第41話 執着の魔獣


 一路、バルディッシュ侯爵の本邸を目指すミリア達。以前バウンズに来た時はパーティは外れの迎賓館で、泊まったのはバルディッシュ侯爵家の別邸だったので本邸へ行くのは初めてだが、場所は事前にレストリルに確認しているため問題はない。 当初はレストリルに本邸までの案内をお願いしようと思っていたが、その方針はシルカが断固として拒否した。これは相当嫌われたなとミリアは嘆息する。

 とにかく、バルディッシュ侯爵家の本邸は街の中央部。小高い丘の上から街を見下ろすような感じで建てられている大きなお屋敷らしいので、そこまで探すほどではないという話だった。


 ただし、原型を留めていればの話。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 街に侵入しておよそ30分ほど。打ち砕かれ瓦礫の山と化した街を慎重に周囲を警戒しつつ進む。その所々に放置された兵士らしき人達の骸に蝿がたかっている。すでに腐敗が進んでいるのか鼻をつく悪臭が漂っていた。


「うっ」

「大丈夫か、シルカ?」


 思わず口を押さえるシルカ。学園生活の中で魔獣退治は幾らか経験があるかもしれないが、このような無惨な遺体を見る機会などほとんどないだろう。シルカを気遣いながらも、カイトも顔色が悪かった。


「見たところ、衛兵とかの兵士の遺体ばかりか。気の毒だけど、兵士としての役割は全うできたみたいね」

「住民を守るためとは言え、兵士って難儀な仕事だわ」


 ミリアとエクリアは顔をしかめつつ地属性魔法で掘った穴の中に目に付く限りの遺体を放り込んで、火炎の魔法で火葬した。せめて、冥府での安らかな眠りを祈りながら。





 バウンズに入っておよそ30分。結論を言うと、バルディッシュ侯爵家の本邸は少し崩れてはいたものの、原型が分からなくなるほどではなかった。ミリアの不安が杞憂で終わったのは喜ばしい事なのだが、問題はこの本邸周囲に獅子がベースとなったらしい8本足の大型合成魔獣キメラが5体もいた事である。この獅子型の魔獣は総じて嗅覚が優れており、獲物が例え隠れていたとしても臭いで見つけ出して襲う習性がある。それはおそらく人工合成魔獣バイオキメラとなった今でも現在のはず。

 故に、こうして物陰に隠れているミリア達にもとっくに気づいているはずなのだ。

 ところが、その魔獣達はミリア達には見向きもせず、屋敷の方に注意を向けている。

 屋敷の中に何かいるのか? そう思った直後だった。明らかに何か巨大な物が暴れたような振動がミリア達を襲ったのは。


「な、何!? 今のは」

「屋敷の中から聞こえたけど」


 と、その次の瞬間、轟音と共に屋敷の壁をぶち抜いて何かが転がり出て来た。見ればそれは屋敷の周囲を徘徊する合成魔獣キメラと同種の魔獣――その頭部を潰された骸だった。


「な、中にさらにヤバそうな奴がいるみたいね」


 外にいる魔獣の体格は四つ足で立ってる姿ですらミリアの倍くらいはある。その巨大な魔獣を外まで叩き出せるほどの力がある魔獣。一筋縄で行きそうにないとミリアは嘆息した。


(とは言え、私達の目的はあの屋敷の中にあるのよねぇ。まずはあの周辺の魔獣をどうにかしないとダメか)


 仕方ない、とミリアは身を乗り出した。それと同時に杖を振るい、自らの周囲に大きな氷の槍を作り出す。その数5本。


「行けっ! 氷結の槍アイシクルランス!」


 魔獣1体につき1本。氷の槍が大気を切り裂き飛翔する。手前にいる2体は完全な不意打ちになった事もあり、後頭部から貫かれて崩れ落ちた。だが、残り3体は前2体が倒されたのに気付いたか辛うじて耳を打ち抜かれる程度で回避に成功する。

 仲間2体をあっという間に倒された事で目の前にいるこの小さな人間も脅威とみなしたか。魔獣達は一斉にミリア達の元へと殺到する。その牙がミリアに迫ろうとしたその時、ミリアの後ろから飛び出す影が。

