第12話 両親襲来



 デニス・フォレスティ。

 魔族に属する種族の1つ、魔人族の領地を収めるフォレスティ家の長男として生を受ける。魔人族は魔族の中ではあまり力の無い種族として有名だが、それと同時にもう1つ特徴があった。それは、突然変異が起きやすいという点である。突然変異を起こした魔族は大きな力を得る代わりに外見が他の同族からかけ離れた姿になってしまうのだが、魔人族だけはそれが無く、ただ他の種族以上に爆発的な力を持って生まれてくると言われている。

 そして、フォレスティ家はその突然変異の子の誕生が顕著であった。

 なぜならば、デニス当人はもちろん、その妹であるアニハニータもまた変異種として生まれてきたのだから。

 デニスもアニハニータもその実力は凄まじく、あっという間に次期大魔王候補の筆頭にまで駆け上がる。しかし、デニスには大魔王の権力などに全く興味がなく、おべっかに終始する他の魔族達に嫌気がさしてとっとと出奔したいと考えるようになって来ていた。

 そして、大魔王継承の日、大魔王の座をナンバー2だったアニハニータに放り投げてエンティルスに出てきてしまったのである。


 そしてこの地でたまたまエンティルスを訪れていた妻セリアラと出会い、ミリアが生まれ今に至る。




 そんなデニスであるが、彼のミリアに対する姿勢はと言うと、一言で言って過保護で心配性であった。もちろん、それは妻であるセリアラも同様である。


「で、何でこの街にパパがいるのよ」

「なぜって、そりゃあミリアが心配だったからに決まってるじゃないか。母さんだってミリアが邪竜に大怪我させられたと聞いた時は気絶しそうになってたんだぞ」

「確かに大怪我だったけど……そんな大袈裟な」


 やや顔が引きつっているミリア。さらにベルモールからとんでもない話を聞かされる。


「この夫婦、ミリアがベルゼドとの戦いで負傷したと聞いた時、2人揃って火竜族の巣に乗り込もうとしていたんだ。危うく火竜族がこの世から消えるところだったぞ」

「フン、俺達の大切なミリアを傷物にしたんだ。責任を取らせて何が悪い」


 おそらく、2人を止めたのがベルモールなのだろう。疲れた顔からそれがよく分かる。対してデニスは開き直っていた。


「アレがあったからミリアを1人で置いておくのが不安になってな。こうして学園都市近辺まで引っ越して来たんだ」

「引っ越しって、もしかしてママもいるの?」


 目を丸くするミリアにデニスは「当然だ」と答えた。と、その直後ミリアを大きな影が覆う。見上げるとそこには大きな純白の翼を広げた美しい女性がミリアの元へと降下してきていた。


「ミリアちゃ〜ん!」

「わぷっ」


 その女性はいきなりガバッとミリアを抱きしめた。

 流れるようなウェーブのかかった豊かな金髪と均整の取れたモデルのようなプロポーション。10人いれば10人が振り返るであろう美しい容姿。

 この女性こそがミリアの母親である元女神、セリアラ・フォレスティである。


「久しぶりね、ミリアちゃん。お金に不自由してない? もしベルモールが嫌がらせをしてきたらママに言うのよ。ママがちゃんと一言言ってあげるから」

「嫌がらせなんかされてません!

