第5話 ベルモールからの依頼



「お帰り~」


 薬局エミルモールではベルモールがニヤニヤしながらミリア達の帰りを待っていた。


「ベルモールさん。自分で依頼出してたんなら最初から言って下さいよ」

「最初から言ってたらミリア達の反応を見る楽しみが減るじゃないか」

「……」


 そうだよ。この人は最初からこういう性格の人だった。

 ミリアははぁ~っと深くため息をついた。


「え、えっと。それよりも依頼の詳しい話を聞かせてください。確か薬草採集とありましたけど」


 ミリアに変わってエクリアが依頼内容の確認を促した。何を考えているのか分からない笑みを浮かべ、ベルモールは口を開く。


「お前達に採取してきて欲しい薬草はフロムエージェって言う植物だ。丁度、お客さんに頼まれた薬を作るにはこの薬草が足りなくてね。本来なら私自身が採ってくるところだったんだが、なにぶんここ最近用事が重なって身動きが取れないんだ。そこで、お前達3人に修行も兼ねてこの依頼を頼もうと思ったんだよ」


 その植物の名前を聞いて、ふとリーレが首を傾げる。


「フロムエージェ……何かどこかで聞いた事があるような気がします」

「そう? あたしは聞いた事ないけど」

「う~ん、私は加工品しか知らないからなぁ」


 顔を合わせる3人に、相変わらずにやにやしながらベルモールは続けた。


「フロムエージェはメノン山地の中腹辺りに生えているはずだ。メノン山地の場所は分かるな?」

「確かここエクステリアの街の西にある山地ですよね。確かその近辺にあるフィルンの町まで鉄道が通じていたはず」

「そう。まずはフィルンの町へ行って準備を整えてからメノン山地へ行くといい。期間はとりあえず一週間にしておく」

「あの、依頼料は500ルーンという事ですが」

「ん? 少ないか?」

「いえ、そんな事は」

「それならついでに宿代や鉄道料金などの諸経費も負担してやる。これなら文句ないだろ」

「いや、別に文句を言ってるわけじゃ」

「じゃあ、頼むぞ」

「はぁ、分かりました」


 3人は依頼情報を追記した依頼表を持ち、エミルモールを後にする。それをあくまでニヤニヤ笑いのまま見送ったベルモール。

 その表情に何となく嫌な予感が拭えないミリアだった。







「何か厚遇過ぎるわね。あの妙なニヤニヤ笑いといい、ベルモールさんの事だからこの依頼にも何かありそうな気がするわ」


 西へ向かう鉄道の列車の中でミリアがそう呟く。


「自分の師匠でしょうが」

「だからこそよ。ベルモールさんがあの顔をした時は大抵碌な事が起こらないのよね。前だって、人に届け物をするだけ用事だったはずなのに、その人が山で遭難してて探しに行く羽目になったのよ。おかげで私まで一緒に遭難しかけたんだから!」

「そ、それは難儀だったわね」

「それだけじゃないわよ。この前の魔道書を探してくる時だってね」

「はいはい、ミリアの苦労はよく分かったから。つまり、今回の依頼もただの薬草採集だと思わないほうがいいって事よね?」

「そう言う事。だから、準備は万全を期した方がいいわ。フィルンの町でしっかりと準備してから行きましょう」


 それから列車に揺られる事1時間。ミリア達3人は山間の町フィルンに到着した。

 このフィルンの町は高地に造られている町で、高山植物の名産地となっている。食用から薬の材料になるものまで、その種類は多種多様。基本的にエクステリアにある薬局ではその材料はほとんどこの町で仕入れる事が多い。それはベルモールの店『エミルモール』でも同様だった。

 念のためにとミリアは高山植物を売っているお店を片っ端からあたってみたが、フロムエージェを店頭に並べているような店はどこにもなかった。


「まあ、あまり期待はしてなかったけどね」

「採集の依頼を出すくらいですから。普通は一般販売されているようなものじゃないでしょう」

「とにかく、メノン山地へ向かうのは明日にして、今日は明日のための準備を整える事にしましょう」


 エクリアの言葉に2人も頷いた。


「必要なのは食料と水。テントに寝袋にランプ。それ以外に何かある?」

「そうねぇ、リーレは何かない?」


 話を振られ、え~ととリーレはしばし考え込み、


「植物図鑑も買っておいた方がいいんじゃないでしょうか。私達、誰もフロムエージェって植物がどんなものか知らないですよね?」

「あ、そう言えばそうね。さっすがリーレ」

「図書館あるかな。買うよりも借りたほうがやっぱり得よね」


 植物の図鑑は結構値が張るので、無駄な出費を避けるためには図書館で借りるほうがいいに決まっている。さすがにこの町に図書館がないって事はないだろう。


「纏めると、必要なのは食料と水、テントに寝袋とランプの野営道具。それに植物図鑑ね。

 それじゃあ、食料と野営用の道具類は私が買ってくるけど、いいよね?」

「まあ3人の中で一番料理ができるのはミリアだからね。そっちに関してはミリアにお任せするわ。その内にあたしとリーレは図書館に行って植物図鑑を探してくるから。リーレもそれでいい?」

