第47話 迷宮攻略〜最後の番人


「おそらく、この先に迷宮の核ダンジョンコアが存在するはずだ」


 ヴェラが見上げる先には長く続く登り階段。この先に王座のある謁見の間があるらしい。とは言え本来はここまで長くはないらしいが、そこはやはり迷宮ダンジョンになった影響だろう。


迷宮の核ダンジョンコアのあるところにはこの迷宮最後の番人ダンジョンボスがいるはずだ。第1フロアのボスは封魔鋼の魔道具を装備したミノタウロスと取り巻きのモンスター達。第2フロアのボスはデス・ネクロフィリアとアンデット達。ダンジョンボスはそれ以上の強敵となるはずだ」


 話しながら階段を登るミリア達。その話題は迷宮の番人ダンジョンボスについてになっていた。


「最後の番人であるダンジョンボスは基本ランダムになるんだけど、フロアボスとは違って例外もあるみたい」

「例外?」


 エクリアの説明にミリアは首を傾げた。


「それは迷宮ダンジョンの元となった場所がある場合。その場合、元となった場所に所縁のある存在がボスとなって立ち塞がるって聞くわね」

「じゃあ今回は」

「ええ、ここはオグニードの中心都市レジンベル。となると、おそらくボスはこの国の王族。つまりヴェラさんの先祖になる可能性が高いと思う」

「ヴェラさん、ボスについて何か思い当たる相手はいますか?」

「……一応はな」


 ヴェラの重苦しい声が先頭を歩くミリア達の後ろから聞こえてくる。


迷宮ダンジョンの特性上、オグニードのレジンベルの所縁として考えられるのは、やはりオグニード歴代で最強の王族が選ばれるだろう。となれば、ダンジョンボスとして選ばれるのは……」