 銀の刃が閃き、魔獣の8本ある足の半分が一太刀で断ち切られた。片方の足を全て失った魔獣はそのままミリアの横をスザザザザと滑るように通り過ぎた。そして動きを止めると同時にズドンと地面から鋭い円錐状の氷柱が魔獣の胴を貫いてとどめを刺す。リーレの氷の魔法である。

 魔獣は残り2体。最初の魔獣の足4本を切断したカイトはその後すぐにそちらの魔獣へと向かっていた。シルカと2人で連携しつつ魔獣をあしらっている。もう1体はエクリアが落ちていた兵士のものと思われる槍を使って魔獣の攻撃をうまく捌いていた。これもミリアと共にデニスの特訓を受けた賜物である。


烈風の刃インパルスエッジ!」


 シルカによって生み出された真空の刃が魔獣の右脚2本を斬り飛ばす。同時にカイトが左の前脚2本を剣で切断した。もんどり打って転がる魔獣に虚空を翻るカイトの一撃が振り下ろされる。そのたった一撃でカイトの身長程もある魔獣の頭が宙を舞った。


「よし、イメージ通り! デニス先生の特訓の成果は出てるみたいだな」

「もう1体は!?」


 そう振り向いたシルカの眼前で――


「リーレ!」

「はいっ! 氷結の拘束アイシクルバインド!」


 ミリアの呼び声に反応するようなタイミングで氷の蔦を繰り出すリーレ。地面を這うように伸びたソレは魔獣の両前脚を凍結させ、さらにそこから侵食する様に魔獣の下顎に巻き付いた。

 そこへミリアが突っ込み思いっきり蹴りで前歯をへし折り上顎をかち上げる。魔獣の顎関節が砕けた音がシルカとカイトの耳にも聞こえきた。そして、


「エクリア、後お願い!」

豪炎の爆裂弾フレイムフレア!」


 同じく魔獣の眼前にまで飛び込んだエクリアが渾身の魔力ちからを込めた豪炎の魔法を開きっぱなしの口から喉奥目掛けて叩き込む。バッとミリアとエクリアが離れると同時に魔法が魔獣の体内で炸裂した。

 爆音と爆炎が衝撃波を伴って魔獣の後ろ半身を消し飛ばす。後ろ半分を失った魔獣はそのまま音を立てて倒れ伏した。


「よし、片付いたわね。屋敷の中に進むわよ」


 魔獣の殲滅を確認し、直ぐに屋敷に突入するミリア達3人組。その姿を見て、カイトは呟く。


「一糸乱れぬ連携か。やっぱりあの3人は学園でも別格だな。対抗するにはシグノア先輩とルグリア先輩並みのコンビネーションが必要かも」

「私達もまだまだ精進しないとね」


 そんな事を言うシルカだったが、他のアザークラスのメンバーはこう言うだろう。「シルカ達も大概だ」と。



    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




 領主館。外観は留めていたものの、中はやはり滅茶苦茶だった。壁はボロボロ。豪華な調度品も打ち砕かれ、床の絨毯は見るも無惨に引き裂かれている。

 さらに屋敷の所々にも外と同様に衛兵らしき兵士の死体が沢山転がっていた。おそらく、最期まで戦い抜いたのだろう。どの兵士も武器を握りしめたまま事切れていた。


 そして、屋敷の中央に広がる中庭にソレがいた。


 見上げるような薄緑色の巨躯。体型的には鐘のような形と言えば分かるだろうか。でっぷりと詰まった肉には足先のみ残し、その足の大部分が胴の中に埋め込まれている。

 身体の頂点には身体の大きさに対し不釣り合いに小さな(とは言っても普通の人間よりもやや大きめの)頭が付いている。容姿は豚鼻に口の左右から鋭く長い牙。あれは所謂オークと呼ばれる魔族の一種族だとミリアの知識にはあった。

 だが、間違ってもオーク種にこのような巨体はいない。つまりこの魔獣はオークと何かの合成魔獣キメラだと言う事になる。そして、その合成されたものが何だったのかは、オーク型の魔獣が背を向けた時にはっきりした。

 魔獣の後頭部から背骨に沿って縦に3列並ぶ刃にも似た背びれ。それが尻から伸びる太い尻尾の先まで続いている。さらにその背びれの左右から生えていたのは体格に対してかなり小さな左右一対の羽。羽の大きさに差はあれど、その特徴を持つモノをミリアは知っていた。


