第31話 傭兵団の襲撃
アリマー・テスラ・サージリア。
現サージリア辺境伯家当主バランの第1夫人であり、旧姓はミクシティと言う。サージリア辺境伯領のお隣、北西に広がる領地を治めるミクシティ伯爵家がアリマー夫人の実家だった。
ミクシティ伯爵領の領都スウェード。この中央に鎮座するミクシティ伯爵邸の一室で、男が1人神経質そうな仕草で執務机を指で叩いていた。
齢60前後。白髪混じりのブラウン髪に、その顔に刻み込まれた深いシワが長年の人生を象徴するかのように思われる。
彼の名はグロウテイン・テスラ・ミクシティ。アリマー夫人の実父であり、現ミクシティ伯爵その人である。
「……使者殿。これは本当に侯爵閣下の指示なのでしょうか?」
グロウテインは険しい表情のまま、目線だけを前に向ける。その先にいるのは一見商人のような姿をした男。だが、纏う雰囲気は一介の密偵そのものである。
男は顔色1つ変えず、「それが我が
――先日の婚約パーティーはサージリア家の妨害によって失敗に終わった。それはつまり、我がバルディッシュ侯爵家の顔に泥を塗った事に等しい。
我々の要望はサージリア家シルカ嬢の身柄である。我らの
この書を読んだ時、グロウテインは本当に我が目を疑った。
先日の婚約パーティーは失敗に終わった事は娘のアリマーからの手紙にも書かれていたので既に分かっている。だが、このサージリア家の妨害とはどう言う事なのだろうか。アリマーからの連絡では得体の知れない占星術師と魔獣の襲撃で大混乱に陥ったと聞いていた。
領都バウンズの街中に
さらに言えば、バルディッシュ侯爵はなぜシルカなどと言う娘に固執するのか。それがグロウテインには理解できなかった。
(一体なんだと言うのだ。サージリア家の娘とは言え、所詮は卑しい生まれの者ではないか。何故侯爵閣下はデクターやミルラではなくあのような娘を……)
グロウテインは歯噛みする。
経緯はどうあれ、グロウテインにはやらないと言う選択肢はなかった。後から知った事だったが、バルディッシュ侯爵家は反ヴァナディール過激派の筆頭貴族。そんな連中と内通してしまっているのだ。もはや知りませんでしたでは済まされない。
(やむを得ん。機会を見てシルカを攫わせるか。所詮は小娘1人、プロの傭兵でもけしかければ問題なく捕らえられるだろう)
グロウテインはサージリア家の内情に関してはあまり詳しく調べていなかった。娘のアリマーが嫁いでいるのだから、彼女からの報告があれば問題ないと考えていた。そして、アリマーはシルカは魔道士ではあるものの、
そんな認識
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ミリア達がカイオロス王国から戻ってからはや2週間の日数が過ぎた。暦はすでに獅子宮の月を過ぎ、処女宮の月に入っている。夏の暑さもそろそろひと段落と言ったところだろう。
そしてここはヴァナディール王国の王都ヴァナディから東に馬車で1日と半日くらいの場所にあるバークト峠。東の中心都市ウィンディアから王都へと繋がる街道の1つ。風の街ウィンディアから王都ヴァナディへの直通鉄道が通ってから人通りは減ったものの、それでも風光明媚な景色や地方の特産物を使った特有の料理などもあり、人の姿がなくなると言う事はなかった。街道沿いの宿場町の人々の頑張りが実を結んだと言ったところだろう。
閑話休題。
そんな街道の山越え地点であるこのバークト峠に大勢の男達が集まっていた。その数およそ100人。各々が鍛えられた肉体を軽鎧で覆い、剣や槍、斧など様々な武器を携えていた。
彼らは傭兵団。それも1つではなく、いくつかの小規模な傭兵団が集まってできた集団だった。
「おい、ガートン。お前ら、本気でやるのか?」
「おうよ。前金ですらあの額だ。小娘1人攫うだけで数年は遊んで暮らせそうだぜ」
「その攫う対象が問題なんだろうが。サージリア辺境伯家と言えば東の守りの要って言うだろ。オレ達みたいな小さな傭兵団でどうにかなるもんか?」
「なんだ、怖気付きやがったのか?
