第31話 VS漆黒のグリフォン


「ギュオオオォォォォォ!」


 雄叫びを上げながら城塞の周囲を飛び回る漆黒のグリフォン。尾を引くように闇のような瘴気が広がっていく。

 瘴気は澱んだ魔素マナが変質したもの。そしてそれを浴びた生物は精神を侵され狂ったように暴れ出す。さらに、魔物に至ってはその身体までも変容し凶暴な魔獣と化す。

 今、暴れているガルーダ兵や、地上で暴れ始めている魔物達もその影響に寄るものだろう。


「さてと、どうやって戦おうか」

『あのグリフォンと化したガルーダは結構動きが早いな。噴き出す瘴気がブーストとなっているようだ。

 アレに対応できるのはおそらく私だけだろうな』

「じゃあ、実質あいつは私とあなたで倒すしかないのね」

『そういう事だ』

「分かった。それなら、他の風の竜ウインドドラゴン達には周りで暴れ回っているガルーダ達の相手をしてもらうって事で。あなたは何て呼べば?」

『ルードだ』

「じゃあルード。私の持っている魔獣の情報にはグリフォンは基本的に風の属性攻撃を使ってくるってあったわ。あなた達のような風の竜に対して風属性の攻撃ってどうなの?」

『風を司る竜族である我らは風属性の攻撃にはそれなりの耐性を持っている。だが、おそらく奴の攻撃は防ぎ切れんだろう』

「やっぱり瘴気のせいかな」

『そういう事だ。だが、力で言えば暴風竜テンペストドラゴンの方が上だ。瘴気は厄介だが奴の攻撃を相殺するくらいはできる。攻撃面はミリアに任せよう』


 ルードの言う通り、グリフォンと同じ風の属性を持つ暴風竜テンペストドラゴンだと属性相性的には有利を取れず、むしろ瘴気を纏っている分不利になる可能性が高い。

 それならば全属性特化型のミリアが相性有利の火属性魔法を攻撃の主体とした方が有利に戦えるはずだ。


「よし、じゃあ行くよ!」


 相手はグリフォン。手加減はしない。

 ミリアは火属性の魔力を練り上げ、緋色の光球を生み出した。


「まずは様子見で。豪炎の爆裂弾フレイムフレア!」


 放たれた光球は飛翔するグリフォンの進行方向に向かって突き進む。そしてグリフォンを取り巻く瘴気の衣に触れた瞬間に大爆発を起こした。


『効いたか?』

「いや、多分……」


 爆炎が晴れたそこには変わらないグリフォンの姿が。全身を取り巻いていた瘴気は爆風で残らず吹き飛んでいたが、すぐにまた身体から噴き出して全身を覆ってしまった。


「やっぱり瘴気の衣が防壁みたいになってグリフォン本体まで届かないみたいね。まあ、分かってた事だけど」

『火属性も効かんとなると手詰まりにならないか?』

「そんな事ないわよ。前に瘴気を纏う魔獣と戦った時に分かった事なんだけど、瘴気は魔法の魔力を防ぐ壁にはなるけど、結局は大気中に漂っているという魔素マナの本質は変わらない。だからさっきみたいな爆風みたいな突風で吹き飛ばす事が可能なのよ」

『では我らの風のブレスなら』

「ええ、瘴気を吹き飛ばす事が可能なはずよ」

『む、敵の動きが』


 ルードの声に前方に目を向けるミリア。グリフォンは滞空ホバリングしながらミリアの方に血走った目を向けている。そして、


「ギュオオオォォォォォ!」


 雄叫びと共に10発以上の風の弾丸が放たれた。しかもただの風ではない。それは全て瘴気が混在した漆黒の風弾。それがミリア目掛けて殺到する。


「回避!」

『任せろ』


 ルードが急旋回して身を翻し瘴気の弾丸を回避、さらにグリフォンが突進してくるのを察して急降下でグリフォンの下を潜る。

 追撃とばかりに瘴気の弾丸をばら撒くグリフォンに対して、急旋回を繰り返しながら有利な位置を取りに行く。そのあまりの急激な動きに流石のミリアもグロッキー状態になっていた。


「うえぇぇ、酔いそう」

『我慢しろ。それよりも戦いを長引かせてこの辺一帯に瘴気をばら撒かれるわけにはいかん。アレを一撃で倒せる魔法はあるか?』

「ま、まあ、一応は。あの瘴気の衣がなければだけど」

『分かった。ではあの瘴気の衣は我がブレスで吹き飛ばす。そこを狙って仕留めろ』


 ミリアは「了解」と頷いた。

 グリフォンはひたすら瘴気の弾丸を放ちながら飛翔し、体当たりや爪による攻撃を繰り返してくる。それを右へ左へと避けながらグリフォンに肉薄。その大きなルードの手でグリフォンの体を殴りつけた。グリフォンは弾き飛ばされ岩壁に打ち付けられる。

 今の内にとルードはさらに大きく旋回すると一気にグリフォンとの距離を引き離し、グリフォンの方に向き直った。そして予定通り、その口に滅風の息吹ブラストブレスの魔力が輝き出す。続けてそのルードの上でミリアの切り札の準備を始めた。

 今から使うのはある意味自分の魔法ではなく借り物の魔法。ただし、使い方はミリアのオリジナル。ミリアは懐から紋章陣が描かれた羊皮紙を4枚取り出すと、それに魔力を注ぎ込んで空中に放り投げた。


