやらリーレも知らなかったらしい。
「本によると、魔道士界には使用を禁じられた魔法があって、無断で使用したらそれだけで終身刑に処されるらしいよ。実際に使用するためには魔道法院かアークの魔道士から許可を貰わないとダメみたい」
「それについては一応あたしは知ってたわよ」
エッヘンと胸を張るエクリア。
禁断の魔法は大きく分けて3つ。
1つは精神を支配する魔法で洗脳などがそれに当たる。他者を意のままに操る洗脳の魔法など、使う機会など犯罪以外には考えつかない。
2つ目は命に関する魔法。死者の蘇生や不死に関する魔法だ。それは命を冒涜する行為であり、使ったところでロクな結果にはならない。死者の蘇生など成功事例はこれまでに一度もなく、不死共々行き着く先はアンデットでしかない。
そして最後の1つ。それは、いわゆる天変地異を引き起こす魔法だった。
「天変地異の魔法で該当するものと言えば、地震や吹雪など。あと、意外だけど実は落雷を叩き込む雷撃の魔法も禁断の魔法に含まれているのよ」
「え? 雷撃の魔法も?」
「エクリア先生質問!」
「何かね、リーレンティア君?」
はいは~いと右手を上げるリーレに、まるで教師のような口調で返すエクリア。その様子に思わず吹き出しそうになる。
「電撃の魔法と雷撃の魔法ってどう違うんですか? どちらも電気の魔法ですよね?」
「確かに、電撃の魔法と雷撃の魔法はどちらも電気に関する魔法ね。
ここで問題になってくるのは、それぞれの魔法は何を使って発動しているか、なのよ」
「何を使って発動しているか、ですか」
「じゃあリーレに聞くけど、電撃魔法ってどんな魔法か分かる?」
リーレは記憶から知識を引き出すように少し考えてから、やや自信なさげに答えた。
「えっと、確か水属性と風属性を組み合わせて大気中の水分から電気の力を引き出す魔法だったような……」
「うん。私もそう聞いた。電撃の魔法って
「正解よ。じゃあ、落雷の魔法は?」
「え? あれも精霊の力を借りてるんじゃないの?」
意外そうに目を見開くミリアに、エクリアは得意げに語る。
「実は違うのよねぇ。落雷の魔法は精霊じゃなくて、むしろ自然界に干渉して発動させてるのよ。そもそも、落雷なんて澄んだ青空で起こりうるものじゃないでしょ」
「うん。確かに青空に落雷なんて見た事ないね」
「だから、落雷の魔法を使う時はまずは自然界に干渉し、雷雲を生み出す必要があるのよ。十分な雷エネルギーを保有した雷雲が完成したところで、今度はその雷雲に干渉し雷の力を操って対象に叩き込む。これが落雷の魔法の使い方よ。
どう? 電撃とは全然違うでしょ」
「そんな事、よく知ってるわね。そこまで知ってるって事は、もしかして使おうと思えば使えたりする?」
使えるならあわよくば使い方を教わろうなど考えていたミリアだったが、やはりそう甘くはなかった。エクリアは無理無理と手を振る。
「原理を知ってるのと使えるのとは全然違うわ。自然界に干渉するだけでも途轍もない魔力と精神力が必要なんだから。おまけにそれを制御するとなるとさらに大変。天変地異の魔法なんて言うけど、扱うのはいわゆる自然災害だからね。暴走なんかしたらそれこそ一大事。街1つくらいなら簡単に滅んでしまうわ。そんなの簡単に使えるわけないでしょ。
あたしが原理を知ってたのはお父様に聞いたから」
「そっか。そう言えばエクリアのお父さんってフレイシアの領主様だったわね」
「ええ、そうよ。グレイド・フレイヤード。一応、あたしの目標でもあるわ」
自慢げに胸を張るエクリア。その様子から父親をかなり尊敬しているのが感じ取れる。
グレイド・フレイヤード。エクリアの父にして『火のロード』の異名を持つソーサラー。
ここ、エクステリアの北にあるフレイシアの街周辺を治める領主であり、同時に火の魔法に関する魔道技術を研究する魔道士達を統括する人物だ。
