第40話 瓦礫の街・2


 翌日、朝日が東の空に登り始める頃。ミリア達一行は領都バウンズへと向かう。昨晩、夕食になったラウンドボアの肉の余りや骨は、解体作業時と同様に穴を掘って1つに纏めた後、火炎の魔法で焼き払い綺麗に埋め直す。今回は火属性特化のエクリアがいたのでその処理は全て一任。ミリアはシルカ、リーレ、サラジアと共に、行商人のビューレンとナスタリカ夫妻に改めてバウンズの話を聞いていた。


「街の中はほぼ壊滅状態。ビューレンさん、貴方の見たところでは、街がそのようになってからどれくらい経っているように見えました?」

「そうですね。黒煙がまだ立ち昇っているところや、まだ火の手が治まっていないところもありましたから、おおよそ1日か2日と言ったところでしょうか」

「住民の姿はありましたか?」

「ほぼ無かったかと思います。おそらくは騎士団か衛士の方々が逃がしてくれたのだと思います」


 それを聞いてミリアは「ふ〜む」と唸る。


「そうか、住民はいないのか」

「だからと言って街を吹き飛ばすのは無しですからね」


 リーレの言葉に苦笑い。


「や、やだなぁ。そんな事するわけないじゃない」


 そんなミリアを横目で見つつ、「あわよくばやるつもりだったわね」とシルカは呟いた。


「とにかく、街で暴れる合成魔獣キメラ達は私達で殲滅します。数は多いかもしれませんが、小分けにして各個撃破していけばそう被害も出ないでしょう。それに、ライエル達ともどこかで合流できると思いますしね」


 バウンズに着いてからの方針について、一番実戦経験が豊富な軍人のサラジアがそう纏める。


「ミリアさん達は陛下からの依頼を優先してください」

「そうですね」


 ミリアは頷く。


「こちらも小回りが効くようにできれば少数精鋭で行きたいわね。私、シルカを含めて5人くらいが妥当かしら」

「私もそれくらいが丁度いいと思う」

「カイトは連れて行くとして」

「え?」

「置いて行く?」

「い、いえ、折角だし一緒に来てもらった方が良いかな。う、うん、そうね。うん」


 何やら真っ赤な顔でブツブツ言っているシルカに内心ニヤニヤ。


「純情で結構結構。むふふ、他人の恋路を横からいじるのって楽しいわね」

「はあ、ミリアちゃんの趣味趣向は置いておいて、残り2人は私とエクリアちゃんでオッケーです?」

「そうね。後のみんなは魔獣退治に参加してもらいましょう」



 こうして、ミリア達は一路バウンズへと歩を向けた。





    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇





 バウンズまではおおよそ徒歩で30分ほどの所でキャンプを張っていたので、バウンズは丘の森を抜けた辺りでその全容を確認する事ができた。


「あれが……あの領都バウンズ……」


 そう呟くミリアの脳裏には、かつて訪れたバウンズの姿がリフレインしていた。

 滞在期間はそう長くは無かったものの、その賑やかさははっきりと覚えている。確かに、領主に不穏な噂があり、街の外では合成魔獣キメラが闊歩していたために騒めきはそれなりにあったかもしれない。しかしそれ以上に街の人達の活気が上回っていたように感じた。

 そんな街が今ではどうだ。

 綺麗な凹凸を描いていた街のシルエットはいびつに歪み、至る所から真っ黒な煙が立ち昇っている。それらは上空をよどませ、バウンズ真上の空だけ不気味な空模様を呈していた。


「前に来た時から一月ひとつきも経ってないのにここまで変わってしまうものなのね。フレイシアの事もあったし、何だかたたまれないわね」


 隣でエクリアがそう呟く。

 邪竜ベルゼドの事件。あの邪竜が暴れた事でフレイシアの街は僅か1日で壊滅的な被害を被った。ミリアのその事件の当事者である。エクリアの感じた寂寥せきりょうな思いは痛いほど感じる事ができた。


「ここでこうして見ていても仕方がありません。街へ向かいましょう」


 こういう時に切り替えが早いのはやはり経験か。サラジアがミリアとエクリアの肩を叩く。ミリアとエクリアもそれに頷いた。


 ミリア達が向かうのはバウンズの街の西門。前に来た時も通ったのは西門の入り口からだった。

 丁度、商業施設が並ぶ商業地区のある西門。領主館は街の北側にあったはず。ミリア達は一先ず西側から街に突入し、中央通りを北に抜けるルートを取る事にした。


 その街の西門前。西門が見えてくる辺りから怒号と魔獣の雄叫びのようなものが入り混じって聞こえてきた。見れば傭兵らしき一団が魔獣の群れと激しく戦っている光景が目に止まった。

 その先頭には見覚えのある男女が。


「ねえ、ミリア。あそこで戦ってるのってライエルさん達じゃない?」

「あ、ホントだ。近くで魔法を使ってるの、マリエッタさんか」


 見たところ押してはいるものの、余裕がある状況にまでは至っていない。ライエルの倍ほどもある大型の合成魔獣キメラが門の奥から次から次へと押し寄せてきているからだ。


「門の奥からの増援を断たないとジリ貧ね。いくら理性の無い人工合成魔獣バイオキメラだとしても」


 シルカの言葉にミリアは西門を見据えた。

 あそこから入る以上、門を封鎖する訳にもいかない。かと言って、あのまま放置するわけにもいかない。様々な種類の合成魔獣キメラ達が今も西門からライエルの一団に向かって押し寄せている。ライエル達は強いが、それでも体力と言うものには限界がある。