デルモス傭兵団も団長のお前がそんなじゃ大した事ねえな」
「そんなんじゃねえよ。遊ぶ金が手に入ってもお尋ね者なんかになったら元も子もねえって言ってんだよ。
団長のお前がそんな浅はかだからガートン傭兵団もいつまで経っても小せえままなんだろうが」
「何だとテメェ。喧嘩売ってんのか、コラ!」
「イラついてんのは図星突かれたせいだろ。何だ、仕事前にウォーミングアップでもするか?」
「上等だコラ!」
突き出した拳がデルモスの顔面を打つ。
「やりやがったな、テメェ!」
今度は振り上げたデルモスの拳がガートンの顎をかち上げた。
いきなり乱闘を始める2人。そのうち両傭兵団に伝染し始め、至る所で殴り合いが始まる。
流石にまずいと思ったか、残る傭兵団の男達が止めに入った。
「いい加減にやめておけ。これから一仕事あるってのにこんな所で仲間割れしてどうする」
流石にその言葉に思うところがあったか、バツの悪い顔をする傭兵達。
と、そこに偵察に出ていた傭兵達が戻ってきた。
「ガートン団長。目標が来ましたぜ」
「サージリア辺境伯家の馬車で間違いないな?」
「へい」
「護衛の数は?」
「見たところ10人くらいでした」
10人か。ガートンはほくそ笑む。事前情報通り、護衛の数はそう多くない。こちらの数の僅か10分の1だ。
「よし、そこまで案内しろ。オレの目でも確認する」
「へいっ、こちらです」
ガートンは部下の案内で街道の見えるところまで移動する。
「あそこでさぁ」
ガートンは言われた方向に向けて望遠鏡を覗き込む。部下の指差す先には確かに1台の馬車と、それを囲むように配置された護衛兵の姿が見える。
護衛兵は先頭の1人が男。その左右には槍を持った女性兵士と剣を携えた男の護衛兵が1人ずつ。その2人と共に女魔道士の姿も見える。しかも揃いも揃ってやたらと若い。どう見ても実戦経験豊富には見えなかった。
そんな中、馬車の中から顔を覗かせる薄緑色の髪を風に靡かせた女性が1人。ガートンは懐から1枚の人相画を取り出してその女性と見比べた。
「あの馬車の女がシルカだな。あいつを攫えば大金はオレ達のモノってわけだ」
ニヤリとした笑いが抑えきれなくなる。見たところ新兵の経験を得る為の行軍なんだろう。あんな若造どもにオレ達が負けるわけがない。おそらく、傭兵達はみなこんな考えだったのだろう。
「団長。他の女どもも綺麗どころばかりじゃないですかい。ちょっとぐらいおこぼれを頂戴しても?」
イヤラシイ笑みを浮かべる部下に、ガートンは同じような下品な笑みを浮かべた。
「仕様がねぇ奴らだな。まあいい、終わったらたっぷりと楽しみな」
「へへへ、ありがてぇ」
再びガートンは目を正面に向ける。馬車はすでに目視できるあたりまで近づいてきている。
ガートンの傭兵団の人数は30人。今回集まった傭兵団では数の上では一番多い。あの護衛達の3倍はいる。故に余計な考えが頭を過ぎった。
自分達だけでシルカを攫って報酬を独り占めしようと言う考えが。
「野郎ども、仕事の時間だ」
「団長。他の傭兵団へは?」
「構わん! この依頼はオレ達だけでやる!
さあ、弓を構えろ!」
団長と見られる男がそう言うと、全員が腰の鞘から剣を抜いた。そして弓隊が岩場の陰から馬車目掛けて弓の弦を引いた。
「よし、野郎ども――」
かかれ!