ちなみに、『
「雷撃の魔法も禁断の魔法か……」
本から目を外してぼんやりと前を見つめるミリアに、リーレが問いかける。
「ミリアちゃん、もしかして雷撃の魔法になにか思い入れがあるの?」
「うん、まあね」
「興味あるわね。聞いてもいい?」
「別にいいけど。ちょっと長くなるよ」
リーレとエクリアがミリアに向かい合うように椅子を移動させる。その後、コホンと咳払いを一つして、
「私がまだ小さい頃の話なんだけど、故郷の近くにある森の中である凶悪な魔獣に襲われた事があるのよ。友達も含め、私達みんな大怪我しちゃって。まあ大怪我ですんで幸いだったとも言えるかもしれないけどね。
でね、その時に私達を助けてくれた魔道士がいるのよ。
意識がかなり朦朧としてたから、どんな人なのかはほとんど分からなかったんだけど、唯一つだけ。その人が魔獣を退治するのに使った魔法だけははっきりと覚えてた」
「もしかして、その魔法が?」
エクリアの言葉にミリアは頷く。
「そう。雷撃の魔法。
あの時の魔道士の姿が今での脳裏に焼きついていてね。
私の憧れって言うのかな。魔道士を目指そうと思ったきっかけの人なのよ。私もあの人のような強い魔道士になりたいってね」
「そっか」
「魔道法院の許可なしで雷撃の魔法を使ったって事は、その魔道士の人の階級はアークって事になるわね。案外すぐに見つかるかもよ。今、魔法界にはアークの魔道士って3人しかいないから」
「え? そうなの?」
「誰がアークの魔道士なのかまでは知らないけどね。アークの魔道士は基本的にはそれぞれ通り名で名乗ってるから」
「お父様に聞いたところでは、『クリムゾン・アイズ』ってアークの魔道士がエクステリアの街にいるそうですよ」
クリムゾン・アイズ。紅き瞳か。
ふとミリアの脳裏に思い浮かんだのはベルモールの姿だが、違うなと首を振る。なぜなら、ベルモールの瞳の色は紅くなかったから。通り名と言うものは基本的には外見から名づけられる事が多い。あのベルモールの外見でクリムゾン・アイズと言う通り名はどう考えても無理があった。
そもそも、このエクステリアの街には紅い瞳をした人は大勢住んでいる。なぜなら、紅い瞳は魔族の特徴でもあるからだ。かく言うミリア自身だって父親譲りの紅い瞳をしている。いくらなんでも該当者が多すぎだ。そう考えると、クリムゾン・アイズにはただ瞳が紅いだけじゃなく、他に何か別の意味があるのかもしれない。
まあ、それは抜きにしても、ベルモールはあの両親の推薦なのだ。只者ではない事だけは間違いないとミリアは思った。
「何はともあれ、その人が私が魔道士を目指したきっかけの人って事。アークを目指そうと思ったのは、アークは大魔道の異名を持つ魔道士界の最高位だし。どうせならやっぱり頂点を目指したいじゃない?」
「う~ん、そうかなぁ」
一方のエクリアとリーレは複雑な顔をする。
それもそのはず。実際は、一般的に魔道士界において最高位とされているのはソーサラーと言う階級だ。それを上回るアークと言うのは、ある意味規格外であり、場合によっては化け物扱いされる階級でもある。アークの魔道士が最高位であるにも拘らず3人しか存在しない事や、彼らが通り名でしか名乗ろうとしないのはそう言う理由があったためだ。
そういうわけで、基本魔道士が目指すべき階級はソーサラーであり、アークを目指そうと思う魔道士はほんの一握りに過ぎなかった。
それはリーレやエクリアも例には漏れない。彼女達が目指すはソーサラーの階級なのである。
「ま、目標が高いのはいい事なのかもしれないけどね」
「私達も応援しますから頑張りましょう」
「いや、頑張るのは私だけじゃなくてリーレやエクリアもだからね」
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