第29話 サージリア家の内情

「シルカ。アリマー夫人ってどんな人?」


 尋ねるミリアにシルカは複雑な表情を浮かべて答えた。


「一言で言って、『貴族』。その言葉通りの人、かな」

「貴族?」

「元々、お母さんとは違ってアリマーさんは近隣の伯爵家から嫁いできたの。これに関しては政略結婚的な面もあったかもしれないけど、お互いに恋愛感情はあったみたいね。

 ただ、アリマーさんはこの魔法王国ヴァナディールにおいては魔道の力はほとんど持っていなかったのよ。お父さんも、魔道に関しては才能は全くと言って良いほど無いって話だし、お爺ちゃんはサージリア家の将来とヴァナディール王国の守りを考えてお母さんを第2夫人として迎え入れたらしいわ」


 この話はミリアもすでに知っていた。シルカ付きの使用人メイドのセミアに聞いていたからだ。

 現役の賢者ソーサラークラスの魔道士の中でも『暴風』と言う通り名まであった程の高位魔道士のシルヴィア。彼女を迎え入れたおかげで、リュートとシルカと言う有能な子供達がサージリア家に授かった。だいたいが前当主バーンズの思惑通りと言ったところだろう。


「ミリア、貴族らしいってのは結構怖い事よ。貴族は金と権力を持っているからね。いざとなれば目的のためにどんな方法でも使うわ。言葉通り、ね」

「それは法に触れる事でも?」


 ミリアの言葉にシルカは頷く。


「法の抜け穴を使ったり、金で外部の者を雇ったり。バルディッシュ侯爵の別邸での襲撃を覚えてる? あれ、おそらくバルディッシュ侯爵に金で雇われた裏社会の暗殺者よ。おまけに即座に口を封じるあのやり方。ナルミヤがいなかったら、あの黒幕がバルディッシュ侯爵だなんて知る事もなかったでしょうね」


 そう、シルヴィアが夫のバランを説得してヴァナディール王国に帰還する事にした最大の理由はこれだった。

 バルディッシュ侯爵の別邸での襲撃事件。これはシルヴィアのおかげで何とか事なきを得た。襲撃犯は暗殺を生業とする裏社会の人間だってようで、腕前はかなりなもの。シルヴィアが来なかったら最悪の事態も想定された。

 だが、問題はその後だ。他の襲撃者の仲間が近くにいないかナルミヤが精霊に頼んで周囲を見回って貰っていたのだが、その精霊からもたらされた事実。それは衛兵に連行されたはずの暗殺者達が全員死体となっていたという事だった。

 衛兵が連行しておきながらその拘束された襲撃犯が残らず殺されるなど、どう見ても口を封じられたとしか考えられない。そして、衛兵が関わっている以上、その雇い主であるバルディッシュ侯爵が無関係なんてまず有り得ない。

 もし、あの場にナルミヤがいなかったら今もバルディッシュ侯爵を疑う事もなく、のうのうとあの街に滞在していた事だろう。


「シグノア殿下はサージリア家の長男デクターと長女ミルラとは面識はありますか?」

「まあ貴族だからね。何度か王宮の晩餐会などで会った事はあるね」

「2人の率直な印象を教えてもらえますか」


 そうミリアに言われて「印象?」と目を見開く。


「そういう事はシルカさんの方が詳しくないかな?」

「シルカはサージリア家の一員ですから」


 ミリアはシルカに目を向け、こう続ける。


「シルカは気分を害するかもしれないけど、シルカの持つ印象にはフィルターが掛かっていると思うんです。良い意味でも、悪い意味でも」


 それを聞いたシルカは「……まあ、否定はしないわ」と苦笑した。


「だから、完全な第三者の立場から見た印象を教えて欲しいんです」

「色眼鏡無しでって事か」


 納得したように頷くと、少し思い出すようにシグノアは目線を虚空に彷徨わせる。

 そしてこう言った。


「……僕もあまり面識があるわけじゃないが、率直に言って今の僕の仕草が答えかな」


 言われて首を傾げるミリアだったが、しばらくして「あっ」と声を上げた。


「そう言う事ですか」

「どう言う事?」


 まだちゃんと理解していないシルカにミリアが説明する。


「シグノア殿下は王太子の立場上、貴族のお偉いさんには会う事が多いはずなんだけど、そのシグノア殿下も考え込まないと思い出せない。そんな人って事」

「ま、そう言う事だね。一言で言って目立った特徴のない人だよ。気位はやたら高かったのは覚えてるかな」


 気位が高い。流石にシグノア殿下には無礼は働いてはいないだろうが、何となくミリアにも想像が付いた。シルカも「まあ、アリマーさんの子だからね」とやはり苦笑いを浮かべている。