「うん。いいですよ」

「じゃあ、集合は1時間後に宿屋の前でね」


 こうして、ミリアは2人と別れ、一路商店街へと向かった。





「はい、これが食料と水ね」

「ありがとう」


 食料品店を経営しているおばさんから食料を受け取り食料袋に押し込むミリア。そんな様子を見ながらおばさんが問いかける。


「それにしてもすごい量の食料だけど、旅にでも出るの?」

「旅じゃありませんけど。明日から3日間、メノン山地へ薬草探しに向かうんです」

「3日間? 団体さんかい?」

「いえ、私を含めて3人です」


 3人。そう聞いておばさんは目をまん丸く見開いた。


「でもその食料って3人だったら7日分くらいあるんだけど」

「7日分? あくまで3日分のつもりなんですが」


 おかしいですか、と首を傾げるミリアに対し、やや引きつったような笑顔を見せる店主のおばさん。


「おかしいって言うか……まあ、いいんだけど。

 それよりもメノン山地かい。往復3日って事は中腹くらいまで行くつもりみたいだけど、正直あまりお勧めはしないよ。あのメノン山地は中腹辺りに化け物がいるって噂だからねぇ」

「化け物、ですか?」

「噂だけどね。何か、霧を操る化け物があの辺に住み着いたとか。だから、あまり中腹辺りまで向かう人っていないんだよ。最近、あの山地に向かって戻ってくる人も見ないからね」


 化け物か……

 ミリアは霧の化け物と聞いて、最近読んだ事のある魔獣や怪物の図鑑の事を思い出してみたが、霧に関する魔獣などは何も思い浮かばなかった。図鑑にも載ってないような新種の化け物だとミリアの手に負えるような相手ではないかもしれない。ここは、ただの噂であると考えるしかないだろう。


「用心するに越した事はないからね。気をつけて行くんだよ」

「はい、ありがとうございました」

「ところでその荷物。本当に1人で大丈夫かい?」


 やや呆然と荷物を見ながらおばさんは問う。

 今回ミリアが購入した品物。野営用のテントと3人分の寝袋、ランプに調合用の薬草類。そこにさらに見た目3人で7日分の食料が山のように積まれている。当然、そんな大量の荷物、普通なら荷車でも使わないと運べるものではない。ないはずなのだが。


「ご心配なく。大丈夫です」


 そんな心配とは裏腹に、ミリアはひょいとその大量の荷物を軽々と背負って見せた。さすがにこれには店主のおばさんも買い物中のお客さん達も唖然としていた。

 ミリアはおばさんにお礼を言うと、宿への道を急ぐ。

 もちろん、一件ありえないほどの荷物を背負って苦もなく歩いているミリアに人々からの奇異の目が向けられるが、ミリアは全く意に介さず通りを歩いていく。


 待ち合わせしていた宿に着いたのは、丁度日が暮れた辺りだった。宿の前にはすでにリーレとエクリアが図鑑らしき書物を抱えて待っていた。どうやら図書館は無事にあったらしい。


「お帰り~って、ずいぶんとたくさん買ってきたわね。それ、何日分?」

「エクリアまで店のおばさんと同じ事聞くのね。メノン山地には3日間の予定なんだから3日分に決まってるじゃない」

「……やっぱり多過ぎるって自覚は全然ないのね」


 エクリアはそれ以上突っ込むのをやめた。


「はい。これは2人の寝袋ね」


 言って背負っていた荷物類から寝袋を2人に手渡した。折りたたみ式のコンパクトサイズであまり荷物にならないような物だった。エクリアとリーレもホッとする。


「それで、植物図鑑は見つかった?」

「はい、ありました!」


 リーレが自慢げに手に持った辞書を見せた。思った以上に大きい。


「想像以上に大きいね」

「仕方ないわよ。並みの図鑑にはフロムエージェなんて載ってないんだから。でもまあこの図鑑なら間違いないだろうと思って借りてきたのよ」

「間違いないだろうって、中身の確認はしてないの?」

「そんな時間なかったわよ。1時間しか時間がないんだから。でも、筆者の名前を見ればあたし達が間違いないだろうと思った理由を納得できると思うけど」


 エクリアに促され、図鑑の筆者の部分を見る。すると、エクリアが間違いないだろうと言った意味が瞬時に理解できた。なぜならば――


「これってベルモールさんが記したものなんだ」


 そう、筆者がベルモール・モルフェルグスと出ていたから。薬局を営んでいる上に、フロムエージェを取って来てくれと頼んだ張本人の書いた書物なんだから、載っていて当然と言えるだろう。


「よし、それじゃあさっさとご飯を食べて、今日は早めに寝よう。明日からは山登りをしなくちゃならないんだしね」

「そうね。夕食はどうする?」

「あ、夕食は私に任せて。商店街の人においしい山菜料理をご馳走してくれるお店を教えてもらったから」

「山菜ですか~、とっても楽しみです」

「フィルンの町の名物料理ね。早く行きましょう」


 こうして3人は極上の山菜料理に舌鼓を打ち、宿屋のベッドでぐっすり休んで英気を養うのだった。


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