 階段を登り切ったその瞬間、前方より凄まじい力が衝撃波のように押し寄せてきた。

 それは闘気にも魔力にも似た力。

 ただしその色は漆黒。瘴気を帯びた力。

 だが、ミリアは分かった。その力は間違いなく魔光オーラそのものだった。


「漆黒の魔光オーラなんて、当然だけど初めてお目にかかったわ」


 ビリビリと空気までも震わせるその気迫にミリアは前方を見据える。

 瘴気の闇が覆い隠す広大な謁見の間に佇む1つの人影。

 全身を覆う黒い甲冑に背から伸びる一対の翼。そして眼前に身の丈ほどもある大剣を床に突き立てている。

 背まで伸びる長い黒髪に斜めに走る傷痕の残る屈強な容姿。その口元には面白そうな笑みを浮かべている。


「……やはり貴方が出てきたか。

 歴代最強と言われる先々代王ヴァンシード」


 ヴェラの呟きにヴァンシードはさらに笑みを深くする。


「ヴァンシードか。確かに奴は強かった。迷宮最後の番人ダンジョンボスには相応しい強者だろうな」

「アニーさん、知ってるの?」

「うむ、ヴァンシードは先代大魔王に仕えたオグニードの王だ。その実力は高く、下手をすれば先代大魔王以上とも噂された男だ」

「「「おお~」」」


 目を輝かせるミリア、カイト、レイダーの戦闘狂3人組。


「晩年は病に倒れてな。奴は武人。死ぬなら強者と戦って死にたいと言って、最後は決闘して散ったよ」

「決闘って誰とですか?」

「うん? 何だ聞いてないのか。

 決闘相手はお前の父、デニス兄さんだよ」


 そのアニハニータの説明を聞いて反応を示したのはミリアだけではなかった。

 謁見の間の中央で佇んでいたヴァンシードもギラリと目つきが変わる。


『……そなた、デニス殿の娘なのか?』


 空間に響くような声が聞こえた。


「お前、意思があるのか?」

『不思議とな。私はこの迷宮ダンジョンによって生み出された仮初の命なのだろう。

 だがそれでもまた武人として強者と戦う機会を得られるとは。僥倖ぎょうこうと言えるであろうな』


 言うと、ヴァンシードは地面に突き立てていた巨大な大剣を片手で引き抜くと、そのまま二度、三度振り回してピタッと正眼に構えた。


『有象無象と戦う気はない。まずは選定させてもらうぞ』


 その瞬間、まるで空間をつんざくような殺気を伴う力の奔流がミリアの体を貫いた。


「くっ」


 顔を歪めるミリア。

 彼女自身はその程度で済んだが、ほかのメンバーはそうもいかなかったようだ。


 ドサドサッ


 振り向くと殆どの人が倒れていた。

 立っていられたのはミリア、エクリア、リーレ、カイト、レイダー、ヴェラ、マグザ、アニハニータの8人だけだった。


「今のは……」

『私の力を大気の魔素マナに乗せてお前達に浴びせたのだ。

 力量が私とかけ離れた者は精神を飛ばされて意識を手放す事になる。

 つまり、私と戦える資格のある者はお前達8人。今ので意識を手放した者は戦う資格すら持たないと言う事だ』


 見れば、ミリアやカイト達と共に学んできたシルカやレミナすらも気絶していた。この辺りはどれだけ死線をくぐり抜けてきたかの経験も必要だったのかもしれない。改めてベルモールの課した依頼はどれも滅茶苦茶だったのだと理解したミリアだった。


『さて、では死合うとしようか!』


 ブワッと翼を広げると、羽ばたき一つ。上空へと舞い上がった。そしてミリア達の方に大剣の刃を向け、一気に急降下してきた。その速度は風の竜の急降下と遜色ないほど。

 狙いはレイダー。瞬時にレイダーの目の前まで到達すると、漆黒の魔光オーラを纏った大剣を一息に振り抜いた。


「ぐっ!」


 避けきれず、魔光オーラを集中させた手甲をクロスして受けたが、そのパワーは抑えきれず後方に吹っ飛ばされた。


「レイダー!」

『よそ見をしてていいのか?』


 レイダーに目を向けたカイトの真後ろに一瞬で移動したヴァンシードは流れるように大剣を振り上げ振り下ろす。刃を覆う漆黒の魔光オーラ。無属性魔力を持つカイトではこの|魔光≪オーラ》は防げない。カイトは冷静にその一撃の軌道を読み、剣の腹を滑らせる形で受け流した。


『むっ!』


 その技術には流石にヴァンシードも目を見張った。軌道をずらされたためにバランスを崩したヴァンシードにカイトは返す刀でその胴を薙ぎ払った。が、バシッという打撃音とともにヴァンシードの体が後ろに跳ねてカイトの薙ぎ払いは宙を切った。どうやら尻尾で地面を叩いて無理やり体を後ろに飛ばしたらしい。


『その技術……なるほど。お前達もデニス殿の技を受け継いでいるというわけか』


 ヴァンシードは面白げに笑うと再び大剣を構えた。


「……強いな」

「ああ。魔光オーラの使い方だけじゃない。おそらく戦いの経験値が高い。さっきのカイトの攻撃を避けたやり方なんか普通じゃ出来ねぇぞ」


 何かデニスの弟子2人で戦うつもりみたいな話をしているので、ミリアは釘を刺しておく事にした。


「ちょっと。これはあんたらの修行じゃないんだからね。2人だけで戦おうとしないで」

「む、悪りぃな。確かにそうだ」

「ミリアさんは今回はどんな戦い方をするんだ?」


 カイトに問われて少し思案するミリア。

 格闘による近接戦か、魔法による遠距離戦か。

 現状の戦略を分析する。

 近接戦特化がカイトとレイダー、場合によってはマグザを加わって3人。遠距離攻撃はヴェラ、エクリア、リーレ。

 前衛も後衛も戦力は十分にある。で、あればミリアはその間。繋ぎの役割を果たすべきと考えた。


「前衛はカイトとレイダーに任せるわ。私は状況を見ながら行動するから」

「つまりいつも通りって事だな」


 身も蓋もないレイダーの言葉。確かにミリアが状況を見ながら行動するなら前衛組は今まで通り攻撃するのみだ。


「よし、行くぜカイト! 俺にちゃんと合わせろよ!」

「それはこっちのセリフだ!」


 2人は魔光オーラを纏いヴァンシードに仕掛ける。その直前に牽制するかのようにカイトとレイダーの後ろからエクリアとリーレが魔法を放った。


『小賢しい!』


 ヴァンシードは漆黒の魔光オーラを纏った大剣で横薙ぎ一閃。瘴気混じりの魔光オーラが衝撃波のように放たれ、エクリアとリーレの魔法がまとめて吹き消されるように消滅した。