 とにかく離して。苦しい」


 セリアラの豊満な胸に顔を押し潰されていたミリアは何とか谷から脱出した。セリアラは「あん、もう」と残念そうに呟く。

 ちなみに、レイダーとカイトは鼻の下が伸びきっている上によだれを垂らしそうな顔をしていた。とりあえず、シルカに報告事項ができたとミリアは判断した。


「それより2人とも、何でこんなところにいるんだ? ここは学校なんだが」

「そりゃあ、ミリアの様子をずっと見守ってたからな。ミリア、あの決闘は見事だったぞ。さすが俺とセリアラの娘だな」

「えっ、見てたの!?」

「もちろんです。ミリアちゃんの動向は常に私達が見守っているんですよ」

「でも、良かったな。あの決闘に勝てて」


 唐突にデニスがそんな事を言う。

 ミリアは首を傾げるが、その真意は母のセリアラから語られた。


「もし負けてたら私達があのブライトンとか言う男を消さなくてはいけなくなってましたからね」

「娘を傷つける奴は生かしておけんからな」


 ベルモールは溜息をつく。2人の言うのは嘘や冗談ではない。この2人ならば本気でやるだろう。

 ミリアの決闘は演習の使用権とアザークラスの名誉だけではない。ブライトンの命も救ったのである。


 それにしてもとベルモールは思う。


(はあ、普段はまともなのにミリアが絡んだ途端に暴走するからな、この夫婦は。さて、これからどうしたものかな)







「デニスが指導者か。別に構わない。むしろこちらから頼みたいくらいだ」


 デニスの話を持ちかけた時のアルメニィ学園長はすぐに許可を出した。どうやらデニスの戦闘技能の高さはかなり知られているらしい。

 ベルモールからアルメニィの依頼を受けたデニスはすぐに指導を開始する。


「さて、こういうのは実戦で鍛えた方が効率的だ。そうだな、まずはそこの赤獅子の少年。お前からだ」

「俺?」

「お前、武器は何を使う?」


 レイダーは一瞬戸惑ったが、すぐに楽しそうに口元を歪ませる。獣人、それも肉食獣の獣人は好戦的で戦いが好きな者が多いと言う。このレイダーもその例に漏れなかった。レイダーは腰に下げている金属製のナックルを腕に装着し、ガチィンと拳を打ち合わせる。


「レイダー・ガルバンテス。武器はこの拳だ。男ならやっぱりこれだろう」

「なるほど、肉弾戦か。よし、ではかかってくるがいい」


 そう言うと、デニスは半身で構え、足のスタンスを大きめに取る。その姿は、まるで巨大な樹が大地に根を下ろしているようにも感じられた。

 それは側から見ているカイトにすらそう感じるのだ。実際に相対しているレイダーは言わずもがなだった。

 レイダーの背に嫌な汗が伝って落ちてくる。

 勝てない。それは獣人である自分の本能が告げていた。レイダーとあのデニスでは格が違いすぎる。今までそれほどの相手など見たことがなかった。今までアザークラスというだけで喧嘩を売ってきた他クラスの連中はもちろんの事、兄達や圧倒的強者と思っていた自分の父すらも、あのデニスを前にしたら小物にしか見えない。それほどの存在感をデニスはその大柄な全身から発していた。


「どうした? 臆したか、赤獅子の少年よ」

「……行くぜ」


 相手がいくら強かろうと、戦わずして逃げるのは赤獅子の誇りが許さない。レイダーは、魔力を両拳に込め、雄叫びと共にデニスに向かって地を蹴った。一瞬にしてその姿はデニスの前に到達。その勢いそのままに、魔力を込めた右拳を打ち込んだ。


「!?」


 レイダーは目を見開いた。渾身の力を持って打ち込んだ今の一撃。自分にとっては会心の一撃だったはず。

 その一撃を、デニスは片腕で止めていた。


「ふむ、腰の入った良い一撃だが、まだ甘いな」




 その様子を離れて見るベルモール。

 魔道士であるベルモールには格闘の事は管轄外でほとんど分からない。だから、魔力の面だけでレイダーを見ていた。そこで、レイダーの不可思議な特徴が浮き出てくる。


(レイダー君の魔力量に対して、魔力容量キャパシティが異様に大きいな。あれは一体)


 その奇妙な体質に眉をひそめる。そして、その体質の答えを知るのはその次の瞬間だった。


「ではこちらからも行くぞ」


 繰り出されたデニスの拳がレイダーの腹を打ち抜いた。その瞬間、レイダーはまるで身体の内側から粉砕されたかのような衝撃を感じたと言う。レイダーはそのまま身体をくの字にして数メートル吹っ飛ばされた。転がるようにして何とか起き上がる。


「ぐっ……」


 苦痛で呼吸困難になりかける。それでもレイダーの目はまだ闘争心が失われていなかった。むしろ、さらに瞳に炎が滾っている感さえした。


「ガァァァァッ!」


 再び飛び掛かるレイダー。だが、それもやはりデニスには全く届かず弾き返される。それが繰り返される事数度。デニスはある事に気付いた。


(……力が上がっている?)


