第5話:突然しりとり始めるなよ
普段通りの授業風景。本日の生物の時間も、多数の死者(寝落ち)を出しつつも、円滑に進んでいく。
かくいう俺も死にそうである。生物の時間は退屈もそうなのだが、御歳50を過ぎるお婆ちゃん先生の声が、まさに催眠音波として優しく耳に入るもので、生徒たちは真面目に聞いてても次第に夢の世界に誘われる。むしろ、真面目に聞いている奴ほど睡魔に襲われやすい。それほど強力な声なのだ。
生物の授業は黒板に書くことが少ない。口頭説明と教科書を見るスタイルで、黒板にはその補足を書くだけ。それゆえ手を動かすことも少ないので、余計に寝落ちてしまうのだろう。
欠伸を噛み殺しながら。先生の説明を話し半分で聞く。すでに脳内の半分以上は睡魔に襲われているので、思考能力も落ちてきているのだ。寝てないだけ偉い。
しかし限界が近いな。目を閉じればもう夢の世界にダイブできる。瞼が重くなってきた……これが閉じたら俺は確実に寝てしまう。ああ駄目だ……抗えない力によって確実に意識が遠退いていく。先生には申し訳ないけど、今日のところはスヤァ……。
完全に落ちた。そう思ったが、首裏に何かが突き刺さった刺激で目が覚めた。首裏を擦るが特に何もない。それでまた後ろの奴に刺されたのだと解釈し、肩越しに後ろを見る。
得意気に笑ってる彼女。
「寝てねぇし」
バッチリ落ちたけど、ここで寝てたと認めれば浅見に負けを認めることになるから、それが嫌で嘘をついた。しかし心の中でお礼は言っておこう。絶対に口には出さねぇけど。
多少目が覚めたが、やはり授業に戻ると眠気が迫ってくる。このままではまた落ちる。その前に何か対策を考えないと。
その時だった、視界の隅に紙が見えた。何かと思ったらルーズリーフだ。浅見からのプレゼントなのはわかるので、少し裏を探って受け取らないでいると、ヒラヒラと上下に動いて主張し始めたのでしかたなく受けとる。
なんだよこれ?
受け取ったルーズリーフにはリンゴの絵が描いてあり、その横に右矢印が書かれている。
リンゴの次はなんでしょう? てきな問題かと思ったが。ヒントも比較もないので違うだろう。ならばリンゴを変換した後に何ができるのか? という問題かもしれない。……ないな。そもそも変換するものが限られてる。ひらがな、カタカナ、漢字。俺が考えられる範囲ではこれが限界だな。
これはそもそも問題の体を成してない気がする。そう気がついた時に、浅見が背中をつつく。聞きやすいように椅子を後ろに傾けて、浅見の方に近づく。
「絵しりとり」
「……あ~」
納得。それならこれが正しいな。
……いや、授業中になぜ絵しりとり?
相変わらずあいつの行動はよくわからないところがあるが、正直このまま生物の授業を受けるのは苦痛だったので、今回はあいつの策略に乗ってやることにした。
矢印の横にゴマフアザラシを描く。しかし絵心がないせいで、アザラシの顔が酷い。とりあえずゴマフアザラシだとわかるように、斑点模様は描いておこう。
先生にバレないよう後ろに回す。
受け取ったあいつは、「えっ?」と声を漏れた。いや、えっ? じゃねぇよ。わかるだろそれくらい。
それから少し経つと、また紙が戻ってくる。
ゴマフアザラシの次は、シマウマだった。
ま、か。何があるかな?
色々考えた結果。饅頭がいいなと思い、ドーム上の物を描いて、後ろに渡す。
浅見が受け取ってから数分。よほど悩んだのかもしれない。ようやく戻ってきた。う、なんていっぱいあるだろうに。
戻ってきたのは、馬だった。また、ま、かよ。ま、を考えつつ、これまで浅見の描いた三つの作品を見比べる。あいつ、今更だけどめっちゃ絵上手いな。デフォルトされてるけど、特徴を上手く掴んで描いてある。
感心しつつ、マンボウを完成させて、後ろに手渡す。
今度もかなり時間がかかったが、戻ってきた。
次に来たのは海だった。み、三日月。
それから終わりまでの間、絵しりとりは続いた。もちろんノートはちゃんと取ったし、話もなんとなく聞いてはいた。浅見がどうかは知らんが。
しりとりは、俺は特に悩まずに描き進めることができたが、時おり浅見の方は言葉が出てこないのか、時間がかかるときがあった。かと思えばすんなり返ってくることもあり、波がある。
チャイムが鳴って、授業が終わると同時に絵しりとりも終了を告げる。ルーズリーフは浅見の元なので、最後にあいつが何を書こうとしたのか確認しようと後ろを向く。
すると、むすっとしていて非常に不服と言いたげな表情で、俺を睨んでいた。
なんかまずったか?
「相馬。私は今悩ましい思いになってるよ」
「そうなのか。どちらかと言うと怒って見えるが」
「こんなの見せられたら怒りたくもなるよ!」
突きつけて来たのは、先程やりとりした絵しりとりだった。いったい何が問題だったのだろう。
「相馬さん画伯すぎて何描いてあるのかわからないんですけど!?」
「はっ? そんな下手じゃないだろ? 特徴掴んでるじゃないか」
「どこがですか!? 足が四本並んでる細長い生物をキリンだなんて、私は認めない!」
酷い言いぐさだが、客観的比較物が俺の描いた絵の隣にあるので反論の余地はない。
自分ではそうでもないことでも、他人から見たら異次元なことはよくあることだ。俺の場合、それが絵だっただけのこと。悲観することはないが、下手なのは事実なので「悪かったな」と素直に謝る。
「けど、お前はわかってたじゃないか?」
掛け値なしに下手と太鼓判を押されたが、そんな下手な絵でも浅見はちゃんと理解してくれていた。つまり下手でも壊滅的ではないという証拠になる。
「前の語尾から始まる単語で、なるべく絵に沿ったものを連想してっただけだよ。簡単なものだったらいいけど、ほとんど珍獣しかいなかったからわからなかった」
「だからあんなに遅かったのか」
「むしろ早かった方だと思う。とりあえず、次までに人がわかる範囲まで絵を上達しといてよ?」
浅見は手早く次の教科の支度を整えて、席を立った。
「次、移動教室だよ」
「ああ、そうだな」
俺も教科書などの準備をして立ち上がる。少し先を行く浅見に付いていこうとするが、ふと思い立って浅見の机の上にそのままにされたルーズリーフを手にとり、それを折り畳んでポケットに仕舞った。
あそこまで言われてしまったので、自身の絵の上達のために、まずは浅見の絵柄でも真似てみよう。そうすれば、少しは上手くなるだろう。
「相馬?」
教室の入り口で振り返った浅見に、「今行く」と告げて、早足で駆け寄った。
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