「正直言って、存在感で言えばシルカさんや君の兄リュートとは比べるのもおこがましいね。それが僕の印象。

 特徴がないのに気位だけが高いものだから、その仕草や振る舞いがとにかく鼻に付く。ようは嫌味にしか見えなくてね。こんなのが次期当主で大丈夫かと本気で心配になったよ。僕としてもあまりお付き合いしたい人間じゃないかな」


 少し考えないと思い出せない割に散々な言いようである。これはむしろシグノアの頭脳が思い出すのを拒否していたのではないだろうか。


 とは言え、彼の話を聞いてミリアは何となく背景が見えてきた気がした。


 今や兄リュートは王国の精鋭魔道騎士団オリジンナイツの第7軍を纏める指揮官だし、妹のシルカは『魔蟲奏者』なんて言うとんでもない固有能力ユニークスキル持ちの魔道士になっている。

 戦力的に頼りにならない自分の子に比べ、とんでもなく有能なシルヴィアの子達。おそらくアリマーは焦っただろう。


 このままでは自分の息子は跡取りに選ばれないかもしれない。もし、そうなったら自分達はこの家から追い出されるかも。

 冗談じゃない。この家を継ぐのは私と夫の間に生まれた息子のデクターだけだ。後付けのシルヴィアの息子などに渡せるものか。

 そう考えたとしても、決しておかしくはないだろう。


 何だか御家騒動の匂いが強くなったな、とミリアは心底うんざりした顔をした。


「別に私や兄さんはサージリア家に特別執着は無いんだけどね」


 そんなミリアの顔で察したか、シルカがそんな事を言った。


「兄さんも元々サージリア家の当主の座にはほとんど興味なくて、下手な騒動になるのが嫌でさっさと騎士団に入ったらしいわ。私だって巻き込まれたくなくてサージリア家とは距離を置いていたのに」


 確かに、シルカはこれまで自分がサージリア辺境伯家の人間である事を明かした事はない。ミリア自身もそれは今回の結婚騒動で初めて知った事だ。

 学園にも階級はともかく貴族の息子や娘など様々な連中がいるが、態度の大小あれど基本的に自分の家の事を隠す事はない。それはミリアの親友のエクリアやリーレも同様である。


「それなのにいきなり呼び戻されてカイオロス王国のバルディッシュ侯爵家に嫁入りしろだなんて。アリマーさんも何を考えているのかしら」


 愚痴るシルカ。しかしそこで唐突にアルメニィがシルカの言葉を遮った。


「ちょっと待て。シルカ君、1つ確認したいんだが」

「え。何でしょうか?」

「バルディッシュ侯爵家との結婚話を持ち込んできたのは誰だ? まさか、アリマー夫人なのか?」

「ええ。結婚話はアリマー夫人から父のバランに持ちかけられたと聞いています」

「それはおかしいな」


 今度口を開いたのは王太子シグノア。


「バルディッシュ家は曲がりなりにもカイオロス王国貴族の中でも最上級位の侯爵家だ。それが隣国の辺境伯家の一夫人でしかないアリマー夫人との繋がりなんか普通に考えればあるはずがない。それも当主であるバランを差し置いてアリマー夫人に直接話が行くなどどう考えてもおかしい」

「では、やはりアリマー夫人が?」

「まだ分からない。ただ、要調査対象である事は間違いない」


 そう言うと、シグノアは席を立つ。


「ルグリア。すぐに王宮に戻るぞ。第5軍に命じて背後関係を当たらせよう。父へは今は簡単に話を通しておこう。詳細は後ほど僕から話す」

「了解しました」


 魔道騎士団オリジンナイツ第5軍。主に諜報活動に特化した、情報収集のスペシャリスト集団である。今のところ、ミストと言う団長の名前しか明らかになっておらず(その名前すらコードネームのような物)、その性別や背格好、団員の情報などが一切表に出ておらず、連絡方法は王族とそれに連なる者。そして魔道騎士団オリジンナイツを統括する総団長兼任の第1軍団長ベグニール卿しか知らないらしい。

 第5軍の諜報員達に任せておけば、真実はじきに明らかになるだろう。

 後は任せて大丈夫かな、などと考えていたのだが、そんなミリアにシグノアが言った。


「ミリアさん達には悪いけど、君達にはこのまま引き続いてシルカさんの側にいて貰えるかな。学園には公休にしてもらうから」

「え? 私達ですか?」

「今のサージリア領は誰が敵で誰が味方かハッキリとは分からない状態だ。リュート達第7軍はあくまで東部守護が目的の軍だから、シルカさんだけを見てるわけにはいかないからね」

「でも、私達だけでは」

「もちろん、第3軍には護衛として出てもらうつもりだ」

「ライエル団長も?」

「そうだね。今回は正規の手続きで彼にも行ってもらうかな」


 どうせまた勝手に飛び出して行きそうだし。そんなシグノアの呟きをミリアの耳は聞き逃さなかった。

 彼の扱いも大変そうだなと同情の念を抱いたのは言うまでもない。



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