第3話 ミリアの欠点



「ただいま」


 時間的にはお昼を過ぎたくらいか、ベルモールが店に戻ってきた。


「お邪魔してます、ベルモールさん」

「お邪魔してま~す」


 入り口から歩いて来たベルモールにカウンター越しに会釈するエクリアとリーレの二人。


「ん、確かエクリアにリーレだったな。ミリアと一緒に店番をしてくれてたんだな」

「まあ勉強のついででしたから」

「ところでベルモールさんは魔道法院に何の用事だったんですか?」

「ん? 何の事はないさ。発見された竜の鱗が本物かどうかの鑑定を依頼されただけだ」

「竜の鱗って、今新聞とかを賑わせてる」

「ああ。ベルゼドの鱗だよ」

「結果は?」

「間違いなく本物だ。あれはれっきとした本物の竜の鱗だよ。ベルゼドのものかどうかは分からないが、赤い鱗の竜なんてこの国に現れた事などほとんどない。ましてや戦いになった事など皆無と言ってもいいくらいだ。だから、あの鱗はベルゼドのものと考えても問題ないだろうな」


 その名を聞いて、ふとあの記事の事を思い出す。


「そう言えば、あの発見者のグレイド・フレイヤードってエクリアのお父さんよね?」

「あ、気づいちゃった?」


 実に嬉しそうなエクリア。横目で見つつリーレが突っ込む。


「普通気づかない方がおかしいです」

「歴史的大発見って事で、お父様のところには記者達が引っ切り無しに押しかけてるって聞くわ。あたしも娘として鼻が高いわね。まあ、あたしのところには全然記者は来ないけど」

「そりゃあ、エクステリアで一人暮らししてるし」

「鱗発見にはエクリアちゃんはあまり関係ないですしね」

「確かにそうだけどさ……少しくらいあたしの所にも来てくれてもいいじゃないって思うのよね」

「あ、やっぱり取材受けたかったんだ」


 そんな感じで盛り上がる3人を尻目に、ベルモールは表情を曇らせる。


「あの鱗……何か得体の知れない嫌な気配がした。何事も起こらないといいが……」


 不安げなベルモールのこの言葉。それは誰の耳にも入る事はなかった。




「さて、そろそろお昼ご飯にしますけど、ベルモールさんも食べますよね?」

「ん~、そうだな。頂こうか」


 ベルモールは店の奥に引っ込み、しばらくしていつものような眼鏡に咥えタバコのラフな格好で戻ってきた。さすがに髪はボサボサにはなってはいなかったが。

 その変わりように、やや唖然とするリーレとエクリアの2人。


「いつも思うんだけど、魔道士姿のベルモールさんとあのベルモールさんって同一人物よね?」

「気持ちは分かるけど間違いなく同一人物よ」


 冷めた目をしたままミリアは包丁を振るって野菜と肉を刻んでいった。

 それを見ながら、リーレとエクリアはため息をつく。


「いつ見てもミリアちゃんって料理が上手ですねぇ」

「全くよね。あたしもこれくらいできればなぁ」

「家事全般は女の子の嗜みってママからみっちり仕込まれたからね」


 手際よく刻んだ材料を熱したフライパンに油を敷いて放り込む。やがてジューと言う音と一緒に肉の焼ける匂いが漂ってくる。


「リーレ、後ろにある冷蔵庫に麺が入ってるから取ってくれない?」

「麺って言うと、これかな」

「うん、それ。ありがとう」


 リーレが冷蔵庫から取り出したのは、数日前に故郷にいる母が送ってきた手作りの麺だ。しっかりと練りこんであるらしく、その麺の出来栄えはかなりのものである。ハッキリ言って、街で売っているどの麺も母の作った麺には遠く及ばないとミリアは感じていた。


 ちなみに、ミリアの母の料理は一流のレストランも舌を巻くほどの腕前を持っていて、周辺の町で料理屋を営む料理人達がわざわざ教えを請いに来るほど。ミリアもかなりの腕前なのだが、正直こればかりは母の腕前を超える事は到底できそうにないと思っていた。