 最初の一撃目から比べると、つい先程受けた一打は重さが上がっているように感じた。レイダーからの更なる攻撃。デニスよりもはるかに高く飛び上がり、急降下するように蹴りを放つ。デニスはそれを真っ向から受け止める。


「っ!」


 明らかに攻撃力が上がっていた。急降下蹴りを受け止めた腕にジンとした痺れが走る。





「なるほど、あれがレイダー君の能力か」


 ここでようやくベルモールが気付いた。

 レイダーの能力。どうやらそれは相手からの攻撃に使われた魔力を吸収する能力だったらしい。

 デニスとレイダーの戦いを見ていて、攻防を繰り返すごとにレイダーの魔力が少しずつ上昇しているのを感じていた。最初は攻撃を行うごとに魔力が増幅しているのかと考えていたが、戦いを見ているうちにどうやらその考えは間違っていると思い始めた。魔力が増えるタイミングがデニスの攻撃を受けた時だったためだ。


「確証が欲しいな。デニス、ちょっと良いか?」

「ん?」


 ベルモールはデニスを呼び、耳元でとある事を依頼する。それに対してデニスは「え? 大丈夫なのか?」と目を丸くする。


「加減は貴方に任せるわ」

「むう、分かった」


 デニスは再びレイダーの前に立つ。その雰囲気が今までとまるで違う事にレイダーは戸惑いを覚えた。

 目を閉じて一度大きく深呼吸し、そしてレイダーを見据える。


「レイダー君、次はかなり強烈な攻撃を繰り出す。

 頼むから何とか耐えてくれよ」


 どういう事かと考える前に、突然デニスの構えた右拳が強烈な光に包まれた。

 それを見た瞬間、ミリアの口から「あっ!」と言う声が漏れた。


「ちょっとパパ! その技は!」

「心配するなミリア。ちゃんと手加減はする。

 さあ、構えろレイダー君。手加減はするが油断すると……」


――死ぬぞ。


 レイダーの脳裏に響くその言葉。

 死。それがこれほど近く感じたのはいつ以来なのだろうか。あの拳の光は魔力の光。あの魔力の塊を直接打ち込まれては最悪全身が粉々に砕け散ってもおかしくない。思わず足が後退しそうになる。

 だが、それをぐっと堪え、持ちうる魔力を両腕に集中させる。できる事はこれしかない。魔力を集中させた両腕でガードする。それしか方法がないと判断した。

 デニスはにやっと笑い、そして、


「行くぞ。これが俺の『魔光の一撃オーラインパクト』だ」


 ドンッ!

 大地が振るえ、まさに目にも留まらない速度で一気にレイダーの眼前まで接近するデニス。そして、その光り輝く拳を振りかざした。反射的にレイダーは両腕をクロスさせるように胴を守る。

 そこへ、デニスの拳が打ち込まれた。


 光り輝く魔力がまさに砲撃のようにレイダーの体を突き抜けた。

 まさに、一撃必殺。意識を丸ごと吹き飛ばすかのような一撃だった。


「うぐ……」


 レイダーは膝を突く。口からはツーっと赤い血が一筋流れ落ちた。


「大丈夫か?」


 デニスが近づいてくる。その瞬間、レイダーの目がギラリと光った。

 全身から強烈な魔力が噴出する。それは今までのレイダーからは考えられないほどの魔力量だった。

 ベルモールは確信する。レイダーはやはり相手の攻撃の魔力を吸収し、それを自分の魔力として扱う事ができると言う事を。

 そして、その魔力が篭められた拳が唸りを上げてデニスに襲い掛かった。

 それをデニスは受け止めた。魔力を両手に集め、真っ向から拳の魔力にぶつけて相殺する。


「大した奴だな、お前は。そんな状態でもまだ戦おうとするとはな」


 デニスの言葉が聞こえたのか、レイダーは口元に笑みを浮かべ、そのまま崩れ落ちた。




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