 どうするか、と思案に暮れるミリアにリーレが言葉を発した。


「ミリアちゃん。人工合成魔獣バイオキメラって基本的に理性がなく本能で行動する、で合ってましたよね?」

「うん、そのはずだけど」

「結構組織立ってませんか、アレ」


 そう言われて改めてミリアは魔獣の群れに目を向ける。確かに、リーレの言う通り人工合成魔獣バイオキメラにしてはやけに集団での行動が多い。5匹をひと塊として一定間隔で押し寄せてくる。それはまるで、軍隊が使う波状攻撃のような。


「前にもありましたよね。これに似た人工合成魔獣バイオキメラが軍隊のような動きを見せた時が」


 ミリアにも分かっている。

 そしてあの時は――


「敵に指揮官の役割をした魔獣がいた。いるわね、今回も」


 エクリアの言葉に無言で頷く。おそらくはその指揮官の魔獣がいるのはあの西門の奥だろう。魔獣達がそこから湧き出しているのだ。その先にあると考えるのが自然だ。


「ライエルさん達にはあのまま陽動をお願いした方が良さそうね。敵の指揮官は私達で潰しましょう」

「その方が良さそうかも。中にはどうやって入る?」

「ま、その辺は余り難しく考えなくていいでしょ」


 そう言うと、ミリアは右手に持った宝石の杖に魔力を結集させる。今度は何の遠慮も無しに莫大な魔力を注ぎ込む。赤い宝石が眩いばかりの緋色の魔力光を放ち出す。


「あ、まさか!」


 エクリアが止めに入ろうとするが少し遅い。ミリアの魔法が先に発動した。


豪炎の爆裂弾フレイムフレア!」


 ミリアの放った豪炎の魔法が西門から横に200メートルほどの壁面に炸裂した。生み出された破壊の力が防壁の防御力を上回り、その上部にまで大量のひび割れを発生させる。が、それだけでは終わらない。爆炎と共に周囲に撒き散らされる衝撃波と立ち上がる火柱がひび割れ脆くなった防壁にトドメの一撃を加えた。たちまち防壁は崩れ去ると同時に吹き上がる炎の熱で瞬時に炭化し虚空に散る。

 後にはぽっかりと途切れた壁の哀れな姿が残るのみだった。


「よし、これだけ目立てば敵の指揮官はこっちにも注意を引かざるを得ないでしょ。ライエルさん達の負担も減るんじゃないかな」


 そんな事を言うミリアにエクリアがあんぐりと口を開けていた。


「何よ、そんな変な顔して」

「み、ミリアがそこまで考えて魔法を使うなんて……天変地異の前触れかしら」

「超失礼ね。私だって考えて使います〜」


 そんな事をしている内に、開けた壁のところから無数の魔獣の姿が見えた。やはり5匹でひと塊。小隊単位での行動を主としている。明らかに魔獣の動きじゃない。


「サラジアさん。ここの指揮をお願いします。私達は予定通りにバウンズに潜入しますので。ついでに指揮官の魔獣は私達で潰します」

「分かりました。こちらは任せてください。

 それより、皆さんの方こそ無理しないでくださいね。ミリアさん達は軍人ではないのですから」

「分かってます。あくまでできる事をやる。ですよね」


 グッとミリアが親指を立てた。


 だが、エクリアやリーレは知っている。

 ミリアの「無理はせずできる事をやる」ほど当てにならない事を。


「あたし達でミリアのブレーキ役になるしかないわね」

「……頑張ります」




 その後、ミリアはエクリア、リーレに加えシルカとカイトを連れて砕けた壁の側へと向かい、第1波合計20匹が通り過ぎるのを待って中に侵入。

 目標である敵の指揮官はあっさりと見つかった。


 見た目傭兵風であり、眉間と肩口からツノが伸びている。その背中にはコウモリのような羽が生えていた。正直見た目では何の魔獣との合成魔獣キメラなのかは全く分からなかったが、今回はそんな事はどうでも良かった。


「なっ! 貴様ら一体どこから――」

「だあっ!」


 カイトがいきなりぶった斬った。指揮官の魔獣は断末魔すら上げられず黒い灰となって散った。


「も、問答無用だったわね」

「あれ、まずかったか? 明らかに魔獣だったし、やられる前にやれってデニス先生が」


 デニスの教え。先制攻撃こそが勝利への一手。先手必勝。やられる前にやれば負けはない。かなりドップリ浸かってきてるなとミリアは思った。

 ちなみに他の魔獣達は指揮官が消滅すると蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。これでもう組織立った動きはできないだろう。


「よし、じゃあ私達に課せられた仕事をしましょうか」


 そう言ってミリアは中央通りに向けて歩みを進める。


 目的地はバルディッシュ侯爵の本邸である。


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