 ミリアは麺を受け取ると、それを少しずつほぐしながらフライパンへ。さらに、特性ソースを満遍なく振りかけて掻き混ぜながらさらに炒めていく。


「これ、なんて料理? 初めて見るけど」

「ママに教わったんだ。手間をかけずに作れる料理の1つ『焼きそば』。お祭りとかではよく屋台で出てたと思うけど」

「あたし、あんまり屋台の料理って食べた事ないから」

「そう言えば私もですね」


 ああ、はいはい。そう言えば2人ともお嬢様でしたね。火の街と水の街周辺の領主様の。

 憂さを晴らすように力任せに麺を掻き混ぜるミリア。ちなみに雑にやっているようで、その実中身は全くフライパンから飛び散っていない。それはある意味彼女の高い技術の成せる業とも言えるかもしれない。

 やがて、ソースの焼ける香ばしい香りが漂ってきたところでミリアは火を止めた。そして、人数分用意した皿に均等に取り分ける。


「さ、出来たよ」


 盛り付けられた焼きそばをリーレとエクリアの目の前に置く。


「……」


 何故か2人は呆然とそれを見つめていた。


「どうしたの?」

「ど、どうしたのって……」

「いつ見てもとんでもない量ですね。何人前なんですか?」


 2人がそんな反応をしたのも無理はない。彼女らの目の前に置かれているのは大き目の皿に小高い山のように盛られた大量の焼きそば。どう見ても一皿4、5人前はある。

 が、一方のミリアはと言えばキョトンと首を傾げつつ、


「何人前って、1人前に決まってるじゃない。ねぇ、ベルモールさん」

「ん、何の問題もないな」


 ベルモールもうんうんと頷いている。


「じゃ、いただきま~す!」


 元気よく手を合わせ、焼きそばの山に手をつけるミリア。驚く事に、その山は見る見るうちに消費されていく。それはベルモールの前にある山も同じだった。


「……そう言えばミリアってお店に行った時、必ず5人前くらいは平然と食べてたわね。まさかベルモールさんも同じなんですか?」

「うん。ベルモールさんも同じで大体5人前ずつくらいで頼んでるかな。だって、お店の料理ってどれもこれも量が少ないし。あの量で1人前ってぼったくりって言うんじゃないの?」