「まさか、オークにドラゴン種の要素を組み込んだって言うの!?」


 よく見れば身体が薄らと緑色なのは身体の表面に薄い竜鱗のような物に覆われているからだった。既にベルゼドと言う巨大な竜と戦っているミリアの中で一気に驚異度が跳ね上がった。


「……だれダァ?」


 その魔獣がミリア達の方に目を向ける。


「ココガばるでぃっしゅこうしゃくノヤカタトシッテノ……ン?」


 魔獣はミリア達の方を見て眼を見開いた。いや、正確にはミリアの後ろにいるシルカを見て。魔獣はさも嬉しそうに牙の生えた口を歪ませる。


「オオオオオオ! しるかチャンジャナイカ! ヤッパリぼくノところ二もドッテくルき二ナッタンダネ〜!」


 その発言に目を丸くするミリア一同。


「し、シルカ。オークに知り合いがいたの?」

「そんなのいるわけないでしょ!」

「じゃあ、あれはなに?」

「し、知らないわよ。私の魔蟲奏者は魔蟲には効くけど魔族は対象外だし」


 そんな事を話すミリアとシルカに何かに気付いたようにリーレが袖を引っ張ってきた。


「ミリアちゃん、シルカちゃん。あのオークなんだけど、もしかして私達の知ってる人じゃないでしょうか?」

「へ? リーレも何言って」

「あの頭の髪の毛、何か見覚えありません?」

「髪?」


 ミリアとシルカはリーレに促されてジッと魔獣の顔を凝視した。

 豚の鼻に大きく裂けた口と両端に生えた鋭い牙。血走った両眼。左右のこめかみから伸びたツノ。そして、頭頂部にある七三分けのような形の金髪。

 それを見たミリアの脳裏に1人だけ辛うじて引っかかる人物が存在した。思わずシルカと顔を見合わせる。どうやらシルカも同じ答えに行き着いたらしい。


「ま、まさか、バルディッシュ侯爵家の次男、バールザック!?」


 魔獣――バールザックはさらに表情を崩す。


「デヘヘヘ、おぼエテイテクレタンダネェ、ぼくノカワイイこねこチャン」


 野太い猫撫で声。しかもオークの顔のせいでさらに声がダミ声になっている。はっきり言って気持ち悪い。思わず背筋がゾッとした。


「だ、誰が子猫ちゃんよ!

 私はあんたのものになった覚えなんかこれっぽっちもないんだからね!」

「ウエヘヘヘヘ、テレテルンダネェ」

「ああぁぁぁ、話が通じない!

 ねえ、カイト。何とかならない?」

「いや、何とかと言ってもなぁ」


 仕方ない、とカイトが進み出る。後ろでミリアがヒューヒューと鳴らない口笛を吹いているが聞こえないフリをした。


「えっと、シルカが嫌がってるんだから諦めてくれないか?」


 後ろから「カイト! 俺の女に手を出すなくらい言いなさいよ!」と言う罵声が聞こえるが、やはり無視だ。

 すると、バールザックの目がスッと細められる。


「オマエ、しるかチャンノなんナンダ?」

「え? 俺はシルカの幼馴染みと言うか……」

「こういう関係よ!」


 と、いきなりシルカがカイトの腕に絡み付いてきた。基本的に女性に対して耐性の無いカイトは幼馴染みのシルカとは言え柔らかい肌の感触に大いに慌てた。


「えっ、ちょっ、シルカ!?」

「えへへ、良いから良いから」


 シルカはニコニコしながらさらにカイトの腕を強く抱く。それに対し、緑がかったバールザックのオーク顔が真っ赤に染まった。


「ぼ、ぼくノしるかチャン二えっちナコトスルナアアア!」

「えっ?! ちょ、エッチな事って!?」

「ゆるサァァァァァン!」


 バールザックが巨体を揺らしながら突進。慌ててカイトはシルカを抱えて横に避ける。さらにその奥にはミリア達もいたが、同じようにヒョイっと道を開けた。


 ガアァァァァァン!


 バールザックはそのまま壁をぶち抜き外へと飛び出して行った。


 壁に空いた大穴を見ながら、ぼそっとミリアの一言。


「……知能もオーク並みになっちゃったのかしら」



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