魔光流動ストリームオーラも会得済み。流石はオグニード最強と謳われる戦士なだけあるな」

「だからこそ、相手にとって不足ねぇぜ!」


 薙払い直後の隙に合わせて繰り出されるカイトとレイダーの攻撃に対し、ヴァンシードは大剣と籠手で受け止める。


『うぐっ』


 ヴァンシードの呻き声が漏れた。

 レイダーの攻撃は大剣で受け止めたものの、カイトの攻撃はそうはいかなかった。無属性魔力による攻撃は全ての属性の守りをすり抜ける。それは瘴気であっても例外ではない。ビシッとヴァンシードの身体に亀裂が走った。そこから噴き出すのは血ではなく瘴気。やはりこの迷宮ダンジョンによって生み出された存在に間違いないようだ。

 グラッと体勢を崩した瞬間をミリアは見逃さない。

 真紅の輝きを放つ魔光オーラの尾を引いてミリアはヴァンシードの懐に飛び込んだ。

 超接近戦。手を伸ばせば届くこの距離ならばまともに大剣を振るえない。ヴァンシードは距離を取ろうとするが、その背が何かにぶつかった。


『なにっ!?』


 そこにあったのは分厚い氷柱。ミリアの突撃に合わせてリーレが生み出したものだ。さらに左右に立ち昇る火柱。エクリアが魔法で逃げ道を塞ぐ。


「もらった!」


 一撃必殺とばかりに莫大な魔力を注ぎ込んだ魔光術スペルオーラがヴァンシードに炸裂した。込めた魔法は火属性で最も貫通力のある閃光の魔法ブレイズレイ。ヴァンシードは何とか大剣を引き寄せ盾としてミリアの拳を受け止める。

 しかし、耐えられたのは一瞬だった。

 一撃を受け止めた瞬間、甲高い音を立てて大剣がその位置から砕け折れた。


『な、何だと!?』


 渾身の力と魔力を込めた一撃が驚愕で固まったヴァンシードの胴を打ち抜いた。

 一瞬、ヴァンシードの背から突き抜ける赤い閃光とそれに引っ張られるようにヴァンシードの身体は氷の柱を砕き、その奥の壁に突っ込み瓦礫の山に変えた。


「と、とんでもない威力だな」


 流石にそう言葉を紡ぐのが精一杯のヴェラ。

 あのヴァンシードが携えてきた大剣だ。迷宮ダンジョンが生み出した仮初の存在とは言え、なまくらな武器ではないはずだ。現にレイダーやカイトの攻撃を何度も受けている。そんな大剣を一撃で粉砕し、ヴァンシード本体も壁まで吹き飛ばしたのだ。生半可な力ではできない芸当だろう。


「お前達、油断するなよ。この程度で終わるならばオグニード最強など呼ばれたりはしない」


 気が緩みそうになるミリア達をアニハニータが引き締めた。

 と、その直後、瓦礫の山が内側から吹き飛ばされる。そこから心底面白そうな笑みを浮かべたヴァンシードが現れた。身に纏っていた甲冑は破壊され残骸となるも、その本体はまだまだ余裕がありそうだった。


『楽しい。楽しいぞ。

 やはり闘いはこうでなくてはな!』


 楽しげな声と共に、ヴァンシードから感じていた魔力が大きく膨れ上がった。全身から黄金色の光が溢れ、眩い輝きの中そのシルエットが変化して行く。



 そして光が治まったそこには、黄金色の鱗と5つの首を持つ巨大なドラゴンの姿だった。



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