そう言いたかったのかもしれない。しかし、その言葉を発する前に、馬車の方から人の頭の倍ほどもある大きな火炎弾か放物線を描いて飛来した。その数は何と20。
「な、なんだとう!?」
火炎弾はまるで雨のように弓隊がいた場所を直撃する。流石に20発もの火炎弾を広範囲にばら撒かれては避けようがない。弓隊は隠れていた岩場ごと粉砕されて黒焦げの骸となって転がった。
「くそっ。まだ数はオレ達の方が上だ! 囲んで叩け!」
ガートンはそう指示を出すと、それに従って傭兵達は左右に展開。押し包むように襲い掛かる。
それに対して護衛は2人1組で互いに協力し合いながら的確に攻撃を跳ね返す。その動きはとても新兵とは思えないものだった。外見に惑わされて相手を甘く見たガートンのミスだった。
自分の傭兵団の戦力が1人ずつ削られていくのを見て徐々に焦り始める。
と、そこに――
「よう。苦戦してるみてぇだな」
「ぐ、デルモス!」
ガートンの後ろから先ほどまで乱闘していたデルモス傭兵団が現れた。
「おーおー、ずいぶん苦戦してるみてぇだな。
手を貸して欲しいか?」
「テメェ、いいからさっさと手を貸せ」
「そうだな、依頼料の8割よこしな。それで手を打ってやるぜ」
「は、8割だと!?」
「嫌ならこの話は無しだ。お前らが全滅した後で安心しきったところを奇襲をかけるだけだからな」
「うぐぐ……分かった。手を貸してくれ」
「へへへ、毎度あり。野郎ども、行くぜ!」
最初の冷静な発言は何処へやら。「うおおおお!」と鬨の声を上げて突撃する様は勇猛果敢ではある。
まあ、結果はと言うと無様なものだったが。
「へ?」
ドンと言う音と共にデルモス達の足元が消えた。正確には突撃するデルモス傭兵団の足元の地面が消えたと言うべきか。突然開いた落とし穴になすすべも無く飲み込まれるデルモス傭兵団の面々。流石にこれには見ていたガートンも呆然としていた。
一方の守る側――ミリア達の方はと言うと。
「まあ、襲撃があると分かっていればこんなものよね」
振り下ろされる刃を半身で避け、カウンター気味に回し蹴りを一閃。吹っ飛んだ傭兵に目もくれず、さらに奥から突っ込んでくる別の傭兵に風の砲弾を叩き込む。あっという間に2人が戦闘不能になった。
見れば周囲ではシルカの兄リュートが槍を振り回して傭兵達を薙ぎ倒し、先の方ではナルミヤの
「ミリア、そろそろじゃない?」
ナルミヤと共に
「それっ!」
気合い一発、ミリアは火炎弾を投げ放つ。その向きは上空。天高く舞い上がった火炎弾はミリアが指を鳴らすと同時に盛大な音を立てて弾け飛んだ。
その光景は、待機していた傭兵達がの方でも目にする事ができた。
そして、それを目にした傭兵団の内の1つが徐ろに剣を抜く。
「よし、合図だ。行くぞ野郎ども!
王国の敵を排除する!」
『おおおぉぉぉ!』
その傭兵団は一斉に他の傭兵団目掛けて襲いかかった。数の上では10人程度。だが、団長の青年を始めとして、その団員達の強さは半端ではなかった。
たちまち残っていた40人の傭兵達はあっという間に制圧された。さらに彼らは火炎弾の上がった方に向けて進撃。戦っているガートン傭兵団の背後を突いた。
「な、何だテメェら! 裏切りか!?」
「裏切り? 俺達は最初からお前らの仲間なんかじゃねえよ!」
「王国の敵と一緒にすんじゃねぇ!」
ガートンは「くそっ」と悪態を吐くと、
「はあっ!」
さらに返す刀で袈裟懸けに一閃。ガートンは肩から斜めにバッサリと斬られて仰向けに倒れた。青年は血糊を払うと大声で告げた。
「ガートン傭兵団に告ぐ。お前達の団長はこの
こうして、ヴァナディール王国内での襲撃事件は幕を閉じた。
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