「エクリア。あなたの創作魔法オリジナルスペル、ちょっと借りるよ」


 次の瞬間、ミリアが火球を生み出すと同時に、投げ上げた紋章陣から全く同じ火球が生み出された。そしてそれが一点に結集し巨大な火球に膨れ上がった。


「あの魔法は!」


 気づいたエクリアが思わず声を上げる。

 そう、その魔法は闘技会でエクリアがミリアに使った彼女の創作魔法オリジナルスペル。原理は教えたものの、まさかこんな短時間で完全再現するとは。いや、あの瞬時に発動する速度。発動までに10分も掛かる自分のものよりも高性能。

 やや嫉妬しそうになるエクリアはミリアの表情が少し歪んだのが見えた。視線の先を見ればそこには多数の瘴気の弾丸を生み出す漆黒のグリフォン。創作主のエクリアにはあの魔法の制御の難しさが一番よく分かっている。上級クラスの魔法5つを融合させた魔法。少しでも気を抜けば簡単にあの魔法は霧散する。つまり、今のミリアにはあの攻撃を防ぐ手立てがない。


「あのバカ娘は。耐えれば良いなんて考えてるんじゃないでしょうね」


 付き合いがそれなりに長いエクリアにはミリアが何を考えているのか、その表情を見ればある程度分かる。だが、今回はマズイ。敵の攻撃は普通の風弾とは違うのだ。瘴気が混在した風弾なのだ。あんなもの受けたらどんな悪影響があるか分かったもんじゃない。


「あたしがやるしかないわね!」


 突っ込んできたガルーダ兵を爆炎の魔法で吹っ飛ばすのとグリフォンが瘴気の弾丸を放つのはほぼ同時だった。エクリアは間髪入れずに魔力を捻り出す。


灼熱の防壁ブレイズウォール!」


 瘴気の混じった漆黒の風弾がミリア達の元に到達するその直前。ミリア達の目の前に巨大で分厚い炎の壁が現れた。漆黒の風弾はその壁に飛び込んで消滅。多少瘴気によって穴が空いたがミリア達の元に届いたものは1発もなかった。


「エクリア!」

「やっちゃいなさい!」


 親指を立てるエクリアに頷くミリア。

 見ればグリフォンは突進しようと大きく翼を広げている。


『今だ!』

「行けっ! 紅蓮の陽光サンシャインコロナ!」


 ルードの滅風の息吹ブラストブレスと時間差をつけて放たれた眩い緋色の輝きを放つ特大火球。突進するグリフォンをブレスが飲み込み、その身に纏う瘴気の衣を残さず剥ぎ取る。そして次の衣が発生するよりも早く、エクリアの切り札とも言えるミリアの魔法が炸裂した。


 赤光が走り爆音が轟く。爆風が彼女エクリアの長いポニーテールを煽り、周囲にその威力をまざまざと見せつける。


「もう、苦労して作り出した魔法なのに……ずるいなぁ……」


 魔法の余波が風に流されて消えたそこには漆黒のグリフォンの姿は無かった。



    ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 戦いを終えて城塞の屋上に降り立ったミリアはすぐさまエクリアの質問攻めにあった。やはりその内容はあの紅蓮の陽光サンシャインコロナの使い方についてだった。


「私もあの魔法の原理を聞いて使ってみたんだけど、やっぱり上級クラスの魔法5つも同時に制御するのが難しくてね。いや、はっきり言って自分には無理だと諦めかけたわよ。

 でも、ここでふと思いついたのよ。別の技術を使って魔法の制御を肩代わりしてもらう事ができないかってね。それで思いついたのがこれ」


 言いながら、ミリアは1枚の紋章陣が描かれた羊皮紙を取り出した。それはさっき使ったものと同じもの。ミリアは続ける。


「まあ、これ自体はシルカに相談して一緒に調べてもらったんだけどね。この紋章陣は『術式複製』。紋章陣に魔力を流したその次に術者が使った魔法をそっくりそのまま複製する紋章陣。これを使ってから次に灼熱ブレイズ系の魔法を一点に結集させるように使えば、4枚の術式複製が全く同じ魔法を同じ一点目掛けて使ってくれるって寸法よ」


 なるほどとエクリアは思った。

 エクリアにとってこの紅蓮の陽光サンシャインコロナの一番の難しい点は同じ大きさの灼熱系魔法を同じ大きさのまま一点に結集させないといけない点だった。少しでも大きさに違いがあるとこの魔法は崩れてしまう。それほど繊細な魔力制御が必要な魔法だった。

 そのため、エクリアが使おうとすると制御に集中するあまり10分以上の時間を取られてしまったと言うわけだ。

 だが、ミリアの使ったこの方法。創作魔法に紋章術を組み合わせ。確かにこのやり方ならば魔法の制御は一切必要ない。今まで魔法は自分だけの力で使わないといけないと考えていたエクリアには目に鱗だった。


「う〜ん、今後はあたしも紋章術真剣に学ぼうかな」

「私も今後のために学んでおいた方がいいかもしれないですね」


 合流したリーレもエクリアに同意する。紋章術は精霊魔法に比べるとやや地味だが、その応用力はかなり凄い。それは実際に使ってみたミリアの感想でもあった。

 ただ、ミリアも紋章術に関しては人に教えられるほど詳しいかと言えばそうでもない訳で――


「もうすぐ中等部卒業だし、高等部では紋章術学を専攻してみようか」

「じゃあ、シルカも誘ってみるわ」


 今後の魔導士としての方針について3人でそう話し合っていると、アニハニータが声を掛けてきた。


「ちょっと良いか?

 あの魔獣化の薬について話を聞かせて欲しいのだが」



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