「全くだ。一度魔道法院に訴えてみたんだが却下された。まるで私達の方がおかしいみたいじゃないか」

「ホントに。失礼しちゃいますよね、全く」


 ……みたいじゃなくて、実際おかしいのはミリア達の方です。そう言いそうになって慌てて口を閉ざすエクリアだった。


 結局、当然のごとくリーレとエクリアは全部食べきれず、残った分は容器に入れて持って帰る事にした。


 食後にお茶を飲みながら一休みしているところでミリアが切り出す。


「ところで、ベルモールさんは午後から用事って何かありますか?」

「ん? そうだなぁ、とりあえず用事はないが」

「私達午後から魔法の実習に行きたいんですけど」

「んー、実習ね。ま、行ってきていいぞ。私は店番してるから」


 新聞を見たまま、ぶっきらぼうにそう答えるベルモール。

 そんな反応に慣れきっているのか、ミリアも別段気にする事なく、


「それじゃあちょっと食器を洗ってくるから。2人とももう少し待っててね」


 そう言って、ミリアは食べ終わった食器を全部重ねてキッチンへと持って行った。

 そんなミリアの様子を眺めていたリーレとエクリアの2人にベルモールがふと問いかける。


「……2人から見て、あの子は魔道士としてどう見える?」


 そうですね、とミリアの後姿を見ながらしばしエクリアは考える。


「まず、真っ先に浮かぶのはミリアの魔力についてですね」

「ほう?」

「とんでもなく高いです。私達2人がかりでも太刀打ちできないほどに。ただ……」

「ただ?」

「その魔力の制御が不安定なんです。それをまずは覚えないと危なっかしくて魔法は使えないですね」


 エクリアの話にリーレも隣でうんうんと頷いている。


「なるほど。2人ともミリアの欠点には気づいているようだね」


 ふ~っと口から煙の輪を吐き出すベルモール。ちなみにベルモールの吸っているタバコは彼女自身が独自に作ったもので、その煙には匂いも有毒物質も含まれていない。


「実はね、あの子の魔力なんだけど、あれでも7割方封じているんだよ」

「は?」


 2人は揃って目を丸くする。


「ミリア、首からネックレスを下げてるだろ?」

「あ、そう言えば」


 ふと2人はミリアの姿を思い浮かべる。確かにミリアの首には何かの宝石で作られたようなネックレスが下がっていた。


「あれは魔力封印の力を込めた魔道具なんだよ。あれを身に着けている限り、どんなに全力を出しても全体の3割の力しか発揮できない」

「なるほど……」


 あれが魔道具とは全然気づかなかったと唸る2人。だが、そこでふと思い至る。今のミリアは全体の3割の力しか発揮できない。と、言う事はつまり――


「ち、ちょっと待ってください。今のミリアって全体の3割の力しか使えてないんですか?」

「ああ。間違いない」

「でも、ミリアは以前演習場の一部屋を吹き飛ばしてるんですよ」


 そう。それは2ヶ月ほど前に起こった。

 エクステリアにある演習施設の一室でミリアが魔法の練習をしていたところ、放った魔法が演習施設の防壁を貫き通し、壁一面を吹き飛ばしてしまったのだ。


 そう言えばそんな事もあったなとベルモールは苦笑した。


「ようはあれでも全体の3割の力だという事だよ。全力を出したら私でも手に負えないだろうね」


 2人は絶句した。現時点でもすでに規格外だというのに、本来の魔力は倍以上だと言うのだ。思わず化け物かと言いそうになって2人はその言葉を飲み込んだ。ミリアは親友なのだ。彼女を悪く言う事はリーレにもエクリアにも到底許されないと思っていた。


「2人とも、ミリアからあの子の親について聞いた事があるかい?」


 ベルモールに尋ねられ、ふとエクリアは記憶の糸を辿ってみる。が、そんな話を聞いた覚えは全くない。


「いえ、ありません。リーレはどう?」

「私も聞いた事ないです」

「あの子の両親はね、父はデニス。母はセリアラって言うんだが、聞いた事はないか?」


 問いに対し、そろって首をかしげる2人。


「まあ君達は人族だからね。そういう話題ってのはまず耳にする機会はないかもしれないな」


 ふぅ~っと煙を吐いてから灰皿にタバコを押し付けて、話を続けた。


「デニスとセリアラは、それぞれ種族的には魔族と神族だ。つまり、ミリアは魔族と神族のハーフって事になる」

「魔族と神族のハーフ……」

「おまけに父のデニスと言えば、かつて魔界において次期大魔王を担う魔族の筆頭と言われていたほどの男だ。

 そして、母のセリアラと言えば、当時の天界にいた絶大な力を持つ三大女神の1人だった」


 そのカミングアウトにはさすがの2人も絶句する。


「だ、大魔王候補の筆頭に三大女神ですか?」

「その2人の娘だってんだから、どれほどの力を秘めてるかってのは何となく分かるだろう?」


 頷くリーレとエクリア。親の力を子が受け継ぐと言うのはよく聞く話だ。

 実際、この二人だってミリアほどではないにしろウォータミア地域とフレイシア地域を治める各領主の娘なのだ。現時点ですでに並みのセイジをも上回る魔力を持っている。それは親である『水のロード』ローレンス・アクアリウスや『火のロード』グレイド・フレイヤードから受け継がれた魔力と言っても過言ではない。

 それを考えれば、受け継がれた魔力の元となる相手が元大魔王候補筆頭やら元天界三大女神となれば、それが如何ほどのものかなど深く考えなくても分かる。

 さらにベルモールは続けた。


「例えばだ。造りが不完全なくせに決壊寸前まで水が溜まっているダムを考えてみてくれ。そこから少しだけ水を出したらどうなる。造りが不完全だから水の水圧に耐え切れず、ダムが崩壊して大量の水が溢れ出すだろう。

 今のミリアはそれと同じだ。なまじ莫大な魔力を持っているせいで、少しの魔力で発動できる魔法ですら大量の魔力が噴出する」

「なるほど。だからミリアの魔法はどれもこれもとんでもない余波が発生するわけなんですね」

「ダムの排出制御部分に当たる魔力の制御がうまくできてないから」


 2人の言葉を聞いて、ベルモールは頷く。


「魔力の制御は意識して練習しないと身に付かないものなのだがな。一体誰に似たのやら、魔法なんてものは力こそ全てみたいな偏った考え方を持ってしまってるからな。そのせいか力の制御に目が向いていないようなのだ。

 今は魔力封印の力で抑えてはいるが、何か取り返しのつかない失敗をする前に方向転換をしてやりたい。やりたいのだが、どうにもその方法が思いつかないのだ」


 ぽりぽりと頭をかきながらベルモールはそうぼやいた。


「ま、そう言う事だから。2人とも、ミリアにどうにかして魔力制御の練習をさせられるように導いてやって欲しい。よろしく頼む」

「分かりました。できる限りやってみようと思います」



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